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help リーダーに追加 RSS 柳田国男の『雪国の春』--- 民俗学の方法と肯定

<<   作成日時 : 2007/03/28 14:45   >>

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瀬谷こけし
 柳田国男の『雪国の春』。これは民俗学という知の方法は何を目指してきたのか、これから何を目指したらいいのか、それを考えるための絶好の本である。この本を疑問をもちながら読めば、新しい知の可能性がいくつも見えて来るだろう。実際目覚ましい活躍をしている赤坂憲雄さんの、「東北学」についての仕事のほとんどは、柳田のこの『雪国の春』を発想の源にしている。そこで述べられていることを確認したり、疑問をもってさらに追究したり、そしてさらに柳田の『雪国の春』の構想そのものに問題はないのだろうかと問い直したりすることからである。われわれもまたこの『雪国の春』に取組むことによって、きっと新しい知の方法を切り開いてゆくことができる。このときわれわれは「国民とは想像されたある政治共同体であり、それはもともと限界づけられたものであると同時に至高のものとして想像されるものである」(The nation is an imagined political community – and imagined as both inherently limited and sovereign)というベネディクト・アンダーソンの言葉を忘れないようにしたい。われわれが民俗学的な知の方法を学ぶとしても、それは「日本の国の国民」についての像を一種の歴史的な方法によって描き出すためではないはずだからだ。少なくともわたしは民俗学という知の方法を「国民というものの像」の探求からは切り離して考えてゆきたい。
 その巻頭の論文「雪国の春」のなかで柳田はこんな風に言う「そうして歴史家たちに疎んぜられている歴史を探して、もう少し楽々とした地方地方の文芸の、成長する余地を見つけたいと思うのである」と。このなかの「歴史家たちに疎んぜられている歴史」をその伝承者から聞き取り、そして描き出してゆくことが民俗学の基本的な方法であっただろう。この方法にはまだまだ未来があるとわたしは考えている。
 また、柳田がここで、中央(近畿地方)の季節感から独立して、「楽々とした地方地方の文芸の、成長する余地を見つけたい」と言っていることにも全面的に賛同しておきたい。この主張には、全国一律に暦に従って祭日を組み立てること(例えば桃の節句や端午の節句を)に対する疑問が含まれている。桃の花が咲いていない季にどうして「桃の節句」をしなければならないのか、という当然の疑問である。われわれはそれぞれが自分の住む地域の季節感に自信をもち、それをもとに美とポエジーをみいだしてゆかねばならないだろう。
 だが、この『雪国の春』の中にも、柳田のある種の偏執と思えるところがある。それはとりわけ次のように語られるところである。「閇伊(へい)や男鹿島の荒蝦夷(あらえびす)の住んだ国にも、入れ代わって我々の神を敬する同胞が、早い昔から邑里(ゆうり)を構え満天の風雪を物の数ともせず、伊勢の暦が春を告ぐるごとに、出でて古式を繰り返して歳の神に仕えていた名残である」と。事もなげに「入れ代わって我々の神を敬する同胞が」と言われている。だが、もしそのような事態があったのなら、「閇伊」や「男鹿」にもとから住んでいた「我々の神を敬しない人々」はどうなってしまったのだろうか? 殺しつくされたのか、追放されたのか? 「我々の神を敬する同胞」という言葉には大いに疑問をもってゆくことにしよう。ベネディクト・アンダーソンが「国民という想像の共同体」に対して疑問をもつことを教えるのは、柳田のこういう言い方の中に潜んでいる「別の神を敬する人々」に対する容赦なさに敏感になれということなのだ。だからこそわれわれは「地域学」を語りたいのだ。地域の、その大地から生じてくるものへの注視を、そして肯定を。 『雪国の春』に示されているさまざまな知見や方法から、われわれはこの学びのための知の方法を見出してゆくべきだろう。

(本稿は、『「知」への案内』京都造形芸術大学補助教材、2007年4月1日発行、に収められた「柳田国男『雪国の春』」を、ブログ向きに書き直したものです。)
柳田国男全集〈2〉
柳田国男全集〈2〉 (ちくま文庫)

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