「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 昔この建物は染色工場で、そこでわたしは働いていた

<<   作成日時 : 2008/01/08 03:14   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


瀬谷こけし

>「ただ、茫漠と広がっている。それが空間だとすると、その空間の一部を切り取って、囲い込んで、そこに人々の記憶がたくさん埋もれて堆積していって、物語が生まれ、名づけが施される、そのとき、その何もないのっぺりとした空間は場所になる。場所がそこに生まれてくる、という風に考えています」
赤坂憲雄「記憶を掘り起こし、名付け、物語を創造して空間が場所になる」『津軽学』3号。

よくわかる。きちんとした思索がここにあると思う。そしてわたしも(いますこしだけ受け入れてもらっている)黒田村で、物語を探して見ようと思う。

だが何が物語になるのか?
黒田村で、ある女性が、今は某大学の倉庫になっている建物のところにきて、「この建物が昔は染色工場で、ここで働いていたんだよー」と言っていた。何度も。
この女性の語っていたことこそが物語ではないのか?
カッパも山人も登場しないこの語りが、物語ではないのか? とても貴重な。
「昔この建物は染色工場で、そこでわたしは働いていた」
この語りが。
いとおしい記憶がこの語りの中にある。


そしてもう一つ。「空間の一部を切り取って、囲い込」むこと。その時に切り取られた空間は、標識を立てることによって初めて「領土(=われらが場所)」になるのではないか。
その標識立てとしての「藝術」、とりわけ「歌」と「詩作」に注目しなければならない。


津軽学―歩く見る聞く津軽 (1号(2005))
津軽学―歩く見る聞く津軽 (1号(2005))

設定テーマ

注目テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

特集