「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ

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help リーダーに追加 RSS 七月二十七日 有次に行った

<<   作成日時 : 2008/07/27 18:30   >>

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瀬谷こけし
 有次に行った。用事は二つ。ひとつは菜切り包丁に柄をつけてもらうこと。この前研ぎの講習を受けた時に言われていたことだが、柄のところが錆びているので取り替える必要があった。そう言われた包丁はむかし伊勢の二見が浦で買った菊一文字のもの。もって行ったそれは、柄を割ってもらったのだが、やっぱり根まで錆びていた。
 もう一本持って行ったのは、以前鎌倉で買った第二十四代正宗綱廣の菜切り包丁。これも柄を錆びさせて使えなくなっていたものだ。どちらかを直すのならむしろこちらを直して貰いたくてもって行ったのだが、菊一文字の方は供養に回すかと、言われると、お願いするとは言えなかった。有次では毎年秋にお坊さんを呼んで「包丁供養」を行なっているのだという。有り難いことだ。お世話になってきた包丁、普通に棄てられるものではないから。
 結局二本とも直してもらうことにした。一本五千円弱。出せない額ではない。ただ伊勢で買った菊一文字はそもそもが五千円もしなかったと思う。けれどお世話になってきた道具だ。鋼はまだあるので、まだも一回は使いたい。だがこうして直しな惜ししていると、有次のものを買う機会がない。それが残念なことだ。

 もう一つの用事は、ある方へのお礼にペテイィナイフをお送りること。お礼と共に「一緒に運を切り開いてゆきたい」という思いをこめて。以前橋本繁蔵さんにお送りしたのとまったく同じだ。同じもの、同じこと。「気持ちよ、伝われ」、と思う。




 それともうひとつ。お名前を失念してしまったが、先日の研ぎの講習の先生もみえていた。正宗綱廣の包丁を見てくれた。先日講習で習って、わたしが自分で砥いだものだということでだ。「刃が立ちすぎている。もっと寝かせればもっとよく切れるようになる」と評してくれた。
 そうなのだ。切出しを砥いだ時にも感じたことだが、わたしにはまだもっと寝かせて砥ぐことが技術的に難しいのだ。
 それができるようになるまでまだどれだけ掛かるかわからない。
 ひと目見ただけでそれを指摘してくれた。
 今日これから包丁一本、わたしはやりはじめるだろう。*


* やってしまいました。続きを。

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今使っている包丁を砥いだ
〈承前〉  早速いま使っている包丁を砥いだ。以前に砥いで、今でもよく切れるのだが、それをもう少し寝かして、角度を浅くして砥いだ。500番、1000番、3000番でやった。500番がなかなか砥げない。カエリが出てこないのだ。砥げる手応えのあまりないまま、かなりの時間砥ぎ続けていた。とりわけ二ヶ所でなかなかカエリが出なかった。使い方のクセのせいで刃が真直ぐでなく、その手元側が砥ぎにくかった。それともう一ヶ所は刃元から四センチぐらいのところ。そこがなぜ砥げないのかよく分からなかったが。 ... ...続きを見る
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2008/07/27 22:08

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