「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 《ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世》

<<   作成日時 : 2017/03/05 12:39   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

瀬谷こけし


画像
ローマの「ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世公園」にて



(去年のこの日、3月5日にローマでFBに書いたものを再録します)

 いちばん下の娘が今日大学を卒業した。
 めでたくて、そして寂しい。

 一か月のイタリアを中心にした旅も今日から(もしかしたら昨日から)後半を迎えた。妻子と一緒に回った、目まぐるしく楽しかった最初の一週間。それは自分の人生の楽しさそのもののようだった。

 今日は休養にあてていたが、気づくと夜の八時を回っていた。---このまま自分の仕事に入れない。さっき弘前の友人にフィレンツェで買ったはがきを書いた。その切手を売っている店がないか、見に駅の方まで探しに歩いてきた。もちろんないに決まっている。タバッキは遅くとも七時には閉まるだろう。確認ができればいいというところだ。それよりなにより外が歩きたかった。子供を育て、子供とともに家族と過ごしてきた楽しい時間…。

 しかし他方、夜の街に出ると、この町を車で走り、高速で走り抜けたいという気持ちがいつでも湧く。ローマならローマ弘前なら弘前。京都なら京都。そんな自分をなだめ、時には解放し、これまで生きてきた。しかしこのスピードの感覚がなくならないように。脱出への加速能力を失わないように…。

 今日は近所のヴィットーリオ・エマヌエレ二世公園で手帳にものを書いていた。ここローマで、そしてシチリアのカターニアで、このエマヌエレ二世の何かに守護されている気がしていた。カターニアの宿で預けていたバッグをとりに行ったとき、宿の若いおねえさんと、今朝朝食で一緒になったフランス青年と、ふたりからあなたはまた戻ってくるまた会おうと言われた。わたしの最後の言葉も「ォルヴォワール」だった。「ル(re)」をはっきり発音しようとした。また来る気がしていた。なぜカターニアの町がたった三日で、こんなに愛しい町になってしまったのか。初日に、大変な困惑の中、助けてもらった経験が大きいのだと思う。そしてその最初のきっかけは、どこを歩いているのかさっぱりわからなくなったとき、道でバスを待つ高齢のおばさんに尋ねたのが、ヴィットーリオ・エマヌエレ通りに行くにはどうしたらよいのか、と尋ねたことだった。駅の方まで戻って行きなおさなければだめだとその人は教えてくれた。地図を見て考えていた確信があったので逆らいたかったが、結局それに従った。そしてそのおかげで正しい道をみつける第一歩に戻れた。そのときにも導いてくれたのはヴィットーリオ・エマヌエレ二世の名だった。前にfbで語った助けてもらった話はさらにその次の段階の話だ。そのときは自分がジョバンニ通りを歩いていることが通り名と地図とで一致してわかっていたからだ。そして宿からのメールに書かれていた通り名と地番は、すでに地図で調べて見つけていたので、その番地に宿が(事務所でなく)存在していれば、自力でたどり着ける可能性は多少ともあったはずだ。---結局わたしは何に導かれていたのか? ヴィットーリオ・エマヌエレ二世の何かではないのか? 彼はイタリア王国を作り上げた。オーストリア帝国から独立を勝ち取るとともに、法王からの破門を受け入れ、法王の権力を最後まで拒否しイタリアを建国したこの王の何か? それに守護されているという気持ちがどこかでしていた。まったく偶然のなりゆきなのだが。

 末の子の大学卒業は子育ての一段落だが、それで終了というわけではない。これからは私の仕事の部分を増やしてゆかなくてはならない。次の旅を考えよう。今日はローマで10度ぐらい、ベルリンやミュンヘンは2度だ。トリノが4度で、ドイツよりは少し暖かい。この時期のローマは暖かくて過ごしやすい。計画を立てよう。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

特集

《ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世》 「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる