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zoom RSS 《拙詠一首:皇子フォーゲルフライ》

<<   作成日時 : 2017/07/03 18:54   >>

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瀬谷こけし

メッシーナの港
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 前にも紹介したことがあるかもしれない。
 拙詠一首:

> 海峡を白い鴎が群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのあれが友たち


 去年の三月初めにシチリアのメッシーナで見た光景を詠んだものだ。シチリアではニーチェの『プリンツ・フォーゲルフライの歌』にまとめられた数編の詩を読み理解すべく力を尽くしていた。
 「皇子フォーゲルフライ」はニーチェが自分自身を象徴させた形象で、「フォーゲルフライ」とはいわばアンタッチャブルな存在、どこかで野垂れ死にをしても誰も手を貸すべからざる存在、鳥が食い尽くすままに放置される存在のことだ。そういう皇子であると、ニーチェは自分のことを考えていた。---こんなことも以前紹介したことがあるかもしれないが。

 しかし、メッシーナにとどまる日々の中で、ニーチェには新しい生き方に賭けてみようという気持ちが生まれて来る。それが、パウル・レーやルー・フォン・ザロメなどの新しい彼の弟子と言える人たちとの関わりの中で自分の思想を伝え、また発展させてゆきたいという気持ちだ。そしてこの気持ちを確認して(これは同時にワグナーと決別するということでもあった)ニーチェはローマに向かい、そこでレーやマルヴィーダ(フォン・マイゼンブルク)の推すルー・ザロメと会おうとする。1882年4月下旬のことだ。

 ニーチェの詩「皇子フォーゲルフライの歌」の中には、最後に若い鳥たちが出てくる。メッシーナではほとんど鴎を見なかったのだが、帰りの電車の中でかろうじて、数羽の鳥を見た。多くは浜にひとりで留まっている鳥だった、一回だけ数羽で舞う鴎を見た。ニーチェの思いが確認できた気がした。


 わたしもまた、ニーチェと同じように、新しい若い友たちを相手に、仕事を進めてゆくべきではないのだろうか?


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