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みんなの「日記」ブログ


《20170808 シルスの岬の先端へ》

2017/08/09 15:42
瀬谷こけし

シルス岬西側の「ニーチェ思想石」 at シルス・マリーア
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 朝食後シルス・マリーアの半島の先端近くにあるという「ニーチェ思想の石」(Nietzsche Gedankenstein)に行った。前日の晩に宿のおねえさんが「Nietzsche Stein」を知らないかと尋ねたところ、教えてくれたものだ。「Nietzsche Stein」と呼ばれているものとは少し違うようなのだけど。
 ともあれ、シルス滞在中この岬にもニーチェはよく来ていたはずだから、ニーチェを理解するためにもよい経験になるはずだ。
 ところが、前日のコルヴァッチ山での難行(なんぎょう)のために、足が重くてゆっくりとしか歩けない。そんな足を引きずって、ゆっくりと、休み休みしながら歩いて、岬の先端にある石のところまで行ったのだが、この経験でよくわかったのは、シルヴァープラーナ湖の方とは違い、シルス・マリーアの方は高齢というより老人といってよい人たちが、ゆっくりと静かな時間の流れをたのしむために訪れる場所だった。静かさを楽しむ場所。この朝のシルスの半島の空気感をニーチェをまねて三つの言葉で言うと「やわらかく、穏やかで、うるおいがある」ということになる。この朝は霧にはならないもののそれに近い湿気がシルスの村に遍在していた。そんなこともあっての形容になる。
 それでゆっくり歩きながら、そして写真を撮りながら、会う人々とこの日の祝福を互いに与えながら、緩やかな時の流れを楽しむという気持ち、きわめて静かな気持ちを得ながら、岬の先端まで行ったのだった。そしてその先端にあるいろいろな岩が、「ニーチェ思想の石」なのだろうと思いながら、それはそれとしてこの場所を楽しみながら宿に戻ったのだった。

 宿の部屋に戻って、昨日もらった地図を見ると、どうやらニーチェ石は岬の先端ではなく、少し西側の方にあるようだった。まあどうでもよいようなものだが、少し気になっていた。また何よりもつかれていたので、宿で休眠を取って、午後3時過ぎに今日は開いているはずの「ニーチェハウス」に行って、それから」ややあって、それで夕方近く、5時ぐらいになって、地図にかかれている「ニーチェ思想石」を見に行こうと思った。まずは宿の前の大きな草原を横切って西の屏風山を近くで見て、何とか遠近感とか細部とかを見て、一応様子を掴んでから、西側から半島に向かった。足が驚くほど軽くなっていた。朝足を引きずっていた老人がが夕方には子供のように足も軽く、ニーチェの石に向かった。西側から近づくメリットはあんまりなかったが、まずあっという間にその石のところに着いた。石には碑文が刻まれていた。刻まれていたのは、「人間よ、用心せよ」から始まる(『ツァラトゥストラ』の)「第二の舞踏の歌」の真夜中の鐘の詩だった。これがニーチェの思想だと称して申し分ないものが選ばれていたのだ。
 歌の詩文は写真から読んでもらえるだろうか。

 きっとここにも訪れていたはずのニーチェ、あるいはこの歌の詩を、ニーチェ自身はこのシルス・マリーアで思いついたかもしれない。そのニーチェの詩文に共感の心を捧げるべく、この碑文の前でわたしはそれを音読することにした。授業でも何度も使っている詩なので難なく読めると思ったが、細部でいくつか読み損じたところがあって、もう一度読むことにした。今度は一カ所、「HERZELEID]を「HERZENLEID」と言いそうになったが、その思想を正しく読むことができた。するとその読みの最後の方で、わたしの耳には反応して「OH! OH!」と言う声が聞こえた。誰かが聞いていて、感応してくれたのかと思って、その人が出て来れるように、わたしは海の方に近づき、石碑とは距離を取った。---だが、だれも現れてはこなかった。あるいは打ち付ける波の音がそのように聞こえただけかもしれないが、わたしには、それはニーチェ自身が共感の声を上げてくれたのだと思えた。
 それからしばらくして、ならばきちんと録音して献呈の証拠としようと思った。「Zum Nietzsche」からはじめて読み始めたが、簡単に失敗してしまう。それで「もう一度」として、四回目になる読みをした。今回も「OH! OH!」と半ば感涙を交えたような声が聞こえた。---それは録音物に入っているだろうか。未確認だがそれはそれでいい。この詩ほどニーチェが「夜」の立場に身を置くこと、そして自分は「よろこび」は「苦しみ」よりも深いという思想によってワグナーを越えていることを明確に示そうとしている詩はない。これがニーチェの思想だと言って何の誤りもないだろう。まさにこれは「ニーチェの思想石」なのだ。

 この(献呈の儀の)あと、わたしは歓呼の声を上げてこの場所を走るように立ち去ったのだった。


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《高山紅葉》

2015/10/24 00:14
瀬谷こけし
 きのうは午前中幕末・明治の日記を読むという講座を受けて、夜は遅くまであんらく亭で友人たちと飲んでいた。今日は、昨日あれほど飲んだ割には調子が悪くなかった。それで今日は欲しかった電気製品を買いに行った。まずはヘアードライヤー。これからは風呂やシャワーの後に欠かせないから、どうしても欲しかった。他は無くてはならないと言うほどではないが、いくつか買った。オーブントースター、T-falの湯沸し。それからもうひとつおまけに買ったのがハンディーマッサージャー。店で試して肩に当ててみると、結構効きそうだったから。今日はほんとは辺地廃村を回ってみたかったのだが、朝早く起きれなかったのでそれは諦めた。明日は城についての講演会が図書館であるので、聴講に行くつもり。
 高山でも紅葉が始まっていて、しかし紅葉もせずに枯れてゆく葉も多い。
 この色合い、そして頂の尖りの角度など、どこか祭りの屋台の造形とも共通している気がしている。高山にいるとしきりと津軽がなつかしくなる。紅葉の色も、ネブタ・ネプタの賑わいも。高山で最近進んでいる番所の研究、隣地とのものの出入りの研究は、「差異をもって外と関係する飛騨的な力の研究」という私の飛騨学についての定義と同じ方向の研究にみえ、とても心強い。私に何ができるか、何をするか、ぼちぼち決めてゆかなければならない。


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《謹賀新年》

2015/01/02 09:56
瀬谷こけし
 後れ馳せながら謹賀新年。本年もよろしくお願いいたします。
 元日の雪。今朝は早起きして次女を仕事場に送って、やっとひと息です。

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《初孫 12月28日》

2014/12/31 15:48
瀬谷こけし
 長女に無事に女の子が生まれた。朝の4時過ぎ。初孫。その全力で生きようとする生命力に驚嘆する。
 夜7時ごろに行った時には、随分と落ちついていた。
大事な一日になった。


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当て逃げ、今日も

2013/02/05 23:58
瀬谷こけし
 今日は左京区役所に固定資産税を払いに行っていたが、車に戻ると、右前側が少し凹んでいるのに気がついた。左前側の、バイクに当たられた所も凹んだままだが、健全だった右側も凹まされて、ちょっとショックだった。いつも当て逃げ。一昨年原付きバイクに当てられた方は、当てた人物も分かっているが、相変わらず音沙汰も無く、頬っ被りしたまま、当て逃げも同じ。今日のは誰が当てたのか分からない。駐車場で当てられて、当て逃げされなかったためしがない。イヤになってしまうことだ。


 来年度の哲学の授業には『ニーチェから宮沢賢治へ』(創言社)を、再び教科書にしようかと考えている。これは「神が死んだ」ということをテーマにした本で、非常に善いものだ。と言って、分かりやすいわけではないが、「神が死んでいる」という(極めて稀な)経験をベースにして、初めて新しい時代が始まったのだということが、今にして大変よく分かる。ニーチェが『喜ばしい知識』125で言っていた、ここから新しい時代が始まるという預言は、非常に正確なものだった。それが、今はとてもよくわかる。最近行っているわたしの哲学の授業の主旨とか位置付けは、この本を読んでからの方がよく分かるに違いない。だから教科書にしようか、と思うわけだが。

 もう一つ、何か哲学の研究会を作りたい。かつての「思想の科学」のようなもの。多様性と現実性を確保して、本質を掘り下げて、人々に現に起こっていることの精神的な位置付け(つまり何をやっているのか)をわかりやすく示してゆけるような仕事。それを研究会として、数人のコアメンバーでやってゆきたい。名称をどうするか? 「思想の哲学」でもよいのだが。どこか雑誌発行を支援してくれるところはないか? 徐々に考えて行こう。






ニーチェから宮沢賢治へ―永遠回帰・肯定・リズム
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今日はゴミと車と四川料理

2012/12/28 20:18
瀬谷こけし
 今日は、いろいろなゴミをクリーンセンターに運んで、それから娘の車を取りに宇治まで行って、途中で四川料理の店で昼食をとり、無事帰って来た。
 深草の四川料理の店が、とても美味しくて、量もたっぷりあって、夜になってもまだお腹いっぱい。
 また行きたい店になった。



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クリーン・センター内部

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四川の

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これが「饅頭」

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スープ

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ジャガイモ



 そう言えば、昨日は病院に行って、CTでステントの内部に少し影があったので、負荷心電図を撮って、結果とりあえず様子を見ることになった。


===== Facebookに書いた記事を追記します============
《四川料理》:
久しぶりにアジアの料理を食べて、美味しいと思った。大学の近くにあった「デポ・サワデー」というタイ料理の店がなくなってから、辛くて力のある料理を食べていなかった。店の名は忘れたが、深草駅の近くの店。ほんとの四川料理を食べさせてくれると聞いて行った。学生向けの店なのだろうが、料理がどれも力強かった。料理を食べる喜びをほんとにひさし振りに味わった。写真は豚の大腸の料理。他に酸味のあるスープも、デポ・サワデーのトムヤンクン劣らないほど旨い。多分レモン・グラスも入っている。もっとも宮廷料理風のこまやなか味付けではなく、ある種の荒さがあるのだが、そこがまた美味い。
 またぜひ行きたい。今度は「蜂の巣」をいただこう。




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2003年の花札

2012/10/22 23:00
瀬谷こけし
 メモリーを整理していたら出てきた。2003年の年末の写真。このころ花札をして遊んでいたことをすっかり忘れていた。もう久しくやっていない。役もやり方ももう忘れてしまった。楽しかった日々だったが。



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アンパンマン

2012/10/10 23:54
瀬谷こけし
 一番下の娘の作ったアンパンマン。なかなか。



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(制作は10月3日)











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スズメバチ

2012/09/03 19:35
瀬谷こけし
 きのう(9月2日)は、花巻のスクーリング・レポートを採点していて、目がぼっとして、字が読めなくなるぐらい疲れてしまって、家に戻って休んでいたら、電話があった。今日は「直観(音楽)」の日だ、すぐに来いとのこと。慌ててまた大学に行くが、疲れは取れていない。疲れたまま、ともかくやる。演奏はそんなに悪くない。二三ヶ月前から参加してくれているKさんが、的確で驚く。音の性格、とりわけ音色の変化によって表現される境域の変化など、とても的確に理解してくれている。音を聴き、理解する能力についてはほとんど文句がない。表現も、控え目だが適切で、無駄がない。もうひとりのAさんもめきめき上達してゆく。アーティストやデザイナーには、音楽にもすばらしい感受性のあるひとが多いのだと感じるこのごろ。
 写真は研究室の近くに転がっていたスズメバチ。このところ研究室近くにスズメバチが増えているようだ。多分、コナラの樹液を吸いに来ているものだ。



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 よく分からないのだが、これはキイロスズメバチだろうか? 飛騨の猟師の橋本繁蔵さんは、多分このハチのことを「ヤカンバチ」と呼んでいた。そして、熊以上に恐れていたようだ。





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九月

2012/09/01 22:45
瀬谷こけし
 21日から写真展を開くので、例年とは違ったことで毎日仕事に追われている。暑さのせいか歳のせいか、頭があんまり回らないので、色々なところで誤りが出ていそうだ。昨日も、「東洋の叡智への案内」の添削を、大学に戻して、8月の添削はすっかり終ったつもりだったのだが、今朝見ると自宅の別のケースに入れたままになっていて、今日も大学に行かなければならなくなった。お陰で事務局のひととも話せ、おかげで写真展の案内葉書を渡したりもできるので、かえって人付き合いの点では恵まれているのだが。写真展をするということで、事務局の人たちがすこし好意的に接してくれているようで、それもうれしい。
 そして九月。わたしに機会を与えてくれる方があったので、22, 23日の宮沢賢治学会イーハトーブセンターの定期大会等に行くことにした。ますます忙しくなったが、有り難いことだ。誰に感謝したらいいのかわからないまま、何かに感謝している。





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タイトル 日 時
朝、西の空に
朝、西の空に  朝、というか早朝というか、未明というか、日の出る前、五時十分ぐらいのこと、西の空に大きな月が見えた。満月。あるいは満月近くの月。  普段早起きをしないせいか、こんな月を見るのは初めてだった。 ...続きを見る

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2012/08/03 12:58
桂川光正さんが亡くなったと知った
桂川光正さんが亡くなったと知った  桂川光正さんが亡くなったと知った。彼の大学でお世話になっているわたしの教え子から電話があって。亡くなったのは3月10日とのこと。癌だったとのこと。  何も知らなかった。  何よりも暖かいひとだった。そしてお世話になった。まだわたしが予備校などを掛け持ちして暮らしていた時。生きてゆけるように、暮らしてゆけるようにと。  同じ向島の市営住宅にいた。息子をとても可愛がってくれた。電車が好きだった息子に、電車の本を何十冊もくれた。 ...続きを見る

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2012/08/02 22:37
すっきりした夕空
すっきりした夕空  東京から帰ると、次の締切は8月4日。採点と評価。これまたキツイ日程だが、しかたない。問題はこんな暑い日にできるのかということ。採点は図書館や喫茶店でやるわけにはゆかない。にもかかわらず研究室は行きにくい。勢い自宅で夜やるしかなくなるが、はたしてそれまで体力が続くか?   今日はヘルダーリンの「自然へ」をもう一度読んでいた。タイトルはドイツ語で "An die Natur"。4格だというところがひとつの問題で、この陰にどんな動詞が隠れていると考えればいいのか、というところが問題。また"an... ...続きを見る

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2012/08/02 21:27
あの不思議な色調が出せない
あの不思議な色調が出せない  久しぶりに進々堂で勉強をしていて(ニーチェの続きを急いで書いてしまいたくて)、あまり進んだわけではないがひときり着けて出た時、向いの京大の境界の木立にあたる光がとても不思議に見えた。陽は樹冠に当たって、そしてその下は暗く、またその下には当たっている。四時半頃の、もう傾いている光で、それも雨が降ったり晴れたりの落ち着きのない空の、まだいろいろ、雲の多い時の光。不思議に思って写真を撮ったものの、どうにもよく感じが出ない。ただそんなことの記録としてアップしておきたい。ピントもよくない気がするのだ... ...続きを見る

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2012/04/07 00:50
卒業祝い、就職祝い、進学祝い
卒業祝い、就職祝い、進学祝い 夕焼けが、ささやかだが、きれいだった。 ...続きを見る

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2012/04/04 21:40
教育ローン
教育ローン 完済のお知らせ ...続きを見る

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2012/04/03 22:26
引っ越し(2)
引っ越し(2)  今日(3月28日)も二番目の娘の引っ越しの手伝い。今日は妻と娘二人を連れて手伝いに。今日は家の車(ミニバン)で。布団袋や衣類が中心。冷蔵庫や洗濯機は昨日運んだので、一回の運搬で終った。要るものと捨てるものを分けること、そして引越し先の寮の部屋で整理をして生活できるようにすること。わたしの仕事はあまりない。洗濯機のセッティングや、アースの接続など。そして物干し竿を買いに、等。まあ、運転が主な仕事だった。人数が多いだけに作業は早く進んだ。昼ご飯は、昨日と同じ讃岐うどんの店に皆で行って食べた。 ... ...続きを見る

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2012/03/29 03:28
引っ越し
引っ越し 月と金星と、そして水星? 下宿の前で。 ...続きを見る

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2012/03/27 23:16
比叡山 雪の花
比叡山 雪の花  今朝は雪だった。10時すぎにはあらかたとけていたが、比叡山の木々にはまだ雪があった。少しだけ雪の花のよう。ここに光が射すと、きっと花のように明るむ。そしてあっという間に消えてしまう。 ...続きを見る

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2012/03/12 21:16
今日は長女の卒業式
今日は長女の卒業式  芸術系の大学を出て、仕事がなくて、看護の専門学校に入って三年間、頑張り、我慢してきた。そして今日卒業。資格の方は国家試験の結果待ちだが、努力が実っていって欲しい。堅実な先生方に指導を受けてきたことがわかるよい卒業式だった。  わたしの方は昨日よりはマシだが、花粉症に苦しめられている。 ...続きを見る

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2012/03/10 20:32
今日は次女の卒業式
今日は次女の卒業式  今日は次女の卒業式(大学)。朝早く起きて行った。娘はとても嬉しそうだった。楽しい大学生活だったのだろう。こういう楽しい経験を手がかりにして、生活や人生を広げてゆくことができる。学長の告辞もよかった。医療の研究と実践の現場という地にしっかりと立って考えを述べていた。そして集団的な実践と研究の体制としてこの集団をしっかりと意義あるものとして前進させてゆく、その一員として活躍して欲しいという希望を語っていた。一隅を照らす者が国宝であるという最澄の思想も、ひとこと交えていた。  わたしの方は今日... ...続きを見る

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2012/03/09 23:50
文化の日 大原へ
文化の日 大原へ  大原に行った。今日はほんとに何ヶ月ぶりかの「締切」に追われていない日だったので、かえって何をしていいのか分からなくなっていた。前から分かっていたら、きっと山に登っていた。  それでともかく、午後から大原に行った。ここのところ大原がちょっと気に入っている。大原なら野や原がたくさんあって、写真の題材に困らないというのが一つだ。そしてもう一つが地元の野菜などを売っているところ、「里の駅」と呼んでいるらしいが、そういうところがあって、そこの野菜などがおいしく、安心できるからだ。そこに買物に行く。... ...続きを見る

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2011/11/03 21:36
上高野 今年の稲刈りは9月16日だった
上高野 今年の稲刈りは9月16日だった 上高野の今年の稲刈りは9月16日だった。田植日の記録もしてあるはず。とりあえず車で走りながらの写真一枚。 ...続きを見る

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2011/09/19 14:36
そして今日は合歓の花を見た
そして今日は合歓の花を見た  そして今日(7月6日)は今年はじめて合歓の花を見た。市原から静原を通って、大原に抜ける道の途中で。 ...続きを見る

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2011/07/06 22:50
朽木に行った (スキー場ほか)
朽木に行った (スキー場ほか)  今日は次年度の「東北地域学」のプリントの柳田国男のところを纏めてしまおうと思っていたが、(昨日で)久しぶりに仕事から解放された実感を味わいたくて、権現山の雪の具合を見に行った。見たのは登り口や下の方の山肌だけだが、日陰の山肌で10cm程度。これではカンジキを穿いて面白く走るわけにゆかない。もう一雪待たないといけない。  確認はすぐに済んだが、これだけでは来た甲斐がない。様子見に朽木の方まで行ってみようと思った。木地仕事を習うかもしれない沢井さんのお宅がどのへんだったかも確認しておきたかっ... ...続きを見る

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2011/02/25 21:35
台風のあとで
台風のあとで 台風のあとで父と海に行ったことがある。 鵠沼の海だ。 台風一過の翌朝のことだったと思う。 ...続きを見る

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2009/10/07 11:30
鳩山由紀夫さんはわたしの父の教え子かもしれない
鳩山由紀夫さんはわたしの父の教え子かもしれない 時期が合っているかわからないのだが、 父は東大工学部計数工学科の教授をしていたことがあるので、 鳩山由紀夫次期首相を教えたことがあるかもしれない。 ...続きを見る

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2009/09/11 10:07
チャピーが死んだ
チャピーが死んだ  犬のチャピーが死んだ。朝、妻に起こされた。急遽妻が電話をかけて、犬の葬儀屋さんに取りにきてもらった。パソコン用の段ボールにごみ袋のビニールを張り、その上にさらにレジャー・シートを張り、その上に死んだチャピーの顔の左側が下になるように入れ(土の上に顔の左側を下にして死んでいたので)、そして掛けておいた毛布をそのままかけ、買ってきた花を入れ、そして餌を入れた。そして一時間ほど葬儀屋さんを待った。葬儀屋さんは数珠まで持ってきて、犬の手にかけろといったが、そんな無理まではしなかった。右の前足の上に... ...続きを見る

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2009/06/15 14:42
6000番の砥石を買った
6000番の砥石を買った  一昨日(6月27日)6000番の砥石を買った。キャベツを切っていて、切れないなと思ったからだ。今月のはじめに、講習会(有次)に行って、研いでもらった菜切り包丁なのだが、キャベツの芯のところを切っていて、すっと刀が入ってゆく感じがなかったのだ。力を加えないといけない。包丁もこんな簡単に切れなくなるものなのだ。それで夜の8時前だったが、コーナンに行って砥石を買ってきた。人造の3000円少々のものだ。まずは人造物でもいいから使えるようになることだ。  それで買ってきて、3000番からは... ...続きを見る

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2008/06/29 23:18
鉄砲町の伯父が亡くなった
鉄砲町の伯父が亡くなった 6月27日、鉄砲町の伯父が亡くなった。そう電話があった。通夜の予定もまだ立たないらしい。おじさんには特に息子が可愛がってもらっていた。お菓子屋さんをしていて、行くといつもたくさんお菓子をもらっていた。義父のすぐ上の兄に当たる。丈夫な人だったと思う。飛騨弁では「キツい」人という。義父と二人でよく茸取りに行っていたらしい。白川村の尾神の出身だ。御母衣ダムで沈んだ村だ。もう、その尾神の村の生活のことを知っている人も少なくなっただろう。義父と同じく、昔の白川村の生活をその身で生きてきた人だ。飛騨の人... ...続きを見る

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2008/06/28 02:48
3月27日 ブログを始めてちょうど一年
3月27日 ブログを始めてちょうど一年  昨年の今日、ブログを開始しました。今年も二三日前に、京都大学の卒業式があったようです。今年はどんな式辞が述べられたのか?  ともあれ一年が過ぎました。読んで下さったみなさんに励まされての一年でした。  アクセス数は1万7千あまり。  有難うございました。 ...続きを見る

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2008/03/27 11:36
「哲学」のレポートの採点を終えた
「哲学」のレポートの採点を終えた  10月29日に(多分)、「卒業研究3」の添削が終わって、それから「津軽」の「環境文化論」のレポートを見て(これは一日でできた)、それからは使える時間をすべて使って「哲学」のレポートの採点をしていた。採点といっても、きちんと読むと時間はかかる。その間はほんとに何もできない。骨休めになるようなことだけだ。もちろん他の平常の義務はあるし(それも容易ではない)、そして飛騨高山でのクマ撃ち対話の追加調査の準備もしないとならない。そしてその他に黒田村に二回出かけた。一回は「ふれあい祭り」だが、預けたま... ...続きを見る

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2007/11/06 17:57
今年もあと二ヶ月になった
今年もあと二ヶ月になった 今年もあと二ヶ月になった。気を抜かずに仕事を進めてゆこう。 今考えていることのひとつは「風土と日本文化研究会」のホームページに学生のレポートを掲載するコーナーを作って、彼らが出しやすく、発表をしやすくしてゆくことだ。 ただこれもわたしがHTMLを書くとなるとその手間がめんどうで、それで滞り勝ちになってしまいそうだ。ならばいっそブログにしようか、と思う。 それと、「風土と日本文化研究会」が規約とかが面倒で、動きにくくなってしまっていることがある。もう少し動きやすい会を作ろうということも考... ...続きを見る

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2007/11/01 16:10
ラ・サールの本(『運営』)のフランス語目次
ラ・サールの本(『運営』)のフランス語目次 これだけフランス語のものが続いたら読者はいやだろうな、と思いながらも、ブログに載せてしまった。こうして載せておけば検索がしやすいだろうからだ。  はじめは一つのファイルですむと思っていた。日本語訳した方はファイル一つですんだ。だがフランス語の方はダメだった。20000字までという制限に引っかかってしまうようだ。実際は空白の量が多いのだが、見やすくするためにはなしにするわけにもゆかない。しばらくこれでやって、うまい改善策が見つかったらそちらに切替えることにしよう。自分のブログの中でも幾つかの... ...続きを見る

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2007/07/31 01:39
疲れた時には 京都郊外雲ヶ畑
疲れた時には 京都郊外雲ヶ畑 疲れた時には寝てしまうことが多くなった。年のせいだろうか。家に戻ってまずは一時間か二時間寝る。そうしてそれから夜の部の仕事に入る。 ...続きを見る

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2007/06/29 00:10
「偶然」にこんなにも恵まれて ---「なめとこ山の熊」の研究
「偶然」にこんなにも恵まれて ---「なめとこ山の熊」の研究 今日の昼過ぎ、思い付いて雫石歴史民俗資料館の渡辺洋一さんに電話した。 すると、なんとたまたま今日の午前中、健ちゃん(高橋健二さん)が来ていたのだという。またまた自分で車を運転して。先日九十五歳になられたというご高齢にもかかわらず、達者なことだ。 ...続きを見る

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2007/06/06 19:02
拙稿「〜高橋健二氏からの聞書き」、『宮沢賢治研究Annual17号』に
拙稿「〜高橋健二氏からの聞書き」、『宮沢賢治研究Annual17号』に 「宮沢賢治学会に研究ノートを投稿した」について ...続きを見る

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2007/05/21 10:26
トヨタ財団研究助成
トヨタ財団研究助成 トヨタ財団の研究助成の応募書類を書いて出した。 夜の十時半までかかった。あの研究室でやっていた。 今日の朝に電話で承諾をもらって、それから始めたのだった。 一日づけ。 慣れてしまった。一夜漬けにも。 支離滅裂なところがあった、と自分でも思う。 ...続きを見る

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2007/05/10 23:57
宮沢賢治学会に研究ノートを投稿した
宮沢賢治学会に研究ノートを投稿した 宮沢賢治学会に研究ノートを投稿した。 タイトルは「淵沢小十郎のモデル松橋和三郎をめぐる高橋健二氏からの聞書き」という長ったらしいもの。 非常に丁寧な録音起こしをした。高橋さんの明確なもの言いと、記憶の確かさと、誠実さがよく出るように。 それをしなければならなかった状況がつらい。 しかしすることは決然としなければならない。臨済義玄のように。 臨済が励ましになる。 ...続きを見る

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2007/05/08 01:30
中国温家宝首相の国会演説 --- 何を語ったの?
中国温家宝首相の国会演説 --- 何を語ったの? 朝日新聞がこのテクニックに気づかずにすっかりハマっているように見えるので、やっぱり言っておこう。(朝日新聞2007年4月12日夕刊、朝日新聞大阪本社 4版 第1面) 下の引用は 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成19年(2007年) 4月13日(金曜日)  参 通巻第1774号 からです。   ...続きを見る

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2007/04/14 11:29
息子と行ったパリ --- 海外にも友人や師がいるということ ---
息子と行ったパリ --- 海外にも友人や師がいるということ --- 息子とは小学校五年のときいっしょにパリに行った。ドゥルーズに会いに。 転居を知らなかったのでアパートに着いたのが夜の七時をすぎてしまった。奥さんと話したが、もう休んでいるということで会えなかった。無理を言えばお会いできたのだろうが、しなかった。『バサラと幽玄』(学研)をお渡しして帰った。その本にわたしも80枚ぐらい書かせてもらっていた。 翌日はもう朝から出発だった。 友人のJ.P.ベルトンさんとは、その前日か前々日、オペラ座の前で待合わせて、ルーヴィシエンヌの彼の家によばれた。息子と二... ...続きを見る

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2007/04/02 01:56
ひとはなぜ手を振るのだろう
ひとはなぜ手を振るのだろう 息子が家を出ていった。三月三十日昼過ぎ。東京へ。就職のためだ。 社会に出て新たに自分を試すための心躍る時だろう。 出てゆくとき「自分を大事にしろ」とだけ言って送った。 自分の中の大きな自分、畏敬すべきほんとうの大きな自分をといいたかったのだが、言えたのはそれだけだった。それでよかった。足りないといっても意味のある言葉をかけてやれたのだから。 はじめ二週間東京で、その後二ヶ月新潟で研修だという。その先はわからない。 当人は海外で仕事をしたがっているので、もうなかなか家に戻ることもない... ...続きを見る

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2007/04/01 23:54
昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ
昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ 昨日京大の卒業式に行った。放ってばかりいた息子の卒業式を見るためだ。 会場の雰囲気は好かった。卒業生たちの節度ある熱気は未来への手応えを十分に感じさせてくれた。 卒業証書授与も悪くない。 問題は総長の式辞だ。私が会場の一番遠いところにいたせいか、総長の声が反射するノイズにくるまれてほとんど何も聞き取れない。 だが繰り返し確実に何度も聞えてくる言葉があった。それは「京都大学は」という言葉だ。一分間に二三回出て来ていたようだった。 そのスピーチに私は段々うんざりしてきた。二つのものが間... ...続きを見る

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2007/03/27 11:29

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