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みんなの「短歌」ブログ


《日本歌人2018年3月号草稿》

2017/12/09 16:41
瀬谷こけし

白鳥
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(この白鳥はチューリッヒ湖ではなくルツェルン湖のもの)


 標記のものを紹介しておきます。(  )の中はルビ扱いのものとお考えください。


>西へ東へ人走る北南「斬首斬首」の言葉とともに
>養老や飲みもの選ぶ自販機に山吹色(やまぶき)の水これ美(うま)しとて
>ほろぶものみな滅ぼされふる里はうさぎ苦しき月見をすると
>夕焼けは古都が古都に帰る刻(とき)北大路をば西へと走れ
>夕方のそら焼けゆけば川辺には古都の雑草いまも生きぬく
>チューリヒの白鳥なべて無思慮なるをくちづけするは何の悲惨か
>くちづけに熱き頭(かうべ)を冷やさむと夜の神(ニュクチュルヌス)なる水を呑みたり
>灼熱のチューリヒ大学疲れてはアプフェル・ショルレは水よりも効く

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《うるま乙女を悼む 三首》

2017/10/15 02:29
瀬谷こけし

〇 沖縄に雪はふらぬとうるまにも雪はふらねど殺されにけり

〇 さみなしの米軍軍属に殺されてうるま乙女は姦淫の具

〇 同盟のむなしきことを怒るとてうるまの無念地に刻むべし


http://bit.ly/2yJOK4x

http://bit.ly/2ieU7SA

http://disktopaska.txt-nifty.com/aska/2016/05/post-9a88.html


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Photo by Masatsune N.
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Phofo by Ana Mendieta




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《拙詠一首:皇子フォーゲルフライ》

2017/07/03 18:54
瀬谷こけし

メッシーナの港
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 前にも紹介したことがあるかもしれない。
 拙詠一首:

> 海峡を白い鴎が群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのあれが友たち


 去年の三月初めにシチリアのメッシーナで見た光景を詠んだものだ。シチリアではニーチェの『プリンツ・フォーゲルフライの歌』にまとめられた数編の詩を読み理解すべく力を尽くしていた。
 「皇子フォーゲルフライ」はニーチェが自分自身を象徴させた形象で、「フォーゲルフライ」とはいわばアンタッチャブルな存在、どこかで野垂れ死にをしても誰も手を貸すべからざる存在、鳥が食い尽くすままに放置される存在のことだ。そういう皇子であると、ニーチェは自分のことを考えていた。---こんなことも以前紹介したことがあるかもしれないが。

 しかし、メッシーナにとどまる日々の中で、ニーチェには新しい生き方に賭けてみようという気持ちが生まれて来る。それが、パウル・レーやルー・フォン・ザロメなどの新しい彼の弟子と言える人たちとの関わりの中で自分の思想を伝え、また発展させてゆきたいという気持ちだ。そしてこの気持ちを確認して(これは同時にワグナーと決別するということでもあった)ニーチェはローマに向かい、そこでレーやマルヴィーダ(フォン・マイゼンブルク)の推すルー・ザロメと会おうとする。1882年4月下旬のことだ。

 ニーチェの詩「皇子フォーゲルフライの歌」の中には、最後に若い鳥たちが出てくる。メッシーナではほとんど鴎を見なかったのだが、帰りの電車の中でかろうじて、数羽の鳥を見た。多くは浜にひとりで留まっている鳥だった、一回だけ数羽で舞う鴎を見た。ニーチェの思いが確認できた気がした。


 わたしもまた、ニーチェと同じように、新しい若い友たちを相手に、仕事を進めてゆくべきではないのだろうか?


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《眉山より一首》

2017/06/18 06:39
瀬谷こけし


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 昨日(6月16日)ほぼ二回目の徳島。一回目は徳島大学で関西哲学会があったとき、食事のできるところを探して、先輩二人について町を歩いて、結局いい店が見つからず、ホテルに戻って夕食にしたという話。そのとき眉山が心に沁みついた。
 今回は、京都を出るのが遅くなって、四国村には間に合わなくなったので、まずは眉山を目的に徳島に行った。

 眉山の上から下の街の暮れ行くさまを見ていた。

 拙詠一首

> 眉の山眼下の街の暮れゆくを見つつぞあらむ世の終わりまで


 能因の象潟歌に似ているかもしれない。


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《日本歌人2017年7月号草稿》

2017/06/06 11:39
瀬谷こけし


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ザーレ川、2016年8月15日, at ナウムブルク



○ベルリンにゆく準備にも欠せないジョルジュ・ムスタキ〈異国の人〉

○世の民にニーチェといふは恐しき人昔アリストテレスは豚を黙らす

○Hirschentraum(ヒルシェントラウム)といふ菓子のあり鹿たちの夢ほぼ食べつくす

○啄木とともに遊びに来たかりしはむしろSaale(ザーレ)の川の川柳

○忘れよとNietzsche(ニーチェ・) Bank(バンク)は語り継ぐやさしい風のわたり来るゆゑ

○葉と葉と葉かさなるゆゑの密の絵か描きて森は涼をし賜ぶ

○ザーレ川裏葉を交わす川柳のいま幾たびの夏をたのしむ

○ワイマール何かわびしき地も店もひとさへ老いて夏祭りする



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《5月の日本歌人京都歌会》

2017/05/20 21:25
瀬谷こけし

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 今日歌会があった。私の出詠歌は、

>きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ

もちろん本歌の一つは人麻呂だが、この歌自体は次の歌への応答として詠まれている。

>百年の孤独を歩み何が来る ああ迅速の夕焼けの雲

山中智恵子の『風騒思女集』の末尾の歌だ。
 詠んだのは八年前、山中智恵子への挽歌として詠んだ。残酷な歌かもしれないが、私はそれでよいと思っている。それでこそ、時代の深みの底を汲み取り直したことになるだろう。


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《日本歌人2017年4月京都歌会》

2017/04/16 03:45
瀬谷こけし

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(構内落葉、2017年4月14日京大構内)


 今日(4月15日)日本歌人京都歌会の歌会があった。わたしが出詠したのは、以前(『日本歌人誌』)「2017年7月号草稿」として掲載したもののひとつを一字だけ変えたものだ。

> 時の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし

「夢の中へ」を「時の中へ」に改めた。もともと「時の中へ」の方が本来の形だが、この「時」をどのくらい誤解せずに読んでもらえるかを見たくて歌会に出した。少なくとも三人はこの「時」が現在とかではなく、悠久の時の流れの「時」、過去のことだときちんと理解してくれた。いわば純粋持続としての「今」の時から、「過去」へと逃げ去ってしまった時、もう(なにびとも)改めることができなくなった時だ。ニーチェが「es war]と呼ぶ時。
 歌を「夢」から「時」へ変更すると、見方が一人称から三人称に変わり、少し冷たい物言いになるが、しかし時の問題、死の問題の真相を思考しやすくなる。問題は単純で、身体が息を引き取るとき、それは抵抗の放棄として、「もうここまででいい」という納得として身体自身の能動的行為として最後の息が引き取られるということだ。どんな死に方であれ身体はおのれの能動的な行為として最後の息を引き取るのだ。
 歌会でも、終了後にすこし時間がもらえたので、そのあたりのことを説明した。身体が息を引き取るときの問題として考えてもらうと、理解共感してもらえるひとが増えた。

 今日は、病でしばらく声が出せなかったという人と、名古屋から参加の人が来てくれるので、歌会の後、みなで場所を移してあるフレンチのレストランで会食をした。そこでも、美味しく楽しい談笑の時を過ごした。京都造形での「歌会」の授業が今年からなくなること、京都造形からの日本歌人への何人かの加入希望者の話もした。書道家の会員で、同じく書道家のご主人が、4×9mの鳥子紙に書を書くところの映像もみせてもらった。
 なかなか充実した日だった。
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《日本歌人2017年7月号草稿》

2017/04/06 04:28
瀬谷こけし

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○家々は明かりつましく暮らしたりひとの生くるはさびしきものぞ

○今生の別れとてや差し伸ぶる骨ばかりなる手を握りしことを

○あさましきばかりに細き骨の手を差し伸べる姉のこころの無慚

○父の見る真夜に身まかりにけり姉千代子齢二十九の灯

○夢の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし

○峠(たわ)越えて芹生(せりょう)山水もとめ来ぬ春の若水ここにあらずや

○杉の葉のみどりうるはし隠国(こもりく)の春の若水得て帰途につく

○冬の真夜の静謐に立つ寒々し飛騨高山の街の格子戸



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《『短歌研究』勉強帖 2017年1月号》

2017/04/05 21:07
瀬谷こけし


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---加藤治郎の岡井隆論にまなびつつ---

 遅れ馳せだが2017年1月号「『短歌研究』を勉強しよう。巻頭の「12ヶ月の歌」は加藤治郎が「蒼穹は」というタイトルで岡井隆の『人生の視える場所』の中の「一月五日のためのコンポジション」を取り上げている。引用するのは次の三首だ。

>蒼穹(おほぞら)は蜜(みつ)かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶
>戸の外を流るる音のしろがねの気配のごとく寒さきて居り
>日のさせばそこはかとなき青空も巻きたる雲もいのちとぞ思ふ

 一首目の歌を加藤は「信濃路の夕空を遠望している。蒼と蜜の色が鮮やかである」と言う。しかしこの読解の出発点からしてわたしにはよく理解できない。加藤はさらに続ける。「蒼穹は器のようだ。器を傾けると蜜は細く垂れ、雲の流れとともに拡がってゆく。至福の風景である。蜜は甘美だ…」。やはりわからない。蜂蜜のビンを傾ければ細く蜜が垂れ流れてゆっくことは日常の経験からたやすくわかることだが、それが空を舞台に広げられるどのような天然現象を描いているものか、ほとんど掴むことができない。あるいは加藤の説明はやや当を逸していて、岡井の歌はほんとうは一筋糸を引いて流れてゆくような「蜜」のさまを言っているのではなく、青空の端のところから、テーブルの上に蜜が広がってゆくように、西空いっぱいに広がってゆく夕焼けの広がるさまをこう詠んだのではないだろうか? この垂れた蜜液のように広がってゆく空の色の移り変わりは止めることができない。移り変わり過ぎ去ってゆくこの流れこそ時であり、それは、なにものにもとどめることができない。この流れを、抗わず、わたしも肯定しよう、と歌人は歌っているようである。ならばよく理解できる一首だ。しかしこの肯定には、わずかではあるが、コンフォーミズムの、順応主義の、においがする。それは歌から肯定の手前の契機が見えてこないからだ。時は、この歌人にとって、いつから「伴侶」になったのだろうか? いつ伴侶にしたのだろうか? これがおそらくは大きな問題である。

 二首目の「戸の外を」の歌は、冬の夜寒が足元から近づいてくるような気配を「流るる音のしろがねの気配ごとく」と、ひんやりとしたしろがねのイメージを、平仮名の音で示すことによって、実に的確に気配を語ることばとしている。さほどシャープには見えないところに、鋭さを抑えた、妙観の刀のような名工の味わいがある。

 三首目の歌も空を歌っているが、もう一度引いておこう。

>日のさせばそこはかとなき青空も巻きたる雲もいのちとぞ思ふ

雲に隠れていた太陽がそこから現れて、光が青空や巻雲に注がれる。すると、空のその辺りの粒子も、そして巻雲を作る水分などの粒子も、日の光を受けて、何か喜ばしいような表情を見せる。そうなのだ、明るい光に会って、その喜びの表情を見せる空や雲、そのような変化や受け止め、喜ばしい受け止めは、それらのものたちの生命の表現なのだ。われわれは例えば原っぱの草が、日の光を受けると、喜ばしい表情に変わることを日ごろから経験することができる。そしてそこにそれらのいのちを見る。その喜びの表情を、歌人はそこはかとない青空にも、空の上で巻くようにする雲にも見るのである。そこには、本質的に、生命あるものと生命のないものとの違いは存在しない。ひとはそのようなものの感じ方を失ってしまったのだろうか。加藤は「どうといいうこともない青空も雲もいのちと思う。自らの生を風景に託している」と読む。しかしこれは正しい読みだろうか? 歌人はもっと先を、生命一如の感じ方に進み入っているのではないだろうか? わたしにはそう思える。


 他の作品として「新春三十首」を取り上げる。岡井隆「旧友の死そして私の授賞式前後の歌」、そして馬場あき子「眼鏡と夢」である。新春のめでたい作であると思われるが、しかし簡単に見るにとどめよう。
岡井作品では次の二首が気になった。
>わたくしがなんの果実をみのらせしや前のめりに動く烏(からす)みたいだ
>妻とともに壇上にカメラをうくるとき新しい雪をふむ音がした
 一首目。こう言われると、そういえば烏は前のめり風の生き方のスタイルをしているように見えるな、それは何なのだろう、という風に考えさせられる。ここには何かの発見があるのだ。そんなかそやかな発見を歌人は幾つも蓄えているのだ。敏な感覚を開いて生きている人のようだ。
 また二首目では、「うくる」と平仮名で書かれると、これは「受苦」とか「銃弾を受ける」とか、受動性の苦しみを連想させ、また新雪を踏む音をわたしもとても楽しむのだが、彼が壇上で聞いた新雪の音とはどんな音だったのだろうか、あのキュッキュという締まった音なのだろうかなど、これまたいろいろと考えさせられる。人生を、自然の様々な音、様々な形の印象とともに生きる人は、とても豊かな人生を送っているひとだと思う。岡井隆のそんな面を、今号ではとてもよく感じさせられた。

 今号の馬場作品はわたしには苦しい。
>目先のことに飛びつきやすく忘れやすく稀に冴えてるひと日仕事す
 三十首を読んで、この述懐に納得させられたと言うと、たぶんとても失礼なのだろう。だが明澄な意識が稀にしか訪れない日々をすごすということが、歌人としてどのような作を残すことなのか、ということは示してくれたと言えるだろう。以下は黙す。

以上
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《『短歌研究』勉強帖 2017年4月号》

2017/03/26 18:47
瀬谷こけし


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---喜多弘樹の前登志夫論「樹木みな」にまなびつつ---


 少し休んでしまったが「『短歌研究』勉強帖』を再開しよう。2017年4月号から。欠いてしまった号もまた補ってゆくつもりだ。
 2017年4月号巻頭の「12ヶ月の歌」喜多弘樹が前登志夫の歌三首を取り上げて吉野の桜を論じる。引かれる三首の歌は以下だ。

>杉山にとだえもなしにさくら花流るるひと日ひと日を生くる 『樹下集』
>樹木みなある日はゆらぐ行きゆきて乞食(こつじき)の掌に花盛られけり 『霊異記』
>さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人をおもへり 『童子』

 前の歌にはある程度親しんでいたつもりだが、こうして桜歌三首を示されると、とても自然に桜を迎えていた歌人の姿が見えて来る。それは西行の、身と心が添わなくなるような浮かれとはまた少し違うものだ。
 一首目の歌は桜の花の流れるさまを歌うが、私は杉山の中にではなく、それをやや距離を取って眺めやる場所にいるようだ。花は流れ来るのではなく流れつづける、とだえもなしに流れつづけるのだ。喜多が「いったい、どこから花が流れてくるのか」と問うのは正しい。その木々の姿が見えずに花だけが杉山に流れつづけるさまはとても不思議だ。花は風の道を流れてゆくのだ。だからかえって普段は見えない風の道が今はどこにあるのかを桜の花は教えてくれるのだ。だから喜多が「現世から他界へと流れていく一筋の〔…〕河だ」と説くのはとても正しい。普段は見えない道を花は流れてゆく。壮麗な景だ。
 だが、ここまで読んでくると、下の句の措辞がとても気になってくる。僭越を承知で言えば、わたしなら「流るるひと日この日を生くる」とするだろう。つまり、とだえもなしにさくらの花が流れる日は、一日しかない、いや、一日もつづかない、と思うからだ。だから前の「ひと日ひと日を生くる」とは、日ごと日ごとを生きるということではないか。毎日を、日々を生きるということでは。「流るる」の連体形は上の方の「ひと日」にかかるが、言ってみればここまでが非常に長い序詞で、その、この上なく壮麗な一日として、毎日を私は生きる、と、そのような生きる決意を歌った歌ではないだろうか。そのひと日のさくら花の流れつづける光景は、日々こころの奥にあって私を生かせると。
 「流るる」の連体形と「ひと日ひと日」の複数性との間の措辞の破綻をしっかりと受け止める必要があるだろう。それによって、歌は毎日毎日とだえもなしに流れる生死の川を壮麗な現実の日々のまことの姿として見せてくれるのである。

 二首目の歌を再掲しよう。
>樹木みなある日はゆらぐ行きゆきて乞食(こつじき)の掌に花盛られけり 『霊異記』

 この歌の解釈の要点、あるいは難点は「行きゆきて」にあるだろう。どこかに原一男監督の映画《ゆきゆきて 神軍》への連想をさそう措辞だが、この歌では花びらの流れてわたってゆく距離の遠さ、はるかさが言い示されているであろう。なべての樹々がゆらぐほど激しい風の吹くある日のことである。その日はじめて桜の花びらは乞食の掌(て)にまで届く。やっと届くのである。そしてそのことによってはじめて桜の花が荘厳される。桜の花を聖化するのはまさにこの乞食なのである。乞食の掌にいっぱいの花びらが盛られることによって、つまり彼が花たちを美(よ)しとすることによって、桜の花は聖化されるのである。そのような乞食が山の奥のおくのどこかにいる。芭蕉が「こもをきてたれ人います花のはる」と元禄三年の歳旦に問うた問いの、これは前の答えでもあろう。

 三首目は、
>さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人をおもへり 『童子』

である。これはどのような夕べだったのだろう。桜咲く春の季節といっても、西の空が美しく夕焼けに染まることもある。そんなときでも、夕焼けののちに陽が沈んで、光が雲のみを照らし空があわく透明な水色に変わり、さらに色が薄れ沈んでいって、暗くなってゆくことがある。わたしはその夕焼けののちの透明な水いろの空がとても好きなのだが、その暗くなってゆく時の間はそんなに短いものではない。「まで」と区切られる時は、ともあれひとつの死に別れの時だ。そして「めで」と時を区切るのは歌人自身だ。思いを死なしめるのは歌人自らだということだ。その思われびとはすでに歌人のところから去っている。だから歌人がみずから思いを止めるとき、その時ひとつの死が成就する。さくら咲くゆふべの別れと言えるだろうか。鎮魂はこののちは暗くなった空そのものが引き受けてくれるだろう。わたしもこの作を前登志夫のもっとも美しい歌の一つに数えるだろう。


 他の作品を見よう。今号には「特別作品」として十名各二十首の歌が掲載されている。掲載順に、福田龍生「雪の一人旅」、桜井登世子「寒しじみ」、横山岩男「一閃」、野地安伯「睦月きさらぎ」、村木道彦「昏睡」、冬道麻子「ショートステイ」、大辻隆弘「塔の立つ校舎」、荻原裕幸「誰かが平和園で待つてる」、佐藤弓生「誰も見てない」、田中綾「『労働基準法』再読」である。
 目に止まった作を作者別に記そう。
 福田作品
>迢空のたづねし木曽の山里に風船かづらの朱の実あれば和みぬ
(迢空の名を出すことによってふくらみが出て、師の後を追う旅と見えてくる。雪道を歌いながら雪歩きになれてないひとの歌に見える点がそれで納得される)

 桜井作品
>風の匂ひコートにつけて帰宅せし大寒の夜を抱き合ひしか
 (「男のごとき匂ひ」「木材の匂ひ」「風の匂ひ」と「匂い」の歌が多いが、なかでも「風の匂ひ」が新鮮。こういう日常詠をみると古典的仮名遣いの必要があるのか疑問に感じる)

 横山作品
>農家より米買い帰りに十キロを搗くは車にわが乗れるうち
(写生派の日常雑詠集とみえるがこうした自己の限界の自覚には詠嘆につながるものがありホッとする)

 野地作品
>手伝ひのわれら本堂の椅子を置き座布団を敷き 明日節分会
>春早き足柄平野横切りて御殿場線の三輌が行く
 (前の歌は節分会の手伝いを通して歌人のいる社会空間を大変明瞭に語る。後の歌は「三輌が行く」が効いて足柄平野の様を描く。写生派のこれらは達人の技に見える)

 村木作品
>なにげなく見上げし視線のそのさきにきそひあひつつ雲峰ふたつ
>その掌(て)もてわれのまなこをふさぎしか日常と呼ぶ深き昏睡
>旺盛な生命をもつ雑草であることの罪 夏の庭にて
(日常を批判しうる精神の明晰さ、明敏さがが「晩年」にあっても写生派の原理を超えることを示す歌群。日常を維持しようとする力は生命あふれる雑草をその存在から断罪する。道元や山中智恵子が「棄嫌に生ふる夏草」と詠じたレベルを超え、ニーチェ的な権力批判の場に達している)

 冬道作品
>ベッドより救い出されて帰宅せんストレッチャーへの平行移動
 (ショートステイの体験を歌にしたもの)

 大辻作品
>塔の立つ校舎が見えて丘の上は何がなし楽し春が来れば
 (「何がなし楽し」は分析か、分析の放棄か?)

 佐藤作品
>倒れても誰も見ていないところでは樹でも人でもなかった It(それ)は
>人は言う 生んだことばに生かされる存在だから言う 愛してる
>咲くことは傷ひらくこといくたびもさくらの道をゆきかえりして
 (不可視もしくは不可聴の領域にたっぷりと身を置いてこの世を見つ両界のアナロジーを言葉の喩法によってつなぐ。注目すべき認識方法と歌法をもった歌人。三首目はなんと素晴らしい桜歌だろう!)

 田中作品
>セヨ、スベシ、シテトーゼンデショ、ネバナラヌ そういうコトバやめてにブチョー!
>けっこういい給料って耳打ちされたのに残業代込みなんてマジかい
>サイテーのこの金額で生き継いだことないヒトが線引く最低賃金(さいちん)
 (こうした批判が労働基準法の各条への違反だということを教えてくれる。啓蒙歌とうい新しいジャンルが創造される)

感想:
 村木、佐藤、田中の作品が抜群に面白い。ほんとうを言えば、批判がなければ短歌も成立しないのだと勉強した。

 2017年4月号の勉強は以上としたい。


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《Web百首4’「詩仙堂」》
《Web百首4’「詩仙堂」》  「詩仙堂」 四首 ...続きを見る

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2015/12/10 17:54
《Web百首6「吉田松陰」》
《Web百首6「吉田松陰」》  「吉田松陰」 六首 ...続きを見る

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2015/12/10 17:13
《Web百首5「クーデタ」》
《Web百首5「クーデタ」》 「クーデタ (coup d’État)」 四首 ...続きを見る

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2015/12/07 00:50
《Web百首4「庭道楽」》
《Web百首4「庭道楽」》 南天 ...続きを見る

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2015/12/03 21:18
《季秋の詩仙堂》
《季秋の詩仙堂》  季秋も末の11月7日、詩仙堂に行った。以前は趣味の一貫性が欠けている気がして、あまり行きたいところではなかったが、近年は庭の手入れや工夫がよくなってきて、主に植木の方で楽しめるようになってきた。  写真と歌二首。 ...続きを見る

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2015/11/10 00:48
《前川佐美雄短歌抄 1》
《前川佐美雄短歌抄 1》 マンサクの葉 詩仙堂 (2015.11.7) ...続きを見る

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2015/11/09 17:44
《Web百首3「コスモスの花」》
《Web百首3「コスモスの花」》  「コスモスの花」 八首 ...続きを見る

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2015/11/05 19:52
《コスモスの花》
《コスモスの花》  10月15日、東京芸術学舎の「歌会」授業のレポートの採点が終わって、採点表を近くのポストに出しに行った。比叡山が新鮮で、コスモスものびのびと咲いていた。  そんな秋の日を: ...続きを見る

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2015/10/18 01:23
《Web百首2「飛騨高山」》
《Web百首2「飛騨高山」》  「飛騨高山」 八首 ...続きを見る

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2015/10/14 01:56
《10月8日、なつめの上野 --- 「高山通信」》
《10月8日、なつめの上野 --- 「高山通信」》  10月8日。今日は高山祭りの前日。桜山八幡宮の前を通ると明日の屋台の地割りなどをしている。大きな動きはないが準備は着実に進んでいるようだ。昨日、今日と、高山の研究室の整理。細長い本棚を一本組み立てて本を詰め、それからいつものサンタの倉庫でカップボードを見つけてきて、設置した。わたしにとっては、そんな普通の一日。急かされていないのがめずらしいぐらいだ。それで今日の一首。 ...続きを見る

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2015/10/09 06:48
《Web百首1「風には風の」》
《Web百首1「風には風の」》 奈川渡ダム ...続きを見る

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2015/10/06 03:56
《拙詠:クーデタ coup d’Etat》
《拙詠:クーデタ coup d’Etat》  日本語では「クーデター」と言い習わされている語があるが、もともとのフランス語《coup d’État》にもどれば「クーデタ」が正しい。あるいは「クー・デ・タ」か。《coup》は打撃、一撃のことで、英語の《blow》とか《stroke》に対応する。「デタ」の中の「エタ」は大文字で《État》と書くと「国家」を意味する。小文字の《état》なら「状態、事態」の意味である。大文字で書くのは「大状態」の意味だろう。国家という大状態、個々人の... ...続きを見る

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2015/10/05 06:39
《御母衣湖のなかひとところ》
《御母衣湖のなかひとところ》 拙詠一首: ...続きを見る

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2015/09/16 12:19
《すがすがしい一日》
《すがすがしい一日》  今日は今年で一番すがすがしい日だった。日中でも、陽光は強く降りそそぐが、空気も風も涼しくさわやか。  拙詠: ...続きを見る

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2015/05/21 20:58
《山さくら花 --- 本居宣長と写真11枚》
《山さくら花 --- 本居宣長と写真11枚》  街中の桜があらかた散って、所々に八重桜を見るばかりになったころ、というのがわたしの花見の時だろうか。わたしは毎日こころもそわそわして、もう咲いたか、まだか、と気になり、結局三日と空けずに見に行くことになる。京都の北の奥の桜山。ことしは京北黒田の百年桜よりもなお数日も遅かった。それだけ冬が寒かったのだろう。  本居宣長の寛政二年の歌にこのようなものがある。 ...続きを見る

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2015/04/27 13:13
《すてられた風景》
《すてられた風景》  「すてられた風景」、それは物が捨てられた風景というわけではなく、うちすてられた風景ということだ。もっともそこには人間によって色々なものが捨てられてはいるが。そこの場所自体がうち捨てられているということ、誰からも関心がはらわれない場所だということ、だからやっぱり見捨てられた場所ということになるのだろうか。そんな場所がある。わたしはなぜかそういう場所に惹かれてしまう。そこは、冬になれば、なおうち捨てられた場所との感がつよい。それはなぜなのか? 花が枯れ、虫も飛ばない。鳥の啼き声も聞こえない。そ... ...続きを見る

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2015/01/09 01:39
《拉鬼行一首》
《拉鬼行一首》  拉鬼体継承のこころを 一首 ...続きを見る

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2014/11/28 21:41
《無明紅葉放下千歳》
《無明紅葉放下千歳》  山中智恵子の歌に次のものがある: ...続きを見る

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2014/11/26 23:18
《これも本歌取り?》
 北白川のある石屋の店頭でみつけたもの。これも本歌取りといって良いのではないだろうか。本歌は啄木のもの。「墓」を「山」に戻せば本歌になる。昨日第23回の「風土と日本文化研究会」が久しぶりに開催されて、歩いてその会場に行く途中で発見した。 ...続きを見る

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2014/11/23 01:11
《鶴見和子 山姥を生きる --- 晩期三歌集読解 ---》
道の草 ...続きを見る

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2014/11/22 20:03
《宮川の水》
 昨夜のこと。散歩に行った。高山駅まで行って、それから赤い橋(中橋)を通って家に戻るいつものコース。中橋の下にライティングがされていた。下を覗くと川底の砂までくっきり見える。いつもそうだったかも知れないが、特別なことのように思えた。昼間清見の坂下や、久々野の無数河やらに行ったせいかもしれない。飛騨の川の清さが強く印象に残っていたようだ。  この高山を流れる宮川の水の、ほとんど上流のような清さも、この町の特別な宝に思えた。 ...続きを見る

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2014/10/13 23:31
《秋の日の…》
 昨日はとても好い日だった。花背峠に水を汲みに行って、帰りは大原をまわって帰った。こんな好い日がある……。空気もすがすがしい。 ...続きを見る

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2014/10/08 06:14
《秋の色》
 写真14枚。 ...続きを見る

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2014/10/04 23:57
《泣けとごとくに》
 盛岡で。開運橋のところから「啄木であい道」というものがあるのを知った。それで朝の時間に歩いてみた。萩の花が咲いていた。 ...続きを見る

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2014/09/22 09:01
《アサギマダラが指に止まった》
 大学の研究室の前にアサギマダラが来ていて、写真を撮った。ドアを開けても逃げない。それで撮り続けていると、一瞬だが私の指に止まった。シャッターを押す指の爪のあたりに。何という幸運! そう思っていると、また止まりに来てくれた。今度はもう少し長く、2〜3秒。  だいぶ疲れて、休憩に来ていたようだ。どこから飛んできたのか。 ...続きを見る

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2014/09/19 20:41
《やもりやは久高の神》
 久高島の月見にて友と酒を飲み、底も知らずに酔い、命のきわにいたる。(祭とはそういうものだろう)  辞世と思い、手帳に言葉を連ねるが、判読すらままならぬ。どうやら短歌の形をなしている(書いてる時はむしろ俳句のつもりでいた)。五首と見えるが、二首目、三首目は何を書いたか見当も付かぬ。およそ見当のつく三首のみここで。狂歌の類かもしれぬ。 ...続きを見る

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2014/09/14 00:52
《月の恵みは》
 昨日で今回のお月見会は終わったが、最後は平井先生が連れて行ってくれた「おもろ」という店。机を外にもち出しての月見。このマスターの風流が楽しい。来年を乞われたが来年ここでは約し難い。次に来た時には必ずと。  それで今日はとても体調がよい。昨日一日はもっぱら養生にあてたのがよかったようだ。それに処方してもらった薬も。 ...続きを見る

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2014/09/10 10:37
《さらば津軽と…》
 8月25日午後、三日間の授業を終え、さらに私の感じるもっとも恐ろしく津軽的なものを数人の学生と今回も授業の手伝いをしてくれたSAに伝えるべく、十三湖近くのある神社に案内した。ここに初めて、たまたま立ち寄った時から、もう25年が経った。その後その時の一人が死んだ。 ...続きを見る

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2014/08/30 11:37
《革命の雪》
拙詠一首: ...続きを見る

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2014/02/09 02:06
《秋の終り》
《秋の終り》  少なくとも京都の白川通りの紅葉は今日が一番美しかった。欅の並木も、黄葉した銀杏の並木も。それらがともに今日の雨と風に散った。その雨や風に落ち、道路の脇にうず高く蓄積している様も。秋の終り、これは美しい。今日がその日だった。今日の、多分ちょど昼ごろが。  写真はやや遅くなった時刻。木々に残る紅葉と路肩にうず高く積もる枯葉の対比が、午後には逆転し、木々の葉が疎に見えるようになってしまった。 秋は終わった。もう秋を追い求めることはすまい。  ---今年は。 ...続きを見る

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2013/11/26 00:36
Aへのメール 
 Aさん、 ...続きを見る

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2013/11/22 00:29
喜多弘樹の歌は解放する
 喜多弘樹の歌は解放する。こんな歌: ...続きを見る

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2013/05/25 23:58
喜多弘樹は
 宮沢賢治というと、まず不思議な縁を感じる。大学生の頃、『春と修羅』は読み、『風の又三郎』などそれなりに読み、それなりに好印象はもっていたが、しかしそれほどの関心を持っていたわけではなかった。それで、京大短歌会のある後輩から、彼は宮沢賢治に傾倒している、ということを聞いた時、特異な感じがしたのを覚えている。彼とは、喜多弘樹のことだ。彼のことは彼が高校生の時の短歌を見て驚嘆した。翳らふ蘭のやうな奢りと、馨りと、誇りと、熱気と、闇とが、詩人でしかありえないひとつの運命を予感させたのだ。 ...続きを見る

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2013/05/20 12:04
やまさくら
 見納め、と思って今日も山桜を見に行ったが、まだまだ行きたくなるかもしれない。芹生に行くのに、貴船の混雑はうっとうしい。とろい運転がひどく嫌いだということもあるのだが。  今日も狭くて細い山道を芹生峠に向かって走りながら、境峠を思い出していた。境峠の方が倍ほどは整備されていると思うが、薮原から峠までの山道も一応舗装された山道以外には何もないように思えたものだった。今日は休日だったので、車に一台、バイクに一台すれ違った。そして釣り人らしき車が二三ヶ所に止まっていたが。  今日はシノゴを持っ... ...続きを見る

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2013/04/28 21:23
さくらばな
 満開のさくらばなは「陽に泡立つ」と見えるが、それ以上の、言い難いものを秘めおいているように見える。私にはまだ読み切れない山中智恵子の歌: ...続きを見る

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2013/04/05 16:07
《旧暦きさらぎ望月の歌一首》
きさらぎの月の真中(まなか)に還(かへ)りゆく ひとの音せぬ鳥船にのり ...続きを見る

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2013/03/27 02:00
昼は気持ちよく晴れていたが
 「文学研究」の授業が終った。内容は短歌と歌会を中心にしたもの。今日は午前中は昨日、雨のため吟行ができなくて、そのかわり即詠で詠んでもらったものでの歌会。午後からは事前提出の詠草による二回目の歌会。なかなか充実した会になったと思う。  それで、昼は食後10分ほど時間が出来たので、大学の構内を少し歩いた。何と言っても、昨日の雨とは打って変わって、とても気持ちの良い晴天だったのだ。それで、写真を撮った。 ...続きを見る

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2012/11/18 20:13
井村亘歌集『星は和みて』
 四月にご恵送いただきながら、いままで読むことのできなかった井村亘さんの歌集『星は和みて』について、若干の紹介をさせていただきたい。この度、全巻を通読させていただいたが、今でも以前合同歌会で拝見した次の歌がわたしには一番鮮明だ。 ...続きを見る

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2012/08/17 01:51
後藤惠市歌集『さみしいうさぎ』から
 後藤惠市歌集『さみしいうさぎ』(2012年8月11日、ながらみ書房)から、幾つかの歌を紹介しよう(まだ半分も読めていないので、後でさらに追加する予定)。  (*の小文はわたしの感想) ...続きを見る

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2012/08/10 19:47
長岡千尋歌集『静歌』
 長岡千尋さんの歌集『静歌』(2012年7月20日、北羊館)から、短い感想をつけて何首か紹介します。 ...続きを見る

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2012/08/09 20:22
女はしょうこりもなく生きてゆくもの
 女はしょうこりもなく生きてゆくもの。  男は後ろ姿しかない。 ...続きを見る

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2012/08/02 08:32
水について考えるために
 水について考えるために、わたしにとってもっとも基本的なものは、山中智恵子の、 ...続きを見る

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2012/07/20 23:55
あの不思議な色調が出せない
 久しぶりに進々堂で勉強をしていて(ニーチェの続きを急いで書いてしまいたくて)、あまり進んだわけではないがひときり着けて出た時、向いの京大の境界の木立にあたる光がとても不思議に見えた。陽は樹冠に当たって、そしてその下は暗く、またその下には当たっている。四時半頃の、もう傾いている光で、それも雨が降ったり晴れたりの落ち着きのない空の、まだいろいろ、雲の多い時の光。不思議に思って写真を撮ったものの、どうにもよく感じが出ない。ただそんなことの記録としてアップしておきたい。ピントもよくない気がするのだ... ...続きを見る

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2012/04/07 00:50
冬待ちの草 その二
 歌一首: ...続きを見る

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2011/12/23 20:36
もう秋は終ったと (3)
   それで一首: ...続きを見る

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2011/12/17 23:46
山中智恵子の歌二首 風売る老婆・風研ぐ少女
 再掲しておこう。 ...続きを見る

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2011/10/29 09:38
山中智恵子と塚本邦雄
最近気づいたこと。山中智恵子の、 ...続きを見る

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2011/06/25 00:27
放射能雲来る
拙詠一首: ...続きを見る

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2011/04/07 00:35
岬にはむらさきふかき神います
  岬にはむらさきふかき神います扇一揆の雪のあけぼの            山中智恵子『虚空日月』 ...続きを見る

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2011/03/06 11:04
枯草に来る春
 こんな歌があった。 ...続きを見る

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2011/01/18 16:31
歌論(2) 悼むことは恋うこと?
 先に「歌論---スピーチアクト」でスピーチ・アクトとなるであろう歌のカテゴリーを、さしあたり思い付くままに三つに分けた。しかしこの分類にはまだ十分に明晰でないところがある。まず何よりも、「恋うこと」は、他の二つの行為よりも、より基層にあって、「悼む」「祝福する」という他の二つの行為にも根源的な仕方で関っているのではないかという気がするのである。これはどういうことか?  「恋する」は、基本に戻れば「魂恋(たまごい)」であり、「魂招(たまおぎ)」であろう。とすれば人の死を悼むことは、その亡く... ...続きを見る

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2010/12/22 14:22
歌論(1)--- スピーチ・アクト
 歌、ここでは短歌のことだが、歌によって最もよくなしうる行為があると思う。幾つかあると思うが、まず「悼む」という行為だ。別れを悼む、死を悼む、そういう行為。 ...続きを見る

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2010/12/21 23:23
穂高岳が朝空に
 雲が晴れて、穂高岳が遠く透きとおった朝空に見えた。案内をしてもらった信州奈川の岡から。10月23日のこと。そこでとりあえず、 ...続きを見る

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2010/11/11 09:19
歌の偉大
  雲よむかし初めてこゝの野に立ちて草刈りし人にかくも照りしか                          窪田空穂 『まひる野』 ...続きを見る

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2010/10/30 23:35
山茱萸の実が生っていた
 山茱萸の実が赤く生っていた。一粒取って食べる。写真を撮る。  今年は早い気がする。もっとも実はまだ甘くない。ほとんど甘くない。苦いのはもちろん苦いわけだが、これは年が明けて、もっと熟しても苦い。この実に備わったもの。  生っているのは京都の上京区の、出町の交差点のところ。毎年この実や、葉の成長を見て、鶴見和子さんのことを思い出す。 ...続きを見る

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2010/10/28 20:27
永井陽子の歌一首
永井陽子さんの歌を一首紹介しておこう、 ...続きを見る

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2010/10/21 10:31
なも、いくをほとけ
中村生雄さんとの思い出というと、飛騨の供犠論研究会の時のことが一番大きい。奥飛騨の佳留萱山荘で一泊したが、わたしが薦めたこの旅館のことを、「よすぎるほどよかった」と言ってくれた。わたしも泊ったのはその時一回きりなのだが。  温泉はしばしば行く。  先日、九月十四日にも、旅の汗を流しに入浴だけさせてもらってきた。 ...続きを見る

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2010/10/18 19:33
天心秋をひたす面影
  在らざらむこの夜ののちを言はなくに天心秋をひたす面影                山中智恵子「虚空日月 二の抄」 ...続きを見る

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2010/10/17 06:12
吹く風に 山中智恵子の一首
吹く風にひとを愛(かな)しといふ勿れ睚(まなじり)浄くふかく棲まへば            『虚空日月』「逍遥遊」 ...続きを見る

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2010/09/05 10:30
拙詠一首:あかあかと
 あかあかとつれなき日にも秋はきぬ葛の葉ながき夕べの光 ...続きを見る

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2010/09/03 00:10
昨日 『環』 vol. 38, 2009 Summer が届いた
昨日の夜、『環』 vol. 38, 2009 Summer が届いた。 ドイツ語教科書の献本かと思ってしばらく玄関にそのままにしていたが、よく見ると『環』の献本と書いてあった。ああ、もう出たのか、という驚きだった。日々慌ただしくしているあいだにもう25日近くになっていたのだ。 包みを開けて、まず表紙を見る。 ”「プラスチック・ワード」とは何か”、という特集。 そして小特集、”「森崎和江」を読む”。 その後ろの方に、ひっそりと、「鶴見和子 山姥を生きる【晩期三歌集読解】」というタイト... ...続きを見る

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2009/07/24 10:19
歌一首 鶯 (鶴見和子歌を本歌として)
花蔭にひとつ鶯たふれゐる目閉ぢしままに永遠(とは)安らかに ...続きを見る

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2009/03/20 02:51
山中智恵子忌
山中智恵子作歌 三首 ...続きを見る

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2009/03/07 18:57
言霊?
本名でないと言霊は出ないって? そんなの言霊じゃない! ...続きを見る

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2009/01/28 21:23
新春に 一首 隅田川
新春に 一首 ...続きを見る

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2009/01/12 23:55
『鶴見和子を語る』という本を読みはじめた
 『鶴見和子を語る』という本を読みはじめたが、その中で鶴見俊輔さんがこう語っている。 ...続きを見る

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2009/01/06 01:41
仲つとむの歌集『音霊』
著者が何年のお生まれなのかわたしは知らない。普段から京都歌会でお世話になっているのだがそれは聞いたことがない。しかし、終戦を自分の経験として知る人だということはこの歌集の中の次の歌からわかる。 ...続きを見る

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2008/10/31 19:16
2006年3月10日未明の夢
忘れないうちに書きつけておきたい。 2006年3月10日の未明のことだった。わたしはめずらしく夢を見た。歌会か何かのようだった。山中智恵子さんが忙しそうに立ち働いていた*。山中さんは三十代に見えた。若々しかった。 その席にわたしの友人たちもいた。だがまったく歌に縁のない男たちだ。高校のバドミントン部の仲間たち。大貫とか渡辺とか三野とか、バドミントン部のなかでも文学とは縁のなさそうな男たちだった。彼らのことがうらやましかった。そんな若い時の山中さんに接せられていることがだ。 ...続きを見る

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2008/10/21 22:57
折口信夫・釈迢空の「國」歌  (「風土と日本文化研究会」第十六回研究会発表資料)
折口信夫・釈迢空の「國」歌   (「風土と日本文化研究会」第十六回研究会、2006年11月18日京都造形芸術大学、発表資料) を公開します。 これは、 2006年9月3日、奈良県桜井市の談山神社で行なわれた「折口信夫博士生誕120年記念講演会」で『釈迢空の短歌と思想』というタイトルで講演をした際に使用したものを多少補足したものです。  この講演会では、はじめに折口信夫の霊を降ろすという儀式があり、講演もその折口の霊の前でするという大変なものでした。講演会が終わった後には折口の霊に... ...続きを見る

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2008/10/16 00:48
鶴見和子歌集『花道』 二十四首を読む
    はじめに ...続きを見る

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2008/10/06 06:08
萬世橋を見てきた
九月十日のこと、二日目の授業が終わって少し余裕ができたので、夜隅田川の方に行った。隅田川大橋を渡って清洲橋へ、今度は清洲橋を渡ってこちら側の遊歩道をもどり、永代橋まで。そこから日本橋のホテルに戻り、そこでwebで「万世橋」を調べると、秋葉原の電気街の南の方にあるということ。そこなら行けそうだと思って行ってみる。秋葉原の電気街の方に行くと、先日の大量殺人事件のすさまじい、荒んだ感覚が、どことなく残っている気がした。  萬世橋はすぐにわかった。思ったより短い橋だった。あちらへ渡り、こちらへ... ...続きを見る

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2008/09/27 02:06
悼 前登志夫 一首
わが肩にその手を置きて去(い)にしひとその大人も逝去(さり)たまひたり ...続きを見る

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2008/09/04 13:51
津軽には高神となる少女あり 短歌
短歌一首: ...続きを見る

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2008/09/04 13:21
短歌一首 夏神楽
夏神楽終りぬ國の日のめぐり茶山街道のまっすぐな道 ...続きを見る

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2008/08/16 11:20
短歌一首 広沢池 ジェフリーとアキコ
広沢池はジェフリー・ウィッカムの婚礼の場所息をつづめて通り過ぐべし                  (『日本歌人』2008年8月号) ...続きを見る

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2008/08/12 09:01
鶴見和子歌集 『回生』
 ある方から鶴見和子の歌集『回生』(藤原書店)を送っていただいた。入院して歌を作りはじめたということは新聞などで紹介されていて知っていたが、実際に目にしたことはなかった。  手にとって読んでみると、素晴らしい。その一端を紹介してみよう。こんな歌たちだ。 ...続きを見る

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2008/07/24 20:11
短歌・北白川幼稚園への坂道
坂道の上から明るい聲がするそこから先は子供の領分 ...続きを見る

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2008/06/26 00:26
旧京北町黒田村の朝の川原
  旧京北町黒田村  朝けより川原に鳴きて遊びゐるこの上もなきさはやかの朝を ...続きを見る

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2008/04/04 01:07
修正 短歌 笠ヶ岳
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2008/03/22 01:09
短歌詠草 笠ヶ岳
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2008/03/16 02:51
情けない話 「関西土蜘蛛族」
先日東京で、ある新聞の文芸面書評欄担当者と話していたとき聞いたことだ。 東京では山中智恵子は関西土蜘蛛族の女酋長と呼ばれているのだという。 「関西土蜘蛛族」という言い方が妙に気になった。 いろいろ思うことはあったが、要するに東京では短歌というのは近代短歌でしかないということだ。短歌のなかに、歌の、和歌の歴史はまったく存在しないのだ。 情けない場所だ。 ...続きを見る

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2007/12/03 01:55
昨日原田禹雄さんから封書が届いていた
 昨日、いつものように疲れて家に帰ると、原田禹雄さんから封書が届いていた。 中に山中智恵子さんが原田氏宛に出した「最後のハガキ」が入っていた。平成十七年十二月二十九日八時から十二時の消印がある。 原田さんは「これを捨てるのもそうしないのも、あなたの御随意です」と記してくれている。 ...続きを見る

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2007/12/01 08:48
山中智恵子論<9>、<10>をUPしました
今年の1月から『日本歌人』誌に連載していた拙論、「山中智恵子論」が10月号をもって完了しました。 それで、本日11月になったことで、わたしのホームページにUPしました。 ...続きを見る

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2007/11/01 20:33
原田禹雄さんから歌をいただいた
原田禹雄さんから次の歌をいただいた(10月3日)。「お礼に」ということだった。 ここで紹介しておきたい。 ...続きを見る

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2007/10/23 02:15
地蔵瞑想 ロベルト・シューマン
黙ふかく地中に時のあるごとく重く流れてたましひに逢ふ ...続きを見る

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2007/10/16 00:39
地蔵
黙ふかく地中に時のあるごとく重く流れてたましひを追ふ                      (2007.9.25) ...続きを見る

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2007/10/02 04:00
サッポロ大通り公園 啄木の歌に寄せて
幅廣き道の冷えゆくベンチにはひとに見られてねむる人あり                        (2007.9.23) ...続きを見る

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2007/09/26 14:31
神の死 夏神楽 そしてその先
夏神楽終りぬ天(あま)つ日のめぐり思ひつめたるうつせみの空    山中智恵子『虚空日月』「虚空日月二の抄」 ...続きを見る

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2007/09/07 00:15
山中智恵子『青扇』より
星は医師と誰か言ひけむ こはれゆく銀河を仰ぎとどめむものを              山中智恵子『青扇』 ...続きを見る

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2007/09/06 20:02
山中智恵子論 八 --- 虚数世界・正述心緒・巫女・斎宮 --- を公開しました
山中智恵子論<8> --- 虚数世界・正述心緒・巫女・斎宮 --- を公開しました。 URLは、 http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/ChiekoYn/YamanakaChieko08.htm です。 倉塚曄子の巫女論の批判的検討が主です。 ごどうぞご覧ください。 ...続きを見る

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2007/09/03 21:34
KAへのReメール 山中智恵子論の連載について
随分とご無沙汰しております。この度はメールを有難うございました。縁あって「山中智恵子論」を連載させていただいておりましたが、実際始まってみると毎回が諸説の批判の連続でした。先日最終第十回の原稿を出したところですが、結局第一回で出した問いに解答できないまま終わることになってしまいました。これをやると折口にたぶらかされた山中智恵子、結局折口を越え、神を壊してしまった、ということになりそうです。倉塚曄子について重ねて論じる必要をわたしは感じなかったので止めたのですが、もっと楽な形で書けるのなら、そ... ...続きを見る

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2007/08/28 02:03
石狩海岸の「青い家」 〔短歌〕
写真: 石狩湾嶺泊の青い家 撮影 みかみめぐる (c)みかみめぐる ...続きを見る

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2007/08/27 01:21
風の道 〔短歌〕
大虚(おほぞら)の曙光のごとき風の道 三上の山ゆ雲走りたり                          (2007.8.12) ...続きを見る

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2007/08/13 05:41
福島県郡山 浅香山 〔短歌〕
浅香山山ノ井の道暗かりき片平・河内(かうづ)みずかなりなむ ...続きを見る

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2007/07/22 18:13
虚数世界に生くるものらの(2) --- 狂気と短歌
すでに言ったかもしれないが『山中智恵子全歌集』上巻が発刊された。奥付によれば五月二十四日の発行である。山中さんが亡くなられてから一年二ヶ月余での発行である。大変な編集作業だっただろうと出版社の方々のご苦労が察せられる。しかしこれで山中智恵子の歌の全体が大いに見やすくなった。まずは私にとって、この『全歌集』によってはじめて目に入ってきた歌をひとつ紹介させてもらおう。それは『星肆』「花火」の、 ...続きを見る

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2007/06/30 00:38
<山中智恵子論 八> 虚数世界・正述心緒・巫女・斎宮 を書いた
<山中智恵子論 八> 虚数世界・正述心緒・巫女・斎宮 を書いた。『日本歌人』八月号の原稿だ。 内容は、最近小泉義之さんの本を読んでいて見えるようになってきた無力なものたちの問題。山中さん自身、水沢の病院で、その無力な者のひとりとして過ごし、そしてしかし二千首を越える歌を作り、回復していったということを見てみようと思った。それが前半。 ...続きを見る

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2007/06/26 03:15
虚数世界に生くるものらの ---山中智恵子/小泉義之
『山中智恵子全歌集』の『星肆』より ...続きを見る

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2007/06/17 01:53
「山中智恵子 誄歌論」
拙論「山中智恵子論 雨師・王・翁・誄歌」をHPで公開しました。 ...続きを見る

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2007/06/02 05:02
永井陽子の「みなかみの鶴」
永井陽子の『全歌集』が届いた。探したい歌が一首あったのだ。 歌は『なよたけ拾遺』の中にあった。この歌だ。 ...続きを見る

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2007/05/25 22:20
永井陽子の「水沢における山中智恵子」
永井陽子の「水沢における山中智恵子」(『山中智恵子論集成』砂子屋書房)を読んだ。立派な論考だ。 水沢病院での療養中に詠んだ五冊の歌集を、逃げることなく、正面から読んで論じている。 みずから歌われた土地の多くを辿っているのもいい。きちんとした研究者の仕事だ。こういう立派な人が今誰かいるのだろうか。 ...続きを見る

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2007/05/24 01:09
「山中智恵子論 七 ---佛眼佛母・不思議・ことはり・最短距離」本日完成
 最終締切と言われていた十五日を過ぎてしまっていたので、肩に重い何かが負ぶさっているようだった。それがやっと消えてくれた。『日本歌人』七月号に掲載される予定です。  今日、上高野は田植え。書き終えて送ってなどをしていると家を出るのが五時近くになっていた。田植えはその時間にはどこの田でももう終わっていた。田植機の姿も見えなかった。  去年は田植えの日になぜかカメラをもって近所を歩いていて、宮野さんが忙しく動き回っているのに出会ったり(忙しいのでちょっと挨拶してくれただけだ)、そして宮本さん... ...続きを見る

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2007/05/18 00:46
塚本邦雄の「いづれ寂寞」
塚本邦雄の山中智恵子論、「いづれ寂寞」を読んだ。初めて読んだ気がする。この論には塚本の理解の深さ、見識の高さを感じる。 『短歌』一九九一年十月号が初出らしい。 ...続きを見る

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2007/05/12 23:53
原田禹雄さんの『老眼昏華』3 --- 無漏となりにし山中智恵子
(承前) 山中智恵子のすさまじい孤独の中に入れた人だった。 ...続きを見る

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2007/04/19 10:56
原田禹雄さんの『老眼昏華』2 --- 般若佛母の女人
(承前) ...続きを見る

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2007/04/19 10:49
原田禹雄さんの『老眼昏華』 --- 最も鋭い感覚でなされた仕事をめぐって歴史は刻まれる*
今日、原田禹雄さんの『老眼昏華』という歌集を借りて見ることができた。 非常にきびしい精神で律してこられた方だと思う。 ...続きを見る

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2007/04/19 10:13

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