アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「雑記」のブログ記事

みんなの「雑記」ブログ


《蝙蝠松 2011年10月18日》

2018/04/08 01:21
瀬谷こけし


画像



 どこかに書き留めておきたいから書くのだが、一昨日はとても素晴らしい一日だった。少しひやりとして、透明で、清涼な空気、こんな好い天気の日が一回でも味わえたのだから今年はもう天候について不満はいうまい。うららかな春というよりうららかさがこれから始まるという春。いつもはこんな清涼感は五月に一度だけ味わえるのだが、今年はきっとひと月早いのだろう。五月に好い日がなかったとしても恨むことはしない。去年は秋に好日が一日もなかったが、今年もそうかもしれない。それでも不満は言わない。
 ところで写真を整理していて出て来たこの写真、この日もとても空気感のよい日だったようだ。写真に写る木々の透明感が素晴らしい。同じカメラで同じように撮りながら濁った写真しかとれない日もあるのだ。理由はわからないが確かにある。レンズが曇ったり脂がついたりということではないのだ。ただのコンデジで滅多に指の脂がついたりしない作りになっているのだ。この2011年10月18日はとても空気のよい日だったのだ。午後の二時半ごろ研究室の前の樹々写真を数枚撮っているが、そのどれにも空気の透明さは見えている。そしてこの写真、松の木が翼を広げているように見えたのだ。よく言って蝙蝠のように。別に蝙蝠松という種類の松があるわけではない。この日たまたまそう見えたということ。
 今日はドイツ語の講師会があって参加してきた。また仕事の日々が始まる。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《帰路》

2018/03/14 00:36
瀬谷こけし


画像



 3月4日から10日まで高山に行っていたが、愛車の調子がいまいちで疲れてしまうことが多かった。結局冷却水の漏れのせいだとわかったが、高山では修理ができない。ラジエター液と水を用意して、キャップを緩めに閉じ、湯温計の数値が90℃を越えないように注意して運転して帰った。無事帰りついたのだが。
 このごろは途中明宝のコケコッコ村に寄って朝取りの玉子を買って帰ることが多い。写真は多分そのコケコッコ村から向かいの山を撮ったものだと思うが、あるいは関のSAだったか、記憶がはっきりしない。やっぱりひどく疲れていたのだ。
 京都に戻ってからも疲れていて、快復にはもう一日かかりそうだ。採点の仕事も今日はできなかった。車の修理は16日に予約が取れた。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


《寒の水を汲みに行ってきた》

2018/01/21 23:54
瀬谷こけし


画像

画像

画像



 寒の水を汲みに花背峠に行ってきた。明日からまた寒波が来ると言われているので、雪降る前にと思って時間的にはやや無理をして。
 側溝を越えるとき下を見なかったせいもあるが、足を踏み外して転んでしまった。よく行っているところで普通ならそんなミスをするはずもないのだが、土や石が若干流され、少し地形が変わっていたのだ。もっともこの周辺を見れば、すぐ上の大木も倒れ崩れるのは時間の問題だ。
 それにこの近くは伐採の準備をしているのか林道を作っている。そんな工事のせいもあって、側溝が杉の枯葉で詰まっていた。このまま冷えるとスリップ事故の原因になりかねないので、持って行った杖で流路を作り側溝を流れるようにしてきた。以前花巻で雨中の大空滝に行くとき、案内をしてくれた高橋美雄さんが、山からの流れの滞り溢れているところを見ては水を流す作業をしてから進んでいったのをみて、山を利用する人の心得とはそういうものだと理解してのことだ。この作業が意外と時間もかかり、疲れ、めまいがしそうになってきた。
 結局40リットルを汲んで戻ってきた。そしてまた途中鞍馬本町の以前の下宿の近くのところで伐採を始めていて、その写真も撮ってきたのだが、疲れが出て、午後に予定していた仕事ができず、寝てしまっていた。血糖値の下げ過ぎかとも思うが。体力や体調のことを考え直さなければならない。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《大晦日》

2017/12/31 18:16
瀬谷こけし


画像



  --- 少なき友に ---

 2017年も最後の日になってしまいました。わたしにとってはスイスのシルス・マリーアに行き、その場所の気候や風土を知り、またニーチェの「ピラミッド岩塊」について若干のことを調べられたことが最も大きな出来事だったように思います。次がアンデルシェフスキ演奏の『早朝の歌』などのおかげで、シューマンの晩年の仕事がかなり理解できるようになったことが大きな出来事だったと思います。それによってもしかしたらディオニュソスという神についてニーチェにすらよく見えていなかった本質が掴めそうになってきたと感じます。それはヘルダーリンがかすかに感じていたディオニュソスですが。そう考えると、思索を深めてゆく足がかりがだいぶできてきたように思います。来年こそニーチェを越えて歩み進めてゆければと思っています。
 みなさまもよい新年をお迎えください。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《西ウレ峠を越えて高山へ》

2017/11/26 03:05
瀬谷こけし


画像

画像

画像



 雪が心配だったが、まず大丈夫という判断で出かけた。前日タイヤをスタッドレスに交換しておいたので、まあ多少の積雪なら大丈夫だろうという判断だったが、郡上からのせせらぎ街道には路上の積雪はまったくなかった。塩カルを撒いてあったのだろう。長良川SAでは、カエデの紅葉を少し楽しんだ。
 せせらぎ街道は西ウレ峠が1130mの標高で、街道中の最高地点になる。今回は少時車を停めて写真を撮った。北側の飛騨方面の曇った空とカラマツ林を照らす夕日。南側の美濃方面は青空が見える。飛騨側に積雪がなかったのは運がよかったのかもしれない。
 竜王から高速に乗って、5時間10分で高山のガソリンスタンドへ。滋賀県内ですこし余計に時間がかかった。




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《試験問題を作った》

2017/07/25 19:38
瀬谷こけし

 明日期末試験を実施するのだが、その問題を作り、大学へ行って印刷をし、そして問題・解答用紙を大学に預けてきた。これでずいぶんとほっとした。
 今まで前日に問題の印刷を終えたようなことは一度もなく、いつも徹夜に近い作業で当日に間に合うように問題を作成し、当日の朝大学の印刷機で印刷をしていた。今年はなぜそうしなかったかというと、明日返してやることにしている宿題の採点と記帳が結構重たいから。それと問題作りとを一晩でこなせる自信がない。問題作りは、結構練度のいる仕事で、問題形式を前年度と同じにする場合も個々の問題はすべて作り直している。授業でこれは覚えておけと言った問題はやっぱり出題してやるし、このくらいの問題はできてほしいと思う問題はずいぶんと工夫して作る。同じドイツ語の三科目の授業だが、それだけでほぼ丸一日かかる。担当している「応用」の一科目は、「訳して鑑賞せよ」という問題形式に決めているので、要は出題する一篇の詩を何にするかという選択と決定だけで、あとはあまり手がかからない。「入門」の二科目は30問のすべてを、どれも一題一題、考えて作る。そうやって作っても期待以上にできてくれたことはほとんどない。まあともあれこれで一段落。明日試験を担当して、それから採点し、評価し、成績評価を出すことだけだ。これでほっとした。そして終わってみると、このためにいろんなことを後回しにしていたのだということが分かってくる。返信やいろいろなお礼もそうだが、スイス旅行の最後の二日の(リルケの「秋の日」のようだ)宿の予約も、やっとこれから手を付けることができる。まあ明日は6時過ぎまで大学にいることになるので、動き出せるのは明後日から。それでも、これでやっと肩の荷が下りた。半分だけ。---採点と評価も結構手間も時間もかかるのだ。
 そして明後日から一週間後にはチューリッヒに向けて出発。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《シューマン》

2017/05/13 15:39
瀬谷こけし

画像

画像




 音の響きを確かめたくて、そしてできるならシューマンのこころを探りたくて、何十年ぶりかにピアノを開けた。郡山で子どもたちのために買ったピアノだが、子どもたちも触らなくなって久しい。
 弾きたかったのは《早朝の歌》Op.133。シューマン自身が出版した最後の曲だという。そして、わたしの感じでは、早朝の霧のそよぎに、宇宙の動き、宇宙のリズムを感じ取っている曲だ。鍵盤を押してみて初めて分かったのは霧の重なり、霧の波の重なりを音符で示す非常に簡単で巧妙な作り方。最初の四小節だけ、ともあれたどれるようになった。
 ヘルダーリンが存在の全一性として語っていることと、非常によく呼応していると思う。これがシューマンの最高の曲ではないだろうか。チェロ協奏曲(Op.129)は、悲しみの場所(I)、この世からの別れの場所(=脱領土化)(II)、まではよいのだが(III)宇宙的な自然の力との呼応のところで、模索にとどまっていると思う。宇宙(自然)との一体性は、この《早朝の歌》のなかでもっともよくとらえられているのではないだろうか。和音のひとつひとつ、そしてその動きに、美を感じる。ヘルダーリン(たとえば『ヒュペーリオン』)の言う美も、このようなものだと思う。

> …そしてわれわれは歌(Gensang)となる。 (ヘルダーリン「平和の祝い」)


Schumann- Gesänge der Frühe, Op. 133: I. Im ruhigen Tempo
ピアノはアンデルシェフスキ。

https://youtu.be/Warv9woLZvY




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《三日月》

2014/09/27 22:57
瀬谷こけし
 イズミヤにバック(デイパック)を買いに行ってきた。往復とも歩いて。簡易な歩数計によれば9126歩。ちょっと少ない気がする。一万歩は歩いた感じだったから。あ、そう言えば左右の足首にそれぞれ1kgのアンクル・ウェイトを着けていた。だから余計に歩いたと感じたのかもしれない。目下リハビリ中。できれば毎日1時間は歩くようにしたい。
 それで、今日は三日月。後の月の十三夜は10月6日のはずだ。その日には先のお月見会のことを思い出してほしいと、久高のお月見仲間に伝えなくては。

 買ったバックは聞いたことのないブランドのもの(Mobby's)。20リットルぐらいの、軽めでポケットの多いものを探していたが、まずまず希望のものが見つかった。それにしても以前ユニクロで見つけて買った今使っているやつは使いやすく、驚くほど丈夫で長持ち。どこと言って悪い所はないのだが薄汚れてしまった。まずは一度洗濯してやろうと思っている。


画像

画像

画像







記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《わたしの幸福》

2014/05/02 00:51
瀬谷こけし
 昼、家で昼食というほどもない昼食をとって(腐らないようにと今日が期限の豆腐で)、その後、お茶を沸かし、袋入りのかりんとうを出して、一本、二本と食べ始めると、床にすわっていた娘がやってきて、テーブルにすわり、それに手を伸ばして食べはじめた。
 わたしも娘も、たくさん食べたというわけではない。少し大きめのものではあるが、二本か三本ぐらいのこと。
 「これ、この甘さ、何て言ったらいいんだろう、強いね」
 「かりんとうだし、黒糖の…」
 「そうだね。たっぷり甘いね」
 そんな会話をしていた。

 わたしにとっていちばん幸せを感じるのは、娘とのこんなひとときなのだ。
 わたしの人生に、こんな娘がいてよかった、とつくづく思う。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2003年の花札

2012/10/22 23:00
瀬谷こけし
 メモリーを整理していたら出てきた。2003年の年末の写真。このころ花札をして遊んでいたことをすっかり忘れていた。もう久しくやっていない。役もやり方ももう忘れてしまった。楽しかった日々だったが。



画像







記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


タイトル 日 時
オークションと人生の楽しみ
オークションと人生の楽しみ いつでも手に入ると思うと、あわてて飛びつくようなことはしない。だが、今ここで逃すとなかなか手に入らないと思うと、無理をしてでもゲットしようとすることがしばしばある。ここ何年か、Yahooオークションで物を買ったり、買いそろえたりしているので、そんなことを強く思う。買うのはほぼすべて中古品だし、それだから安くて買えるものがほとんどだ。この値段でこれが手に入るなんてまず滅多にないことだと思うことがしばしばだ。そのために、必要性を無視して買ってしまうことがある。わたしは、比較的それが少ない方だとは... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/01/19 17:00
無限責任会社
無限責任会社 哲学者とは何だろう? 知恵の友だ。 友とは何だろう? その相手に対して無限の責任を負う者のことではないだろうか。 そうであれば、哲学者は知恵に対して無限の責任を負う者のことだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/06/28 21:22
チャピーが死んだ
チャピーが死んだ  犬のチャピーが死んだ。朝、妻に起こされた。急遽妻が電話をかけて、犬の葬儀屋さんに取りにきてもらった。パソコン用の段ボールにごみ袋のビニールを張り、その上にさらにレジャー・シートを張り、その上に死んだチャピーの顔の左側が下になるように入れ(土の上に顔の左側を下にして死んでいたので)、そして掛けておいた毛布をそのままかけ、買ってきた花を入れ、そして餌を入れた。そして一時間ほど葬儀屋さんを待った。葬儀屋さんは数珠まで持ってきて、犬の手にかけろといったが、そんな無理まではしなかった。右の前足の上に... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/06/15 14:42
上高野は今日田植えをしていた
上高野は今日田植えをしていた 上高野 田植えの翌日 (2009.5.22) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/05/22 00:22
とある辞典の「王権」の項を書いた
とある辞典の「王権」の項を書いた とある辞典の「王権」の項を書いた。 だがこれはなかなか難しい。 まず「王権」をたとえば英語で何という語に対応する概念と考えたらいいのだろうか? 「王たること」とか、「統治権」とかいうような意味の語を日本では「王権と」訳すことがあるだろう。 また「王権」と「主権」を同じ語の訳しわけと見ることもできるだろう。 結局わたしは英語の "sovereignty" を日本語訳したものを基本的に「至上権」と訳し、これを「王権」ともいう、ということで通すことにした。ここまででも難モノだったのだ。だ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/02/13 02:24
法隆寺金堂焼損 (60年前の今日)
法隆寺金堂焼損 (60年前の今日) 昭和二十四年一月二十六日。60年前の今日、法隆寺金堂で火災が起こったという。 それに父は東京から駆けつけたという。 原因究明のためだったようだ。 それが電気器具の誤使用(?)のせいだということを父が明らかにした、と母から聞いた。 (電気座布団の不始末と聞いた気がするが、そんな昔から電気座布団があったのか、目下不明) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/01/26 18:25
『鶴見和子を語る』という本を読みはじめた
『鶴見和子を語る』という本を読みはじめた  『鶴見和子を語る』という本を読みはじめたが、その中で鶴見俊輔さんがこう語っている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/01/06 01:41
鉄砲町の伯父が亡くなった
鉄砲町の伯父が亡くなった 6月27日、鉄砲町の伯父が亡くなった。そう電話があった。通夜の予定もまだ立たないらしい。おじさんには特に息子が可愛がってもらっていた。お菓子屋さんをしていて、行くといつもたくさんお菓子をもらっていた。義父のすぐ上の兄に当たる。丈夫な人だったと思う。飛騨弁では「キツい」人という。義父と二人でよく茸取りに行っていたらしい。白川村の尾神の出身だ。御母衣ダムで沈んだ村だ。もう、その尾神の村の生活のことを知っている人も少なくなっただろう。義父と同じく、昔の白川村の生活をその身で生きてきた人だ。飛騨の人... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/06/28 02:48
3月27日 ブログを始めてちょうど一年
3月27日 ブログを始めてちょうど一年  昨年の今日、ブログを開始しました。今年も二三日前に、京都大学の卒業式があったようです。今年はどんな式辞が述べられたのか?  ともあれ一年が過ぎました。読んで下さったみなさんに励まされての一年でした。  アクセス数は1万7千あまり。  有難うございました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/03/27 11:36
禅の思想は
禅の思想は 私の理解では禅は神性や仏性や霊性などというものについてきわめてきびしいのです。 そんなものあるわけがないという思想を徹底させているのです。『臨済録』のきびしい言葉はそうした饒舌をまったく寄せつけないものです。 そのような禅の思想が、わが国の思想と言葉をどれだけ清潔・潔癖なものにしたか。素晴らしいものです。 わたしはそう思います。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/07/18 02:10
疲れた時には 京都郊外雲ヶ畑
疲れた時には 京都郊外雲ヶ畑 疲れた時には寝てしまうことが多くなった。年のせいだろうか。家に戻ってまずは一時間か二時間寝る。そうしてそれから夜の部の仕事に入る。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/06/29 00:10
死者の思考 補足
死者の思考 補足  >いわばその「死者の思考」が、(残された)「われわれの内で思考している」、というクロソウスキー的な問題もここに絡むのですね。  ピエール・クロソウスキーの一節を拙訳で紹介しておきます(『ニーチェと悪循環』ちくま学芸文庫版131ページ参照)。  「われわれは、われわれの内で考えている者、考えつづけている者が、他者たちではないのかということを正確には知ることができないのである。」( "... nous ne savons pas toujours au juste si ce ne son... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/06/05 02:11
トヨタ財団研究助成
トヨタ財団研究助成 トヨタ財団の研究助成の応募書類を書いて出した。 夜の十時半までかかった。あの研究室でやっていた。 今日の朝に電話で承諾をもらって、それから始めたのだった。 一日づけ。 慣れてしまった。一夜漬けにも。 支離滅裂なところがあった、と自分でも思う。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/05/10 23:57
京大卒業式式辞
京大卒業式式辞 「昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ」について ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/04/29 11:52
昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ
昨日京大の卒業式に行った --- 大学よりも大きな書物へ 昨日京大の卒業式に行った。放ってばかりいた息子の卒業式を見るためだ。 会場の雰囲気は好かった。卒業生たちの節度ある熱気は未来への手応えを十分に感じさせてくれた。 卒業証書授与も悪くない。 問題は総長の式辞だ。私が会場の一番遠いところにいたせいか、総長の声が反射するノイズにくるまれてほとんど何も聞き取れない。 だが繰り返し確実に何度も聞えてくる言葉があった。それは「京都大学は」という言葉だ。一分間に二三回出て来ていたようだった。 そのスピーチに私は段々うんざりしてきた。二つのものが間... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/03/27 11:29

トップへ | みんなの「雑記」ブログ

特集

「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ 雑記のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる