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みんなの「文学」ブログ


《「ドイツ語応用」》

2017/04/13 02:34
瀬谷こけし

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吉島家(高山市)の楢の木


 今年は「ドイツ語応用」の授業を担当させてもらえてどんな学生が受講してくれるかと期待していたのだが、受講の動機を書いてもらうと、「時間の都合で取りやすい」とか「卒業単位に必要なので」とか書いてくる学生が多く、少し気落ちしていた。ヘルマン・ヘッセの『樹木』というエッセーと詩をまとめたものを教材に使う読解中心の授業にしたのだが。それでも受講動機を読んでいると、「読解重点の講義を受けたかった」とか「ドイツ文学を読むことで文学自体の理解を深めたい」とか、「ドイツ文学に興味があって」などと言ってくれる学生もあって、気を取り直している。ほんとはゲーテを読ませてみようと思って教材を探していたのだが、そもそも文学を読ませる教材が最近はほとんどなく、ゲーテですらほぼゼロなのだ。結局、前から時々使っているヘッセのものをまた使うことにしたが、ドイツ文学、ドイツ思想について包括的な視野を得るためには、それはゲーテの方がよく、ゲーテこそが最良ではないかと思う。エッカーマンの『ゲーテとの対話』からいくつかを選んだものがあればそれにしたいと思っていたが。
 ともあれ、この授業に取り組んでくれる学生がいてくれたことをありがたいと思ってやってゆきたい。
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《日本歌人2017年7月号草稿》

2017/04/06 04:28
瀬谷こけし

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○家々は明かりつましく暮らしたりひとの生くるはさびしきものぞ

○今生の別れとてや差し伸ぶる骨ばかりなる手を握りしことを

○あさましきばかりに細き骨の手を差し伸べる姉のこころの無慚

○父の見る真夜に身まかりにけり姉千代子齢二十九の灯

○夢の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし

○峠(たわ)越えて芹生(せりょう)山水もとめ来ぬ春の若水ここにあらずや

○杉の葉のみどりうるはし隠国(こもりく)の春の若水得て帰途につく

○冬の真夜の静謐に立つ寒々し飛騨高山の街の格子戸



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《太宰治の「父」》

2015/12/30 22:59
瀬谷こけし

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 昨夜読んでいたのだが、テーマは「義のための子別れ」。太宰が義とするものは「私の胸の奥の白絹に何やらこまかい文字が一ぱいに書かれている。その文字は、何であるか、私にもはっきり読めない…」と書かれているこのはっきり読みきれない文字だ。この文字にゆえに、子を捨てる。そして太宰はこの「義のための子別れ」に、一人息子を殺そうとする創世記のアブラハムと同じものを読み取っている。彼の「地獄」も、ここから生じてくる。
 太宰のこの分析の深み、それはジャック・デリダによるアブラハムの信仰の分析の深みに届いている。太宰の結論は、「その解明は出来ないけれども、しかし、アブラハムは、ひとりごを殺さんとし、宗五郎は子わかれの場を演じ、私は意地になって地獄にはまり込まなければならぬ、その義とは、義とは、ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似ている」というものだ。
 太宰はこの地点から読み直さなければならない。彼方からはニーチェの(あるいはお好みならピンダロスの)「汝自身になれ」という警句が響いてくるだろう。



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《いのちを無暗にとること ---芥川龍之介の「蜘蛛の糸」》

2014/10/28 03:30
瀬谷こけし

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 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は彼のもっとも成功した小説の一つである。しかしその作品の理解についてはあまり異論を聞かない。試しにウィキペディアを見てみると、「あらすじ」がこんな風に記されている。

> 釈迦はある時、極楽の蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは悪党であったが、一度だけ善行を成し、それは小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたのだ。それを思い出した釈迦は、彼を極楽へ導こうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。
極楽からの蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸を登れば助かる」と考える。そこで蜘蛛の糸につかまって昇り始めた。ところがふと下を見下ろすと、地獄の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは糸が切れるだろう。カンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。下りろ」と喚いた。すると蜘蛛の糸がカンダタの所から切れ、彼は再び地獄に堕ちてしまった。
> それを見ていた釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。
(ウィキペディア「蜘蛛の糸」、あらすじ; 2014.10.27)

 犍陀多(カンダタ)という悪党がお釈迦様の意のあるところを解さず、せっかく与えてくれた地獄脱出の機会をむなしくしてしまったという話である。こうした理解に関しては問題がない。
 だがこの小説を少し注意深く読むと、芥川の、意外と深い善悪論が見えてくる。それは、釈迦が犍陀多という人物のどういうところに善を見たのか、という問題である。そのあたりを引用してみよう。

> するとその地獄の底に、犍陀多(かんだた)と云ふ男が一人、外の罪人と一しよに蠢いてゐる姿が、御眼(おめ)に止まりました。この犍陀多と云ふ男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ惡事を働いた大泥坊でございますが、それでもたつた一つ、善(よ)い事を致した覺えがございます。と申しますのは、或時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這つて行くのが見えました。そこで犍陀多は早速足を擧げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違ひない。その命を無暗にとると云ふ事は、いくら何でも可哀さうだ。」と、かう急に思ひ返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやつたからでございます。
> 御釋迦樣は地獄の容子を御覽になりながら、この犍陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思ひ出しになりました。さうしてそれだけの善い事をした報(むくい)には、出來るなら、この男を地獄から救い出してやらうと御考へになりました。幸、側を見ますと、翡翠のやうな色をした蓮の葉の上に、極樂の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釋迦樣はその蜘蛛の糸をそつと御手に御取りになつて、玉のやうな白蓮(しらはす)の間から、遙か下にある地獄の底へ、まつすぐにそれを御下しなさいました。
(青空文庫、http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

 釈迦の見た犍陀多は、まず、「いろいろ惡事を働いた大泥坊」である。「人を殺したり家に火をつけたり」、そのような悪をいろいろしてきた人物だということだ。だがその男がたったひとつだけだが善い事をしたことがあるというのである。それは道端を這っている蜘蛛を見つけて、足で踏み殺そうとしたとき、ふと次のように思って、その蜘蛛を助けてやったという事だ。そのとき彼が考えたのは、底本の通りに引用すれば「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違ひない。その命を無暗にとると云ふ事は、いくら何でも可哀さうだ」ということである。ここには重要な二つの契機が見出せる。一つは、彼がその蜘蛛を、小さいながらも<命のあるもの>だと認識したということである。第二の契機は、命あるものの<命を無暗にとる>のは可哀そうなことだ、という倫理的な判断である。この二つの契機は相関しているであろう。殺そうとしている相手が<命あるもの>として立ち現れてくるということのうちに、何か大きな善があるのだと芥川は考えたのではないだろうか。

 こうしてみると、われわれが芥川の描く犍陀多という人物の一貫性を信じてよいのであれば、犍陀多が「人を殺したり家に火をつけたり」という悪事を行ったとき、彼にとっては、「人」が<命あるもの>として立ち現れなかったのか、あるいは、<命あるもの>として立ち現れた場合には<無暗に命をとった>わけではないのか、どちらかであることになる。<無暗にではなく命をとった>とすれば、それは然るべき理由があってそうしたということになるに違いない。それは自分が生きるためには殺さなければならないと考えたから、ということが理由になっていることだろう。これは、この小説の終わりで、蜘蛛の糸が切れる寸前に彼が考えることと同じだと推測される。

> 「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚(わめ)きました。

 このとき彼は、糸が切れないように、ついて上ってくる罪人どもを再び地獄に落としたいと思っていたはずである。利己的ではあるが、合理的な理由のある行為であり、人間の普通の行為であると見ることができる。
 他方、相手が<命あるもの>として立ち現れてくることのない殺人や殺戮は、今日では枚挙に暇のないほどになってしまった。小さいながら命あるものの命をむやみにとることは、いくらなんでも可哀そうなことだ、という犍陀多の倫理思想は、ささやかでつつましいものだが、そこにはしかし非常に善いものがあるように見える。それこそが芥川の描く釈迦のまなざしなのだ。



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平澤信一の「銀河鉄道の方へ」

2014/01/28 12:45
瀬谷こけし

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  平澤信一の論文「銀河鉄道の方へ」(『宮沢賢治《遷移》の詩学』2008所収)には大変感心した。それは宮沢賢治の思考において、目に見えないものとしての「あまの川の水」についての想念が、初期の童謡「あまの川」(1921)から、晩年の『銀河鉄道の夜』第4次稿まで、同書第2次稿や詩「薤露青」、そしてあの「二十六夜」までをも貫いていることを示して見せるのである。つまり、あまの川の星と見え、知られるものは、底のすなご(砂つぶ)や岸の小砂利であって、それはあまの川の水そのものではなく、水そのものは、「水素よりも」すきとおったもので、そのままでは見えない、という想念である。この指摘は賢治の思考の核心にあるものを射当てているだろう。京都学派の哲学者ならそれを無と呼ぶかもしれない。銀河の川そのものはすきとおって見えないもの(水)の流れである、というわけである。
  だが、平澤の考察の卓抜さは、この見えないすきとおったものの流れを可視的にあるいは可聴的なものにさせる介入について真直ぐに考察している点である。ここで平澤がとりわけ強調するのは「手」の介入(『銀河鉄道』第3次稿参照)、とりわけ賢治自身の手の介入のことである。賢治自身の手による、銀河の見えない水への介入が、「賢治の《手》になるテクストを銀河そのものの顕れとして」(p.120)われわれの前に呈示する、というのである。この指摘によって、賢治の「農民芸術概論綱要」の中の「銀河系を自らの中に意識してこれに応じてゆくこと」という抽象的なスローガンが、具体的にみずからの身体状態の自覚と、創作との交点に、位置付けられるのである。「そのとき《銀河系》とは自身の内を駆け廻る《すきとほった−見えない−ほんたうの−水》を意味していた」、と平澤は言う(p.120)。この指摘によって、賢治の思索の一貫性と具体性が、適切に見て取れるようになる。
  こうした平澤による秀逸な読み取りに対して、わたしがさらに若干の課題を呈示するとすれば、それはこのような世界観において、あの『銀河鉄道の夜』の中の「石炭袋」はどう位置付けられるのか、という問題である。しかしこの問題については、また稿を改めよう。(2014.1.28)




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『なめとこ山の熊』:最後のシーンの小十郎と熊たち (発表要旨 400字)

2008/07/24 13:14
瀬谷こけし
今日、ある研究会の研究発表申込をした。その発表要旨を早速公開してしまおう。以下である。



作品『なめとこ山の熊』の、熊たちが雪にひれふする中、その「いちばん高いとこに小十郎の死骸が半分座ったやうになって置かれていた」というシーンを解釈する。この小十郎の形は熊たちのしわざと考えられる。熊たちから崇敬される尊像の形である。なぜこの形か? 小十郎が「同じ山に生きる仲間」として認知されていたという解釈では不十分である。また、熊に因果を聞かせて引導を渡し、出離の機縁を与えているからと考える「諏訪の勘文」*風の解釈も、小十郎が自らの死の直前に「熊ども、ゆるせよ」と思っていることを見れば不十分である。小十郎は自らの記憶の空間で、熊たちの最も輝かしい姿に、死後も存在を与える者だったのではないだろうか。小十郎が「ゆるせよ」と思うのも、自身の死後は熊のこの存在も失われるからである。小十郎のこの特別な能こそ熊たちが彼を特別に崇敬する理由ではないか。また、無量寿の如来と小十郎の違いもここから読み取れる。


どうだろうか。
ご意見をいただければ幸いです。

=====
*「諏訪の勘文」:
「業尽有情。雖放不生。故宿人天。同証仏果」などの言葉で表される、殺生、食肉を正当化する教え。 この「有情」」には一般に植物は含まれていないとみなされる。

(2008.9.22 一字訂正。注を付加)



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短歌・北白川幼稚園への坂道

2008/06/26 00:26
瀬谷こけし

坂道の上から明るい聲がするそこから先は子供の領分

細道に幼なきものらが出て遊ぶ「通っていいか」ときいて通らむ
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こんな質問があった 宮沢賢治『なめとこ山の熊』

2007/12/31 11:57
瀬谷こけし
 前回報告した京都市立芸大の「日本文化論」の授業の、感想レポートだ。
http://25237720.at.webry.info/200712/article_17.html
 ある学生のレポート。プライバシーに配慮してKAさんとしておく。
 「『人間の方が熊より記憶力が優れているというのをお互いに認めている』というのは、少しひっかかるなと思います。実世界や常識では確かにそうかもしれませんが、この話の中では、熊は二年間の約束を覚えていて実行している。小十郎を特別な存在と思い続けている。この話では熊と小十郎の間に知的能力のギャップはないと思います。」
 鋭いところを衝いてくる。実を言えば、わたしはこの質問にどう答えられるのか、まだまとまった答えを発見していない。だが、ともかく「熊と小十郎の間に知的能力のギャップ」はあるとわたしは考えている。とするとどうなるのか?
 未来に向けた「約束の記憶」と、神のごとき「存在を与える記憶」は違うということになるだろう。約束の記憶は将来への行動計画の中に組み込んでおかなければならない。それに基づいて生活を組み立ててゆくのだ。だから一旦インプットしておけば忘れにくい。こういう記憶ならそう無理なく熊にももたせられるのではないか。だが存在を与える記憶は思い出の記憶だ。その思い出の中に、ある律義さをもって、小十郎は自分が恩恵を受けた熊たち、山の神の変り身の姿を刻み込んでいるのだ。恩恵を感じ、そしてそれを忘れないということ、このことが熊たちに小十郎を受け入れさせ、好かれ、そして最後には哀切な礼拝による送りをもって応えられるところとなるのである。そうではないのだろうか?

 もう一つ、KAさんは「水の変形」というまことに素晴らしい着想を示してくれた。これはKAさん自身の名誉にすべきことだ。だからここでは詳述しない。これについては、今は---「修羅の成仏」---とだけ答えておこう。これもまた宮沢賢治の非常に深い深層を照らし出してくれる質問であり、洞察であり、示唆である。まったく感心している。
 こうして学生たちの新鮮な読みに目を覚まさせられながら、わたしたちの作品読解はより深く、より豊かなものになってゆく。

宮沢賢治全集 (7) (ちくま文庫)
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京都芸大の集中講義 「日本文化論」が終わった

2007/12/27 01:17
瀬谷こけし
 ここのところ毎年のことになっている。年末のこの時期、京都市立芸大で「日本文化論」の集中講義をしている。今年は少し趣向を変えてメニューを少なくして、学生の考える時間を増やしてみた。今日はその最終日。宮沢賢治の「なめとこ山の熊」について、公開の研究会(検討会)のような形でやってみた。テーマは小十郎が最後に熊どもからひれふして礼拝されるような存在として描かれていることの理由を作品中から読み取ること。もしその理由が描かれていないならば、つまり賢治の願望が描かれているに過ぎないのならば、この作品はひどい失敗作になる、ということを説明した上で考えさせる。とりわけ小十郎の最期の言葉「熊ども、ゆるせよ」をどう解釈するかが最も重要なポイントになる。よくある解釈は「これまで熊たちを殺してきてごめんなさい」という謝罪に解釈するものだ。だがこの解釈はちょっと考えれば無茶な解釈だということがわかる。つまり、まずは「ゆるせよ」が誰に対して投げかけられた言葉なのかをまともに解釈していない。そしてまた、そういう解釈は、熊を殺した時に小十郎が熊に投げかける「送りの言葉」を不十分な言葉だと見なすことになるが、その「送りの言葉」を不十分だと主張することは、そう容易にできることではないだろうからだ。

 実際、おれが猟師をしていることもお前が熊に生れたことも、悪い因果にによるもので、おれたちは互いに同等な存在、つまり因果の同胞なのであって、お前も今度生れてくる時には熊なんぞに生れてくるなよ、とする考えはそう容易に越えられるものではないだろう。だがしかしこの考えにも不十分なところがあるのだ。「熊ども、ゆるせよ」を説明するには、その「送りの言葉」の不十分さを指摘しなければならないのである。それをわたしは拙論「『その掌に死ね』といふこと」(『東北学』Vol.10)の中ですでに述べているが、今日学生に出した問いは、この「因果の同胞」という思想の不十分さと、最後の熊どもによる小十郎の礼拝とを結びつけてみろという問いであった。この両者を結びつける論理について、わたしは先日12月16日に「供犠論研究会」で簡単にではあるが発表したのだが。

 学生の解釈は予想外に深かった。先述のような通俗的な解釈を示すものは一人もいなかった。わたしがくぎを刺しておいたこともあるのだが。だが、よく考えれば「因果の同胞」という思想を越えていない答えもあった。また、二年後に自殺した熊の思想と関係づけようとした学生もいた。だがあの熊の場合その崇高さは、「自らの死を招くものであっても約束を守る」という思想と、そしてとりわけ「どちらにも優先権のない場において相手のために死ぬ」という思想にあるわけだが、それは「輪廻の同胞として山の神の配慮の中で生きる」ということで説明がついてしまうだろう。実際、その熊が求める二年間の猶予には、命をわが子に引き継がせるという山の神的な配慮を十分に読み取れるのだ。

 しかしまた、ほとんど私の考える正解に達した学生もいた。だが、その学生は、わたしの質問に応じて自説を説明しているうちに、その最も深いディメンジョンを忘れてしまったのだった。小十郎は神のごとき存在であるということの、その説明のところだ。それを熊の生のシンギュラリティと結びつけて説明するその論理だ。それにほとんど達しながら、掴み切れないうちにそこからずれてしまった。重要なのは殺される熊たちのシンギュラリティを救済するものを小十郎がもっていて、それは「輪廻(因果)の同胞」というような一般性のレヴェルを越えているということだろう。つまり小十郎は、熊をその生と死のシンギュラリティにおいて記憶し、記憶においてその熊の独自な生と死に存在を与えている、ということだ。小十郎が死ぬと、その記憶も消え去り、記憶の中の熊の生も消えてしまうのだ。だからそこ小十郎は死ぬ時にあやまるのだが、小十郎のそうした記憶の力に熊たちは自分たちにはない神のような力を見て取り、その記憶の力を自分たちに振り向けてくれたことに特別な崇敬の念を懐いていたのだ。熊どもはいわば神の死を悼んでいたのだ。

 授業の最後に示したわたしの解釈はこういうものなのだが、しかしある学生は、最後のシーンで小十郎の顔が「何か笑ってゐるやうにさえみえた」というこの笑いを、「殺生をする生から離れられる喜び」としてでなく、「熊に死後の生を与える神のごとき存在としての喜び」と解釈しうるのでなければ、わたしの解釈はまだ不十分だろうと指摘してくれた。これはまったくもっともな指摘だ。その辺のところはわたしが自分で正確に書き記さなければならないだろう。
 ともあれ、「なめとこ山の熊」の読解としてどこに出しても恥ずかしくない水準の授業ができた。それはわたしにはとても嬉しいことだった。


宮沢賢治全集 (7) (ちくま文庫)
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