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《京都の散髪屋ビリケンの親爺さんの名言》

2017/07/22 01:20
瀬谷こけし

 今日、7月21日、久しぶりに散髪に行った。行くのは百万遍のビリケンさん。昔は京大教養部の東側の細い通りに「美留軒」という名の散髪屋をやっていて、西田幾多郎も通ったという店だったが、二年ぐらい前にここを閉じて、百万遍の店一本に切り替えた。親父さんは今も元気に散髪をしてくれる。学生時代は生協の床屋に比べて少し高かったのでほとんど行かなかったが、福島の郡山から戻って、滋賀県に住むようになってから25年余り、床屋といえばほぼここにしか行かなくなった。それは、エイズが流行し始めていたころ、ここは刃物を紫外線消毒していて、安心感があったということも大きかった。親爺さんももう80歳を少し過ぎたぐらいになるのか。未だに気力は立派なものだ。色んな話を聞かせてもらってきたが、百万遍に移ってからは、親爺さんの政談があまり聞けなくなったのは残念だ。それでも聞いた名言をどこかにとどめておきたい。
 親爺さんは自分の仕事に「床屋」という言葉を使わない。由緒正しく「散髪屋」と呼ぶ。これは多分非常に大事なことだ。
 それで、今日とどめておきたいのは次の言葉だ。一二年前、美容室で散髪をしてもらう男子が増えたころの話だ。美容室の技術やセンスもそれなりに褒めるのだが、ただ譲れない、誇りとする一線はあるのだ。

> 男の凛々しさは散髪屋でないと出せない。

 この言葉だ。立派な言葉ではないだろうか。男子一生の仕事としての散髪屋、その誇りと技と美学を見事に言い表していると思う。後世に残しておくべき言葉だ、とわたしは確信する。

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