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みんなの「京都造形芸術大学」ブログ


《日本歌人2017年4月京都歌会》

2017/04/16 03:45
瀬谷こけし

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(構内落葉、2017年4月14日京大構内)


 今日(4月15日)日本歌人京都歌会の歌会があった。わたしが出詠したのは、以前(『日本歌人誌』)「2017年7月号草稿」として掲載したもののひとつを一字だけ変えたものだ。

> 時の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし

「夢の中へ」を「時の中へ」に改めた。もともと「時の中へ」の方が本来の形だが、この「時」をどのくらい誤解せずに読んでもらえるかを見たくて歌会に出した。少なくとも三人はこの「時」が現在とかではなく、悠久の時の流れの「時」、過去のことだときちんと理解してくれた。いわば純粋持続としての「今」の時から、「過去」へと逃げ去ってしまった時、もう(なにびとも)改めることができなくなった時だ。ニーチェが「es war]と呼ぶ時。
 歌を「夢」から「時」へ変更すると、見方が一人称から三人称に変わり、少し冷たい物言いになるが、しかし時の問題、死の問題の真相を思考しやすくなる。問題は単純で、身体が息を引き取るとき、それは抵抗の放棄として、「もうここまででいい」という納得として身体自身の能動的行為として最後の息が引き取られるということだ。どんな死に方であれ身体はおのれの能動的な行為として最後の息を引き取るのだ。
 歌会でも、終了後にすこし時間がもらえたので、そのあたりのことを説明した。身体が息を引き取るときの問題として考えてもらうと、理解共感してもらえるひとが増えた。

 今日は、病でしばらく声が出せなかったという人と、名古屋から参加の人が来てくれるので、歌会の後、みなで場所を移してあるフレンチのレストランで会食をした。そこでも、美味しく楽しい談笑の時を過ごした。京都造形での「歌会」の授業が今年からなくなること、京都造形からの日本歌人への何人かの加入希望者の話もした。書道家の会員で、同じく書道家のご主人が、4×9mの鳥子紙に書を書くところの映像もみせてもらった。
 なかなか充実した日だった。
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《詩仙堂吟行》

2016/11/21 20:56
瀬谷こけし

 11月19日は「文学研究・歌会」の二日目。午後から詩仙堂に吟行をした。去年より10日ほど遅かったせいか、紅葉が進みとても見ごたえのある色や景色が広がっていた。あいかわらず「三十六詩仙」の詩画額に関心を向けるひとは稀だったが。ともあれ秋の庭。



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 11月20日は「文学研究・歌会」の三日目の授業で、午後からは前日の吟行詠による歌会をした。学生も講義や歌会を経験してから詠んだ歌なので、それぞれ何かはよい方に変化しているように思った。わたしはこの歌を出した。

>姫つばきゆるりと歩む時の間も瞬(まばた)くひまも緑衣(りょくい)ほどかず

 李賀の詩にある「緑衣」の語を使って、山茶花の清楚なさまを歌ったものだが、票は入らなかった。



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《ひとつの詩を作曲しようとするとき》

2016/10/30 03:21
瀬谷こけし
ワイマール 1920年のある碑銘
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 メンデルスゾーンを育てた作曲家として知られているかもしれないツェルター(カール・フリードリッヒ)(Carl Friedlich Zelter)は、ひとつ詩を作曲しようとするときのことをこんな風に語っている(『ゲーテとの対話』1823年12月4日)。もちろん、誰かの詩、例えばゲーテの詩に曲をつける場合のことだ。

> >>Wenn ich ein Gedicht komponieren will,<< sagt er, >>so suche ich zuvor in den Wortverstand einzudringen und mir die Situation lebendig zu machen. Ich lese es mir dann laut vor, bis ich es auswendig weiß, und so, indem ich es mir immer einmal wieder rezitiere, kommt die Melodie von selber.<< (Gespräch mit Goethe, Donnerstag, den 4. Dezember 1823)

 ここには他人の言葉を理解するための最も基本的なことが言われていないだろうか? まずは「Wortverstand」つまり「言葉の理解」を徹底して推し進めてゆくのだという。そうしてその詩の状況(Situation)が生き生きとわかるようにしてゆくのである。それから、その詩を暗唱できるまで大きな声を出して読むのだという。そうして何度も何度も朗誦(rezitieren)しているうちに、メロディーがおのずから出てくるのだ、という。

 これは京都造形芸大通信教育部の「詩と音楽への案内」という科目でわたしが指示していた言葉の理解の方法とまったく同じではないだろうか?

 芸術は、言葉の芸術は、このようにしてはじめて深く他者に聞き取られるのではないだろうか。

 そして、そのようにして理解された物事に自らの言葉を交差させるときにはじめて対話は成り立つのではないだろうか?

 (作曲家)ツェルターの場合は、メロディーをその詩につけることが対話なのだ。芸術、つまりムーサイの術は、深い対話の術でもあるはずなのだ。




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《花巻小友園》

2016/07/24 19:33
瀬谷こけし


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 この家、小友園という。今日は閉まっていたが、普段は骨董品を扱う店のようだ。この建物がちょっとバランスがおかしいと教えてくれたのは通信のある学生だった。それまでわたしは一度も気づいたことがなかったのだが。その学生ははじめてその前を通っただけでその異様なさまに気づいたようだ。大したものだ。そんな風にわたしはいろんな学生にいろんなことを教えてもらってきた。これもその一つだ。
 この二枚の写真について言えば、二階の窓の幅が、右半分と左半分とが異なっている。言われてみれば気づくことだと思うが。
 今日も理事会があって花巻に来ていたのだが、バス時間待ちの一時間ほどの時間で、今日はただ道だけ歩いていた。そうして確認して、写真を撮った。どうやらこの「小友」という家は、材木などを扱う名家のようだ。こうしたものを建てようとすれば、ずいぶんと余計な手間がかかるだろう。それをやってみせる。
 そんな風に、今日は「はなマき」(マの音を上げる)を歩いていた。昔はじめて花巻に来た時も、こうして何がどこにあるのかもわからず、そして特に賢治関係の場所を目指すのでもなく、町を歩いていた。こんな風な歩きを、きっと賢治はしていたのだろう。



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《フリードリッヒ・ニーチェの永遠回帰の思想》

2015/07/06 21:03
瀬谷こけし

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 昨日今日と(やっとつける時間がとれて)「哲学」のスクーリングのレポートを採点していたが、今回は、永遠回帰の思想の恐ろしさを、如実に感じたということを示してくれたレポートが何通かあった。こんなことは私が記憶する限り初めてのことだ。だからそれについて、その恐ろしさについて、きちんと書いておきたいと思っている。そのほんとうの恐ろしさ---それを多分ピエール・クロソウスキーも誤解している。それは自らの「死」から「次のおなじ生への回帰」までの時間経過の問題なのだが。クロソウスキーはそこに全宇宙の循環の時間を読み取ったが、多分それは誤った解釈なのだ。私も前著『ニーチェから宮沢賢治へ』の中では、クロソウスキーに引きずられて、その問題についてきちんとした解釈を示せていない(田中英三先生はそれを指摘してくれた)。---そしてまたその恐ろしさは、どうして歓喜を生み出しうるのか、その問題もいまだだれも正しく示してはいないと思う。---ただそこに歓喜があることは確かなのだが……。
 その恐ろしさを、「地獄のような」と表現した学生が2〜3人いたが、若干の保留をつけれればこれは正しい理解だと思う。つまり地獄では、殺されてもまた甦って、同じ地獄の中で目覚めるということだが、この自己意識の反復的性格そのもののことだ。これが恐ろしい。保留は「無間地獄」だけはさらに別の性格を供えていると思えるということだ。そしてそれがどうして歓喜をもたらしうるのか? 集中して考えなければならない。



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《何か 春》

2015/02/15 00:43
瀬谷こけし
 何か。
Quelque chose.
言ってしまえば浅い、ほんの少しの春。
そんな光りがあった。

「単位修得試験」の採点結果を事務局にもって行く途中。見かけたひかりの景色。
(大学構内 写真8枚)


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《2014年8月24日 去年お山参詣で》

2015/02/13 00:21
瀬谷こけし
 宵待草。大好きな花だ。この黄色い花には小学生の頃から親しんでいた。当時は竹と凧糸で作った弓につがえて射るための矢として。それで電線のスズメを狙ったが、一度も当たらなかった。---以来、花に疎いわたしにも親しい野の花だった。
 去年(2014)はずいぶん久しぶりに8月中に八朔を迎え、岩木山お山参詣を迎えた。レッツウォ―クお山参詣の列に加わり、大きな御幣を持って歩いていると、道ばたにこの花が見えた。ちょうど盛りのようだ。例年、何本かは見付けて、写真を撮ろうとしているのだが、この年ははじめていい具合に撮れた。
 今、来年度の「岩木山フィールドワーク」の授業の構想をまとめていて、この写真を見つけた。これは、大好きな花だ。やさしい感じで……。


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宵待草の手前にはツユクサも
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《学園葬》

2014/12/13 12:02
瀬谷こけし
 昨日京都造形芸術大学春秋座で徳山詳直前理事長の学園葬が行われ、参列した。冒頭の松平定知さんの朗読「京都文藝復興」に強い感銘を受けた。何度も読み、聞きしているこの文章だが、この度の朗読は、かつてなく、隅々にまで厳しいまなざしの加えられた朗読だった。そこから見えて来たことがあった。
 理事長は優れた戦略家だった。だがその戦いは、世の常の、既得の財や権益の配分をめぐる戦いではなかった。既存の集団の頂点に立って、既得の権益や財を守り、拡大して行こうとする戦いではなかった。むしろ、新しい財を打ち建てようとする戦いだった。その新しい財は、「芸術」と名づけられたり、「文藝復興」と名づけられたりした。だがそれが何なのかは未だよく分からない。おおよその輪郭で名づけられたものだった。
 わたしの考えでは、彼が「芸術家魂」という言葉を使い始めた時、その求めていたものがはじめて具体的になったと思う。その意味で言えば、千歩ある道のりの、まだ数歩、あるいは七八歩しか進んでいないと思う。例えば「芸術立国」という標的。まだまだ矢が届く所までに達していないと思う。
 このことを理解しておきたい。


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《無明紅葉 京都造形芸術大学の「楓」---2014.12.9》

2014/12/11 00:17
瀬谷こけし
 楓(かえで)の写真25枚。松麟館へゆく手前に、南〜南西から光の射す所があって、樹木の葉や幹に、深い陰影を与えてくれる。昨日たままたカメラを持って本部の方へ行っていて、食後、ここを通りかかる時、美しく、世間では今年の紅葉狩はもう終ったとみなされている時期になっていても、やはり心が残り、撮っていた。マクロ系のレンズももっていたので、一枚の葉のアップも相当撮れた。そしてわたしの写真が、奥の方の、隠れていたり、影になっていたり、時々瞬間にしか光が射さなかったりするようなものに関心を向けていることに今更ながら気づいた。山中智恵子の、

> 在りけりと思へばゆふべあそびせむもみぢの奥処(おくが)しぐれ降りける
    『虚空日月』

の歌の、奥処に秘められたしぐれを写したい、いやむしろ捉えたい、という思いはやみ難い。これらの写真の中にそれが捉えれれているものはないだろうか? それと山中智恵子の「をとめ」の歌を。
 光の中に立つことは、をとめ(乙女)らしいことだ、とわたしは思う。
 わたしはというと造形大を去る準備を少しずつ進めている。


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しぐれが見えないか?


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をとめの姿に見えないか?

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《地域芸術生活発信研究》

2014/12/05 21:04
瀬谷こけし
冬の光
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 「地域芸術生活発信研究」というような講義科目を創設できないだろうかと去年考えていた。芸術の主体を、人間というよりはむしろ地域の方に置いて、芸術を考えてみようという科目だ。あるいはタイトルは少し違って、「地域日本文化発信研究」と名づけていたかも知れない。まずは地域に住んで経験できることの多様性を発見・発掘すること、つまり面白いもの、美しいものがこの比較的狭い地域にもたくさんあるということを発見し、そしてその多様な美や面白ごとを、写真(等)にして発信することを学んでみよう、というような科目だ。---このように地域にある多様さを発見し、その面白さ美しさを発見するためには、自然に関する学問へのある程度の関心が必要になるであろうが、しかし何よりも必要なのは自分で観察することであり、感嘆することではないかと思う。天然自然の、鳥獣の、草木虫魚の動きや営みの、不思議さや精妙さへの関心。天然自然、鳥獣草木虫魚が作りなすものへの関心。彼らこそが周囲のものとの関りの中で、美を作り、日本文化を作っているのではないだろうか。そういう発想から、人間の楽しみを、そして人間の芸術や日本文化についても考え直してみたいということだ。 
 この発想には実はモデルがあった。ある信州在住の卒業生がwebで発信していたホームページがモデルだったのだが、今は別のwebサイトを第一にお薦めしたい。「グローバルネイチャークラブのガイド日記」というのがそれで、そこのスタッフ4名がやっているサイトだ。去年伊豆大島を案内してもらって以来、いつも感心して拝見している。
 こんなものを構想していて、それが実現できなかったことが、今年の私の何よりもの反省事だ。


(本稿は京都造形芸術大学通信教育部補助教材『雲母』2月号に掲載予定の原稿を少し変更したものです)






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タイトル 日 時
《君あしたに去ぬ》
《君あしたに去ぬ》  徳山詳直(京都造形芸大)前理事長の学校葬が12月12日に催される。昨日はなぜか私が蕪村の「北寿老仙を悼む」をそんな場で朗読しているさまをぼっと思い浮かべていた。「君あしたに去ぬ 夕べの心千々に何ぞはるかなる」からはじまる詩だ。多分何も見ずに朗読できる。「わが庵の阿弥陀仏 水もものせず 花もまゐらせず すごすごとたたずめる今宵はことに貴き」まで。徳山前理事長との関りは私はある意味とても深い。そして一度恐ろしく深い問いを投げかけられたことがあった。折口信夫の思想の根底にかかわる重大な問題につい... ...続きを見る

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2014/12/01 20:48
《通信教育部スクーリング哲学講義補足資料---『監獄の誕生』》
《通信教育部スクーリング哲学講義補足資料---『監獄の誕生』》  今日学生に補足資料として配布したものを再録しておきます。田村俶の翻訳(新潮社,1977年)ではとても理解ができないであろうと思う重要な箇所を補足説明するために配った。(私のブログなので私の氏名だけは省いておく)  (授業ではこの修正に関してさらに豊富に説明しています) ...続きを見る

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2014/11/30 00:13
《詩仙堂》
《詩仙堂》  「文学研究(短歌)」の授業の吟行で詩仙堂に来ていた。今日はとてもよく庭が見れた。白い花首が白砂の上に落ちていた。花首で落ちるのが椿。だからそれは椿。山茶花は一枚ずつ落ちる。  途中から「古仏」という言葉が離れなくなった。道元の山水経の中の言葉。「而今の山水は古仏の道現成なり」。庭に古仏を探した。  見つけた。  (写真17枚) ...続きを見る

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2014/11/09 00:12
《徳山詳直前理事長を悼む》
《徳山詳直前理事長を悼む》 黄の花を野に咲くままにまゐらせん ...続きを見る

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2014/10/22 20:17
《アサギマダラが指に止まった》
《アサギマダラが指に止まった》  大学の研究室の前にアサギマダラが来ていて、写真を撮った。ドアを開けても逃げない。それで撮り続けていると、一瞬だが私の指に止まった。シャッターを押す指の爪のあたりに。何という幸運! そう思っていると、また止まりに来てくれた。今度はもう少し長く、2〜3秒。  だいぶ疲れて、休憩に来ていたようだ。どこから飛んできたのか。 ...続きを見る

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2014/09/19 20:41
《久高島お月見@徳仁港、ピザ浜&交流館》
《久高島お月見@徳仁港、ピザ浜&交流館》  9月8日の夜のこと。9時から徳仁港の方へいって造形大のお月見会をした。テーブルにススキを立てるだけ月見らしくなる。10時半ぐらいまでそうしていただろうか。そこでまず一次会を解散した。それから希望者で「イシキハマ」へ。行った所はどうやら「ピザ浜」と呼ばれる磯浜だった。ちょうどベンチのような場所があってそこで六人、長いこと座って、月光に照らされる磯浜や海や白波を見ていた。白波は環礁に波が押し寄せてできているように見えた。そうして長いこと見ていると、月光だけでひとも物もはっきりと見えて来る。時々... ...続きを見る

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2014/09/14 18:55
《さらば津軽と…》
《さらば津軽と…》  8月25日午後、三日間の授業を終え、さらに私の感じるもっとも恐ろしく津軽的なものを数人の学生と今回も授業の手伝いをしてくれたSAに伝えるべく、十三湖近くのある神社に案内した。ここに初めて、たまたま立ち寄った時から、もう25年が経った。その後その時の一人が死んだ。 ...続きを見る

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2014/08/30 11:37
《笠ヶ岳が見えた---「環境文化論・飛騨」2014》
《笠ヶ岳が見えた---「環境文化論・飛騨」2014》  授業前日(6月5日)・高山入り。笠ヶ岳が見えた。隣に槍・穂高も見えるが、雲のために頂は見えない。今回はこの笠ヶ岳に護られているかのようだった。 ...続きを見る

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2014/06/10 12:27
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《閉域の原則》---キセル防止  哲学コラム2014−2  日本の鉄道駅にはたいてい出入り口がある。無人駅も実際は少なからずあるかもしれないが。ともあれ、入口があって出口がある。私の乏しい経験から言うと、ヨーロッパの駅には切符を使用したマークを付けるための入口はあるが、出口というほどのものはなく、いわば切符の捨て場があるだけだ。つまり出口チェックが行われること、これは日本の鉄道の大きな特徴のようだ。これは逆にわが国では、出口チェックを行うために出口が設けられているとも言える。だから、無人駅のワンマン列車であっても、出口で有効な切符を持っているかのチ... ...続きを見る

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2014/05/23 20:49
《添削の余白に---吉田松陰『留魂録』についてのレポート添削から》
《添削の余白に---吉田松陰『留魂録』についてのレポート添削から》 添削の一部分を紹介しておきます。 ...続きを見る

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2014/02/21 22:26
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語学のこと (第二外国語を学ぶべきことについて)  ドイツ語ができてよかったと思えることがあった。それは2011年4月末のこと、そのころは(3.11以降)精根が尽きるまでツイッターにむかい、福島原発の事故のほんとうの状態や意味を理解し、必要な情報をひとに伝えるべく日夜努力していたが、午前二時頃、このweb上のオーストリアの新聞の記事を誰か訳してくれないか、というツイートを見た。それで早速読んで見たのだが、専門用語と思われる語が少なくなく、そこは間違って訳すとまずいので、まず大意だけ伝えた。福島原発から放散された空気中の放射性物質... ...続きを見る

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2013/12/24 23:47
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哲学コラム6  『臨済録』(コンパクト改改改版)  臨済宗の宗祖、臨済義玄の語録『臨済録』の「上堂」に次の言葉がある。 >その仏は一体どこにいる! (佛在什麼處)(入矢義高訳、岩波文庫) 『臨済録』のなかのわたしの最も好きな言葉だ。臨済の怒りがとてもよく分かる。  こんな言葉が吐かれるのは、成徳府知事の王常侍が部下たちを連れ臨済の教えを学ぶべく座を設けたことにはじまる。臨済は常侍の要請にまともに応じ、禅の根本義について問答に入る。  ある質問者は臨済に彼の法統を尋ねるが、「黄檗に三度打たれた」という臨済の言に応じられず、... ...続きを見る

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2013/11/11 22:08
伊豆大島 -- お月見と句会
伊豆大島 -- お月見と句会  今年の中秋の名月、お月見会は縁あって伊豆大島で催行しました。私にとっては40年ぶりの大島。高校のバドミントン部の連中と行ったのはいつのことだったか。荒れた火山岩の広がる山懐に感嘆したものです。  今年は京都造形芸大の学生、卒業生の仲間と出かけました。宮澤賢治がここに農芸学校を創設しようとする伊藤七雄さんに招かれて、アドバイスをしたことが「三原三部」の中に読み取れます。賢治もこの島で月を見たのでしょうか。それはわかりませんが、彼がチヱさんに大いに心惹かれたことはわかります。そんなことも下の... ...続きを見る

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2013/09/27 10:15
草木虫魚の音環境(哲学コラム4)
草木虫魚の音環境(哲学コラム4) 愛媛山道 ...続きを見る

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2013/09/13 07:22
京都でマムシ
京都でマムシ  何もウナギ料理の話ではない。もう数年以上前の話しだが、わたしが、「ことばと表現」の二回目の授業で、学生を北白川神社(京都)に学生を連れていった帰りのこと。神社の石段をわたしが先に降り、あるところで止まって後続の学生を待とうと振り返ると、「先生、それ」と一段上にいた学生が私の足もとを指差す。どうやら這っていたか止まっていたかするマムシの鼻先5cmぐらいのところに私が足を下ろしたらしい。首を引いてS字に構えて攻撃体制。今にも飛び掛かろうとしている。学生たちに「来るな」と言ってわたしも同じ段で後... ...続きを見る

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2013/09/10 08:11
どんぐり
どんぐり 今年はじめて見たどんぐり。 大学構内で。 樹種は確認してない(分かる人には一見しただけでわかるのだろうけれど)。 多分コナラではないかと思っている(あくまで素人の推測)。 もっともこの山(瓜生山)にコナラの木が何本かあるのは前から知っている。 他に、コナラ以外の、こんな殻斗(帽子)をかぶったドングリの樹がこの山にあるかどうかは知らない。 もう暗くなりかかっている時刻だった。 ...続きを見る

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2013/08/30 23:10
秋の色少々
秋の色少々  四国の旅から戻って来て、疲労で、きのうはほぼ一日中休んでいた。だが大学に行かねばならない用事もあって、卒業生展(全国公募展)をみてきた。木の肌の気配から、木の痛みを感じさせる作があって、「爪あと」というテーマには、その作が最良だと思った。 ...続きを見る

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2013/08/19 18:51
オリンパスのTG−2というカメラ
オリンパスのTG−2というカメラ  今日は朝少しカメラのテストをしていて、それから自転車で大学に行って、あとはずっと大学の図書館で通信教育のレポートの添削。昼は@Cafeがいっぱいだったので、コーヒーだけ買って、その外の縁側部分でパンを食べた。ヤマザキのサンドウィッチ。  このカメラ、使い方がまだよくわからない。「スーパーマクロモード」というのがあって、10cmから1cmまで接近できて、昆虫のアップの写真には使えそうなのだ。ただ不便な所もいろいろあって、スポットのピントを画面中央でしか合わせられない。AFも遅い。露出調節が... ...続きを見る

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2013/07/26 22:04
環境文化論・花巻 7月6日舟遊び
環境文化論・花巻 7月6日舟遊び  今年は「環境文化論・花巻」の授業で、二日目の自由見学のオプションとして「北上川の舟遊び」のメニューを加えた。これは一昨年、情報を得て試したところ、大変面白く、世界観が変わる気持ちがしたので、今回取り入れたものだ。結果は大変よかったように思う。 ...続きを見る

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2013/07/11 22:55
私の「緑」
私の「緑」  わたしにとって「緑」というと、大学の研究室前の少しの樹々と、家の隣の空地の雑草ぐらいのものだ。特に行かなければその他の緑を見ることは少ない。だから、この緑が好き、心安らぐ、というような緑はない。ヘンデルの《クセルクセス》に歌われるような、大切な木陰というものもない。そんな、大切な一本の樹というものをもったことがない。大学に入るまで育った藤沢の家にも、栗の木があり、桧があり、桃の木があり、そしてヒマラヤ杉の巨木があったが、かけがえのない一本の樹ではなかった。今に至るまでそういう樹をもっていな... ...続きを見る

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2013/06/24 23:52
《あゝ野麦峠》の映画を見た
《あゝ野麦峠》の映画を見た  この時期この日、野麦峠のお助け小屋に泊まろうとするひとが他にいるとはもともと思っていなかったが、朝の八時半過ぎに電話して、泊めてもらえるという事なので、予約した。授業が終わって、そして会田先生とファミレスでしばらく話して、結局高山を出発するのが5時半を過ぎた。  野麦峠のお助け小屋に着いた時はもう6時50分を周っていて、食堂の方の入口は閉まっていた。また奥の建物の入口も閉まっていて、人がいるのかどうか、少し心配になった。しかし勝手口のようなところは鍵がかけてなくて... ...続きを見る

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2013/06/10 09:23
飛騨ことば
飛騨ことば  「環境文化論・飛騨」の授業もあと一日になった。大きな山は越した。林(格男)先生は飛騨言葉の「ゴテ」について大変適切に答えてくれた。それが今日の最大の喜びだったといえるだろう。---答えられない(飛騨)研究家も多いだろうに…。 ...続きを見る

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2013/06/08 22:10
圧倒されとおし---飛騨の白山の麓
圧倒されとおし---飛騨の白山の麓 飛騨の白山 ...続きを見る

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2013/06/08 05:02
飛騨の授業の準備
飛騨の授業の準備  「環境文化論・飛騨」の授業が7日から始まる(6月)。それで準備で何かとばたばたしている。変更を余儀なくされたのは天生(あもう)峠が7日の時点ではまだ開通しないということが明らかになったこと。そのため当初計画していた白川村から天生峠越えで河合村に行くルートが使えなくなったのだ。この峠道に東山魁夷の唐招提寺の壁画の原風景を見るということはできなくなってしまった。  それでT先生にご相談いただいた。高速道路で清見(夏廐)に戻り、そこから北に行く道を通って河合村(今は町)に出ることにした。この道... ...続きを見る

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2013/06/05 23:45
喜多弘樹の歌は解放する
喜多弘樹の歌は解放する  喜多弘樹の歌は解放する。こんな歌: ...続きを見る

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2013/05/25 23:58
添削4本四時間
添削4本四時間  12時半ぐらいから大学の図書館で「日本文化論」の4本のレポートを添削していて、それぞれを読んで、講評を書き終えたのが5時前。  それから研究室に行って、講評をプリントして、張り付けて5時15分。それからの帰りに撮った写真。どうもきちんと撮ってなくて、恐縮するが。  添削の方だが、今日はこれで大いに捗ったのだ。 ...続きを見る

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2013/05/24 22:19
《生への讃歌》と贈与のエコノミー(哲学コラム2)
《生への讃歌》と贈与のエコノミー(哲学コラム2)  こんな詩があります。 ...続きを見る

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2013/05/10 23:43
夕陽 この日の
夕陽 この日の  この日はじめて陽の光を見た。一日中曇りだと思っていた。通信教育部の入学式があった。  夜は直観音楽の練習演奏会。 ...続きを見る

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2013/04/15 01:56
「無名、有名、命名」(哲学コラム1)
「無名、有名、命名」(哲学コラム1)  老子は「道の道(い)う可(べ)きは、常の道に非(あら)ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。名無きは、天地の始めにして、名有るは、万物の母なり」(道可道、非常道、名可名、非常名、無名、天地之始、有名、万物之母)という(『老子』上篇、小川環樹訳注)。この主張は名の無きものについて考えさせ、そしてそれと同時に、名の有るものから名の無きものへ帰ってゆく道筋についても考えさせる。そしてまたさらに、物事を名づけることについて考えさせる。例えば府立植物園近く、いわゆる半木(なからぎ)の桜について... ...続きを見る

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2013/04/08 04:23
今日も採点ばかりの日で…
今日も採点ばかりの日で…  今日も採点ばかりの日で、目の前の枝。曇っていた空が、午後3時頃からすっきりと晴れてた。 ...続きを見る

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2013/02/06 21:12
《研究室の机の前の窓から》
《研究室の机の前の窓から》 忙しく、身体の調子もよくなく、動けず、ほんのちょっとだけ好いシーンしか目に入れられない。それでも、そのシーンを写真に撮っておきたい。 ...続きを見る

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2013/01/31 21:51
《雲母 2013年2月号 今年度の成果》
《雲母 2013年2月号 今年度の成果》  京都造形芸術大学通信教育部の学生向けの冊子《雲母》の、2013年2月号のために書いたものを再録しておきます。なお、発行された同号では、下線の所が変更されていました(後述)。 ...続きを見る

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2013/01/26 18:51
今日はシカが
今日はシカが  今日はシカが出たようだ。数本の細い樹の皮がやられていた。細かくは観察していないが、多分シカに食べられたのだろう。瓜生山に小農園ができて以来、大学の裏山が野生の動物たちに、お食事処と認められ、その情報が山中に広まっているようだ。大学の小農園も、痩せた土地で食物をつくるというより、野生動物防御の実験施設と考え直した方がいいのかもしれない。研究施設としてなら、その方が意味が大きいだろう。 ...続きを見る

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2012/11/22 20:39
イノシシが出た
イノシシが出た  今朝大学へ行くと、研究室の前の辺りに何やら掘ったような跡。何かな? と思いながら授業に行く。  戻って来て見ると、どうやらイノシシの掘り返した跡。もうドングリはほぼないから、虫の幼虫を食べに来たらしい。ちょっと気になって裏山の農場の方を見に行く。 ...続きを見る

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2012/11/20 18:19
さくらの紅葉
さくらの紅葉  紅葉の盛り、と思えるような一日だった。真ん中の娘と車で外に行って、インドカレーで昼食にした。それから街の方まで送ったが、その間、庭や街路樹のいろいろな紅葉を楽しみながら、街を走っていた。洛北高校の銀杏がちょうど真っ盛り。今年は紅葉がなかなか美しい。さくらの葉も、ほぼこれが最後というようなもみじ。そんな葉が、光と風の中、ちょっと気になった。(京都造形芸術大学構内で) ...続きを見る

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2012/11/19 19:16
昼は気持ちよく晴れていたが
昼は気持ちよく晴れていたが  「文学研究」の授業が終った。内容は短歌と歌会を中心にしたもの。今日は午前中は昨日、雨のため吟行ができなくて、そのかわり即詠で詠んでもらったものでの歌会。午後からは事前提出の詠草による二回目の歌会。なかなか充実した会になったと思う。  それで、昼は食後10分ほど時間が出来たので、大学の構内を少し歩いた。何と言っても、昨日の雨とは打って変わって、とても気持ちの良い晴天だったのだ。それで、写真を撮った。 ...続きを見る

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2012/11/18 20:13
欅の色、夕雲の光り
欅の色、夕雲の光り  この何年か、白川通りの街路樹の色をよく見ていなかったが、何となく、秋には黄色に染まるものの気がしていた。だが今年は赤く染まる木があった。それも一番最初に色付いたものが赤だった。  そうか、そうだった。欅は紅葉する樹だった、久しぶりにそれを思い出した。最初に染まり出してから一週間ぐらい経っているかもしれない。修学院の近くにも、赤く染まる欅があった。  そして大学では、青い空の下に、夕陽と雲と光の壮麗なあそびが繰り広げられていた。今日はもうひとつ手紙を書こう。京都の秋はこれから。 ...続きを見る

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2012/10/29 23:05
今日は三日月
今日は三日月  今日は三日月、だった。というのも、今はもう多分沈んでしまっているからだ。写真は撮らなかった。  この月が、もう少しで十三夜になる。二十七日が十三夜の栗名月なので、あと八日後ということになる。とすればその日は土曜日。どこかに行くなら行きやすい。  だが今年の栗名月は、どこへ行くか決めていない。肝心の中秋の名月が見られなかったから、少し気落ちしているのかもしれない。あるいは、このところ出かけてばかりなので、旅疲れしているのかもしれない。 ...続きを見る

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2012/10/19 20:38
お月見・踊り・歌
お月見・踊り・歌  次年度に向けてものを考えようとすると、結局今年の自分の経験からもっとも豊かな未来をはらんだことを探すことになる。今年も色々な授業を通して学生のみなさんの魅力的なレポートにたくさん出会った。忙しさもあって、わたしの第二ブログ「トポイポイねっと」に掲載をお願いできたものは多くないが、それでも何篇かのレポートは掲載させてもらうことが出来た。いろいろなヒントに役立ててもらえたらよいと思う。URLは: http://blogs.yahoo.co.jp/nametokogenmai3gou 。  ... ...続きを見る

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2012/10/12 23:20
九月
 21日から写真展を開くので、例年とは違ったことで毎日仕事に追われている。暑さのせいか歳のせいか、頭があんまり回らないので、色々なところで誤りが出ていそうだ。昨日も、「東洋の叡智への案内」の添削を、大学に戻して、8月の添削はすっかり終ったつもりだったのだが、今朝見ると自宅の別のケースに入れたままになっていて、今日も大学に行かなければならなくなった。お陰で事務局のひととも話せ、おかげで写真展の案内葉書を渡したりもできるので、かえって人付き合いの点では恵まれているのだが。写真展をするということで... ...続きを見る

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2012/09/01 22:45
今日も雲
 今日は「無主の境」というテーマの、京都造形芸術大学通信教育課程の卒業生・終了生全国公募展を見て来た。この「無主の境」というテーマ自体がわたしの提案したものなので、作品もひとつひとつ、どういう応答になっているのか十分に読み取るべく、観てきた。わたしの判断では、八つの作品がこのテーマに対する十分な応答になっている。例えば「内なる無主」というべき自分の内的な欲望を堂々と打ち出しているもの、「天なる無主」とつながる標のような細い枝のある風景、「祈願の無主」というべき3.11災害復興への無私な祈りを... ...続きを見る

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2012/08/15 21:53
京造関係者による「北海道・二風谷でお月見をする会」の案内
京造関係者による「北海道・二風谷でお月見をする会」の案内 ...続きを見る

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2012/08/12 22:40
秋きぬと
 採点一段落。大学に行った。次は8月14日と8月27日。その間に、色々な立案、手配、折衝、等々。  九月半ばの、津軽、岩木山お山参詣にかかわる授業の実施が、日程に。  雲は白い。 ...続きを見る

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2012/08/07 21:39
鞍掛山の近く 7月8日 (花巻の授業三日目)
 岡澤敏男先生のご案内で小岩井農場を見学し、食事をとり、そして講義を聴いた後、鞍掛山の方へ行った。山があり、詩碑があり、牧場があり(相ノ沢)、そしてオダマキソウの花が咲いていた。牧歌的な場所、でもおかしくないのだが…。  賢治の詩も、牧歌的なものではない…。 ...続きを見る

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2012/07/12 19:51
7月9日 なめとこ山に登った
 もう例年のようになったが。今年も高橋美雄さんの案内で。天候に恵まれて、すばらしい山登りになったが、下りてから、雨が降ってきた。何と天気に恵まれていること!  この5日間、空の天気の神様に護られていたようだった。教室での講義中や、車での移動中には降られていたのだから。けれど外を歩いている間は、ほとんど全くといってよいほど降られず、濡れなかった。 ...続きを見る

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2012/07/10 21:26
平泉へ行った
 京都駅の空港バスの乗り場で、花巻へ向かう学生たちに偶然会った。  彼らに便乗させてもらって、平泉に行った。 ...続きを見る

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2012/07/06 06:39
虫に食われて変形したのか? 
 大学の、食堂の前の、一部にだけ見られる変形した葉っぱ。どうしてここだけ? と思う。虫に食われて変形したのか? 別の原因か?  (撮影:2012.7.2) ...続きを見る

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2012/07/03 11:35
黒田のさくら祭り--- 地域にどう関るか? 「来訪する詩的なもの」
 今年の4月28日、黒田で「さくらまつり」が開かれた、---というか、開かれたはずだ。こんな言い方をするのも、わたし自身は行ってないからで、そしてひとのブログで、開催されたことを知ったからだ。今年は黒田の桜も開花が遅かった。「黒田」というのは、京都市右京区京北黒田のことで、ここで毎年さくらまつりが開かれるのは、ここにちょっと有名な黒田百年桜があるからだ。今年わたしはやっと時間が取れて、そしてちょっと予感がして、4月26日に出かけていった。行くと、ちょうどその日が満開だった。その日の写真を拙ブ... ...続きを見る

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2012/05/10 08:31
造形大裏山から 2012.2.20 (ルミックスGF3+アポ・ランター90mm)
 今日、2月25日は細い雨が降ったり止んだりで、どこにも行けなかった。比良の権現山の雪ももう溶けてしまっているだろうか。十分春らしい暖かさ。それで写真も撮っていない。とったといえば、大学で二三枚、本のコピーを取っただけ。文化芸術会館の展覧会への案内状をもらっていたので、行きたいと思いながら、今日も時間が取れなかった。 ...続きを見る

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2012/02/25 22:34
造形大のひとつのアングル (Lumix GF3 + G14mm)
 ちょっと前から気になっていたアングルがある。この、外階段の交差するところから上を眺めるアングルなのだが、本当はあと7、8メートル高いところから、超広角レンズで撮りたかった。クレーンを持ってくるのも大変なので、まずはこんな写真で好いことにしておこう。だれかこんな画角に気づいた人がいるだろうか? 一応納得の写真。 ...続きを見る

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2012/02/20 18:15
寒波がやって来た
 午後四時前のこと、研究室に戻ろうとしていたら、白い雲に黒い雲が重なって、やがて空一面が雲になって、雪が降って来た。西の方から。まさにこの時、寒波が京都にやってきたのだ。 ...続きを見る

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2012/02/08 19:24
今日は仕事納めの日
 わたしの本務校の大学は今日で仕事納め。明日からはゲートが閉められ、入れなくなる。授業は先週で終っていたが、それからも毎日仕事があった。今日も添削のチェックやシラバスの改訂などの仕事で大学に行かなければならなかった。  ともあれ、それらも済ませて、今日で今年の仕事は終った。通信教育部の実技系の先生はこれから添削が始まるので、正月休みのもない、と同僚の先生から聞いた。彼は、紙作りの道具を、実習場所から研究室の方に引き上げて来ていた。それでついでに紙作り(紙漉)の話を聞く。植物から繊維さえ取り... ...続きを見る

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2011/12/27 20:36
藍染め
  沖縄の授業二日目の藍染め。オーシッタイの「やまあい工房」へ。指導は上山弘子先生。わたしもやらせてもらった。  この実習のために前日古着屋で390円の白いシャツを買っていた。染めるためではなく、服が汚れてもいいようにということで。ところが実際二度目の染めの時に、足場にしようとして踏んだところが浮いていて、重心を失ってしまった。あわてた。その時藍の原液がシャツの右腕のところにかかったようだ。染めようとしていたハンカチも藍甕の中に消えてしまった。  シャツの下にはTシャツを着ていたので、染... ...続きを見る

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2011/11/12 12:41
環境文化論・花巻の授業 2
 二日目、7月2日は午前中自主見学の時間になる。宮沢賢治が産湯を使った井戸とか、身照寺の墓地とか、こちらから多少はお薦めの場所を紹介はするが、基本的には学生が自分のプランに従って花巻の町を見学する時間である。わたしはSAの阿部さん、SA助手の石毛さんに案内をしてもらって、初めに佐藤昌介の記念碑を訪ね、次いで昨日照井先生から聞いた獅子ヶ鼻城に行くことにした。佐藤昌介は1856年花巻に生れ、後1919年北海道帝国大学の総長を務めた人である。賢治が花巻農学校の生徒を連れて北大に行き、そこで総長にも... ...続きを見る

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2011/09/07 13:02
環境文化論・花巻の授業(2011年7月1日)
 例年七月初めに実施しているこの授業、狙いは宮沢賢治の作品や仕事を、地元花巻・岩手の風土や生活から捉え直してみようというものだ。たった三日では、そのきっかけにしかならないだろうが、それでもそこで見つけた何かのヒントを追いかけて行けば、きっと賢治の新鮮な一面に出会うことができる。今回は東北大震災後の最初の東北での授業になるので、いろいろと想定外を念頭においての授業になった。しかし結果は例年にも増して自由な、のびのびした探求の機会になった。  初日、7月1日は、佐藤孝先生の案内でイギリス海岸の... ...続きを見る

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2011/09/06 10:22
「ことばと表現ID」最終日
 今日は本務校の「ことばと表現」の授業の最終日だった。例年やっているので、連歌半歌仙を仕上げたいと思っていた。それで授業時間内に完成しない場合は、引き続き別の場所で完成するまでやる、という計画を先週示しておいた。  場所を@カフェに移して、つづきをやる。そして一時間半ほどで完成した。それは、別のブログ(トポイポイねっと)の方に載せる。まずまずの出来だ。(連句半歌仙「春の風」下にも載せておく) ...続きを見る

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2011/07/19 22:46
地域学の根本問題 ---「地域学基礎」のすすめ
                         「地域学の根本問題」と大仰な題をつけてみました。と言って何の新しい知見があるわけでもないのです。あえて言えば地域学の根本問題とは、逃げるかとどまるかのあわいの所に存在する問題だということです。たとえば今年の3月11日、福島第一原発の全電源喪失が明らかになった時、逃げるかとどまるか、被災圏に住む人々には考えることがあったでしょう。そういう問題のことであり、そういう問題こそが地域学の根本問題である、とわたしは言いたいのです。少なくともわたしが教科書... ...続きを見る

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2011/07/09 19:42
五月十四日の夕焼け from 京都造形芸大
 とりあえず、マニフィック! と言っておこう。 ...続きを見る

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2011/06/22 20:51
山のあんな所から煙が 5月31日
 昨日。雨後。山のあんな所から煙が出ていた。雲ヶ畑ではない。もっと西。あれは京見峠のあたりか? 何の煙? 山のあれほど高い所から煙が出るのを見るのは初めてだった。 (京都造形芸術大学構内より) ...続きを見る

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2011/06/01 12:32
雨の後は雲母(きらら)が
 雨の後は、土が流されて、きららが残る。2011年5月31日。大学構内。 ...続きを見る

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2011/06/01 11:49
岡本太郎の『岡本太郎の東北』
 岡本太郎は立派だ。引っ掛かった問題をきちんと論じてしまう。もちろん、後につなぐべき問題はつないで、残しているが。それは即ちこの問題。「「お婆さん」、つまり日本の女性の運命、その生命力について、掘り下げてみたい」と(p.104)。これは大きく、重たい問題だ。この問題を彼は恐山の大祭に集まったお婆さんたちの行動から読み取り、そして引き受けてゆくのだ。そしてこんなところ。 ...続きを見る

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2011/03/19 11:38
東北地域学 要の五冊
 こんな小冊子を作ってみた。「東北地域学」の要となる五冊を取上げ、われわれの来るべき東北地域学の観点から紹介してみたいということだ。こう考える時、わたしはやはり「奥の細道」を第一とする。やまとと道の奥との関りを、これほどきちんと捉え直している本はないと思うのだ。もちろん、東北をわが居住地としない者にとってのことであるが。 ...続きを見る

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2011/03/19 11:29
入学説明会のおまけに
 3月13日の大学入学説明会、隣の日本画のブースで面白そうなことをしていた。墨水というのだろうか、水に墨を流して、それを紙に吸い取り、乾かして絵にするのだ。なかなか味のある面白い絵がたくさん出来ていた。そしてその上、金の箔のかけらを粉にして、膠でその墨の絵に貼り止める。栞のサイズなので小さいが、オリジナルで、なかなか豪華な感じのものができる。 ...続きを見る

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2011/03/14 01:38
3月13日 入学説明会会場から
 大学の入学説明会に加わっていた。午後から。何よりも福島原発がどうなっているか心配で、説明会の間は外部の情報と接することが出来ないので、気は進まなかったのだが、実際に入学希望者と面談で話をしていると、普通に、気持ち良く話ができた。こんな日にも来てくれた入学希望者はありがたいものだ。彼らもこころのどこかでは震災や津波の犠牲者のことなどが引っ掛かっていたはずだが。ひとりとは炉心熔融の話もしていた。相談に来てくれて話をしたみなが気持ちの良いひとだった。 ...続きを見る

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2011/03/14 01:15
東北地域学への案内 あとがき
わたしは今通信教育部に所属している。通信教育のカリキュラムを考え、科目を作り、維持して行くことが主な仕事である。日頃の業務ということで言えば添削がその中心になる。わたしは、言ってみれば添削のプロなのだ。今回はそんな、添削のプロとして五冊の本を読んでみた。 添削のための読みは、例えば書評のための読みとは大きく違っている。ともかくすみずみまで眼を通さなければならない。まずはじっくりと読むことが大事だ。それだけでそこから多くのことがわかってくる。つぎにはいろいろと素晴らしいところを発見し、その中... ...続きを見る

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2011/03/11 09:19
梅原猛の『日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る』
 梅原猛の『日本の深層』を今回あらためて通読した。これで三度目だ。読み進めて最も強く感じるのは本書で採られている方法の一貫性である。それは現に東北地方において行われている、あるいは残っている事象を、われわれの文化の根をなしている縄文的な文化にまっすぐに結び付けて読み解こうとする志向だ。その読み解きにおいてはアイヌ語やアイヌ文化からの照明が随所に参考にされているが、しかし何よりも大きく働いているのは著者自身の直感的な洞察である。事柄についての洞察であり、また、とりわけ人間の、誇りをもって生きよ... ...続きを見る

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2011/03/09 22:55
新春の陽気
 飯尾洋一さん(iio_y)とアルルの男・ヒロシさん(bilderberg54)のツイートが気になって、フランス・ブリュッヘン指揮のベートーヴェン『田園』を買った。聴くとこれがすごく好い。まずは笛の音(多分ピッコロ)がとてもきれいに耳に入ってくる。鳥の啼声を象ったのだろうがこんな綺麗な笛の音は初めて聞いた。また、終楽章の静謐な感じもとても好い。ここでは人がいなくて、(嵐の後で)自然が自然自身で自分を取り戻して行く雰囲気がとてもいい。大袈裟な動作がなく、ひとつひとつ、少しずつ、細やかに普段の川... ...続きを見る

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2011/02/18 22:27
浅き春 (京都造形芸術大学)
 雪は止んで、融け出して、町中ではもうすっかり融けていた。日差しも明るく、もう春が来たようだ。まだ浅い。淺い春だが。雪もなく、そこにわたしの足跡もない。それでいいのだ。  大学の構内で撮った写真三枚。 ...続きを見る

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2011/01/17 23:48
松葉はこのように
 松葉はこのようにプログラミングされているのだろうか? 曇りの日。さほど寒くない。冬としては物足りないような日。大学の食堂から出ると、こんなものが目に入った。 ...続きを見る

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2010/12/22 18:52
通信教育はすごいぞ!
 昨日の会議で、入学説明会向けの冊子のタイトルを『通信教育はすごいぞ・総合教育科目篇』とすることが決まった。私の提案が認められたことになる。このタイトルは、単に京都造形芸術大学だけでなく、通信教育に関るすべての人々の励ましになることを願っているものだ。それだけ素晴らしい内容があるのだ。  どれほどすごいかということの一部を、この冊子を手にとってくれた人は目にすることができる。 ...続きを見る

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2010/12/15 19:39
まだ秋は終わっていない 京都造形芸術大学構内
 今日は授業があるものと思って大学へ行ったが、入試の準備のため休講。研究室から教室のある建物まで往復した。その復路。ここではまだ秋は終わっていない。まだ少し楽しめる。  写真4枚。 ...続きを見る

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2010/12/14 20:23
内山節さんに特別講義をしてもらった
九月十一日、東京のサテライトキャンパスで内山節さんに特別講義をしてもらった。「哲学」の授業だ。ものすごく楽しかった。  授業をしてもらったのは午後の三、四時間目。はじめに『「里」という思想』をベースに講義をしてもらって、その後をディスカッションの時間にする。快く引き受けていただいた。 ...続きを見る

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2008/09/17 18:24
『京都地域学』は「京都学」の革命である
 わたしが勤務する京都造形芸術大学の通信教育部では今年度から『京都地域学』という科目を新設した。さいわい学生から好感を持って迎えられ、多くの学生が取組んでくれている。  この『京都地域学』は、これまでの「京都学」と違って、京都の文化・芸術・歴史を学ぶことの意味を自明とせず、自分の生活の場からきちんと捉え直してもらおうという科目である。これまでの「京都学」は、京都の文化は日本の文化の歴史を代表するもので、日本人であれば、あるいは日本の文化に関心を持つ者であれば、当然学んで然るべきものだという... ...続きを見る

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2008/01/22 05:14
お城で横になって授業の準備 お岩木様の見えるところで
9月9日、前夜に弘前に着いた。久しぶりに京都からJRとバスを使っての弘前入りだ。前夜の台風9号の影響で飛行機が飛ばないおそれがあったからだ。それで急遽キャンセルをしてJRで盛岡に向かった。台風のために倒れている稲は岩手県南部の方が多いように見えた。一ノ関の近くでは冠水している田も見えた。  9月9日は授業が始まる。文化会館を借りて、14時からだ。「環境文化論(津軽)」の授業。私もひとコマ授業をする予定だ。「お岩木様一代記」について。翌日に予定しているお山参詣への導入のための講義だ。... ...続きを見る

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2007/09/20 00:32
地域文化演習〈花巻〉
宮沢賢治をめぐって、空疎な言葉、言葉だけの言葉が果てしなく語られる。そうした言葉たちは宮沢賢治の生きた心に少しも触れない。世の中にはそんな言葉が多い。詩神から見放された者たちの言葉だ。しかし、賢治ときちんと触れている人ももちろんいる。とりわけ地元の人たちの語る言葉は重要だ。地元の人の語る賢治は、みな誠実で、重たく、そして愛がある。 今回の授業は『賢治歩行詩考』の著者、盛岡在住の岡澤敏男さんを中心に授業を組み立てた。岡澤先生の案内による小岩井農場の歩行は、去年わたしが縁あって参加し、とても感... ...続きを見る

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2007/08/09 00:05
補講 7月24日 『なめとこ山の熊』
 7月24日に補講をした。普段の授業と同じに、第1講時に「哲学と思想」、第3講時に「地域と文化」の授業だ。この授業科目名はどちらも気に入らないのだがどうしようもない。この科目名のせいで毎年かなり余計なトラブルを抱えなければならなくなるのだが、変えるわけには行かないのだからしょうがない。  ともあれ補講のことだ。とりわけ「風土と文化」の話をしたい。3講時目の出やすい時間だとはいえ出席者は少ない。正規の講義は二週間前に終了しているのだから当然だろう。それでも26名が出席してくれた。授業では7月... ...続きを見る

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2007/07/29 01:58
望まない死を与えること
インドネシアのスラウェシ島のある市場で見たシーン。 犬が撲殺され、バーナーで焼かれ、 解体され、腸などの不要部分を棄てられ、 狗肉という商品になるまでのプロセスは、 犬に死を与えることを本質的な契機として含んでいた。 その檻の中の白犬は、縄で自分が首に縄をかけられ、 吊り上げられる時、心底からおびえた表情を示していた。逃げるに逃げられない。 そして人は棒でその犬の頭部を撲り、撲殺する。 犬にとっては望まない死を与えられることであっただろう。 ...続きを見る

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2007/07/06 20:18
授業で「なめとこ山の熊」を読んだ
来週を休講にしたために昨日が一応最後の授業で(後日補講はする)、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」を一応最後まで読んだ。  学生から指摘されて気づいたこと二点。どちらも重要だ。 ...続きを見る

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2007/07/04 20:16
今年の『環境文化論・飛騨』の授業について、少し紹介します
 六月十日、『環境文化論』の授業が終わった。飛騨高山で開催した授業だ。今年で四回目だが、今回は何かが少し違った。会場が「煥章館」が取れずに、別院の講堂に変更になったこともあるかもしれない。また今まではこんな時期にもかかわらず、雨に降られたことがなかったのだが、今回はその雨のために二日目は少なからず予定を狂わされてしまったのだ。田中彰先生の授業の時だ。もう少し早く街にでて、案内をしていただく予定だったのだが、なかなか雨が小降りにならず、結局吉島家住宅に連れていってもらうだけになってしまった。と... ...続きを見る

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2007/06/14 00:09

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