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《歩いてフランスに行ってきた》

2017/08/13 04:18
瀬谷こけし

今日フランスに行って飲んだエスプレッソ
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このレシートが2017年8月12日午後4時20分ごろ
フランス国内の然る店で1.6ユーロでエスプレッソを飲んだ証拠になる。
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 今日は午前中はまずバーゼル大学を見に行ってきた。また例によって迷いながら、苦労しながらである。というのも昨日もらった簡易的な市内図では、載っていない道や建造物も少なくなく、大学すら上手に探しきれなかったのである。その代わりギムナジウムの方はすぐに見つかって、「いっそここに勤めたらどうか」とオーヴァーベクが病気休職中のニーチェに真心から勧めたところだったのが。このギムナジウムの雰囲気はわるくない。いわばバーゼル大学教養部といったような感じのところだ。きっと学生もしっかりしている。
 しかしそこからが少し道を間違って、シナゴーグのある地域に入ってしまった。しかしそこは何の苦もなく抜けて、次には音楽アカデミーを発見して、さらには奇妙な塔のある門を発見した。名前はどうやらシュパーレンの門(Spalentor)と言うらしい。そして千載一遇ののような好都合に、その門のそばに書店を発見したのだった。---これで地図が買える!
 結局安い7フランのものを買ったが、コンパクトで使やすく、これでよかったのだろう。それからは道がわからないというような問題はなくなった。大学図書館を発見し、そして構内を歩くと、今日は広場で蚤の市をやっていた。いろいろ見て回ったが、どうも面白いものがない。だがともかく話を急ごう。キオスクで買って簡単な昼食をライン川沿い、大学前のフェリー渡しの近くのベンチで取った。もうバーゼル大学にもかなり飽きが来ていて、またミュンスターの大聖堂にも大した期待が持てなくなっていて、最初に教えてもらった11番のトラムの端まで行ってみようと思って、来たトラムにさっそく乗った。宿で市内のバスでもトラムでもどこまででも何回でも無料で乗れる券をもらっていたので、乗りながら町を理解してゆこうという策だ。トラムは南方に向かい、「Aesch」と書いてエシュと訓むのだろうか、その終点まで行って降りた。写真を撮りながらあたりを一回りするが、一番目についたのはcoopの店で、三足一そろいで特売をしていた靴下だった。郊外の山の方の写真も撮ったりはしていたが、「エシュ」は郊外の住宅地以外の町ではなかっただろう。それでその靴下三足だけ買って、また11番のトラムに乗り込んだ。今度は北へ。この旅行もスイス国内滞在はあと三日になり、持ってきた靴下が今日で切れて、洗えばよいのだが三足買ってしまえばそれもしないですますことができる。非常に好適な買い物だった。
 それで北に向かっていって、国境に近い「Hüningerstrasse」(ヒュニンガーシュトラーセ)で降りてみた。そこで「Rhynpark」という表示に従ってライン川の方に行くと、大きな橋が見えた。二段(もしくは三段)になっていて、下段は自動車専用道路になっているようだ。その上の幅広い橋を渡ってゆく。橋の半ばまではなんでもなかったが、その先の方ではどうやら水かけ祭りをやっているようだった。橋のこちら側とあちら側で対決して、敵側にびしょびしょに水をかけてやろうという戦いだ。投石機のようなものも持ち出して、それで水風船を敵側に向けて飛ばすのだ。いろんな変装をしている人もいる。IS風もいる。野蛮人の類、悪魔の類もいる。ビキニの女性もいる。さすがに年長者は加わっていなかったが、子供たちももちろん大はしゃぎで投げあい、撃ち合いをしていた。撃つのはもちろん水鉄砲だが。そうして、橋の両側の人間が入り乱れて、水をかけ、掛けられて、楽しんでいるのだった。---そう、夏らしいよく晴れた日だった。暑い日というわけではなかったが、これで十分夏の日だったのだろう。わたしもカメラに水を掛けられないようにしながら、橋の向こう側まで行った。そこはどうだろう、ドイツ国内だったのではないだろうか?
 ともかく、被害と言うほどのこともなく交差点まで引き返して、こんどはそこを右折して、北へと向かった。トラムには「St-Louis Grenze」(セントルイス境界)と表示された駅があった。道路標識には「St.Louis F」というような表示がある。この先が国境で、その先はフランス国内の「サン・ルイ」なのだ、という意味だろう。一本の道路の中央には検問施設があった。まあ、求められればパスポートを提示して、必要なら荷物検査もしてもらって、フランスへの入国の手続きをしてもらえばいいことだ、と考えて歩道を進んで行くが、何のお咎めもお呼び付けもない。なのでそのままフランス国内に入った。これはなかなか面白い経験だった。ともあれ国境線を境に、あちらに行けばユーロを使い、フランス語が国語になるのだ。右手にフライドポテトの店があり、入ってみたくなったが、人がいるのかどうかわからなかったのでやめた。更に進んでいっても道路右側の店は休んでいるところばかりだった。それで少し先で道路を左に渡った。(北に向かって)左側にはテラスでくつろいでいる客たちのいる店が二軒あった。いっそフランス国内で食事を済ませてしまってもよかったのだが。
 ともあれ少し疲れているので、店の前にテラスを出している喫茶店に入って、メニューに書いてあった「昼食」を頼んでみた。答えは、それはもう時間が過ぎてしまっている、ということだった。全く久しぶりのフランス語でのやりとり。「時間が、過ぎてしまってるんですね?」と確認のおたずね。「そうだ」という返事。「だったらコーヒーをくれ。」「はい、大きいの? 小さいの?」「小さいのを。」「じゃあエスプレッソですね?」「そうだ」、と久しぶりのフランス語での実用的なやり取りだった。途中どこかで一回だけ「ビッテ」とドイツ語が出てきてしまったが。
 リュックなどを置いて外のテラスで待っていると、美味しそうなエスプレッソが出てきた。請求書の代金は1.6ユーロ。これは納得の価格だ。チューリッヒの空港近くの店で、エスプレッソ一杯で4.8スイスフランを請求されたとき、味は悪くなかったが、あきれてしまって、もうスイス国内でコーヒーを注文する気はまったくなくなってしまった。このフランス「サン・ルイ」の店では1.6ユーロで、しかも砂糖が二本ついて出て来る本格的なもので、味もイタリアのどこと比べても引けを取ることのないしっかりと美味しいものだった。わたしが思ったのは、わたしがバーゼルに住んでいたら、毎日でもフランスに遊びや買い出しに行くのではないか、ということだった。
 ユーロはもしかしてと思って20ユーロと50ユーロの札しかもっていなかったので、20ユーロ札で払うしかなかった。「えー、釣りがないぞ」というような表情だったが、隣の店で両替してもらってきたようで、きちんと釣りをくれた。大いに感謝して、砂糖を溶かし、さっと飲んで、用意をして立ち上がり、店の方に「どうもありがとう」と声をかけて、店を出た。
 それから、先ほどのポテトチップスの店が気になって、入ってみた。ショウケースには三本のバケットサンドがあるだけで、ポテトチップスの気配はなかった。わたしがはいると椅子に足を上げてくつろいで座っていた店主が、立ち上がって応答してくれた。「ポテトチップはないの?」「ありますよ、大きいの? 小さいの?」とケースを見せる。小さいの、と注文する。そこから揚げてくれるのだ。わたしもしばらく壁側の席に座って待つ。するとここにバケットサンドが気になってくる。それで、「このパンください。持ち帰りで」というと、「どれ?」と言って三本のどれかをたずねる。わたしは一番外側の、たまごサンドでないもの、レタスなどの野菜の目立つものを頼む。さっとアルミホイールにラップしてくれる。ポテトの方も揚げ上がってくる。四角いケースに入れていって、「こっちはどうなの?」と。「こっちも持ち帰りでお願いします」と。こちらもアルミホイールでケースごと包んでくれる。そして両方を紙の手提げ袋に入れてくれる。請求されたのは6ユーロ。わたしはさっきの喫茶店でお釣りにもらった2ユーロ玉を三枚出して支払った。---これもスイス国内にくらべたら驚きの安さだ。ユーロとスイスフランとは今6%ぐらいの差だと思うが、このバケットサンド、スイス国内なら8.5フランはする。フライドポテトも多分5フランぐらいは取られる。そうすると同じものがフランス国内ではほぼ半額ぐらいで食べれるのだ。
 何か痛ましい思いをしながら11番のトラムに乗っていた。スイス人は意地を張らないとやっていられないのではないだろうか。意地でも自分たちの方が質のいいものを食べているんだ、と。だがそのシーチキン入りのバケットサラダサンドの味は、スイスのものに勝るとも劣らないものだった。
 ---揚げてくれたフライドポテトだけは早く食べたいと思って、途中「ミュンヘン石」駅で降りてそこのベンチでいただく。自宅で味付けして食べるようにごくごくわずかの塩味しかついていなかったが、それでも十分美味しくいただけた。量も十分に多かった。このと市役所前でもう一度降りて飲料水などを買って宿に戻ったが、スイスは物価が高すぎるという胸につかえていた思いが、ほんの30分にも満たないフランス行きの経験で、すこしはほぐれた気がした。


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