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みんなの「宮沢賢治学会」ブログ


《宮沢賢治賞に推薦した》

2017/03/28 23:16
瀬谷こけし


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 河合雅雄さんを賢治賞(宮沢賢治学会イーハトーブセンター)に推薦した。ただし郵送でもFAXでもなくホームページのフォームから。

その内容は以下だ。

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第27回宮沢賢治賞推薦 

候補者:
河合雅雄 かわい まさお 

対象となる内容:
『宮沢賢治の心を読む』(I/II/III、2011/2012/2015年、童話屋刊)、及びこれまの宮沢賢治研究および紹介の業績に対して。

推薦の言葉:
宮沢賢治の童話をみずから各地の山野を歩き回った経験と最先端の生態学研究で培った知識教養によって読みとり、賢治童話に隠れている動植物の深く正しい知識を紹介するとともに、同じくそこに隠れている日本の伝統的な感覚(奥山の神聖さ等)を的確に示し、賢治童話を自然への親しみと生態系の知識のもとに読解することの新鮮さ、豊かさを示した。

以上
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 今年は賞選考委員でも理事でもないので、オープンにしてもかまわないだろう。いや、むしろ賞選考の公明正大化にもいくらか役立つだろう。




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《「まなざす」…》

2016/11/29 01:00
瀬谷こけし


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乗鞍岳を望む


 「まなざす」という言葉が最近は使われるようになっているようだ。フランス語の「ルガルデ」という言葉を密輸入してきたものとおもわれるが。わたしはこんな言葉を聞くと正直むしずが走る。日本語がレイプされているように感じる。そう感じない人が多くいるのだろうか? 日本語をレイプしているという感覚を持たないのだろうか? それが日本語をレイプすることだと感じない人がいるようになってしまったのだろうか? まったく情けないことだ。そういう日本人が増えてしまったならば、そんな世間ができてしまったなら、せめて自分はそういう世間とは無縁のところで生きてゆきたい。

 そういえば、比較的最近の話だが、宮沢賢治学会でも、「…をまなざす」という表現を使っている論文か評論かそのたぐいの文書を目にしたことがあって、これは日本語としてとてもたまらない、と言ったところ、「最近は普通に使われている言葉だぞ」と逆に言われたことがある。こういう言葉が通用するようになったら、日本語ももうおしまいだと思うのだが、宮沢賢治を核にした学会がこういう言葉に疑問を抱かないようになっているとしたら、まことに嘆かわしいことだ。
 そういう場所は立ち去るべしとニーチェなら言うことだろう。


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《宮沢賢治の修羅 ノート2 賢治の基本姿勢》

2014/03/31 12:15
瀬谷こけし

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 わたしは保阪嘉内あての大正十四(1925)年6月25日の書簡に、宮沢賢治の思想の基本姿勢が示されていると考えている。以下はその手紙の全文である(下線は引用者)。

>お手紙ありがたうございました
>来春はわたくしも教師をやめてa.本当の百姓になって働きます いろいろな辛酸の中から青い蔬菜の毬やドロの木の閃きや何かを予期します わたくしも盛岡の頃とはずゐぶん変わってゐます b.あのころはすきとほる冷たい水精のやうな水の流ればかり考へてゐましたのにc.いまは苗代や草の生えた堰のうすら濁ったあたたかなたくさんの微生物のたのしく流れるそんな水に足をひたしたり腕をひたして水口を繕ったりすることd.ねがひます
>お目にもかゝりたいのですがお互ひもう容易のことでなくなりました 童話の本さしあげましたでせうか


問題:
1.今は、b.「すきとほる冷たい水精のやうな水の流れ」より、c.「苗代や草の生えた堰のうすら濁ったあたたかなたくさんの微生物のたのしく流れるそんな水」が貴重なものとして見出されている。
 またここでは、前者の「透き通った冷たい水」は「考へられてゐた」対象であったのに、今では後者の「濁った水」が「足をひたしたり腕をひたして水口を繕ったり」して身体的に接触する対象としてd.「ねがはれて」いるものになっている。
 前者の『銀河鉄道の夜』の天の川の水のように、「青く透き通る冷たい水」の系列の比喩に巧みだった賢治が、たくさんの微生物のいる濁った水と身体的に繋がる生き方により大きな意義を見出していたことが確認される。
2.しかし「たくさんの微生物が楽しく流れる水」というのはどんな水であろうか? 微生物たちもいつも「楽しく」しているわけではないだろう。たくさんの微生物が「楽しく」するのは「濁った」「あたたかな」水の流れる時だろう。賢治はそのことを理解している。そして問題は、たくさんの微生物が楽しく流れる時というのは、彼ら微生物にとっての「しあわせ」の時なのであろうが、それは同時に彼らの「成仏」の時なのかどうか、であろう。その時は、多数多様な彼らにとって相互に活発に闘い合う時でもあるだろう。(わたしには活発な闘いの後のほっとしたひととき(滅ぶにせよ存続するにせよ)こそが彼らの個々の「成仏の時」に見える)
3.そして賢治の「ねがひます」は、どこまで実現されたか。そしてそこで何が認識されたか。
4.そしてそこで「青く透きとおった冷たい水」は、放棄されたのか、それとも「成仏」の必須のエレメントとして再認識されていたのか。『雨ニモマケズ手帳』の「病血熱すと雖も」「わが六根を洗ひ」を慎重に考察する必要があるだろう。


====補足追加(2014.4.12)======
《青よりももっと先にある黄金色》
宮沢賢治『学者アラムハラドの見た着物』より

>(アラムハラド:)「すべて人は善いこと、正しいことをこのむ。〔…中略…〕人の正義を愛することは丁度鳥のうたはないでゐられないのと同じだ。セララバアド。お前は何か言ひたいやうに見える。云ってごらん。」
> 小さなセララバアドは少しびっくりしたやうでしたがすぐ落ちついて答へました。
>「人はほんたうのいゝことが何だかを考へないでゐられないと思ひます。」
> アラムハラドはちょっと眼をつぶりました。眼をつぶったくらやみの中ではそこら中ぼおっと燐(りん)の火のやうに青く見え、ずうっと遠くが大へん青くてそこに黄金(いん)の葉をもった立派な樹がぞろっとならんでさんさんと梢(こずゑ)を鳴らしてゐるやうに思ったのです。〔…中略…〕
> 「うん。さうだ。人はまことを求める。真理を求める。ほんたうの道を求めるのだ。人が道を求めないでゐられないことはちゃうど鳥の飛ばないでゐられないとおんなじだ。おまへたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないではゐられない。それが人の性質だ。

 人は善を愛するだけでは足りない。何が善か(という真理)を探求しなければいけない、という教え。しかも実践的に?




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宮沢賢治学会・京都セミナー2014《宮沢賢治−修羅の誕生》の案内

2014/03/31 01:50
瀬谷こけし
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宮沢賢治の修羅、それは京都・関西の力(学問・文化・哲学)と東北・岩手の力(学問・言葉・生活)が交叉する場所。ここにかつて修羅が生れ、今ここにまことの火花が生まれる。

主催 宮沢賢治学会イーハトーブセンター
主管 宮沢賢治学会京都セミナー実行委員会

2014年4月20日10:00-16:30
会場 京都造形芸術大学人間館301教室
参加費(資料代を含む)500円 小学生以下無料



9:30〜 開場
10:00〜10:10 挨拶
10:10〜11:10 講演「宮沢賢治、京都に来る」 浜垣誠司
11:20〜12:20 朗読と解説「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」 牛崎敏哉 
休憩
13:40〜14:40 講演「宮沢賢治とジャータカ」 君野隆久
15:00〜16:10 講演「宮沢賢治と修羅」 中路正恒
16:10〜 まとめと挨拶 栗原敦 


プロフィール(五十音順)
牛崎敏哉(うしざき としや) 宮沢賢治記念館副館長(学芸員)。劇団らあす主宰(2010年、イーハトーブ賞奨励賞受賞)。花巻を拠点に賢治作品の公演や朗読を続けている。賢治研究誌「ワルトラワラ」に「インドラ・ウェブ」連載中。

君野 隆久(きみの たかひさ)京都造形芸術大学教授。比較文学、仏教文学。著書に、『ことばで織られた都市―近代の詩と詩人たち』(2008年、三元社)、共著に『アジアの比較文化・名著解題』(2009年、科学書院)など。

栗原敦(くりはらあつし) 宮沢賢治学会代表理事。実践女子大学教授。『新校本宮澤賢治全集』編纂委員。賢治関係の著書に『宮沢賢治 透明な軌道の上から』(1992年、新宿書房)、共編著『宮沢賢治入門』(1992年、筑摩書房)・『図説 宮沢賢治』(2011年、筑摩書房)・『宮沢賢治歌集』(2006年、蒼丘書林)など。近刊に『別冊太陽 宮沢賢治』(杉浦静と監修)がある。

中路正恒(なかじまさつね)宮沢賢治学会理事。京都造形芸術大学教授。宗教哲学、地域学。著書に『ニーチェから宮沢賢治へ』(1997年、創言社)、『古代東北と王権』(2001年、講談社)、編著『地域学への招待』(2010年、角川学芸出版)など。

浜垣 誠司(はまがき せいじ)宮沢賢治愛好家。精神科医。Webサイト「宮澤賢治の詩の世界」ttp://www.ihatov.cc/)により、2008年宮沢賢治賞奨励賞受賞。東日本大震災後は、賢治作品を体験する場として「イーハトーブ・プロジェクトin京都」を連続的に企画し、復興支援を試みている。

参加費(資料代を含む)500円 小学生以下無料
申し込み先:
  賢治京都セミナー <kenjikyoto2014@gmail.com>
  賢治京都セミナー
往復葉書による申込み宛て先:
 〒606-8271京都市左京区北白川瓜生山2-116 京都造形芸術大学 永倉気付 宮沢賢治学会京都セミナー実行委員会宛


会場へのアクセス
駐車場・駐輪場はございませんので公共の交通機関をご利用下さい。
■JR「京都駅」より市バス5系統/岩倉行 「上終町京都造形芸大前」下車(約50分)地下鉄「北大路駅」(北大路駅バスターミナル)より市バス204系統循環 銀閣寺方面「上終町京都造形芸大前」下車(約15分)       
■京阪「出町柳駅」より市バス上終町3系統/上終町京都造形芸大前行 「上終町京都造形芸大前」下車(約15分) 叡山電車(京阪出町柳駅乗りかえ)茶山駅下車、徒歩約10分
■阪急「河原町駅」より市バス5系統/岩倉行 「上終町京都造形芸大前」下車(約30分) 市バス上終町3系統/上終町京都造形芸大前行 「上終町京都造形芸大前」下車(約30分)



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有楽町

2012/10/21 01:20
瀬谷こけし
 宮沢賢治学会の編集委員会があって、有楽町に行った。有楽町などほとんど初めてなのだが、スタバでまだ目を通していない資料(投稿論文一本)を(感心しながら)読んで、まだ少し時間があったので、付近を歩いた。すると、意外にも、こんな緑の公園があった。
 時計台もあって、この形は岡本太郎と思って見ると、やっぱり岡本太郎だ。近づいて見上げるようにすると、なおのこと面白い。
 少し周っていると、万博公園の太陽の塔と少し違うものがある。曲った腕だ。こんなに抱きかかえるように曲った太郎の腕を見るのは初めてだ。それも、一本だけなのが太郎らしい。
 この公園、名前を知らないが、この辺りはどうやら数寄屋橋というらしい。きっと東京人ならだれでも知っている所なのだろう。わりと好きになった。こういう所があれば、パンを買って食事にすることもできる。。

 会議の後は、皆とニュートーキョービルの中の店で食事をした。美味しくて文句もない。
 それで、少し早めに失礼したのだが、家に帰ったのは12時を過ぎた。これからは一泊するつもりにしておいた方がよさそうだ。


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この像、どこか不空羂索観音のおもむきがある。
千手観音と言ってもよいのだが…。
腕の自在。

そう言えば、ウルトラマンの印象もある。





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今日の原っぱ (初秋のおもむき)

2012/09/27 19:07
瀬谷こけし
 長いこと行けなかったが、今日は写真展《草木国土悉皆成仏》の被写体になってくれた植物たちのところに行った。そんな風に言っても、2011年の草たちと今年の草たちは、ほんとはずいぶん違うのだけれど。多くはまったく別の草。けれどこの原っぱの草として、受け継いでいるものはあるのだ。
 久しぶりなので写真は少し多めに15枚。



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道に近い所、一メートルほど伐られていた。そこからまた生える草たち。

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この土塁のような迫力

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葛の花…。

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踊り草が咲きそめ

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清楚な姿

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ススキも咲きはじめている。

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イナバウアーのように…。

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たわわに…。

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葛の葉を食べる虫もいる。

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 読者の方々に一応報告しておきます。理事会からの推薦によって、9月22日の総会で、宮沢賢治学会の理事になりました。編集委員会の担当です。毎年発行される三冊の出版物の編集に携わることになります。よろしくお願いいたします。



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九月

2012/09/01 22:45
瀬谷こけし
 21日から写真展を開くので、例年とは違ったことで毎日仕事に追われている。暑さのせいか歳のせいか、頭があんまり回らないので、色々なところで誤りが出ていそうだ。昨日も、「東洋の叡智への案内」の添削を、大学に戻して、8月の添削はすっかり終ったつもりだったのだが、今朝見ると自宅の別のケースに入れたままになっていて、今日も大学に行かなければならなくなった。お陰で事務局のひととも話せ、おかげで写真展の案内葉書を渡したりもできるので、かえって人付き合いの点では恵まれているのだが。写真展をするということで、事務局の人たちがすこし好意的に接してくれているようで、それもうれしい。
 そして九月。わたしに機会を与えてくれる方があったので、22, 23日の宮沢賢治学会イーハトーブセンターの定期大会等に行くことにした。ますます忙しくなったが、有り難いことだ。誰に感謝したらいいのかわからないまま、何かに感謝している。





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