アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「ニーチェ」のブログ記事

みんなの「ニーチェ」ブログ


《「テネシーワルツ」「いつも何度でも」など》

2018/07/05 03:22
瀬谷こけし

  近々出版される予定のある本のゲラ刷りを読ませてもらっていた。読み終わると、なぜか、どこからか、「テネシーワルツ」の歌が聞こえてきた。その本に出てくる人が、多くアメリカの香りのする方々だったからかもしれない。そして、それが大事な人との別れの歌だからに違いない。---「テネシーワルツ」をわたしは一度もまともに聴いたことがなかったのだが。どこかに「I remember …」という歌詞が出てくることぐらいしか知らなかったのだが。

「テネシーワルツ」、パティ・ペイジ(Patti Page)の歌で。
https://youtu.be/VJ4g78BfsOw




 そしてもうひとつ、これは映画『千と千尋の神隠し』のテーマ音楽としか知らなかったのだが、「いつも何度でも」という歌にたどり着いていた。作詞は覚和歌子、作曲が木村弓だという。特に気にしたこともなかった。だが、この歌をとりわけナターシャ・グジイ(Nataliya Gudziy)の歌で聴いてみると、この歌濃密にニーチェ的な歌だということにすぐに気が付いた。絶望の先に«(War das das Leben?) Wohlan! Noch Ein Mal !》 (よし! もう一度!)と歌うニーチェの思想に、そして「輝くものはいつもここに」という歌詞からは、「(星の)彼方のあの世」に夢を掛けないというニーチェの思想に。
 映画はまだ通して観たことが一度もないのだが、この主題歌については、日本の詩歌の歴史の中で記念碑とすべきものの一つであることをわたしは疑わない。特に福島原発事故を経験した日本の精神の。(---繰り返すあやまちのそのたび---)
 木村弓の歌で、そしてナターシャ・グジイの歌で。

https://youtu.be/9O4SMw_8Om0




https://youtu.be/d4Kijkkz4f0?t=5m25s
(歌は5:25から)



https://youtu.be/xQJog0rs7Eg




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《血と箴言の中には…(Zar. I-7)》

2018/06/29 18:30
瀬谷こけし

タウテンブルクにて (in Tautenburg)
画像



 血と箴言の中には何があるのだろう? 知っている人も多いと思うが、『ツァラトゥストラ』の中でニーチェは「みずからの血でもって書くこと」を勧めていた。「すべての書かれたものの中でわたしが愛するのはひとが自分の血でもって書いたものだけだ」とツァラトゥストラは言う。「みずからの血でもって書く」とはドイツ語で<mit seinem Blut zu schreiben> と記されている(Zar. I-7)。血でもって書く、あるいは血をもって書くとは、決して指やあるいは筆を血で湿らせて書くことではない。筆記の必要すらなく、多分タイプライターやワープロのキーボードを打つことによっても血をもって書くことはできるのだろう。書くことと、あるいは書かれたものと、「血」とはどうつながるのだろう。上記の引用に続けてニーチェは次のように記す。<Schreibe mit Blut: und du wirst erfahren, dass Blut Geist ist>。「血をもって書け:そうすればお前は血が精神であることを思い知るであろう」。「血は精神である」という。「血」と「書かれたもの」とをつなぐのは「精神」だということになるだろう。だがしかしそれはどういう意味だろう?
 先ほどから引用している『ツァラトゥストラ』第一部の「読むことと書くことについて」の中でニーチェはこの問題をさほど十分に正確に分析しているわけではない。注目すべきことがあるとすればそのなかの一つは、これらの連関の中でニーチェが「読者」(Leser)を少なからず軽視していることだ。「読者とは何者かを知った者は、読者に対して特に何も行わない」(Wer den Leser kennt, der thut Nichts mehr für den Leser)。書く者は、書くことの能動性において、自らの血と精神との関わりのなかで書くのであり、読者に対して特に何かを配慮して書くわけではないのである。読者は、精神に達しない限り、受動的な存在であり、書くことの能動性の中に入ってくるものではない。
 しかしニーチェはここでさらに批判を一歩進める。「一世紀もすれば読者は…悪臭を発するようになる」(Noch ein Jahrhundert Leser […] wird stinken)。読者はいわば夾雑性に属するものなのだ、というわけだ。だが、ニーチェの批判がさらにクリティカルな次元に踏み込むのは、上の引用で省略した部分なのだ。つまり「(一世紀もすれば、読者のみならず)精神そのものも(und der Geistselber)悪臭を発するようになる」というのである。精神そのものにもまた夾雑性に属するものがある、というわけである。精神もまだ時代という夾雑性を帯びるのである。だそうだとすれば書くことの本来性、ないしは純粋性は、いったいどこにあるのだろうか? 書くことの本来性、あるいは純粋性は、ピエール・クロソウスキー的な用語を用いれば、強度に、つまり強さの度合いの表出にあるのではないだろうか。一方で精神そのものが精神の時代性によって汚染されざるを得ないとすれば、その時代性という夾雑物を取り除いた純粋性は、ただ強さの度合いとして示されることになるだろう。ニーチェがここで箴言を持ち出し、山々の頂上の比喩を持ち出すのは、頂上の高さこそが書くことにおいて最も本質的なことだからである。そしてこの純粋性において読むことの本質を捉えなおすとき、それは暗唱することになるのである。「血と箴言において書く者は、読まれることを望まず、暗唱して身につけられることを望むのである」(Wer in Blut und Sprüchen schreibt, der will nicht gelesen, sondern auswendig gelernt werden)。「山岳において最も近い道は頂上から頂上への道だ。しかしそのためにはお前は長い脚をもっていなければならない。箴言は頂上であるべきなのである。そして語り掛けられる者たちも、みずから巨大で高く成長した者でなければならない」(Im Gebirge ist der nächste Weg von Gipfel zu Gipfel: aber dazu musst du lange Beine haben. Sprüche sollen Gipfel sein: und Die, zu denen gesprochen wird, Grosse und Hochwüchsige)。
 「空気は薄くそして純粋であらねばならない、危険は近く、そして精神は陽気な悪意に満ち溢れていなければならない:こうして箴言と語り掛けられる読者が互いによく合致するのである」(Dei Luft dümm und rein, die Gefahr nahe und der Geist voll einer fröhlichen Bosheit: so past es gut zu einander)。
 血でもって書く者、書かれた箴言、そして暗唱することによってそれをわがものとする読者、ここで交わされるのは強度であり、頂の高さなのである。高いが故の空気の薄さ、そして純粋(rein)さ、これが読むことと書くこととによって強度が純粋に交わされることの条件であり、血によって書かれたものを愛する理由なのである。シルス・マリーアにおいても、タウテンブルクにおいても、ニーチェが空気の性質にとても敏感に気を使っている理由はこれであり、そこでは何よりも空気の純粋さが重要視されているのである。血と箴言の中には、強さの度合いがあり、夾雑物を取り除いた強さの度合いこそそこで交流されるべきものなのである。しかしわれわれはおそらくその強度の質についても述べなければならないだろう。肯定的か、否定的か、これが強度においてさらに見極められなければならないことなのである。「今ひとりの神がわたしを貫いで踊っている」(jetzt tanzt ein Gott durch mich)。ニーチェはこの言葉をもってこのアフォリズムを終える。踊ることは肯定することである、とニーチェは言いたいのである。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《ニーチェの「南国で」という詩》

2018/06/27 03:17
瀬谷こけし


画像



 はじめ『メッシーナ牧歌』に収められ、やや後に『プリンツ・フォーゲルフライの歌』に収められたこの「南国にて」という詩、これをわたしは一昨年シチリア旅行中に読んでいたのだが、ニーチェもこの詩を多分シチリアのメッシーナで作っている。この詩の最初の聯のなかの自分を客として招いた一羽の鳥は間違いなくワーグナーを指しているだろう。だからこの詩は大きく言えば、ワーグナーと決別するという不退転の決意を述べたものであり、また、ワーグナーと決別して、やんちゃな小鳥たちと空を漂うという生き方を選択したということを意味する詩だ。小鳥たちのなかにはパウル・レーがおり、ペーター・ガストがおり、そしてその他の若い友人たちがいるだろう。しかしそれにしても危険な道だ。ワーグナーから離反して生きることは。---その決心のために彼には南方の、メッシーナへの旅が必要だったのだ。
 そんな意味で、これは非常に重要な詩だと思う。その原文と拙訳をお見せする。もうちょっとマシな訳ができるだろうとは思いながら、とりあえず逐語訳に近いものをまずは提示しておきたい。誤訳など気づかれたところがあったらお教えいただければ幸甚。

==========

Im Süden
Friedrich Nietzsche

So häng ich denn auf krummem Aste
und schaukle meine Müdigkeit.
Ein Vogel lud mich her zu Gaste,
ein Vogelnest ist's, drin ich raste.
Wo bin ich doch? Ach, weit! Ach weit!

Das weiße Meer liegt eingeschlafen,
und purpurn steht ein Segel drauf.
Fels, Feigenbäume, Turm und Hafen,
Idylle rings, Geblök von Schafen, –
Unschuld des Südens, nimm mich auf!

Nur Schritt für Schritt – das ist kein Leben,
stets Bein vor Bein macht deutsch und schwer.
Ich hieß den Wind mich aufwärts heben,
ich lernte mit den Vügeln schweben, –
nach Süden flog ich übers Meer.

Vernunft? Verdrießliches Geschäfte!
Das bringt uns allzubald ans Ziel!
Im Fliegen lernt ich, was mich äffte, –
schon fühl ich Mut und Blut und Säfte
zu neuem Leben, neuem Spiel ..

Einsam zu denken nenn ich weise,
doch einsam singen – wäre dumm!
So hört ein Lied zu eurem Preise
und setzt euch still um mich im Kreise,
ihr schlimmen Vögelchen, herum!

So jung, so falsch, so umgetrieben
scheint ganz ihr mir gemacht zum Lieben
und jedem schönen Zeitvertreib!
Im Norden – ich gesteh's mit Zaudern –
liebt ich ein Weibchen, alt zum Schaudern:
"die Wahrheit" hieß dies alte Weib ..

(Nietzsche, Friedrich Wilhelm. 26 Gedichte (German Edition) . Kindle 版.)
(V.14, [Vügeln]をKSAに従って[Vögeln ]に訂正)

南国にて
フリードリッヒ・ニーチェ(拙訳)

こうして曲がった大枝の上に止って
自分の疲労を揺さぶっている。
一羽の鳥がわたしをここへ客として招いてくれた、
これはひとつの鳥の巣で、そのなかでわたしは休む。
しかしわたしはいったいどこにいるのだ? ああ、遠い! ああ、遠い!

白い海は眠り込んでいる。
そして海の上に一隻の船が深紅の帆を立てている。
岩塊、イチジクの木、塔そして港、
牧歌を歌う鉦(かね)、羊たちの鳴き声、---
南国の無垢よ、わたしを受け入れよ!

ただ一歩一歩 --- それは生きることではない、
絶えず足の前に足を出すこと、それはドイツと鈍重を作る。
わたしは風に命じた、わたしを持ち上げろと、
わたしは鳥たちとともに空を漂うことを学んだ、---
南国へわたしは海洋をこえて飛んだ。

理性だって? それはめんどくさい仕事だ!
それはあまりにも早くわれわれを目的につれてゆく!
飛行しながらわたしは学んだ、何がわたしの猿まねをしているのかを、---
すでにわたしは感じている、勇気を、血を、そして果汁を
それは新しい生へ、新しい遊びへ導くもの。

独りで思考することをわたしは賢明と名付ける。
だが独りで歌うこと --- これは愚劣だ!
だからきみたちを称賛する歌を聞き給え
そしてわたしのまわりに輪になって静かに座り給え、
きみたちやんちゃな小鳥たちよ、ここに来て!

かくも若く、かくも大仰に、かくもいら立って
きみたちはすっかり愛へと駆り立てられているようにわたしには見える
そしてあらゆる美しい暇つぶしへと!
北国で --- わたしはためらいながら告白する ---
わたしはひとりの遊び女を愛していた、ぞっとするほど年老いた女を:
この老いた女は、名前を「真理」と云った...。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《1853年夏 ニルムスドルフの月夜の晩》

2018/06/10 04:05
瀬谷こけし


画像



 「1844年から1858年の自伝」の中でニーチェはニルムスドルフ(Niemsdorf)に滞在していたある晩のことを特別に記している。それは1853年の夏休みのことと推定されている。ニルムスドルフは現在のチューリンゲン州の村だが、そこはナウムブルクとワイマールを結んだ線を挟んで、イエーナと対称になるあたりに位置する村で、彼のおじさん、アウグスト・エンゲルベルト・ニーチェ(Augst Engelbert Nietzsche)がそこの牧師をしていた。この滞在にはニーチェの大好きなアウグステおばさん(Augste Nietzsche)も同行していたようだ。
 その月夜の晩のことについてニーチェはこう記している。

> Auch noch des Aufenthaltes in Nirmsdorf errinere ich mich wo der liebe selige Onkel Pastor war. Wohl weiß ich noch, wie der Mond des Abends auf mein Bett strahlte und wie ich die goldene Aue in Silberglanze vor mir; wie dann die Tante Auguste sprach:
„Der Mond ist aufgegangen
Die gold’nen Sternlein prangen usw.
Ach, nie werde ich diese Zeit vergessen. [KGW, I,1, S.295]
> ぼくはニルムスドルフに滞在したことも覚えています。今は亡きやさしい伯父さんはそこの牧師でした。ぼくは今でもよく覚えているのです。夜の月の光がぼくのベッドの上に射しこんでいて、窓の外の金色の草地が銀色に輝き、そしてそのときアウグステおばさんが詠じたのです:
  『月が出た
  金色の星たちは燦然と輝き』……
 ああ、この時のことをぼくは決して忘れない。(拙訳。ちくま文庫版全集15、p.219、川原栄峰訳参照)

 とても感動的な瞬間であったに違いない。月の光に銀色に染まる目の前の神秘的な光景。そしてその光景のエッセンスを捉える言葉、そして朗詠。詩と光景と感動が一致する瞬間をこのとき少年ニーチェは心に刻み付けたのだ。九歳のときのこの経験はニーチェに、留まるべきものを言葉によって打ち立てる詩人の使命を教えたように見える。




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《セガンティーニのWINDIGER TAG》

2018/06/08 15:46
瀬谷こけし


画像



 去年スイスのシルス・マリーアに滞在していたとき、時間を見つけてサン・モリッツのセガンティーニ美術館に行った。そこで展示していた作品の中でも、この一枚はニーチェが逗留していたころのシルス・マリーア付近の様子をとてもよく示しているように思った。タイトルは「風の強い日/アルペンの中の昼」というもの。1891年の作だという。
 翌日にはシルスからひとつ奥の村に当たるマローヤ(Maloja)にも行ったがその時は時間の都合もあって、セガンティーニ関係のものを見ることはできなかったが、観光地としては今一歩発展していない村に見えた。湖で言えば同じシルス湖の西側(シルスが東側)という位置なので、伝統的な生活スタイルという点では大差のないところだろう。冬の厳しさを感じさせる山岳風景も、ロープウェーなどの施設の有無を除けばよく似ていて、昔の風景はかえってマローヤの方からよく感じ取れるかもしれない。
 セガンティーニは1886年からサン・モリッツ(St.Moritz、現地訓みだとザンクト・モリッツ)の近くに住んでいたので、もしかしたらその付近でニーチェに出会っているかもしれない。マローヤに住みはじめるのは1894年からだという。
 セガンティーニは、伊東静雄も好んでいた作家で、アルプスの農牧民生活を描く画家という印象だったが、今回美術館の作品を見てわかったのは、民俗学的な細部への関心はあまり豊かではなく、むしろ何よりも光の透明感に魅せられた画家だということだった。それと激しい天候の変化か。この絵も、強風が吹いている日の光景というよりは、これから激しい風がやってきそうだと感じ、観察している光景ではないかと思う。青服の女性の顎のふくらみの豊かな顔つきは、この地方の女性の美人の典型ではないかと思う。サン・モリッツあたりでもよく似た(薬のカプセルを短くした顔のラインをした)若い女性をしばしば見かけた。
 この、アルペンの光の中には倖せがとても鋭い形であるのだろう。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《ナウムブルクのマリーア・マグダレーナ教会》

2018/06/08 05:44
瀬谷こけし


画像




《ナウムブルクのマリーア・マグダレーナ教会》
Marien-Magdalenen-Kirche in Naumburg (Saale)



 ニーチェは父の死後ナウムブルクに移ってからも何回か引越しをしているようだ。1858年に書いた「自伝I」の中には、1856年におばあさんが亡くなった後、ハールザイム牧師の奥さん(Auguste Harseim)の持ち家の一角を借りて住むことになった旨が記されている[Aus meinem Leben.I. KGW,I,1,S.301](文庫版『ニーチェ全集』15、川原栄峰訳pp.228-229)。そしてそこには、

>Dicht vor der Gartenthür steht die Marien-Magdalenen Kirche, an der H. Pastor Richter Geistlicher ist. Sie ist vor nicht langer Zeit wieder ausgebaut und recht nett mit Wandgemälden geschmückt.
>庭の戸のすぐ前に密接してマリーア・マグダレーナ教会が立っていました。そこはリヒター牧師が聖職者です。この教会は遠くない昔に改造され、壁画によってまことに優しく彩られています。(拙訳)

という記述がみられる(前掲書p.229)。一昨年ナウムブルクを訪れた時、宿を旧市内のマリーエントーアの近くに取っていたので、多分このマリーア・マグダレーナ教会と思われる建物の写真を撮っていた。
 そしてその教会の建物にはプレートがあり、それは次のように読めるものだった。そのプレートの文字の通りに改行して記すと以下だ。


Marien-Magda-
lenen-Kirche

Erst Mals erwähnt 1144.
Neubau als Friedhofs-
Kirche 1727-30.
Restauriert 1901-02.
Gesamtinstandsetzung 1971.
Ausgestattet mit Spiegel-
decke und Stukkaturen
von Brentani 1781.


 建築のことに疎く、まともに訳せないのだが、1856年、子供時代のニーチェが見たのはプレートに「Friedhofs-Kirche」としてと記された、130年ほど前に新築されたこの建物だったと考えられる。
 「自伝I」にはさらにつづいて「マリーア門=塔」についての記述もある。

>Von unsern Fenstern aus hatten wir eine sehr hübsche Aussicht. Die dichte belaubte Allee, weiter hinaus die Weinberge des Spechzart und rechts das alterthümliche Marienthor= und Thur.
>家の窓からはとても感じのよい眺めが見られました。たっぷり葉の繁った並木道。はるか向こうにはシュペッヒツァルトのブドウ山。そして右手には古めかしいマリーア門=塔。(拙訳)

 この時少年ニーチェの一家が住んでいた家は、今日では、『ニーチェ・クローニク』(Friedrich Nietzsche Chronik in Bildern und Texten, HanserVerlag, 2000)によってその住所まで知られている(Hinter der Marienmauer 621、今日のMarienmauer 2)。グーグルマップなどによって、「マリーエンマウアー」がどこかということはすぐわかるが、やや気になるのがドイツ語の「Hinter」だ。しかし町を囲む壁の外側ということは考えにくいので、ここは「壁の裏」と理解しておくのがよいだろう。
 すると、この少年ニーチェの家は南玄関で南北方向を棟として建てられ、その「右手」とは西側、ブドウ山は東側2km弱離れたザーレ川の向こうの丘陵のブドウ畑のことであろう。並木道は、壁の東側すぐ外の通り道(路面電車の走るところも含むか)のことだろう。ここは夏でも快適な木陰が得られる。



マリーア・マグダレーナ教会
画像

画像


マリーア塔
画像

画像


壁の外の草地と並木道
画像

画像


ザーレ川東岸(左岸)の丘陵のブドウ畑 遠望と近映
画像

画像



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《アルキュオーネの清明の天》

2018/05/10 03:17
瀬谷こけし

わたしの近詠:

> 翡翠のアルキュオーネの時節とてニースの町の清明の天(そら)

 冬の南仏ニース。ここでニーチェは『ツァラトゥストラ』第三部を書いた。翡翠(アルキュオーネ)が子を孵す冬至のころのこの地の透明な空と光からニーチェがどれほどの恩恵を受けたか、と思う。痛々しいほどに透き通った光。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《ルー・アンドレアス−ザロメのニーチェ把握》

2018/04/29 04:01
瀬谷こけし

《ニーチェの思想石(Denk Stein)》
画像
スイス・シルスの岬、2017年8月8日撮影


 ルー・アンドレアス-ザロメはその著書『ニーチェ』を次の言葉で閉じる。

> Denn auch uns tönt ein erschütternder Doppelklang aus seinem Lachen entgegen: das Gelächter eines Irrenden – und das Lächeln des Überwinders. (Lou Andreas-Salomé, 1894, S. 263)

ルーはニーチェの笑いのなかに相互に対抗しながら震える二重の響きを聴き取る。そしてこの二つの響きの間に、いわばニーチェの最後の、そして最高の精神の形を捉えるのである。---多くの予備的な説明が必要なことではあろうが、そのルーの聴き取る声、響きは、何とすさまじいものだろう。そしてこの声を聴き取ることは、なんと素晴らしいことだろう。ルーは、きわめてよい耳をもっていたのだ。あの、アリアドネの小さな耳を。

 それは訳せば、次のような響きだ。ひとりの狂いつつある者の哄笑と、そして狂気をも超克した者の微笑と、とルーは言う。この二つの笑い声が二重になって鳴り響いているというのだ。震えながら、振動しながら、互いに拮抗し打ち消し合いながら、と。この二重に響きあう声を残してニーチェの精神は黄昏の中に消えてゆくと。克服した者の微笑と、狂人の哄笑と。---これは何と深く、何と的確な捉え方だろう。没落する者として生を讃え、底なしの生の苦悩を讃え、生に黄金の薔薇の花環の冠を被らせながら、他方ではその生を生々しく呪詛しながら。このような二重の笑いの交響の中にルーはニーチェの最高の思想を聴き取るのである。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《トリープシェンのルーとニーチェ》

2018/04/27 01:34
瀬谷こけし

トリープシェンの湖畔 (ルツェルン湖)
画像



 1882年5月のおそらくはじめごろ、ニーチェはおそらくルーと二人きりでトリープシェンに行っている。ルーはその時の記憶を著書の中で次のように書いている。

>> Wenn ich diese kurze Schilderung lese, dann sehe ich ihn selbst vor mir, wie er , wärend einer gemeinsamen Reise von Italien her durch die Schweiz, mit mir das Gut Triebschen bei Luzern besuchte, den Ort, an welchem er mit Wagner unvergessliche Zeiten verlebt hatte. Lange, lange sass er dort schweigend am Seeufer, in schwere Erinnnerungen versunken; dann, mit dem Stock im feuchten Sande zeichnend, sprach er mit leiser Stimme von jenen vergangenen Zeiten. Und als er aufblickte, da weinte er.<< (Lou Andreas-Salomé, 1894, S.87)

 ルーがここで「短い叙述」(kurze Schilderung)と呼んでいるのは、1882年7月16日のタウテンブルクからのニーチェの手紙に書かれているワグナーとの関係についての記述のことである。そこでニーチェは、「上級協会顧問」ワグナーから『パルジファル』の献呈本が届いたその時、自分が送った『人間的なあまりに人間的な』が彼のところに届いたという決定的な出来事について述べ、その時「すべては明らかになった、だがすべては終わった」ことを体験したと記している。その手紙を読んだとき、ルーはこの5月初めにニーチェと二人で行ったトリープシェンでのニーチェの姿をありありと思い出したというのである。この時パウル・レーも母親とともにルツェルンにいたはずなのだが、情景の記述の中ではレーの気配は少しもしない。多分レーはついてきていなかったのだ。

 上に引用した文章を原佑氏の訳を参考にして訳してみよう。

> わたしがこの短い叙述を読むとき、わたしには彼(=ニーチェ)自身の姿が目の前に見えるのだ。つまり、イタリアから出発してスイスを通ったある数人一緒でした旅の間に、わたしと一緒にルツェルンの近くのトリープシェンの宝、つまり彼がワグナーと共に数々の忘れがたい時を過ごした場所、その場所を訪れた時の彼の姿が目の前にありありと見えるのだ。長いこと、長いこと、彼はものを言わずその湖の岸辺に坐って、数々の重たい思い出の中に沈んでいた。それから、ステッキで湿った砂の上に線を描きながら、低い声で彼はあの過ぎ去った時代について語ったのだった。そして彼が目を上げた時、彼の目には涙があふれていた。(拙訳)

 ルー・アンドレアス・ザロメの『ニーチェ』は、彼女のニーチェに対するいろいろな錯誤にもかかわらずそれを補って余りのあるまことに優れた著作であるように見える。ことにこの本の最後に示されるニーチェ理解には、今日に至るまでまだ誰にも凌駕されていない深みがあると思う。ニーチェ自身それを読んだならば、きっと感謝をしたことだろう。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


《三浦瑠麗とルー・ザロメ》

2018/04/05 20:48
瀬谷こけし

モンテ・サクロから見たオルタ湖 北イタリア 
画像

(2016年3月9日)


 ある記事の中で三浦瑠麗はこう言っている。

>間違っていても、無駄なことであっても、それが人間の姿だと思うんです。私は人間に興味があります。
http://bunshun.jp/articles/-/6817?page=2

 話がひとの世界観、人生観の基本にかかわる問題だけに、あれこれと安易に評するわけにはゆかないが、この発言、「私は人間に興味があります」という発言には、「その先」を尋ねたくなる。だから何なのか、だから何を優先することになるのか、という疑問だ。そして当惑してしまう。

 しばらく考えていると、その不思議な気分の理由が分かった。それは、ルー・フォン・ザロメが若書きの詩の中で「わたしは(友人などの個々の人間ではなく)生を愛する」と言ったことに感じるのと同じ当惑なのだ。
 三浦氏もまた、ルーと同じく、「わたしは人間を愛さない、超人を愛する」とは言わないだろう。そしてまたわたしは大地を愛するとも言わないだろう。
 「人間に興味があります」と言う三浦の前で、すべての人間はいわば彼女の「興味の」対象になるのだ。
 かつて学生時代ある友人はクラブ仲間のある(言語明晰な)女性のことを巧みにも「限りなく聡明に近いフール」と評していてわたしもそれに大いに笑ったことがあるが(村上龍の芥川賞作『限りなく透明に近いブルー』のもじり)、その人生観のゆえに三浦氏もまた面倒くさい存在になることだろう。そしてまた三浦氏のおかげで、人生の盛りにルー・ザロメに出会ったニーチェの困惑と徒労感が少しよくわかるようになった。『ツァラトゥストラ』の中の次の言葉を思い出してみるべき時だ。

>すると老婆はこう言った。
>「女のところへ行くのか? ならば鞭を忘れるな!」---
(拙訳)
>Und also sprach das alte Weiblein:
>"Du gehst zu Frauen? Vergiss die Peitsche nicht!" ---
(Zar.I, 18.)

老婆は「女たち」と複数形で言っているが。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


タイトル 日 時
《バーゼルのシュパーレントーア(Spalentor) 2017年8月12日》
《バーゼルのシュパーレントーア(Spalentor) 2017年8月12日》 シュパーレントーア ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/03/24 01:22
《雪のタウテンブルク(Tautenburg)》
《雪のタウテンブルク(Tautenburg)》 Photo by L&ouml;chel Photo by L&ouml;chel Photo byL&ouml;chel ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/03/20 22:33
《クロソウスキーに倣ひて》
《クロソウスキーに倣ひて》 ピエール・クロソウスキーは彼のニーチェ論『ニーチェと悪循環』を次の言葉からはじめる: >Voici un livre qui temognera d’une rare ignorance.  この言葉はわたしには絶大な励ましになった。自分もそういう本を書いてみよう。自分の書きたいのもそういう本だったのだ、と自覚させ、そして、前にも言ったかもしれないが、ニーチェについてのそういう本を書こうと決断したのだ。タイトルは『ニーチェと迷宮』。このタイトルはとりあえず仮題だ。それ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/02/17 05:45
《ルツェルン(Luzern)をどう発音するか》
《ルツェルン(Luzern)をどう発音するか》 ルツェルン駅 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/02/12 03:54
《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》
《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》  《ナウムブルクにてわが瞠しこと 2016.8.14》  ナウムブルクにニーチェは父の死後すぐに母に連れられて引越しをするが、今ニーチェ・ハウスと呼ばれている家に住むようになったのは彼が14歳の時のようだ。そして1889年1月トリノで倒れてからも幾つか病院を転院した後、母の看護の下この家で過ごし、その後妹の世話の下ワイマールに移る。  このナウムブルクの家はとりわけニーチェの生の痕跡の濃いところだ。そのベランダは今も昔と同じようにある。  このころのニーチェの最期の格闘と平安にふさ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/13 15:25
《夕焼け 9月13日》
《夕焼け 9月13日》  今日の夕焼けは特別だった。それはしかし明日への希望に燃えた空というものとは少し違って、また禍々しいことの予兆に見えるというのとも少し違って、また不思議というのでもなく美しいというのでもないようなものだった。確かに壮麗なのだが、喜びをもたらしてはくれない。何なのだろう?  色合いが特別だった。赤っぽい色が多かった。花で言えば何の花と言えばいいのだろう。思いつかない。台風18号の接近が関係しているのだろうか。  ところで夕焼けの写真を撮るのは苦手だ。最近はカ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/09/14 00:17
《お水取りの十一面観音悔過》
《お水取りの十一面観音悔過》  招待してくれる人があってお水取りに行ってきた(3月10日)。最近はお水取りの「行」の部分に関して、厳しくするようになったようだ。見学に来る人の乱れや安易さに、別当になられた佐川普文さんがたまらなくなったようだ。今日は、見学者の人数も少なく、会式の内容も非常にはっきりと感じることができた。初夜と中夜だけ見て、(早めに)引き上げたが、十分以上に学ぶことがあった。  初夜の行が「十一面観音悔過」から始まるのも初めてだった。その五体投地。板に身を投げる音が響く。---いや、そ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/03/11 16:31
間違った選択をしたと
間違った選択をしたと 考えるカミキリムシ (ラミーカミキリ) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/06/02 22:56
ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)の紹介2  "O Let Me Weep"
ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)の紹介2  "O Let Me Weep" パーセルで二番目に紹介するのはこれ。 ピナ・バウシュの《Caf&eacute; M&uuml;ller》の意味もこの曲から考えるべきではないかと思う。 これにデリダの「すべての他者はまったき他者だ」という命題を付加すると、古い神は死んだ、これからは我々自身が神々にならねばならない、というニーチェの思想が読み解けるようになるでしょう。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/31 03:19
《ノルウェーの幻想》--1.Fandango
《ノルウェーの幻想》--1.Fandango  「ノルウェーの幻想」というか、"fantaisie norv&eacute;sienne" をあてもなくまとめてみようというシリーズ。村上春樹の『〜の森』を源にしている、と言っておこう。---実際には、スペイン風の舞曲やら勧進帳やら、あたりかまわずの寄せ集めの感が強いが、ニーチェに倣っていうなら、汝の足下にあるのは地獄(H&ouml;lle)ではない、というメッセージをイメージにしたものだ。あるいは、地獄ですらない、と言うべきか。  初回はロドリーゴとカルロス・ボーネルに敬意を表して"F... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/17 09:29
《生への讃歌》 拙訳つき
《生への讃歌》 拙訳つき  フリードリッヒ・ニーチェ作曲、ルー・ザロメ作詞の《生への讃歌》(Hymnus an das Leben)の、楽譜上の文字テキストを起したものと、その拙訳を紹介します。併せて参考に、ルー・ザロメの《生への祈り》(Lebensgebet)のドイツ語テキスト(『回想録』のもの)と、その市販訳本日本語訳と拙訳を紹介します。  誤りを含め、お気付きの点があればお知らせいただければ幸いです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2013/05/09 12:51
《初夏の野の草の色》
《初夏の野の草の色》  いつもの市原の野。しばらく行ってなかったが。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/08 00:08
ニーチェのビゼー論(2)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)
ニーチェのビゼー論(2)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)  昨日の夜から喉風邪を引いて、何もまともに考えることが出来ない。単純作業として、ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 (注、ニーチェがここで語っているのは、ヴァグナーの音楽ではなく、ビゼーのカルメンのこと。誤解ないように) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/04/24 22:36
ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)
ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)  ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2013/04/23 02:35
近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から
近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から  ニーチェのこの近代の本質の捉え方は重要だ。とりわけわれわれがこの克服のためにどのような方途を取りうるのかを考えるために。無差異的な自然回帰などではないのだ。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/04/11 03:12
《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)
《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)  ルー・ザロメ/ニーチェの《生への讃歌》ないしは《生への祈り》を「友情への讃歌」と解釈する人間がいる。それが誰かを正確には知らないが、そのタイトルの曲を演奏しているのはJOHN BELL YOUNGだ。よい演奏だと思う。  だがそれ以上に、このタイトル《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)という翻案には、一層すばらしい着想があるように思う。少なくとも、ルーが自作の詩「生への祈り」で言おうとしている「生」は、ほぼ友情に近いものに思えるからだ。このことについて... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/04/07 23:55
ビゼーの《カルメン》--ニーチェの『ワグナーの場合』を読むために
ビゼーの《カルメン》--ニーチェの『ワグナーの場合』を読むために  まずは最終場面のドンホセがカルメンを自らの手で殺すところから: http://www.youtube.com/watch?v=BJpTzRG1D30&feature=share&list=PL4FEAF05D7E2B4AD9 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/04/05 03:03
フリードリッヒ・ニーチェの《クリスマスオラトリオ序奏》
フリードリッヒ・ニーチェの《クリスマスオラトリオ序奏》 演奏: http://youtu.be/GPX8xBp7rJI ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/04/04 02:35
ルー・ザロメの《生への祈り》 拙訳--(《生への讃歌》7)
ルー・ザロメの《生への祈り》 拙訳--(《生への讃歌》7) Lou Salom&eacute;の&gt;  ルー・ザロメ(Lou Salom&eacute;)の《生の祈り》(Lebensgebet)の原文と拙訳を示し、若干の解説をする。まずはルーのテキストから。典拠とするテキストは、Lou Andreas-Salom&eacute;, Lebensr&uuml;ckblick, Verlag tredition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 5 / コメント 0

2013/03/25 23:20
ニーチェのインスピレーションとリズム2(『この人を見よ』)
ニーチェのインスピレーションとリズム2(『この人を見よ』)  ニーチェが自分のインスピレーション体験について記している『この人を見よ』「ツァラトゥストラ」3は、ニーチェの文章の中でも破天荒なことこの上なく、ドイツ語としてぎりぎりまでメチャクチャに近い文章だと思う。といっても、ぎりぎりの約束ごとは守られており、読めないドイツ語ではないのだが、省略、飛躍に満ちみちていて、解読も解説も容易でない。先に川原栄峰の日本語訳を紹介したが、これはこれで訳として立派なものだと思うのである。今問題にしようと思っている箇所を、再び引用しよう。今度はドイツ語を先にして。 ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/03/19 02:38
ニーチェのインスピレーションとリズム(『この人を見よ』)
ニーチェのインスピレーションとリズム(『この人を見よ』)  ニーチェは『この人を見よ』の中で、自分のインスピレーションの経験を記しているが、これは直観音楽の演奏と非常深く共通し、示唆多く、そして重要なテキストだ。広く紹介しておきたい。  まずは、「リズム的な諸関係の本能」と呼んでいるものについて。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/03/18 01:35
生の全体性 ルー・ザロメ『回想録』のエピグラフから
生の全体性 ルー・ザロメ『回想録』のエピグラフから  ルー・アンドレアス-ザロメの『回想録』のエピグラフを訳し、紹介したい。  まずドイツ語から。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/03/13 20:39
《生への讃歌》6 検討2 --<<Raetselleben(謎の生)>>とエロス
《生への讃歌》6 検討2 --<<Raetselleben(謎の生)>>とエロス 検討2 &gt;  本来ならルー・ザロメの《生の祈り》(Lebensgebet)の拙訳を試訳としてでも示すべきなのだが、おそらくルー自身が特別な創意によって作った合成語について、多少面倒でも検討をしておかなければならないので、今回も「検討」を中心にする。基本にするテキストは、Lou Andreas-Salom&eacute;, Lebensr&uuml;ckblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 0

2013/03/12 15:24
《生への讃歌》5 検討1 <<Lebensgebet(生の祈り)>>
《生への讃歌》5 検討1 <<Lebensgebet(生の祈り)>>  ルー・ザロメの『回想録』(Lebensr&uuml;ckblick)の中の&gt;(生の祈り)という詩について検討する。その際典拠とするのは、Lou Andreas-Salom&eacute;, Lebensr&uuml;ckblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 4 / コメント 0

2013/03/11 22:45
《生への讃歌》4 『神をめぐる闘い』の中の《生の祈り》
《生への讃歌》4 『神をめぐる闘い』の中の《生の祈り》  ルー・ザロメは1885年の著作『神をめぐる闘い』(Im Kampf um Gott …)の第五章の終わりの所で、&gt;(生の祈り)というタイトルの詩を紹介している。これは、彼女が晩年『回想録』の中で提示している同名の詩とかなり違っていて、むしろニーチェが作曲した&gt;(生への讃歌)の歌詞と非常に近いものだ。便宜のためにまずその詩を紹介しておく。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/03/11 03:38
《生への讃歌》3 ルー・ザロメの《生の祈り》と《生への讃歌》
《生への讃歌》3 ルー・ザロメの《生の祈り》と《生への讃歌》  ルー・ザロメの『回想録』(Lebensr&uuml;ckblick)から&gt;&gt;Lebensgebet&gt;Hyumnus an das Leben&gt;LebensgebetLebensgebet ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 1

2013/03/05 23:52
《生への讃歌》2 --ルー・ザロメの『ニーチェ 人と作品』から
《生への讃歌》2 --ルー・ザロメの『ニーチェ 人と作品』から  やはりはじめにドイツ語を上げておく。 > Je h&ouml;her er sich, als Philosoph, zur vollen Exaltation der Lebensverherrlichung erhob, je tiefer litt er, als Menschen, unter seiner eigenen Lebenslehre. Dieser Seelenkampf, die wahre Quelle seiner ganzen letzt... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 0

2013/03/04 02:10
《昨日の月と夕日--- 大学から》
《昨日の月と夕日--- 大学から》  この月が満月になると小正月。だが小正月には何をするのか?  昔であれば一年の予祝行事だろう。  この時代、この年には、何をすればよいのか? 歳神さまに期待できる何があるというのか?  戦争の愚を避けてほしいということ? 多国籍巨大企業のなすがままにされる国にしないこと(TPP他)? どうも、歳神さまはあんまり本気で考えてくれそうにない。  では何をすればよいのか、小正月には? ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/02/22 11:24
『この人を見よ』の中の《生への讃歌》について
『この人を見よ』の中の《生への讃歌》について  ニーチェの『この人を見よ』の中の《生への讃歌》についての記述を紹介しておく。はじめにドイツ語で。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2013/02/20 01:57
生への讃歌
生への讃歌  「生への讃歌」のテキストを紹介しておきます。意外とこのテキストは手に入れにくいものだと思います。原典はライプツィヒのフリッチュ社から発行された楽譜です。今は注釈も、日本語訳もつけずに、原典の紹介を旨とします。役立てていただければ幸いです。 なお全体を一度見直しましたが、まだ誤りがあるかもしれません。お気付きの方はご指摘いただければ幸いです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 7 / コメント 0

2013/02/10 02:08
神の死について考えるために(1)
神の死について考えるために(1)  神の死について考えたい。しかし、問題を明確にしておかなければならない。神も、神々も、それをわがものとする力に応じて多様であり、神の死も神々の死も、同じく多様である。だが神の死の問題として重要なことは多くない。それは、ある決定的な歴史の分岐、ないしは切断の点として、重要なのである。神の死によって死んだもの、それはまず第一に人間のある種のメンタリティーであり、神の生を前提にして支えられていた関係の有り様である。  はじめにニーチェを取り上げるべきであるが、彼が神の死について語っていることは、... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/02/10 00:16
ホイットニー・ヒューストン もう一度
ホイットニー・ヒューストン もう一度  歌詞(Lyrics)つきの映像が見つかったので再録。歌詞はわたしが買ったCDにも付いていたはずなのだが、車の中に置いているうちに、ケースが壊れて、紛失してしまった。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/07/23 01:33
無縁のひとはたとへ…
無縁のひとはたとへ…  伊東静雄の詩の一行だが。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/22 13:00
『笈の小文』(芭蕉)の芸術論を確認しておこう
『笈の小文』(芭蕉)の芸術論を確認しておこう 芭蕉の『笈の小文』の芸術論を確認しておこう。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/05/29 09:52
戦わないこと(四) 「わたしは生かされている」 FW. 276.  ――「ニーチェ探検」(2−4)
戦わないこと(四) 「わたしは生かされている」 FW. 276.  ――「ニーチェ探検」(2−4) この『悦ばしい知識』(Die Fr&ouml;liche Wissenschaft) 276のアフォリズムからもうひとつ引いておこう。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/19 22:48
ナウシカアの別れの言葉
ナウシカアの別れの言葉 >「ではお客様、御機嫌よう、国へお帰りになっても、いつかまたわたくしのことを思い出して下さい、誰よりも先にあなたの命をお助けした御縁があるのですから」。 (『オデュッセイア』第8歌、松平千秋訳、岩波文庫) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/11/07 05:01
ニーチェの言葉---高山樗牛の原典
ニーチェの言葉---高山樗牛の原典 次は高山樗牛の言った言葉だそうだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/10/05 20:46
「森の聖者」 "Einsiedler", "Zweisiedler"(ツァラ・ゼミ14)
「森の聖者」 "Einsiedler", "Zweisiedler"(ツァラ・ゼミ14) 新年度の「ツァラトゥストラ・ゼミ」が始まってもう数回目になる。ここで前々から書いておきたいと思っていた序説2の「森の聖者」のことを記しておく。ちなみに表題の中の”Zweisiedler”の言葉は『ツァラトゥストラ』第4部に出てくる。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/06/01 13:34
「超人」の教えは「大いなる軽蔑」を含む (ツァラ・ゼミ13)
「超人」の教えは「大いなる軽蔑」を含む (ツァラ・ゼミ13) 京都造形芸術大学(通学部)の「総合演習・ツァラトゥストラを読む」の授業が昨日で終わった。演習で学生たちと議論を交わしていると、どんな風な語りをすれば話が通じやすくなるか、問題が共有されるようになるかということが少しずつわかってきて、わたしにとってもおおいに勉強になる。もちろん、『ツァラトゥストラはこう言った』の中でニーチェが何を言っているか、何を語っているかを読み解く授業であるから、「語りかた」といっても、テキストを離れた議論ではない。テキストのここのところをきちんとアクセントをつけて読めば... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/07/23 09:29
山田晶先生からいただいた一通の手紙
山田晶先生からいただいた一通の手紙  山田晶先生から一度お手紙をいただいたことがある。一九九七年のことだ。拙著『ニーチェから宮沢賢治へ』をお届けさせていただいた、そのご返事としてである。わたしはそのお手紙にずっと励まされてきた。以下その文面を紹介させていただきたい(上はそのコピーである)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/06/30 21:36
わたしは人間を愛しているのです (ツァラ・ゼミ 10)
わたしは人間を愛しているのです (ツァラトゥストラ・ゼミナール10) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/05/21 00:09
カッコを付け直してみる (ツァラ・ゼミ 9)
先に「ツァラ・ゼミ 5」 http://25237720.at.webry.info/200711/article_14.html で語ったことだが、ここで議論をもう少し分かりやすくしておこう。 『ツァラトゥストラはこう言った(上)』(岩波文庫、2006年7月5日、第63刷)の中で、氷上英廣氏は次のような訳を示している。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2008/05/20 00:26
Ein Buch fuer Alle und Keinen (ツァラ・ゼミ8)
ツァラ・ゼミを再開する。こういう仕事もついでの時間がないとできないのだが、さいわい京都造形芸術大学で「ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』を読む」という授業をさせてもらえることになったので、これを機会に『ツァラトゥストラ』の読解を進めさせてもらう。授業は日本語訳を出発点にして読み進めてゆくのだが、それでも当然内容をきちんと検討するためにはドイツ語の原文に戻って点検しなければならない。このブログでは、前と同じように、論を進めてゆく。日本語がわかれば論旨は理解ができるようにするが、その論証... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/04/17 20:45
隠れたところでわたしを見る神 ニーチェ対デリダ2
(承前) デリダはこう言っている。マタイ伝6-6の「隠れたところで見ておられる父は……」(共同訳)を註釈して語っているところにおいてである。(ちなみに邦訳『死を与える』ちくま文庫p.186の「in absconditio」は「in abscondito」の誤り。また、"abscondito"は対格ではなく奪格なので、それを「隠れたことを見ておられる」とする訳も誤りであろう) ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0

2008/02/28 22:45
距離のパトス ニーチェ対デリダ1
(承前) われわれはここでひとつニーチェを紹介しておかなければならない。「距離のパトス」(Pathos der Distanz)。この概念である。われわれは「距離」の感情をもって関係し合うのである。そして「絶対的な隔たり」(デリダの「まったき他者」"tout autre")とはいつも錯覚であり、妄想であり、あるいは便宜であり、実用的のための道具である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2008/02/27 00:13
「きみたち」(lasst !):ニーチェの代名詞の技法 (ツァラ・ゼミ 7)
 今日(2008/1/11)の授業で初めて気がついたことがある。思想としてさほど重要なことではないのだが。テクニックとして、技法として、やはり見逃せない。  それは"nun lasst uns ihn auch sehen!"の"lasst"だ。  氷上英廣さんはそこをこう訳している:「さあ、実際にやって見せてくれ!」だ。この訳だと氷上さんもそれに気づいているかよくわからない。ちなみにそこのところ吉沢伝三郎氏(ちくま学芸文庫)の訳は「今度はわれわれに綱渡り師を実際に見せてくれ!」であり、... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/01/14 20:13
ニーチェ論の余白に
子供たちに時には美味しいものを食べさせてやりたい。わたしにはこれが非常に大きな喜びだ。そして肉は美味しい。旧石器時代の男たちもそういう喜びを感じながら獣を捕え、倒していたのだろう。  そのことを肯定できない人は、自分がこの世に生きていることも肯定できないだろう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2008/01/09 21:38
いきなり超人 (ツァラ・ゼミ 6)
 今回は少し飛んで序説の3の方を見てみよう。とはいえとりあえず序説の2が「この年老いた聖者は自分の森の中にいてまだそのことについて何も聞いていないのだ、つまり神が死んでいるということについて」という容易ならぬ言葉で終わっていることだけは確認しておく。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/12/05 03:11
「ツァラトゥストラ」と「あなた」 (ツァラ・ゼミ 5)
 『ツァラトゥストラはこう言った』の序説2でわたしが悩むのは人称代名詞の問題だ。こんな悩みは並外れていて、どうにも共感しにくいものかもしれないが、『ツァラトゥストラ』を舐めるように読んでゆくと、どうしても気にならざるをえないことなのだ。  ところで、後半の「われわれ」が誰のことなのかというのが問題になるのは当然のことで、わたしも次に考えたいと思うのだが、わたしとしてはそれ以前に悩んでしまうところがあるのだ。その箇所をはじめに氷上英廣さんの訳で紹介しておく。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 0

2007/11/22 22:46
ツァラトゥストラは変身し…… テキストの紹介 (ツァラ・ゼミ 4)
 『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の2でニーチェがツァラトゥストラの「変身」について語っているところのテキストを紹介しておきます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/11/22 00:37
ツァラトゥストラは子どもになった 交流とは変身すること? (ツァラ・ゼミ 3)
交流というのは、結局のところ、国際交流も、動物や植物との交流もふくめて、相手にむかって、成ること(werden, devenir)、変身すること(sich verwandeln)、ではないのか?  ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/11/21 22:21
ツァラトゥストラの「祝福」(segnen) それは贈与か交換か肯定か? (ツァラ・ゼミ 2)
『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の1はニーチェ的な贈与の問題を語っている。そのエッセンスを捉えてみよう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2007/11/11 12:47
ツァラトゥストラはふたたび人間になろうと欲している (ツァラ・ゼミ 1)
『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の1の最後に、こんな言葉があった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 5

2007/10/26 04:23
愚人 …… Verschwender mit tausend Haenden
愚人 Verschwender mit tausend H&auml;nden ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/17 13:40

トップへ | みんなの「ニーチェ」ブログ

特集

「世界という大きな書物」  中路正恒公式ブログ ニーチェのテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる