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みんなの「ニーチェ」ブログ


《生への讃歌》

2017/04/04 02:33
瀬谷こけし

《生への讃歌》

https://youtu.be/FIOIUlDB5yU




 ルー・ザロメの詩にニーチェが作曲したこの曲、この曲についてルーは「それを彼は、一八八二年の夏、彼が私といっしょにチューリンゲン州のドルンブルクに滞在していた間に、作曲したのだ」と言う(原佑訳『ニーチェ 人と作品』。一語引用者が訂正)。「ドルンブルク」はルーの誤りで、正確にはドルンブルクから3kmあまり離れたタウテンブルクなのだが、それはいい。そのタウテンブルクの牧師館で、夜中、ルーを前にピアノを弾きながらこの曲を作曲していたニーチェの姿が思い浮かぶ。この時ニーチェは37歳のはずだが、曲はまるでこの世を去る間際の作のように聞こえる。もうこれ以上のさとりはなくていいのだ。これを絶頂として死ぬならそれは本望だと、そんな風に。そういうつもりで作曲した曲なのだろう。安らぎもある。
 1882年のタウテンブルクはニーチェにとって生の絶頂と言うべき場所だった。永遠回帰の思想が訪れた1881年のシルス・マリーア以上に。そのときそこタウテンブルクで彼らは多くのことを経験した。それはそこで彼らがひとつの対話であり、たがいを聞くことが成就していたからだ。ヘルダーリンが讃歌「平和の祝い」の核心として表白したことがきっとここでひとつ成就したのだ*。
 そしてルー・ザロメとニーチェの合作になる《生への讃歌》は、ヘルダーリンがつづけて「そしてほどなくわれわれは歌になる」と言う「歌」そのもののひとつではないだろうか?



注*
ヘルダーリンの「平和の祝い」(Friedensfeier)には次のような言葉が読める。
〇Viel hat […] //Erfahren der Mensch;(多くを〔…〕//人間は経験した;)
〇Seit ein Gespräch wir sind und hören voneinander,(われわれがひとつの対話であって、たがいを聞いてよりのち、)
〇bald sind wir aber Gesang.(そしてほどなくわれわれは歌になるのだ。)
とか。ルーとニーチェの《生への讃歌》はヘルダーリンのいう意味での「歌」(Gesang)ではないだろうか?
 そこの箇所つづけて書くと、

Viel hat von Morgen an,
Seit ein Gespräch wir sind und hören voneinender,
Erfahren der Mensch; bald sind wir aber Gesang.
(HÖLDERLIN SÄMTLICHE GEDICHTE, 1992)
多くを朝から、
われわれがひとつの対話でありたがいを聞いてよりのち、
人間は経験した。そしてほどなくわれわれは歌となるのだ。
(拙訳)


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《プリンツ・フォーゲルフライ 日本歌人3月京都歌会》

2017/03/19 02:32
瀬谷こけし


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 今日(3月18日)は午後から京都歌会があった。突っ込んだ議論が交わされ、とても有意義な会だった。普段は出詠歌を歌会の後で変更することはないのだが、今回は変更することにした。変更後はこうだ、

>海峡に鴎が数羽群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのこれが友たち

 「プリンツ・フォーゲルフライの歌」はニーチェが1882年シチリアのメッシーナで作った詩のタイトルだが、これからはこれまで導いてくれたワグナーから離れて、自分の弟子たちと新しい道を開いてゆこうという決意を歌った詩だと理解している。わたしも去年の3月、メッシーナに行って、帰り道の電車の中でやっ鴎を見ることができた。メッシーナはイタリア半島との海峡の町。ゲーテの『イタリア紀行』でひとは大地震で崩壊して間のないころのこの町の様子を読むことができる。ニーチェも多分読んでいただろう。

 「プリンツ」は「皇子」だが、「フォーゲルフライ」は法の保護を奪われた存在、野たれ死にしても鳥がつつき食い破るままに捨ておかれる存在を意味する。庇護を失った存在。流離の存在。「プリンツ・フォーゲルフライ」は日本語では「野ざらし皇子」ぐらいの意味になるだろう。ニーチェの詩はその皇子の志を一羽の鳥の立場で歌っている。

 メッシーナの海岸ではあまり鴎を見かけなかった。鴎を見かけても浜に一羽でいる鳥、一羽で飛んでいる鳥が多かった。メッシーナを少し離れかかって、はじめて群れ飛ぶ鴎を見た。

 シチリアの町はどこも深い思いを残すが、メッシーナもその例外ではなかった。カターニアに向かった帰路では、右手にエトナ山が見えた。昨日はそのエトナ山が噴火をしたというニュースが流れていた。


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《お水取りの十一面観音悔過》

2017/03/11 16:31
瀬谷こけし


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 招待してくれる人があってお水取りに行ってきた(3月10日)。最近はお水取りの「行」の部分に関して、厳しくするようになったようだ。見学に来る人の乱れや安易さに、別当になられた佐川普文さんがたまらなくなったようだ。今日は、見学者の人数も少なく、会式の内容も非常にはっきりと感じることができた。初夜と中夜だけ見て、(早めに)引き上げたが、十分以上に学ぶことがあった。
 初夜の行が「十一面観音悔過」から始まるのも初めてだった。その五体投地。板に身を投げる音が響く。---いや、それは重く激しく響くのだが、それ以上に床板の振動として、伝わってくる。今まさに何が行われているか、が。五体投地は懺悔の行だ。懺悔すべきことがあるのだ。自分にも、世のためにも。その僧侶の行。強く激しい。だが痛ましくはない。わたしが思ったのは、『ツァラトゥストラ』の「大いなる軽蔑の時」にも懺悔の行があるべきだ、ということだった。昨日書いた《『ツァラトゥストラ』の超人論(1)》を読んでくださった方には容易に理解がゆくと思いうが、「大いなる軽蔑の時」の強度は、五体投地のような激しい行によって、表現される形式を伴うべきなのだ。---これはわたしが『ツァラトゥストラ』を越えるための要点のひとつになるだろう。今日は何よりもそれを学んだ。
 もう一つ。直観音楽の演奏としてみれば、わたしたちIMAの演奏は「お水取り」に優っていると思う。奏せられ発せられる様々な音の意味を全力で聴いていたが、その上での判断だ。だが、その最高強度や、その印された最高強度から生まれてくる「ゆとり」という点では、もしかしたらわたしたちの方が負けているかもしれない。---そうではない、と思うが、しかし実際にやって見なければわからない。---それほどに、今日の五体投地は実質があった。右ひざを上げて、その右ひざに全体重がかかるように、体の塊を持って行くようにするのだ。---わたしの見たところでは、ほんとうにそれができたのは、ただ一回だった。7回目にもう一歩のところまできて、8回目に完成した。---ここにお水取り=十一面観音悔過の最も重要なところがある。
 ますます東大寺が好きになった。




東大寺お水取りの声明
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2008-07-09
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《『ツァラトゥストラ』の超人論(1) 大地と没落機械》

2017/03/10 03:05
瀬谷こけし


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   はじめに: 「国家の外」という問題

 先にわれわれは『ツァラトゥストラ』の「国家=新しい偶像」論を一通り見た。そこでも国家の「外」というものが考えられていたのだった。その「外」は「大地」に拠りどころを持ちつつ、大地の上のどこかの座(Sitz)において、空を仰ぎ、そこに虹を見出し、そして超人への促しに目覚めさせられるべき場所だった。しかしその時、その「国家の外」の場所において超人はどのように働くべきものなのだろうか? 超人の概念が導入され、その要点が説かれるのは『ツァラトゥストラ』の「序説」の三と四においてである。そこで超人は人間の存在を綱渡り見る把握と関連させられつつ、「超人は大地の意味である」(der Übermensch ist der Sinn der Erde )とか、「超人はあなたがたの大いなる軽蔑がそのなかに没することのできる大海である」(… der(=der Übermensch) ist diess Meer, in ihm kann eure grosse Verachtung untergehn)とか言われている。これらの言い方において注目すべきことは、超人が人間の没落(untergehn)との関連において語られていることである。人間は、自己目的ではなく、橋であり(eine Brücke und kein Zweck ist)、過渡であり、没落することこそ本来的なこととされているのである。「人間とは、一本の綱であり、[…]一個の危険な途上なのである」(Der Mensch ist ein Seil, [...], ein gefährliches Auf-dem-Wege)。
 『ツァラトゥストラ』」の超人論において、人間の存在はいわばインテルメッツォ、間奏曲である。そしてこの間奏曲性において、人間は国家の外にあり、没落に本来的に隣しているのである。そして、このようなツァラトゥストラの教えが人間にとって避けることのできないある必然的な強制力を捉えているとすれば、われわれはその教説を「没落機械」として分析することができるだろう。


1.大いなる軽蔑の時

 それではこの「没落機械」はどのように作動するのだろうか? それを説明するために『ツァラトゥストラ』は「大いなる軽蔑の時」(die Stunde der grossen Verachtung)、という概念を導入する。

> あなたがたが体験できる最大のものは、何であろうか? それは「大いなる軽蔑」の時である。あなたがたがあなたがたの幸福に対して嫌悪をおぼえ、同様に、あなたがたの理性にも、あなたがたの徳にも嘔吐をもよおす時である。(『ツァラトゥストラはこう言った』第一部、「ツァラトゥストラの序説」3、氷上英廣訳、岩波文庫。以下同じ。「序説」4も参照のこと)
> Was ist das Grösste, das ihr erleben könnt? Das ist die Stunde der grossen Verachtung. Die Stunde, in der euch auch euer Glück zum Ekel wird und ebenso eure Vernunft und eure Tugend. (『Also sprach Zarathustra (German Edition)』Kindle。以下同じ)

おのれの幸福に対して嘔吐をもよおし、おのれの理性に対しても、またおのれの徳に対しても嘔吐をもよおす時、それが「大いなる軽蔑の時」と呼ばれる「時」である。それは耐えがたい嘔吐感によってすさまじい自己嫌悪に苦しめられる恐るべき時である。その時ひとはおのれの幸福やおのれの理性、おのれの徳など、おのれの誇りにするものの貧弱さ(Armuth)、不潔さ(Schmutz)、満足のみじめさ(ein erbärmliches Behagen)に耐え難くなるのである。

> あなたがたがこう言う時である、「わたしの幸福は何だろう! それは貧弱であり、不潔であり、みじめな安逸であるにすぎない。わたしの幸福は、人間の存在そのものを肯定し、是認するものとならねばならない!」
> Die Stunde, wo ihr sagt: "Was liegt an meinem Glücke! Es ist Armuth und Schmutz, und ein erbärmliches Behagen. Aber mein Glück sollte das Dasein selber rechtfertigen!"

 すぐに見て取れることだが、ひとは「おのれの幸福」のこのようなみじめさに嘔吐をもよおすとき、同時に「幸福」の本来のありようを、本来の姿として、はっきりと自覚的に把握しているのである。わたしの幸福は、本来、現実の存在(Dasein)そのものを是認する(rechtfertigen)ものであるべきなのである。おのれの満足への軽蔑とおのれの本来性への目覚めとが、この「大いなる軽蔑の時」においては同時に生じる。「自己への軽蔑」と「自己の本来性への目覚め」という相異なる二つの方向性が、一体で分かつことのできないものとして、この「大いなる軽蔑の時」というステージにおいて、同時に生じるのである。この経緯は、「おのれの幸福」のみではなく、「おのれの理性」「おのれの徳や善悪」「おのれの正義」「おのれの同情」についても同じである。これらの小ささ、貧しさ、不潔さ、みじめさなどの、自己軽蔑の対象となる咎は「罪」ないしは「罪過」として(ドイツ語で「Sünde」として)概念化されるが、しかしそうした「罪」が自覚され、「罪」そのものが声を上げることは稀である。

> あなたの罪が天の審(さば)きを求めて大声をあげているのではない。叫んでいるのはむしろあなたがたの自己満足だ。あなたがたの罪のけちくささそのものだ!
> Nicht eure Sünde - eure Genügsamkeit schreit gen Himmel, euer Geiz selbst in eurer Sünde schreit gen Himmel!

 おのれの罪が天へと叫びを上げるということは稀で、ひとびとが天へと叫びをあげる時ですらその叫びを発しているのはおのれの自己満足であり、おのれの罪のなかにあるケチ根性そのものなのである。

 こうしてツァラトゥストラの「大いなる軽蔑の時」という教えは深刻な危機に直面する。「大いなる軽蔑」を行う者がまれであり、「大いなる軽蔑の時」という高いステージに達するまで自分を追い詰める者がきわめて稀なのである。その激しさに達するためにはほとんど稲妻に打たれるような強さが必要であり、狂気に突き動かされる激しさが必要なのである。そのような稲妻はどこにある? そのような狂気はどこにある? それこそが問題になるのである。

> だが、その舌であなたがたをやきほろぼすような稲妻はどこにあるのか? あなたがたに植えつけられなければならない狂気はどこにあるのか?
> Wo ist doch der Blitz, der euch mit seiner Zunge lecke? Wo ist der Wahnsinn, mit dem ihr geimpft werden müsstet?

 その答えが超人である。

> 見よ、わたしはあなたがたに超人を教えよう。超人こそ、この稲妻、この狂気なのだ!---
> Seht, ich lehre euch den Übermenschen: der ist dieser Blitz, der ist dieser Wahnsinn! –

 必ずしも明瞭に述べられているわけではないが、「大いなる軽蔑の時」というひとが体験できる最大のものに達するために、それに必要とされる強度をひとが受け取りうるために、超人が将来され、呼び出されているように見える。しかし、稲妻に打たれることは、人間にはなかなか難しいことであるように見える。しかしそれは、人間に可能な経験として幾たびか語られてきたことである。こうして稲妻=超人という最高度の強度的契機を導入することによって、少なくとも成立可能なひとつの経験領域として、「大いなる軽蔑の時」が持ち来たらされたと見ることができるだろう。だが、超人という強度的な装置が、国家の外で作動する没落機械の中にどのように(組み立ての)変化をもたらすのか、われわれはまだほとんど何も理解していない





ツァラトゥストラは こう言った 上 (岩波文庫)
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《『ツァラトゥストラ』の国家論(3) 「国家の終わるところで」》

2017/03/05 04:26
瀬谷こけし


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北イタリアのオルタのモンテ・サクロのフランチェスコ門


   3.「国家の終わるところで始まること」

 国家は終わる。そう『ツァラトゥストラ』は記す。しかしそれがどんな終わり方をするかは「新しい偶像」のアフォリズムの中では記されない。まずはこの国家という新しい偶像、この冷ややかな怪獣の放つ悪臭から逃れ身を守ることをツァラトゥストラ自分の弟子たちに勧める。先にも見たように、「余計な者たち」の「国家」という「偶像」はみずから悪臭を放つが、同時にこの偶像の崇拝者たちも残らず悪臭を放つのである。腐敗はまず嗅覚で感じ取られるもののようだ。

> かれらの偶像、この冷ややかな怪獣は悪臭を放つ。かれら、この偶像を崇拝する者ことごとく悪臭を放つ。
> Übel riecht mir ihr Götze, das kalte Unthier: übel riechen sie mir alle zusammen, diese Götzendiener.

 まずは彼ら偶像の崇拝者(Götzendiener)たちが口と欲望から発散している毒気や汚臭に窒息することを避けるべく、教える。

> わが兄弟たちよ。あなたがたは、かれらの欲望の口もとから出てくる毒気(Dunste)のなかで窒息する気なのか? むしろ窓を打ち破って、外へ飛び出すがいい!
> Meine Brüder, wollt ihr denn ersticken im Dunste ihrer Mäuler und Begierden! Lieber zerbrecht doch die Fenster und springt in's Freie!

 ここにはまだ「外」があるのである。国家にはまだ「外」があり、窒息死を避けるべく身を処する可能性は残っている。

> 悪臭(dem schlechten Geruche)から逃れよ! あらずもがなの人間たちが営む偶像礼拝(Götzendienerei)から逃れよ!
  悪臭から逃れよ! この人身御供からたちのぼる濛気(もうき; dem Dampfe)から脱出せよ!
> Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von der Götzendienerei der Überflüssigen!
Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von dem Dampfe dieser Menschenopfer!

 その「外」は、「大地」が、国家と独立して存立していることによって開かれているのである。

> 大地はいまもなお、大いなるたましいたちのためにひらかれている。孤独なるひとりぼっちの者、ふたりぼっちの者のために、いまもなお静かな海の香りが吹きめぐる多くの座がある。
> Frei steht grossen Seelen auch jetzt noch die Erde. Leer sind noch viele Sitze für Einsame und Zweisame, um die der Geruch stiller Meere weht.

 ここで多少注意しておくべきことは、この大地の国家からの独立した(frei)存立は、「いまもなお」(auch jetzt noch)という時代的限定がつけられているところである。国家による、あるいは余計な人間たちによる、世界規模の汚染から、大地がいつまでものがれて存続しうることを『ツァラトゥストラ』が保証しているわけではない。『ツァラトゥストラ』の叙述も、ここで内面性への傾きをもつことになる。

> 大いなる魂たちのために、いまもなお自由な生活がひらかれている。まことに、物を持つことのすくない者は、それだけ心を奪われることもすくない。ささやかな貧しさは讃えられるべきかな!
> Frei steht noch grossen Seelen ein freies Leben. Wahrlich, wer wenig besitzt, wird um so weniger besessen: gelobt sei die kleine Armuth!

 ここにはアシジのフランチェスコへのニーチェの共感が読み取れるように思うが、清貧の教えは『ツァラトゥストラ』のこの箇所においても肯定されている。

 こうして弟子たちに国家崇拝の毒気からの一時退避を勧めた後で、『ツァラトゥストラ』は国家の終わりについて記す。

> 国家が終わるところ、そこにはじめて人間が始まる。余計な人間でない人間が始まる。必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。
> Dort, wo der Staat aufhört, da beginnt erst der Mensch, der nicht überflüssig ist: da beginnt das Lied des Nothwendigen, die einmalige und unersetzliche Weise.

 国家が終わるところ、そこでではじめて「人間」がはじまる、というのである。それは、国家とともに生まれた「余計な人間」ではなく、また国家以前の民族の中で生まれた人間でもなく、新たな人間、国家による疎外から回復し、一回的で取り換えのきかない仕方でのおのれの生を生きる必然的で必要な人間であり、またそのような必然的な人間を歌い讃える歌である。必然的な人間を歌う歌が、国家や民族に向けてではなく、宇宙に向けて歌い開かれるのである。宇宙に向けて、彼方に目を向けることをツァラトゥストラは勧める。

> 国家が終わるところ、---そのとき、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ! あなたがたの眼にうつるもの、あの虹、あの超人への橋。---
> Dort, wo der Staat aufhört, - so seht mir doch hin, meine Brüder! Seht ihr ihn nicht, den Regenbogen und die Brükken des Übermenschen? - Also sprach Zarathustra.

 そこに君たちは虹を見るのではないだろうか、とツァラトゥストラは問う。虹は超人へのさまざまな橋(die Brükken)なのである、という。---ここにわたしは「大道無門、千差有路」という『無門関』の偈と同じ教えを見るのだが、どうだろうか?




ツァラトゥストラは こう言った 上 (岩波文庫)
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2014-12-18
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《『ツァラトゥストラ』の国家論(1) 「民族論」》

2017/02/23 18:32
瀬谷こけし


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オルタのモンテ・サクロで


    はじめに

 ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』第一部には重要な国家論がある。「新しい偶像」のアフォリズムがそれだ。その深さ、鋭さは、今日でもまだ未来の彼方に輝き続けているように見える。例えばベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(Imagined Communities)やドゥルーズ&ガタリの『アンチ・エディプ』(L’Anti-Œdipe)はそれに本質的な示唆を受けて考察を進めた仕事だと思われるが、しかし彼らの仕事によっても『ツァラトゥストラ』の思考の深さは汲みつくされていないと思う。それについて論じるのは今日でも危険な行為であるように見える。ニーチェの超人論もここから論じられるべきだと思う。論じることは、今なお難しい。しかしわたしは、この『ツァラトゥストラ』の国家論を世界の知性は理解すべきだと思う。---とはいえわたしもここではそれをきちんと論じるのではなく、要点の幾つかを提示するにとどめるだろう。いわば「万人のために」。---こういう問題を、1882年8月のタウテンブルクで、ニーチェとルー・フォン・ザロメは議論していたのだ。

    1.「民族」について

 彼は、国家と民族を区別すべきことをその議論のはじめに据える。

> いまもまだどこかに民族と畜群が残っているだろう。しかし、われわれのところにはない。わが兄弟たちよ。ここにあるのは国家である。 (『ツァラトゥストラはこう言った』I-11「新しい偶像」、氷上英廣訳、岩波文庫。以下同じ)
> Irgendwo giebt es noch Völker und Heerden, doch nicht bei uns, meine Brüder: da giebt es Staaten.  (『Also sprach Zarathustra (German Edition)』Kindle。以下同じ)

 われわれは民族ではなく、国家の中にいる、という認識であり、自覚である。ごれが議論の出発点である。
 それでは「民族」とは何なのだろう。『ツァラトゥストラ』はこう言う。

> 民族の特徴を、わたしはあなたがたに教えよう。民族は、どの民族でも、善と悪について、独自のことばを語っている。隣の民族にはそれが理解できない。民族はみずからのことばを、みずからの風習と掟のなかでつくりだしたのである。
> Dieses Zeichen gebe ich euch: jedes Volk spricht seine Zunge des Guten und Bösen: die versteht der Nachbar nicht. Seine Sprache erfand es sich in Sitten und Rechten.

 氷上は「Zunge」を「ことば」と訳している。けだし適訳だろう。「Zunge」は「舌」であり(英語の「tongue」に相当する語であり)、「seine Zunge」は独自の発音や話しぶりをも含む「ことば」で、それぞれの民族は(おのれの)「善と悪について独自のことばを語る」のである。ここには行動規範についての厳命があり、それは、その民族にとっては、逆らうことの許されないものなのだろう。それ(=ことば、舌)を隣の民族は、たとい翻訳はできたとしても、理解はできない。善悪の表を共有できないのである。この断絶性をしっかりと理解しなければならない。
 この文章で次に出てくる「ことば」は、「Zunge」ではなく「Sprache」であり、民族はみずからのことばを「風習と掟のなかで(in Sitten und Rechten)」つくりだしたのである、と言われる。「風習(Sitten)」は特定の土地での生活の中から生まれてきた諸慣例であり、「掟(Rechten)」は多少とも法律に近い権威を持った規則になるだろう。その「権威」がどこから生まれたのかと問いたい向きもあるかもしれないが、ここでは「風習」と「掟」は無冠詞複数のまま「と(und)」で結合され、「〜のなかで(in)」の示す場所の限定の中で結び付けられているので、その問いはあえて問うべきではないであろう。また「つくりだす(erfinden)」と言われていることからも、その権威が、国家にも国家の神にも基づくものではなく、むしろその民族の創造者と、そして生命そのもの以上のものに基づくことはないのである。

> かつてもろもろの民族を創造し、その頭上にひとつの信仰、ひとつの愛をかかげたのは、創造者たちであった。このようにして、かれらは生命に奉仕したのだ。
> Schaffende waren es, die schufen die Völker und hängten einen Glauben und eine Liebe über sie hin: also dienten sie dem Leben.

 国家は「ことば」や「舌」ではなく、それらの創造者でもないように、国家は民族でもなく、民族の創造者でもない(1)。

    ◇   ◇

 しかし、ここでおそらく、それでは国家はどのようにして世界に登場したのか、という問いを問いたい向きもあることだろう。それについて『ツァラトゥストラ』は何も答えを提出していないようにも見えるかもしれない。その答えはきわめて斬新なものに思えるが、それを聞き取るためにはきわめて敏感な耳を必要とするであろう。それについては少し後に語ることにして、ここではまず民族にとって国家はどのようなものと見えるか、という問題についての『ツァラトゥストラ』の洞察に耳を傾けておきたい。ドゥルーズにとっても、ピエール・クラストルにとっても、洞察の核心はこの『ツァラトゥストラ』の言葉にあるだろう。

> 民族がまだ存在しているところでは、民族は国家などというものを理解しない。民族は国家を災禍のしるしと見、風習と掟に対する罪として憎む。
> Wo es noch Volk giebt, da versteht es den Staat nicht und hasst ihn als bösen Blick und Sünde an Sitten und Rechten.

 「bösen Blick」はなかなか訳しにくいところだろうが、通例の日本語では「邪視」(英語では「evil eye」)と訳される語だ。ドゥルーズはここから「悪夢」という概念を見出したと思われるが、「風習と掟」を一つの地域的な技に解消しようとする国家が悪夢と見えようが邪視と見えようが、さほど変わりはない。いずれにせよ国家とは、民族にとってはまったく理解のできない邪なまなざしであり、禍事(まがごと)の予兆と見えるものなのだ。それは不要なもの、余計なものを生かし、その代償としてみなに緩慢な死を与える存在なのだ。国家につての『ツァラトゥストラ』の洞察ほど恐ろしく、そして国家というシステムの終焉後を考えさせる国家論はない。わたしもまたそこに希望をいだくのだが。



(1) 国家の中で「ことば」や「舌」は、「方言」としてその価値を切り下げられるだろう。




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《『ツァラトゥストラ』の真理の水 これは何なのだろう?》

2017/02/20 01:16
瀬谷こけし


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 ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』の中に「真理の水」という言葉が(私の知る限り)二度出てくる。いずれも第一部の「三段の変化」と「純潔」の中でだ。その後者の方を紹介したい。

> 認識に生きる者が、真理の水のなかにはいるのをいとうのは、真理が汚らわしいときではなく、真理が浅いときである。

 認識をこととする者にも当然価値評価があって、彼も浅い真理を探究し認識したいとは思はないということだ。---これはこれで当然のこととしてよくわかることだが、しかしそもそも「真理の水」とは何なのだろう? 「水」はどんな風に「真理」とかかわるのだろう? 
 こんな疑問をもつのも、ヘルダーリンの「生の半ばに」(Hälfte des Lebens)という詩に、「お前ら〔白鳥たち〕は頭をくぐらせる/貴くも冷やかな水の中に」(川村次郎訳、岩波文庫、〔〕内は引用者の補足)という詩行があるからである。このヘルダーリンの白鳥たちが頭をくぐらせる水はどのような水かという問題にぜひともこだわりたいからだ。前にも言ったが、ヘルダーリンはここで「Tunkt ihr das Haupt / Ins heilichnüchterne Wasser」と記しているのだ。この白鳥たちが頭を浸す水も「真理の水」と言えるような性質を持っているのだろうか? ここにある覚醒や正気の水のその神聖な冷ややかさの正体は何なのだろう? それはニーチェが「真理の水」と言うときに感じていたものと共通するものではないのだろうか?

 ここでは問題を提起しておくだけにとどめよう。最後に上記の『ツァラトゥストラ』のドイツ語の原文を紹介しておく。

> Nicht, wenn die Wahrheit schmutzig ist, sondern wenn sie seicht ist, steigt der Erkennnende ungern in ihr Wasser.

「真理の水」は「ihr Wasser」であり、「ihr」が「真理」を受けるのは疑問の余地もないが、しかしこうして「ihr Wasser」と「ihr」を所有冠詞として使う使い方には、読み込むべきところがあるだろう。真理が持ち場としている場所をニーチェは「水」と名指しているのだろうか? そういういわば(ニュートラルで)「冷ややかな場所」なのだと。とすればヘルダーリンの白鳥が頭を浸す水と、共通性を感じておくことができるだろう。




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《1883年2月13日---『ツァラトゥストラ』の誕生》

2017/02/14 23:13
瀬谷こけし


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写真はジェノヴァから東の半島を遠望。この半島の東端がおそらくポルト・フィーノで、半島の東側付け根の湾がラパッロ)

 ニーチェとルー(フォン・ザロメ)がタウテンブルクに滞在していた1882年8月13日から6か月が経っていた。この日二ーチェは『ツアラトゥストラはこう語った』第一部を完成させた。書き始めたのは2月3日だったという。10日間で書き上げたのだ。書き上げたのはイタリアのラパッロ(Rapallo)だった。
 去年の8月、彼らがタウテンブルクに滞在していた時期に、わたしはタウテンブルクで4泊したのだったが、その日からニーチェがたどった凄まじい6か月の苦悩をわたしは十分たどれているわけではない。しかしわたしにも6か月は流れた。
 第一部の最終節「贈り与える徳」は多分この13日に書かれた。この日までニーチェにどれほど克服しなければならないものがあったかは、その間の手紙を読めばいくらかはつかめる。もっともその後のライプツィッヒでの出来事がどのようなものであったかはほとんどわからないのではあるが。ともあれ、「贈り与える徳」を書いたとき、ニーチェは何かを克服していた。「老いた女と若い女」も一見(ルーとの関係を)克服して書かれたもののように見えるが、実際は何も克服していないだろう。ただ、レーやエリザベトの語りから解釈していた虚偽に満ちたルーの像の、その虚偽の部分はすっきりとそぎ落とされて、軽蔑すべからざるルーの真の像は間違いなくはっきりと掴めるようになっていたのだ。紛らわしい情報の山の中からルーの首尾一貫性を読み取ろうとして、真のルーの像に達したニーチェの精神力には実に感心すべきものがある。
 その克服の後に書けるようになったのがこの『ツァラトゥストラ』だったのだ。



ツァラトゥストラは こう言った 上 (岩波文庫)
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《ヘルダーリンの「生の半ば」》

2017/02/08 03:18
瀬谷こけし


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 わたしが30歳ぐらいのことだったと思う。生協の食堂で上田閑照先生をみつけて、少し話したことがある。わたしは最近ヘルダーリンの「Hälfte des Lebens」を読んで考えていると言ったつもりだったのだが、わたしは「Hälfte」の発音に自信がなく、よく通じないようだったので、ヘルダーリンの「命の半ば」を読んで考えていると言いなおしたのだった。
 先生は、人生の半ばを過ぎると、後は衰えてゆくばかりだ、という感慨を語られた。主に体力的なことを言っておられたようだが、また気力の衰えのようなことも含めて言ってらっしゃるように感じた。先生はわたしより二回り年上なので、そのころ55歳ぐらいだったことになる。それからのお仕事ぶりを拝見すれば、衰えどころか、さらに明晰に西田哲学の、あるいは禅の、本質を語ってゆかれるところにさしかかっていらしたはずだ。いわば命の半ば、命の頂点に到達されていたように思う。
 今わたしは再びヘルダーリンの「Hälfte des Lebens(生の半ば)」について少し論じたいと思っている。それはその詩の中の「heilichnüchternes Wasser」にこだわりたいからだ。この「heilichnüchternes Wasser」の中には「聖なる夜」というべきものがあって、それはアポロン的なものとディオニュソス的なものの両方を含むものではないか、と思うからだ。そしてそれはニーチェが「アポロン的なもの」「ディオニュソス的なもの」と概念化するとき取り逃がしていたものではないかと思えるからだ。あるいは言い換えれば、ヘルダーリンの言う詩人=バッコスの司祭とは、聖なる夜の覚醒的な本質を保ち続ける者のことではないかと思えるからだ。それはニーチェの語る「Rausch(陶酔)」とは微妙に違う。大変デリケートな概念化が要求されるが、それをやってゆきたい。




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《大きな遺産を相続すること》

2016/12/08 00:30
瀬谷こけし

ワイマールの野
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 ゲーテは、この世で画期的な仕事をするためには大きな遺産相続をする事(eine große Erbschaft zu tun)が必要だと言う。ナポレオンはフランス革命を、フリードリッヒ大帝はシュレージエンの戦役を、ルターは坊主どもの無知を、そして自分はニュートン説の誤謬を課せられ、継いでいると言う。(1824年5月2日、kindle版訳参照)
 この伝で言えば、わたしはニーチェの神の死を課せられ、継ぎ、そしてシュトックハウゼンの直観音楽を継ごうとしている。---しかしそれを十分継げるのか? 特に後者はまだ十分に継げていない。





ゲーテとの対話(上)
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2015-03-22
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

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タイトル 日 時
《トム・シュルツさんから詩を献呈していただいた》
《トム・シュルツさんから詩を献呈していただいた》 荷車(2016.8.19、タウテンブルクで) ...続きを見る

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2016/10/22 05:38
《タウテンブルクとニーチェの南国熱中時代 ――ニーチェ研究資料1882年(3)》
《タウテンブルクとニーチェの南国熱中時代 ――ニーチェ研究資料1882年(3)》 ニーチェが「パラダイス」と呼んだタウテンブルク その塔へと向かう道 ...続きを見る

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2016/10/07 20:36
《ナウムブルクのマリアの塔》
《ナウムブルクのマリアの塔》  ナウムブルクで現地時間の8月15日午後5時過ぎ、ニーチェ・ハウスを見終えて、その旧市街を包むような深い堀と壁が気になった。どうやら全体が高い壁で囲まれた閉鎖都市だったようだ。その壁がどこまで続くものかが気になって、宿の近くのマリアの塔の裏側も見てみた。はっきりはわからないもののこのマリアの塔の壁面もその閉鎖壁の一部で北東の角にあたるようだ。町の東側北の壁にはマリーエンマウアーという名がついている。ちなみに旧市内の南東内側に位置するニーチェハウスは、ヤーコ... ...続きを見る

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2016/09/11 06:56
《ニーチェ研究資料1883年(1)−ロバの歩み》
《ニーチェ研究資料1883年(1)−ロバの歩み》 ナウムブルクのニーチェハウス このときニーチェはジスル=マリーア、妹エリザベトはナウムブルク ...続きを見る

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2016/09/06 17:00
《ゲストハウス[Zur Tautenburg] 最後の夜》
《ゲストハウス[Zur Tautenburg] 最後の夜》  タウテンブルク滞在の最後の夜、その日は夕食を屋外でとった。気持ちがよいのでそうしたのだが、この晩はやや曇り気味で、星も一つしか見えなかった。タウテンブルクは知る人も知るヨーロッパ最大の望遠鏡(ツァイス製の2mの反射望遠鏡)のある場所で、ヨーロッパの各地から天文学の研究のためここに滞在してゆく人がいるという。それほどに空のきれいなところ、空気のきれいなところなのだ。 ...続きを見る

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2016/09/02 13:42
《ライプツィッヒ・アウエルンシュトラーセ 26》
《ライプツィッヒ・アウエルンシュトラーセ 26》 《Auenstraße 26》 ...続きを見る

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2016/08/27 17:27
《ニーチェが死んだ》
《ニーチェが死んだ》  8月23日、ワイマールのニーチェ・アルヒーフに行った。あまり色々なものはないところだという印象だった。ニーチェの死後の出来事にわたしはあまり興味がない。  展示室に『ニーチェ・クロニーク』という本が置いてあった。最近の研究者ならだれでもが座右に置いている本ではないかと思うが、わたしは持っていない。見せてもらってその死に近い日々を読んでいた。館のおばさんに「今日8月23日はニーチェが最後の処方箋を書いてもらった日ですね?」と尋ねた。「Rezept」の語を繰り返さ... ...続きを見る

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2016/08/24 10:06
《タウテンブルクへの旅が終わった》
《タウテンブルクへの旅が終わった》  朝10時57分の電車でドルンブルクの駅を発ったところで私のタウテンブルクへの旅は終わった。1882年といえば134年前ということになるが、その年の8月26日にルー・ザロメもまたドルンブルクの駅を去り、その翌日にはニーチェもここを発った。彼らにとっては、この先にまだつながっている共同研究の企画があった。それを台無しにしたのは嫉妬に駆られて手が付けられなくなったパウル・レーだった。そのころのレーの手紙は、幼稚で、どうしようもない。ああいう手紙を見れば、ルーの心もレーから決定的に離れるだろう... ...続きを見る

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2016/08/21 04:23
《城山の風》
《城山の風》 (写真の中央に見える建物の位置に1882年8月14日にニーチェとルーが入ったレストランがあった; シャウマン教授のご教示) ...続きを見る

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2016/08/20 06:44
《ニーチェ》
《ニーチェ》  ナウムブルクに行ったのは、ニーチェが少年時代を過ごした場所を、そしていわゆる精神錯乱後に母親に心づくしのいたわりを受けながら過ごした場所を見て、そして感じておきたかったからだ。大都会ではなく、あの巨大なドームがあり、かつまたヒルデブラントのオルガンのあるヴェンツェル教会のある特別な環境のまさにその中で成長した人間として見ておきたかったし、またいわゆる狂気におちいったあとのほんとの姿はどんなものだったかを、考えるきっかけがほしかったからだ。幸い、「ニー... ...続きを見る

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2016/08/17 07:17
《カラヴァッジョ》
《カラヴァッジョ》  イタリア人アンジェロ・ロンゴーニ監督のこの『カラバッジョ』は、あのイギリス人の監督作品よりはるかに面白い。カラバッジョの時代の権力状況の追跡が相当行き届いているし(例えばジョルダーノ・ブルーノの処刑シーンを見つめるカラヴァッジョやマルタ騎士団のローマ社会における位置も適切であるように思う)、しかしそれ以上に、芸術家の生き方の本質をきちんと描いていると思う。それはニーチェ風に言えば一本の矢、あるいは一本の槍というようなことだ。彼の場合には光と物との関係の最もデリケートなと... ...続きを見る

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2016/07/18 01:47
《水汲み》
《水汲み》  一昨日(7月14日)水汲みに行った。ほんとは花背峠で水を汲んで、それから久しぶりに大見尾根を歩いてみようと思ったのだが、途中鞍馬にかかるころから雨が降り出した。せっかくの水汲みの水に降り出しの雨が混じるのはいやだったので、水汲みはもっと奥の芹生へ行くことにした。そして大見尾根歩きはあきらめた。水汲みはわたしにとって、コーヒーを淹れるための水として、そして米を研ぐときの最初の水として、蓄えがなくなる前に必ず行くことにしている。米はこうして研ぐと、水道水... ...続きを見る

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2016/07/17 00:44
 《『ニーチェの馬』---これは一体どこの生活習慣?》
 《『ニーチェの馬』---これは一体どこの生活習慣?》  この『サクリファイス』(タルコフスキー)の二番煎じのような映画をわたしは好まない。2011年ハンガリーの作品。監督はタル・ベーラという。第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作品だという。国際批評家連盟賞も受賞しており、いわば鳴り物入りで評論家たちの頭の中をかけまわっている映画だ。しかし少しも面白くない。   しかし見るところがないわけではない。例えば馬の横に轅をつなぐ馬車の繋ぎ方。馬小屋の扉の作り。荷馬車小屋の作りと格納及び引き出しのやり方。毎食ゆでたジャガイモ一つだけの食事、そういった... ...続きを見る

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2016/06/10 23:05
《メッシーナ・オレンジ》
《メッシーナ・オレンジ》  1882年4月20日づけの手紙の中でパウル・レーはニーチェに次のように書いている。  「親愛なるメッシーナ男へ!   いとも美しく、樹液豊かで、よく整地されたメッシーナ・オレンジの畑よ、万歳! そしてそこのオレンジの木々が落とすただひとつの影の面が、実在しますように! そんなことがありうるんだね! 大兄はこの行動でなによりもあの若いロシア女性をびっくりさせ、悩ませてしまった。というのも彼女は大兄に会って、話をしたくてうずうずしていたんです。それで、彼女はジェノヴァ経由で... ...続きを見る

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2016/04/08 20:39
 《ジェノヴァ1》
 《ジェノヴァ1》  ニーチェはどうしてジェノヴァから、突然メッシーナに向かったのか? この海の写真を見ていると、その答えがなんとなく見えてくる気がする。シチリアはまっすぐこの先にある、という感覚。試してみたくなる気持ち。  そこにもう一つ、コロンブスから学んだ冒険への意志。  そうしたものではないのか? ...続きを見る

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2016/03/26 02:30
《ポルヴェリエラ通り6番》
《ポルヴェリエラ通り6番》 《ポルヴェリエラ通り6番》  午前中で、明日からのシチリア行きの飛行機と宿の手配ができたので、午後からあのマルヴィーダ・フォン・マイゼンブーク女史の住居のあったポルヴェリエラ通り6番の地を探しに出かけた。一昨日とは違う通りを通ったので、「明日香村」は通れず、少し道に迷った。今どこにいるかを確認するのが、いつも難しい。ある広場のベンチに腰掛けて、地図を開けて確かめ始めると、隣に座っていた女性が「ツーリストで道を探しているのが」と(たぶん英語で)声をかけてくれた。ここに行きたいのだと、「Tou... ...続きを見る

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2016/03/01 14:56
《マルヴィーダがコモ湖への旅で考えたこと》
《マルヴィーダがコモ湖への旅で考えたこと》  1876年6月3日、イタリア北部のコモ湖で、朝8時から四時間の湖上遊覧を楽しんだ後、マルヴィーダ・フォン・マイゼンブークはその日の手紙で若い友人パウル・レーに次のような考えを語っている。この手紙からはマルヴィーダの、沈着冷静に世のすべて、ひとの活動のすべてに眼差しを注いでいる姿がとてもよく伝わってくる。この彼女の意見は今日でも有効なものだ思う。私がふと思うのは、都会の中にも静安の場所というところもあって、創造的な思索のためにはそういう場所が必要ではないかということだ。私にと... ...続きを見る

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2016/01/15 03:20
《フリードリッヒ・ニーチェの永遠回帰の思想》
《フリードリッヒ・ニーチェの永遠回帰の思想》  昨日今日と(やっとつける時間がとれて)「哲学」のスクーリングのレポートを採点していたが、今回は、永遠回帰の思想の恐ろしさを、如実に感じたということを示してくれたレポートが何通かあった。こんなことは私が記憶する限り初めてのことだ。だからそれについて、その恐ろしさについて、きちんと書いておきたいと思っている。そのほんとうの恐ろしさ---それを多分ピエール・クロソウスキーも誤解している。それは自らの「死」から「次のおなじ生への回帰」までの時間経過の問題なのだが。クロソウスキー... ...続きを見る

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2015/07/06 21:03
《ニーチェから賢治へ ---献身と計算》 レジュメ--- 退任特別講義「哲学の時」
《ニーチェから賢治へ ---献身と計算》 レジュメ--- 退任特別講義「哲学の時」 《ニーチェから賢治へ ---献身と計算》 レジュメ 退任特別講義「哲学の時」 2015年3月21日 京都造形芸術大学人間館NA412 ...続きを見る

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2015/03/21 09:25
《ニーチェから賢治へ 資料5 補足『ツァラトゥストラ』》
《ニーチェから賢治へ 資料5 補足『ツァラトゥストラ』》 ○Zar,IV, Der hässlichste Mensch(『ツァラトゥストラ』IV、「最も醜い人間」 > Aber er musste sterben: er sah mit Augen, welche Alles sahn, --- er sah des Menschen Tiefen und Gründe, alle seine verhehlte Schmach und Hässlichkeit. [...] > Der Gott, de... ...続きを見る

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2015/03/21 08:58
《ニーチェから賢治へ 資料3 ---間奏曲:ポトラッチ》
《ニーチェから賢治へ 資料3 ---間奏曲:ポトラッチ》  文化人類学事典はポトラッチ(potlatch)についてその通常の意味を次の様に説明している。 ...続きを見る

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2015/03/19 14:14
《ニーチェから賢治へ 資料2 ---ニーチェとルーの聖なる遊び:生への献身》
《ニーチェから賢治へ 資料2 ---ニーチェとルーの聖なる遊び:生への献身》 ◇ところでニーチェが遺した彼の考案になる聖なる遊びは何だったのだろう? 文章においても、そうしたものを幾つか上げることができるが、彼が作曲した《生への讃歌》(Hymnus an das Leben)はその最上のものの一つとみなせる。それについて数年後彼はこう語っている。 ...続きを見る

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2015/03/17 00:32
《ニーチェから賢治へ 資料1補足「余談」 ---神の死:危険な開口部が生れた》
《ニーチェから賢治へ 資料1補足「余談」 ---神の死:危険な開口部が生れた》   余談 ...続きを見る

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2015/03/16 01:14
《ニーチェから賢治へ 資料1 ---時代と課題》
《ニーチェから賢治へ 資料1 ---時代と課題》 ○山中智恵子『みずかありなむ』「会明」 >膚(はだへ)立つ杉の深処(ふかど)に神をみず 金山毘古(かなやまびこ)は嘔吐(たぐり)の神ぞ ...続きを見る

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2015/03/10 20:52
《半歩先、一歩先、もっと先》
《半歩先、一歩先、もっと先》  世の中、半歩先のことを言う人は感心され、尊敬される。半歩先を言うためには、すでに言われていることを器用にアレンジするだけでよいのだ。だがほんとうに一歩先のことを言うと排斥され、侮蔑され、石を投げられる。真実には必ず本質的に耳に痛いことが含まれているからだ。変わらなければならない、というメッセージがあるからだ。そしてさらに二三歩先のことになると、あまり排斥されないのだが、そもそも何も理解されない。何を言っているか分からないから、排斥もされずまともに相手にもされない。神が死んだというメッセージ... ...続きを見る

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2015/01/04 13:21
《善悪の彼岸》
《善悪の彼岸》 [AL DI LA' DEL BENE E DEL MALE]を観た。リリアナ・カヴァーニのフィルム。イタリア語が分からないので細かいことは分からないが(日本語字幕もない)、最後がルーもまたモンテ・サクロの思い出を奮えるように美しい瞬間として思い出しているという終り方はいい。最後に馬車に同乗している青年はリルケか? 恋は十年。いのちを滅ぼす。  いや、少し違う。むしろ十年のいのちを(=時を)与える。 ...続きを見る

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2014/12/14 21:44
《ヘッセの詩:「眠りにつこうとして」》(Beim Schlafengehen)
《ヘッセの詩:「眠りにつこうとして」》(Beim Schlafengehen) Beim Schlafengehen Hermann Hesse ...続きを見る

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2014/07/26 10:42
哲学コラム5  神の視線と草木虫魚
哲学コラム5  神の視線と草木虫魚  「哲学」の講義では、毎年ニーチェの「神の死」の概念を語るために『悦ばしい知識』の序文の次の語りを紹介している。 ...続きを見る

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2013/11/14 20:00
秋の日
秋の日  昨日は久しぶりの休日だった。たいしたことをしていない。「ふたばや」が休業日らしく閉まっていたために、予定が狂った。それで市原野に行った。---透明で穏やかな秋の日差し。どこかで「あと二日の南国のような日差しを彼らに与えて下さい」というリルケの言葉がひびく。ルー・ザロメとJ.H.マッケイ(「モルゲン」の作詞者)の間に交流があることを知ったのは、ルーの『回想録』の中でだった。ニーチェとR.シュトラウスをつなぐ糸の一つだ。「モルゲン」の中にはニーチェの本質的な影が落ちていないか? とりわけその"... ...続きを見る

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2013/09/18 14:24
間違った選択をしたと
間違った選択をしたと 考えるカミキリムシ (ラミーカミキリ) ...続きを見る

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2013/06/02 22:56
ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)の紹介2  "O Let Me Weep"
ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)の紹介2  "O Let Me Weep" パーセルで二番目に紹介するのはこれ。 ピナ・バウシュの《Café Müller》の意味もこの曲から考えるべきではないかと思う。 これにデリダの「すべての他者はまったき他者だ」という命題を付加すると、古い神は死んだ、これからは我々自身が神々にならねばならない、というニーチェの思想が読み解けるようになるでしょう。 ...続きを見る

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2013/05/31 03:19
《ノルウェーの幻想》--1.Fandango
《ノルウェーの幻想》--1.Fandango  「ノルウェーの幻想」というか、"fantaisie norvésienne" をあてもなくまとめてみようというシリーズ。村上春樹の『〜の森』を源にしている、と言っておこう。---実際には、スペイン風の舞曲やら勧進帳やら、あたりかまわずの寄せ集めの感が強いが、ニーチェに倣っていうなら、汝の足下にあるのは地獄(Hölle)ではない、というメッセージをイメージにしたものだ。あるいは、地獄ですらない、と言うべきか。  初回はロドリーゴとカルロス・ボーネルに敬意を表して"F... ...続きを見る

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2013/05/17 09:29
《生への讃歌》 拙訳つき
《生への讃歌》 拙訳つき  フリードリッヒ・ニーチェ作曲、ルー・ザロメ作詞の《生への讃歌》(Hymnus an das Leben)の、楽譜上の文字テキストを起したものと、その拙訳を紹介します。併せて参考に、ルー・ザロメの《生への祈り》(Lebensgebet)のドイツ語テキスト(『回想録』のもの)と、その市販訳本日本語訳と拙訳を紹介します。  誤りを含め、お気付きの点があればお知らせいただければ幸いです。 ...続きを見る

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2013/05/09 12:51
《初夏の野の草の色》
《初夏の野の草の色》  いつもの市原の野。しばらく行ってなかったが。 ...続きを見る

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2013/05/08 00:08
ニーチェのビゼー論(2)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)
ニーチェのビゼー論(2)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)  昨日の夜から喉風邪を引いて、何もまともに考えることが出来ない。単純作業として、ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 (注、ニーチェがここで語っているのは、ヴァグナーの音楽ではなく、ビゼーのカルメンのこと。誤解ないように) ...続きを見る

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2013/04/24 22:36
ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)
ニーチェのビゼー論(1)(『ヴァ-―グナーの場合』抜き書き)  ニーチェの『ヴァーグナーの場合』(原佑訳、ちくま学芸文庫)からの抜き書き、他。 ...続きを見る

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2013/04/23 02:35
近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から
近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から  ニーチェのこの近代の本質の捉え方は重要だ。とりわけわれわれがこの克服のためにどのような方途を取りうるのかを考えるために。無差異的な自然回帰などではないのだ。 ...続きを見る

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2013/04/11 03:12
《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)
《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)  ルー・ザロメ/ニーチェの《生への讃歌》ないしは《生への祈り》を「友情への讃歌」と解釈する人間がいる。それが誰かを正確には知らないが、そのタイトルの曲を演奏しているのはJOHN BELL YOUNGだ。よい演奏だと思う。  だがそれ以上に、このタイトル《友情への讃歌》(HYMNUS AN DIE FREUNDSCHAFT)という翻案には、一層すばらしい着想があるように思う。少なくとも、ルーが自作の詩「生への祈り」で言おうとしている「生」は、ほぼ友情に近いものに思えるからだ。このことについて... ...続きを見る

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2013/04/07 23:55
ビゼーの《カルメン》--ニーチェの『ワグナーの場合』を読むために
ビゼーの《カルメン》--ニーチェの『ワグナーの場合』を読むために  まずは最終場面のドンホセがカルメンを自らの手で殺すところから: http://www.youtube.com/watch?v=BJpTzRG1D30&feature=share&list=PL4FEAF05D7E2B4AD9 ...続きを見る

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2013/04/05 03:03
フリードリッヒ・ニーチェの《クリスマスオラトリオ序奏》
フリードリッヒ・ニーチェの《クリスマスオラトリオ序奏》 演奏: http://youtu.be/GPX8xBp7rJI ...続きを見る

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2013/04/04 02:35
ルー・ザロメの《生への祈り》 拙訳--(《生への讃歌》7)
Lou Saloméの>  ルー・ザロメ(Lou Salomé)の《生の祈り》(Lebensgebet)の原文と拙訳を示し、若干の解説をする。まずはルーのテキストから。典拠とするテキストは、Lou Andreas-Salomé, Lebensrückblick, Verlag tredition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

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2013/03/25 23:20
ニーチェのインスピレーションとリズム2(『この人を見よ』)
 ニーチェが自分のインスピレーション体験について記している『この人を見よ』「ツァラトゥストラ」3は、ニーチェの文章の中でも破天荒なことこの上なく、ドイツ語としてぎりぎりまでメチャクチャに近い文章だと思う。といっても、ぎりぎりの約束ごとは守られており、読めないドイツ語ではないのだが、省略、飛躍に満ちみちていて、解読も解説も容易でない。先に川原栄峰の日本語訳を紹介したが、これはこれで訳として立派なものだと思うのである。今問題にしようと思っている箇所を、再び引用しよう。今度はドイツ語を先にして。 ... ...続きを見る

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2013/03/19 02:38
ニーチェのインスピレーションとリズム(『この人を見よ』)
 ニーチェは『この人を見よ』の中で、自分のインスピレーションの経験を記しているが、これは直観音楽の演奏と非常深く共通し、示唆多く、そして重要なテキストだ。広く紹介しておきたい。  まずは、「リズム的な諸関係の本能」と呼んでいるものについて。 ...続きを見る

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2013/03/18 01:35
生の全体性 ルー・ザロメ『回想録』のエピグラフから
 ルー・アンドレアス-ザロメの『回想録』のエピグラフを訳し、紹介したい。  まずドイツ語から。 ...続きを見る

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2013/03/13 20:39
《生への讃歌》6 検討2 --<<Raetselleben(謎の生)>>とエロス
検討2 &gt;  本来ならルー・ザロメの《生の祈り》(Lebensgebet)の拙訳を試訳としてでも示すべきなのだが、おそらくルー自身が特別な創意によって作った合成語について、多少面倒でも検討をしておかなければならないので、今回も「検討」を中心にする。基本にするテキストは、Lou Andreas-Salom&eacute;, Lebensr&uuml;ckblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

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2013/03/12 15:24
《生への讃歌》5 検討1 <<Lebensgebet(生の祈り)>>
 ルー・ザロメの『回想録』(Lebensr&uuml;ckblick)の中の&gt;(生の祈り)という詩について検討する。その際典拠とするのは、Lou Andreas-Salom&eacute;, Lebensr&uuml;ckblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。 ...続きを見る

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2013/03/11 22:45
《生への讃歌》4 『神をめぐる闘い』の中の《生の祈り》
 ルー・ザロメは1885年の著作『神をめぐる闘い』(Im Kampf um Gott …)の第五章の終わりの所で、&gt;(生の祈り)というタイトルの詩を紹介している。これは、彼女が晩年『回想録』の中で提示している同名の詩とかなり違っていて、むしろニーチェが作曲した&gt;(生への讃歌)の歌詞と非常に近いものだ。便宜のためにまずその詩を紹介しておく。 ...続きを見る

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2013/03/11 03:38
《生への讃歌》3 ルー・ザロメの《生の祈り》と《生への讃歌》
 ルー・ザロメの『回想録』(Lebensr&uuml;ckblick)から&gt;&gt;Lebensgebet&gt;Hyumnus an das Leben&gt;LebensgebetLebensgebet ...続きを見る

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2013/03/05 23:52
《生への讃歌》2 --ルー・ザロメの『ニーチェ 人と作品』から
 やはりはじめにドイツ語を上げておく。 > Je h&ouml;her er sich, als Philosoph, zur vollen Exaltation der Lebensverherrlichung erhob, je tiefer litt er, als Menschen, unter seiner eigenen Lebenslehre. Dieser Seelenkampf, die wahre Quelle seiner ganzen letzt... ...続きを見る

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2013/03/04 02:10
《昨日の月と夕日--- 大学から》
 この月が満月になると小正月。だが小正月には何をするのか?  昔であれば一年の予祝行事だろう。  この時代、この年には、何をすればよいのか? 歳神さまに期待できる何があるというのか?  戦争の愚を避けてほしいということ? 多国籍巨大企業のなすがままにされる国にしないこと(TPP他)? どうも、歳神さまはあんまり本気で考えてくれそうにない。  では何をすればよいのか、小正月には? ...続きを見る

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2013/02/22 11:24
『この人を見よ』の中の《生への讃歌》について
 ニーチェの『この人を見よ』の中の《生への讃歌》についての記述を紹介しておく。はじめにドイツ語で。 ...続きを見る

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2013/02/20 01:57
生への讃歌
 「生への讃歌」のテキストを紹介しておきます。意外とこのテキストは手に入れにくいものだと思います。原典はライプツィヒのフリッチュ社から発行された楽譜です。今は注釈も、日本語訳もつけずに、原典の紹介を旨とします。役立てていただければ幸いです。 なお全体を一度見直しましたが、まだ誤りがあるかもしれません。お気付きの方はご指摘いただければ幸いです。 ...続きを見る

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2013/02/10 02:08
神の死について考えるために(1)
 神の死について考えたい。しかし、問題を明確にしておかなければならない。神も、神々も、それをわがものとする力に応じて多様であり、神の死も神々の死も、同じく多様である。だが神の死の問題として重要なことは多くない。それは、ある決定的な歴史の分岐、ないしは切断の点として、重要なのである。神の死によって死んだもの、それはまず第一に人間のある種のメンタリティーであり、神の生を前提にして支えられていた関係の有り様である。  はじめにニーチェを取り上げるべきであるが、彼が神の死について語っていることは、... ...続きを見る

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2013/02/10 00:16
ホイットニー・ヒューストン もう一度
 歌詞(Lyrics)つきの映像が見つかったので再録。歌詞はわたしが買ったCDにも付いていたはずなのだが、車の中に置いているうちに、ケースが壊れて、紛失してしまった。 ...続きを見る

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2012/07/23 01:33
無縁のひとはたとへ…
 伊東静雄の詩の一行だが。 ...続きを見る

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2012/07/22 13:00
『笈の小文』(芭蕉)の芸術論を確認しておこう
芭蕉の『笈の小文』の芸術論を確認しておこう。 ...続きを見る

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2012/05/29 09:52
戦わないこと(四) 「わたしは生かされている」 FW. 276.  ――「ニーチェ探検」(2−4)
この『悦ばしい知識』(Die Fr&ouml;liche Wissenschaft) 276のアフォリズムからもうひとつ引いておこう。 ...続きを見る

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2012/04/19 22:48
ナウシカアの別れの言葉
>「ではお客様、御機嫌よう、国へお帰りになっても、いつかまたわたくしのことを思い出して下さい、誰よりも先にあなたの命をお助けした御縁があるのですから」。 (『オデュッセイア』第8歌、松平千秋訳、岩波文庫) ...続きを見る

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2010/11/07 05:01
ニーチェの言葉---高山樗牛の原典
次は高山樗牛の言った言葉だそうだ。 ...続きを見る

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2010/10/05 20:46
「森の聖者」 "Einsiedler", "Zweisiedler"(ツァラ・ゼミ14)
新年度の「ツァラトゥストラ・ゼミ」が始まってもう数回目になる。ここで前々から書いておきたいと思っていた序説2の「森の聖者」のことを記しておく。ちなみに表題の中の”Zweisiedler”の言葉は『ツァラトゥストラ』第4部に出てくる。 ...続きを見る

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2009/06/01 13:34
「超人」の教えは「大いなる軽蔑」を含む (ツァラ・ゼミ13)
京都造形芸術大学(通学部)の「総合演習・ツァラトゥストラを読む」の授業が昨日で終わった。演習で学生たちと議論を交わしていると、どんな風な語りをすれば話が通じやすくなるか、問題が共有されるようになるかということが少しずつわかってきて、わたしにとってもおおいに勉強になる。もちろん、『ツァラトゥストラはこう言った』の中でニーチェが何を言っているか、何を語っているかを読み解く授業であるから、「語りかた」といっても、テキストを離れた議論ではない。テキストのここのところをきちんとアクセントをつけて読めば... ...続きを見る

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2008/07/23 09:29
山田晶先生からいただいた一通の手紙
 山田晶先生から一度お手紙をいただいたことがある。一九九七年のことだ。拙著『ニーチェから宮沢賢治へ』をお届けさせていただいた、そのご返事としてである。わたしはそのお手紙にずっと励まされてきた。以下その文面を紹介させていただきたい(上はそのコピーである)。 ...続きを見る

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2008/06/30 21:36
わたしは人間を愛しているのです (ツァラ・ゼミ 10)
わたしは人間を愛しているのです (ツァラトゥストラ・ゼミナール10) ...続きを見る

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2008/05/21 00:09
カッコを付け直してみる (ツァラ・ゼミ 9)
先に「ツァラ・ゼミ 5」 http://25237720.at.webry.info/200711/article_14.html で語ったことだが、ここで議論をもう少し分かりやすくしておこう。 『ツァラトゥストラはこう言った(上)』(岩波文庫、2006年7月5日、第63刷)の中で、氷上英廣氏は次のような訳を示している。 ...続きを見る

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2008/05/20 00:26
Ein Buch fuer Alle und Keinen (ツァラ・ゼミ8)
ツァラ・ゼミを再開する。こういう仕事もついでの時間がないとできないのだが、さいわい京都造形芸術大学で「ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』を読む」という授業をさせてもらえることになったので、これを機会に『ツァラトゥストラ』の読解を進めさせてもらう。授業は日本語訳を出発点にして読み進めてゆくのだが、それでも当然内容をきちんと検討するためにはドイツ語の原文に戻って点検しなければならない。このブログでは、前と同じように、論を進めてゆく。日本語がわかれば論旨は理解ができるようにするが、その論証... ...続きを見る

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2008/04/17 20:45
隠れたところでわたしを見る神 ニーチェ対デリダ2
(承前) デリダはこう言っている。マタイ伝6-6の「隠れたところで見ておられる父は……」(共同訳)を註釈して語っているところにおいてである。(ちなみに邦訳『死を与える』ちくま文庫p.186の「in absconditio」は「in abscondito」の誤り。また、"abscondito"は対格ではなく奪格なので、それを「隠れたことを見ておられる」とする訳も誤りであろう) ...続きを見る

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2008/02/28 22:45
距離のパトス ニーチェ対デリダ1
(承前) われわれはここでひとつニーチェを紹介しておかなければならない。「距離のパトス」(Pathos der Distanz)。この概念である。われわれは「距離」の感情をもって関係し合うのである。そして「絶対的な隔たり」(デリダの「まったき他者」"tout autre")とはいつも錯覚であり、妄想であり、あるいは便宜であり、実用的のための道具である。 ...続きを見る

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2008/02/27 00:13
「きみたち」(lasst !):ニーチェの代名詞の技法 (ツァラ・ゼミ 7)
 今日(2008/1/11)の授業で初めて気がついたことがある。思想としてさほど重要なことではないのだが。テクニックとして、技法として、やはり見逃せない。  それは"nun lasst uns ihn auch sehen!"の"lasst"だ。  氷上英廣さんはそこをこう訳している:「さあ、実際にやって見せてくれ!」だ。この訳だと氷上さんもそれに気づいているかよくわからない。ちなみにそこのところ吉沢伝三郎氏(ちくま学芸文庫)の訳は「今度はわれわれに綱渡り師を実際に見せてくれ!」であり、... ...続きを見る

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2008/01/14 20:13
ニーチェ論の余白に
子供たちに時には美味しいものを食べさせてやりたい。わたしにはこれが非常に大きな喜びだ。そして肉は美味しい。旧石器時代の男たちもそういう喜びを感じながら獣を捕え、倒していたのだろう。  そのことを肯定できない人は、自分がこの世に生きていることも肯定できないだろう。 ...続きを見る

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2008/01/09 21:38
いきなり超人 (ツァラ・ゼミ 6)
 今回は少し飛んで序説の3の方を見てみよう。とはいえとりあえず序説の2が「この年老いた聖者は自分の森の中にいてまだそのことについて何も聞いていないのだ、つまり神が死んでいるということについて」という容易ならぬ言葉で終わっていることだけは確認しておく。 ...続きを見る

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2007/12/05 03:11
「ツァラトゥストラ」と「あなた」 (ツァラ・ゼミ 5)
 『ツァラトゥストラはこう言った』の序説2でわたしが悩むのは人称代名詞の問題だ。こんな悩みは並外れていて、どうにも共感しにくいものかもしれないが、『ツァラトゥストラ』を舐めるように読んでゆくと、どうしても気にならざるをえないことなのだ。  ところで、後半の「われわれ」が誰のことなのかというのが問題になるのは当然のことで、わたしも次に考えたいと思うのだが、わたしとしてはそれ以前に悩んでしまうところがあるのだ。その箇所をはじめに氷上英廣さんの訳で紹介しておく。 ...続きを見る

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2007/11/22 22:46
ツァラトゥストラは変身し…… テキストの紹介 (ツァラ・ゼミ 4)
 『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の2でニーチェがツァラトゥストラの「変身」について語っているところのテキストを紹介しておきます。 ...続きを見る

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2007/11/22 00:37
ツァラトゥストラは子どもになった 交流とは変身すること? (ツァラ・ゼミ 3)
交流というのは、結局のところ、国際交流も、動物や植物との交流もふくめて、相手にむかって、成ること(werden, devenir)、変身すること(sich verwandeln)、ではないのか?  ...続きを見る

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2007/11/21 22:21
ツァラトゥストラの「祝福」(segnen) それは贈与か交換か肯定か? (ツァラ・ゼミ 2)
『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の1はニーチェ的な贈与の問題を語っている。そのエッセンスを捉えてみよう。 ...続きを見る

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2007/11/11 12:47
ツァラトゥストラはふたたび人間になろうと欲している (ツァラ・ゼミ 1)
『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の1の最後に、こんな言葉があった。 ...続きを見る

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2007/10/26 04:23
愚人 …… Verschwender mit tausend Haenden
愚人 Verschwender mit tausend H&auml;nden ...続きを見る

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2007/08/17 13:40

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