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みんなの「ニーチェ研究」ブログ


謹賀新年

2018/01/02 02:40

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 昨年は長年訪れたいと思っていたシルス・マリーアに行き、「ニーチェ石」をはじめ数日間辺りの気候風土人情に触れてきました。「ニーチェ思想石」では、12時の鐘の歌を音読し、ニーチェの声のようなものを聴きました。これで一昨年のローマのサンピエトロ聖堂から始まって、メッシーナ、ジェノヴァ、ヴェネチア、オルタのモンテ・サクロ、ベルリン、ナウムブルク、イエーナ、タウテンブルク、ワイマール、ライプツィッヒなどをたどりニーチェの1882-83年の動きをおおよそ掴めるようになりました。これから『ツァラトウストラ』を読み抜いてゆきます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。  平成30年元旦
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《ニーチェ巨石》

2017/12/31 12:24
瀬谷こけし


Ein mächtiger pyramidal aufgethürmter Block


 この巨石の方が、ニーチェが永遠回帰の思想を感得したきっかけの岩塊に近いと思う。この巨石の位置は、二枚目の写真で写る滝との関係で把握できるだろう。
(写真15枚)


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Türm

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Türm
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シルヴァープラーナ湖 (der See von Silverplana)
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《強大なピラミッド型に積み上がったひとつの岩塊》

2017/12/31 04:36
瀬谷こけし


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"FRIEDRICH NIETZSCHEChronik in Bildern und Texten" (München 2000), S.492.


 「そのときそこでこの思想がわたしにやってきた」と『この人を見よ(Ecce Homo)』の中でニーチェが語るのは「あるピラミッド型に積み上がった強大な岩塊のかたわらにおいて」である。そこのところまず原典を紹介しよう。

>Ich gieng an jenem Tage am See Silvaplana duech die Wälder; bei einem mächtigen pyramidal aufgethürmten Block unweit Surlei machte ich Halt. Da kam mir dieser Gedanke.  (KSA, Bd.6 S.335)

寡聞にしてわたしはこのピラミッド型の岩塊 (Block) についてニーチェが他の箇所で語っているのを知らない。今日普通にこのニーチェの語る「ピラミッド型の岩塊」と見なされ、地元の地図にも「ニーチェ石」として紹介されているのは、シルヴァープラーナ湖畔に、水に洗われながら立つ高さ二メートル数十センチの、美しく均整のとれた、やや小ぶりの石である。この石はなによりも底面が正方形の、ほとんど正四角錐の形をしており、典型的なピラミッド型をしている点で、ニーチェの記述とぴったりと合う。結晶片岩のような石片の積み重なりによって形成されたようなところも「aufthürmenされた」という記述と適合していると言ってよく、この石をもってニーチェ言うの「ピラミッド型の岩塊」と見立てることにもまずは十分な理由があると言える。
 だがしかしこれはかなり小ぶりな岩で、「mächtig」(強大な)というニーチェの記述と少なからぬ違和感があるように思う。この岩には緻密に積み重なった印象があり、その緻密さの中に「mächtig」(力強い)な性格を読み取れないことはないと思うが、しかし例えばセーファー御嶽のような、「巨怪な岩塊」という印象はまったく受けない。いわばこけしのような、緻密でかわいらしい存在という印象なのである。果たしてこの石、いわゆる「ニーチェ石」が、『この人を見よ』の中で、『ツアラトゥストラはこう言った』の根本思想である永遠回帰の思想の感得と、密接に結びつけられた岩塊だとみなしてよいものなのだろうか? シューレイ(Surlei) のから遠からぬところにこの石よりも巨怪な印象を与えるピラミッド型の岩塊はないものなのだろうか? わたしは地元の何人かのひとに、『ニーチェクロニーク』(200年ミュンヘン/ウィーン)の中の一ページ(S.492)のコピーを示しながら尋ねた。ゴルヴァチ山ロープウェーの若い数名の職員は、これは中間駅から「パノラマ道」を歩いて行った途中の岩だと教えてくれた。わたしはどうやらその彼らが教えてくれた岩塊にたどり着くことができなかったようだが、ニーチェクロニークの中の1935年撮影の写真は、落下防止の木の柵がつけられ、湖水を数十メートル下に望む場所の巨怪な、歩道より少なくとも数メートル高い、頂上の三角に尖った岩塊に見えるものだった。わたしはもう一度この岩塊を探しに行かなければならないのではないだろうか。もしわたしがゴルヴァチ山の下山で疲れ果ててしまっていなければ、その翌日にその写真の岩塊を探すことができただろう。残念だが、ほんとうのニーチェのピラミッド岩塊に、わたしはまだたどり着けていないようだ。

===== 補説 2018.01.01 ==========

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写真A

ニーチェクロニーク掲載の写真について、一枚の参考写真を上げる(写真A)。これはわたしが2017年8月9日にいわゆる「ニーチェ石」を撮影した中の一枚だ。この写真にも背景に三つ尖りの山が見える。そして岩肌も全く同一と言える。とすれはわたしの写真と同じ線上で1メートルぐらいに視座を下げて撮ればクロニークの写真になるということだ。もし1935年当時湖水水面が一、ニメートル低く、そのために木の柵を設置していてとすれば、クロニークの写真はわたしの写真Aとほぼ同一のものになるだろう。つまり、ニーチェクロニーク掲載の写真はわたしの写真Aと同じく、いわゆるニーチェ石(Nietzschestein)を撮ったものだ。---わたしは、改めてクロニーク掲載の写真の石を探しに行く必要はないのだ。

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《ニーチェとピラミッド型の石塊》

2017/08/10 15:33
《ニーチェとピラミッド型の石塊》
瀬谷こけし


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 問題は割合簡単で、出発点になるのは『この人を見よ』の中の『ツァラトゥストラ』の誕生にかかわる次の説明だ。まずはその原文を紹介する。

> Ich ging an jenem Tage am See von Silvaplana durch die Wälder; bei einem mächtigen pyramidal aufgetürmten Block unweit Surlei machte ich halt. Da kam mir dieser Gedanken. (EH, Zar 1)

一応訳しておく。

> あの日わたしはシルヴァープラーナ湖のほとりを、森をいくつも通り抜けながら歩いていた。シューレイからほど遠からぬ、ある力強い、ピラミッド型に積み上げられた塊のそばで、わたしは立ち止った。その時わたしにこの思想がやってきたのだった。(拙訳:逐語訳的)

 このドイツ語の表現では[bei einem mächtigen pyramidal aufgetürmten Block]のところのいくつかの語を正しく押さえておくことが必要である。まずは「ある塊のそばで」と言われていることである。これは、ここで中核とされている名詞が「石」としてではなく「塊」として名指されていることである。もちろんモノとしては「石の塊」ということで理解しておけばよいのだが、ともかく単に石と呼ばれているわけではないことに一応注意しておくことが必要である。まずは「ある塊のそばで」([bei einem ... Block])である。
 次いでこの「塊」を修飾限定している形容詞であるが、二つの形容詞「力強い」(mächtig)と「積み上げられた」(aufgetürmt)が「塊」を修飾限定している。「力強い」の方は普通の形容詞だが、「積み上げられた」の方は過去分詞が形容詞として使われているもので、その過去分詞の不定詞形は[auftürmen]である。「積み上げる」がその基本の意味である。
 そしてこの「積み上げる」という動詞に「ピラミッド型に」という副詞がかかって限定している。つまり「ピラミッド型に積み上げる」という動詞が基本にあり、その過去分詞がここで用いられている。ここに多少誤解しやすい点があるのだが、一つには「ピラミッド型に」の意味である。これは、地元で現物とされている「塊」を見てみれば、この「ピラミッド型に」は「角錐型に」と理解した方がよいように思う。というのも、このあたりでは、一方から見るとピラミッド型に見えるが、他方向からはそう見えない岩塊が数多くあるからである。この「ニーチェ石」と呼ばれている岩塊が特異なのは、湖に出ている方の形は見えないものの、湖に向かって左手から見ても正面から見ても右手から見ても、更には右手奥の方から見ても、この石は角錐に見えるのである。これがこの辺りのとんがり石(ピラミッド型石)の中でもこの石がもつ際立った特性である。
 さらにもう一点注意しておきたいのは、「ピラミッド型に積み上げられた」と表現すると、われわれはエジプトのピラミッドが、四角形の地面の上に水平に石を積み上げていって四角錐の形を作り上げたものだと知っているが、この「ニーチェ石」の方はそうした積み上げ方をしたものではなく、大きな褶曲と切断と落下の結果この場所とこの角度に落ち着いたものに見えるからである。この点に関しては地質の専門家ならもっと適切に形成過程を語れるだろう。ともかくピラミッドのように頂点に向かって積んでいったものではないのだが、そこが誤解されかねない。
 そしてこの石の塊は、大きくみてこの地方の屋根葺き(鱗形屋根)に多く使われているものと同じものでないかと思う。地質学的には結晶片岩と言うのだろうか。この石はアルプスの山塊の北側にも南側(イタリア側)にも広がっているように思う。北イタリアのオルタの町でも、屋根は昔からおおむねこの石で葺かれていたと見えたのを思い出す。
 そして「力強い」であるが、このニーチェ石には、堂々とした張り出しがあると言えると思う。つまり、いわば老孤のような、老獪に秘密の隠しどころや隠し事をたくさんもっているような石ではなく、非常に堂々と、すっきりした形で自分を示しているように見えるのだ。大きさとしては高さ3mにも満たない、巨石と言うほどではない岩塊だが、その270度どちらから見ても美しいとんがり石なので、わたしとしてはある種のかわいらしさを感じたのだった。だが、その細部を見れば、非常に緻密で力強いものを感じる石である。
 実は一昨日にもこのピラミッド型の岩塊の前を通り、多少は気になったのだが、写真を一枚撮るだけで立ち去ってしまったのだった。今は、今度はこれこそが地元で「ニーチェ石」と呼ばれているものだということの認識の上で、ニーチェの散歩道を辿るべく、シルス・マリーアからシルヴァープラーナ湖の東側の湖畔にそって、多少は森を抜けて、ここに着いたのである。一昨日もコルヴァッチ山の山腹・山麓で「ニーチェのピラミッド石」を探して多くの岩塊をみて歩いたが、その経験を踏まえて言っても、地元で「ニーチェ石」と語り伝えられている「石塊」が『この人を見よ』に言われる「力強い、ピラミッド型に積み上げられた塊」であることに間違いないと思う。
 そうして、この石塊に「いつまでもここで元気で居れよ」と心の中で声をかけて、わたしはシューレイのバス停に向かったのだった。




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