《澤瀉久孝『万葉集注釈巻第七』が手に入った》

瀬谷こけし
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 ほんとなら図書館に行って必要なところをコピーして来ればよいのだが、『万葉集巻七』は好きな歌が多くて、鑑賞するにも近くにあって困ることもないと古書で買うことにして、今日やっと届いたのだった。それで早速1122番の歌を調べたが、「山のまに」と訓んで、

>【訓釈】山のまに---「山のま」は山の際、山の間(1・17)

と記すばかりだ。
 それで仕方なしに巻一・17番を繙いてみる。巻一の『注釈』は前から持っていたのだ。澤瀉の訓では、17番の歌は:

>味酒(ウマサケ)三輪乃山(ミワノヤマ)青丹吉(アヲニヨシ)奈良能山乃(ナラノヤマノ)山際(ヤマノマニ)伊隠萬代(イカクルマデ) …〔後略〕

と訓まれている。「山際」を「やまのま」と訓んでいるのだ。この歌は一般に額田王が近江の国に下る時に読んだ歌としてよく知られた歌だ。澤瀉はこの歌を基準にして「山際」の訓みを定めようとしたようだ。
 このような澤瀉の訓みに対して、「山際」のところを除けばわたしにも何の異論もない。だが「山際」の訓みに関しては承服することができない。それは、おのれの訓みを説明して、彼が次のように訓釈しているからだ。できるだけそのままに紹介しよう。

>【訓釈】... 山のまにい隠るまで---原文「山際」を古訓にヤマノハニともあるが、「山のは」(3・393)は別である。「山のま」は原文の文字のやうに、山の際、山の傍ら、又は山の間である。〔中略〕三輪山が奈良山の山間に隠れるまでの意。奈良山を越えれば三輪山は見えなくなるので、せめてそれまではといふのである。

393番の歌は「山之末」をどう訓むかという問題で、これはこれで「山のは」と訓むのがよいというのが先述したようにわたしの説だ。つまり「~の端(は)」「~の端っこ」という解釈するのが正しいとわたしは考えている。
 それで、上掲の澤瀉の「山の間」説は、「山の際、山の傍ら、又は山の間である」とまるで取って付けたように「山の間」説を滑り込ませているのである。これは「山の間」説を支える傍証はなにもないということだろう。してみれば「山際」を「山の間」と訓読するのは奈良山との位置関係を考えて生み出した澤瀉独自の考えなのだろう。17番について精選本で契沖は「山ノマは山ノ閒也」と記しているがその意味はやや取りにくい。が、「山のま」と訓むのは「閒」の字の訓みで「山際」の訓みとは違う、と言いたいのであろう。ちなみに「間」は「閒」の俗字で「閒」の「月」は月光の意味ではなく「肉」の意味だと白川静は解きこの説は正しいと思う。契沖が「閒」の字にどのような考えを持っていたのかわたしは通じていないが、門の上に肉を置くという呪法をおそらく知らなかったであろう。
 ともあれ、「山際」を「山のま」と訓読する説は17番の三輪山歌でも根拠があるとは思えない。むしろ「山際」が、先述した「窓際」と同じように、山とは違う物の山と近接したところの意味だと考えれば、「奈良山の山際に」とは奈良山とは別のもの(=三輪山)が奈良山の稜線に接したところにあり(それが奈良山の後ろに隠れる)という関係を適切に表す表現であることになるであろう。『字統』の「際」の解を読むとさらにこの「際」の「際会」の深い意味を読み取ることができるだろう。今はただ、「山際に」は「やまぎは(わ)に」と訓んで置くべきではないかという説を改めて述べおくことにとどめる。




《「山の端」と「山際」 万葉集巻七 1122番の歌》

瀬谷こけし
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 面倒だが纏めてしまおう。万葉集巻七、1122番の歌、
>山際尓 渡秋沙乃 行将居 其河瀬尓 浪立勿湯目
であるが、この歌を折口信夫は(口訳万葉集)
>山の端に渡る秋沙の、行きてゐむ其川の瀬に、波立つな。ゆめ 
と訓んでいる。秋沙は鴨の仲間の「アイサ」のこととして問題ないのだが、問題は「山の端に」と訓でいるところだ。「山ぎはすれすれに飛んでゆく」という鑑賞も問題なく、一首の想いを「何卒波が立つて、鳥を苦しめてやってくれるな」と解釈するところも問題ないのであるが、折口は「山際」と「山の端」の違いを理解していなかったのだろうか? 他方最近の訓みは佐竹昭広も中西進も「やまのま」/「山の際(ま)」と訓んでいて、これにもあまり納得が行かない。と言うのも、というのもこのとき秋沙はもう着水も近い姿勢で山際を飛んでいたのだろうと思えるからだ。ここは「山際(ぎは)に」と訓むべきではないだろうか?
 語義の基本として、「~の端」は「~の一部をなす端っこ」の意味で、「山の端」と言えば山の端っこでなければならないと考える。他方、「~際」は「~」とは違うものの「~」に極めて近いところの意味で、例えば「教室の窓際の席」と言えば、窓の一部をなすところではなく、むしろ教室の一部をなす場所の「窓」にきわめて近いところを意味すると考えられる。
 しかしこの語義の違いを契沖もよく理解していなかったようで、『万葉代匠記』ではあやふやなことを書いている。その初稿版では「山のはに 山きはにともよむべし」としており、その精選本においても、「ヤマノハニ」の他に「ヤマノマニ」とも訓む古訓を紹介し「山閒ヲ山際トカケル所アルハ、山ノアヒタノ意ナリ。今ハ天際雲際ナト云如ク、和語ニテハヤマノキハノ意ナリ」などと言いつつ、「哥ニヨムハ然ラス。ソレモ山ノハナリ」と「山の端」説(折口も同じ説だ)を主張し、例として源氏若菜上の「山キハヨリ指出ル日ノハナヤカナルニ云々」を挙げている。しかし契沖はまさにここで考察を進めるべきだったのだ。「山際より指出る日」というのは、「山の極めて近くの空の部分より出る日」の意味で、「山の端っこから出る月」では全くないのだ。先にわたしが語義の基本として説明したとおりだ。
 それでは、佐竹/中西が契沖/折口の「山の端説」を退け、「やまのま」と訓むのはなぜなのだろうか? 折口以降に有力な説が立てられたのだろうか? 思い浮かぶのは澤瀉久孝の『万葉集注釈』だが、それは第一巻しか私の手許にないので今は論究できない。だが契沖も紹介している「山のあいだ」のようなぼんやりしたところを飛んでいたとしたら、あまり歌にならなそうに思うのだが、そいういことでもないのだろうか? 
ともあれこの歌、わたしは「やまきわに」と訓んでおきたい。


《裏の密林》

瀬谷こけし


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 ある確認のために『ニーチェ対ワーグナー』を読んでいたせいか、ふと『カルメン』のある旋律が浮かんできて、これはどのシーンだったか確かめたくなって、CDを聴き出した。わかっているのだが、主人公のドン・ホセの母がいて美しい婚約者のミカエラのいるバスク地方の故郷への郷愁を掻き立てる曲なのだが。ビゼーはこうして、ホセに間違った道から本来の場所に帰るために機会を何度か与えている。それがとても説得力のある曲であり旋律なのだ。故郷に錦を飾りたくて軍隊に入り、きわめて真面目に勤めていた彼なのだが、一度捕縛すべきカルメンを同情心から逃してからは、軍隊の中での出世の道を失い、逆にカルメンには恩に篤いところがあって、特別な恩返しをしてくれる。そこからは犯罪の手引きをしたりで、世のお尋ね者になって転落してゆく。しかしそんなホセにも、ほぼ最後まで故郷の田舎でやり直す可能性を教え諭してくれるミカエラを登場させるビゼーの演出は心憎いばかりだ。ニーチェがこの歌劇だけは何度も観た(上述の本では20回も観たと言っている)というのもうなづかれる。典型的で温かく完璧な描き方なのだ。もちろん闘牛士エスカミリオも持て男の代表として典型的に極めて魅力的に描かれている。ワグナーのような、とりわけ『パルジファル』のような異様な設定は何もない。そしてニーチェはワグナーに長く捕縛されてしまっていたのだ。

 ニーチェが最初に『カルメン』を観たと思われるノートを、一度見つけたのだが、それがいつだったかもう忘れてしまった。多分あの1882年秋のライプツィッヒなのだ。

 ニーチェの命日は8月25日だが、今年も何もしないで夏の熱さにうだりながら過ごしてしまった。3年前に、1882年秋にニーチェがライプツィッヒで借りていた家の近くの森で、ニーチェの書簡などを読みつつ過ごしたのが、ただ一度の命日にした慰霊だったかもしれない。ニーチェはドン・ホセ以上に迷いが深かった。

 聴きたかった曲は第二幕20番だった。


《郡山開成学園専務理事》

瀬谷こけし

 郡山女子大学に赴任する前だったと思うが、大学に理事長関口富左(ふさ)先生にご挨拶に伺った。その時、ご夫君でもある専務理事、関口正氏も同席されていた。わたしはその時関口正氏がおっしゃったひと言が忘れられない。わたしの名前「正恒」をよい名前だと言ってくださったのである。専務理事が示してくださったこの歓待の言葉にどれだけほっとしたことか。そのこともあって、何の不安も懐くことなく郡山女子大に赴任してきたのだった。
 後で知ったことだが、郡山は明治の初めの安積疎水の開削が知られているが、この安積開拓の事業を現地の総責任者としてなし遂げたのが中條政恒(ちゅうじょうまさつね)であり、開成山大神宮の中には彼の事業を録した石碑もある。中條政恒は宮本百合子の祖父でもあり、郡山女子大の資料館には百合子が使っていたというアップライトピアノもあった。中條政恒は郡山女子大とも縁の深い人物だったのだ。
 専務理事の頭のなかには、「まさつね」という同音の名前と、同じ「恒」の字をもつことで、中條政恒との連想が強く働いていたのではないかと思う。
 わたしとしても、偶然とはいえ、浅からぬ縁を感じることであった。

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 ついでに言うと、中條政恒の長男の名前と、わたしの母方の祖父の名前も同じだったのだ。どんな縁があったのだろうか。全くの無関係でもないのかもしれないと思う。ちなみに後藤新平は中條政恒の塾生だったのだ。

《カワセミ》

瀬谷こけし
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 午後4時ごろ家を出ると、ちょうど高野川を川鳥が動き回る時間になる。それで、川を見ながら歩いて退屈することがない。まずは白鷺がいて、川の魚を狙っているようだった。それからちょっとで羽根が青く胸にオレンジの色の鳥が水面30cmぐらいのところを川下にすっと飛んで行った。追いかけたが岩などに止まることも戻ることもなく去って、カメラに収めることはできなかった。カワセミ(翡翠)だった。それでカメラの設定を高速連写にしたが、それを活かすこともできなかった。そしてしばらく行って車道を渡って、すると今度はキセキレイが、セキレイらしい尻尾を振って下流から上流に向かってこれも水面50cmぐらいのところを飛んで行った。これは一度岩の上に止まったが、カメラを向けるとすぐに気づかれて、逃げて行った。もう一度繰り返し、今度は岩の後ろに止まったと見えたが、同じことだった。胸の黄色の羽毛がひときわ美しい鳥だった。低い水面を飛ぶのは猛禽の攻撃を避けるためだということを川口孫治郎が言っていたが、カワセミの滑るように水面近くを飛んでゆく姿には驚くとともに感動した。生きて飛ぶカワセミを見たのは初めてだった。
 カワセミとキセキレイ、この二羽の鳥を見れたことが、今日の散歩の最大の出来事だった。
 写真は白鷺。

《高野川の川色》

瀬谷こけし
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 今日はほんとに久しぶりに夕方前に散歩に出かけた。散歩と言っても若干の買い物の用事があってゆくのだが。今まではとても暑くて散歩になど出かけられなかったのだ。買い物も原付で出かけてささっとすませて帰る、というやり方だった。できるだけ経済的に暮らそうと、クーラーはできるだけ使わない。結局使ったのは一日だけだった。風通しのために窓はできるだけ開ける。それと扇風機と氷や水や保冷材の類で体を冷やしていた。冷蔵庫を利用した方がクーラーよりは電力消費が少なくて済むだろう。そして10日ほどは高山に避暑に行っていた。
 そんなことで、上高野の散歩道の景色も久しぶりに目にすることになった。最初に気が付いた異変は、河原の葦がかなり倒れ、乾いていたことだ。はじめは獣が走り回ったのかと思ったが、倒れ方が二か所とも同じように川下の方に倒れていたので、これは多分大水が流れたのだ。そういえば台風10号が「関西を縦断」(ほんとは横断ではないかと思うが)したときは高山に行っていて、その様子を経験しなかった。家の周りの様子からは雨も風もたいしたことはなかったと感じた。だが川の水量は増えていたのかもしれない。
 そしていろいろと変化を感じたが、新鮮だったのは川の色で、これほど川色の美しい高野川は見たことがなかった。そして気が付いたのは、川の比叡山から流入してくるところに白っぽい帯のような川砂帯ができていたことだ。これは白川砂と同じものだろう。山の花崗岩が崩れ流され、下ってきたものだ。そしてこの白い砂の帯がその近くの川の色を美しい薄い緑にしていたのだ。高野川のこんな美しい川色は見たことがなかった。
 そして散歩は、前に発見した「八瀬新滝」の現状を確認し井堰の方まで足を延ばした。

《ニーチェの「哄笑」は誤訳である》

瀬谷こけし
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 ニーチェを読むにあたってわたしが最も大きな恩を受けているのは氷上英廣の仕事、とりわけ『ツァラトゥストラはこう言った』の日本語訳である。だがしかし彼が同書の第三部の扉で、「あなたがたのなかの誰が、崇高になって、しかも同時に哄笑することができるだろう?」と訳すとき、ここにはやはりついてゆけないものを感じるのである。ちなみにそこのところのドイツ語は;

>Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?

である。この「lachen」を「哄笑する」と訳すことに違和感を禁じ得ないのである。ここは「笑う」とするのが最良ではないだろうか?

 その理由はひとつには日本語の「哄笑」とドイツ語の「lachen」とは大きな隔たりがあると思うからである。ちなみに手近にある『広辞苑』第5版を見てみると「大口をあけて声高く笑うこと。大笑。おおわらい」と出ている。わたしはこの説明にもやや疑問を感じるのだがそれで『字通』の「哄」を開いてみると、1.大声、相和する声、多くの声。2.たぶらかす」と出ている。つまり、哄笑には多声であることが欠かせない要素なのではないだろうか。哄笑とは大勢が一時にどっと笑うことを意味するのであろう。『平家物語』の那須与一の条に「陸には源氏ゑびらをたたひてどよめきけり」と言われるようなどよめきに似た集団的な行為。『漢字源』を開いて「哄」を見てみると1.どっと大声をたてる。どよめく。2.わいわいはやしたてる、」と出ている。ここでツァラトゥストラが言おうとしているのは「笑い、同時に高められていること」ではないのか。多数でどっと笑うというようなことではなく。

 以上がその第一の理由である。第二の理由はニーチェの説く笑いの最も高度な次元の問題である。しかしそこに進む前に、まず『ツァラトゥストラ』第三部の扉に引かれたテキストを全文紹介しておきたい。

> „Ihr seht nach Oben, wenn ihr nach Erhebung verlangt. Und ich sehe hinab, weil ich erhoben bin.
> Wer von euch kann zugleich lachen und erhoben sein?
> Wer auf den höchsten Bergen steigt, der lacht über alle Trauer-Spiele und Trauer-Ernste.“
(君たちは高められることを求めるときに上を見る。だがわたしは下を見下ろす、なぜならわたしはすでに高められているからだ。/君たちのなかの誰が笑い同時に高められてあることができるだろう?/最も高い山に登る者はすべての悲嘆の劇と悲嘆の厳粛を越えて笑うのである。|拙訳)

 第三部がまさにこの笑いを主題にすることがこの扉のエピグラフに示されている。そしてそこに示される最高の笑いがいわゆる「牧人の笑い」であるが、まずその笑いをどう訳すべきかの要になるところを短く示そう。

> Nicht mehr Hirt, nicht mehr Mensch, --- ein Verwanderter, ein Umleuchteter, welcher _l_ a_ c_ h_ t_ e_ ! Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie _e_ r_ lachte!
(Zar, III-2,“Von Gesicht und Räthsel" 2, KSA)

ここのところの氷上訳は:

> もはや牧人ではなかった。もはや人間ではなかった、一人の変容した者、光につつまれた者であった。そして哄笑した。これまでこの地上で、彼が哄笑したように、これほど哄笑した人間はなかった! (岩波文庫『ツァラトゥストラはこう言った(下)』「幻影と謎2」p.24。)

氷上はここで[lachen](lachte)を「哄笑した」と訳すのであるが、この訳はニーチェが表現したことと本質的にずれている。というのも、ニーチェは単純に「笑った」(lachte)と書いているのである。そしてその笑いについて、「これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった」と説明を加えているのである。それは哄笑ではなく、高らかな笑いでもない。これまで人間が耳にしたことのない笑いであった、とニーチェは記すのである。哄笑にせよ高らかな笑いにせよ、人々の耳にしたことのある笑いであり、いわば言葉によって妥当に指示されうる笑いにすぎないのである。ニーチェの記す変身した牧人の笑いは、ひとびとの経験を絶した笑いであり、この世で誰かが笑うのを誰も聞いたことのない笑いなのである。しかしそれが笑いであることは間違いがないのである。われわれとしてはそれを爆発的な笑いであったろうと推測するのであるが。以下上記引用個所の拙訳を示しておく。

> もはや牧人ではなかった。人間ではなかった。---ひとりの変身した者であり、ひとりの光につつまれた者であった。その者が笑った! これまで大地の上で人間が、彼が笑ったように笑ったことはいまだ一度もなかった! (拙訳)





ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)
ツァラトゥストラは こう言った 下 (岩波文庫)







《Vita femina: 生は女である -–ニーチェを読む(2)》

瀬谷こけし

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 ニーチェの『喜ばしい知の技』(Die Fröhliche Wissenshaft)第四部339番のアフォリズムを一文ずつ原文と拙訳を交互に置いて紹介します。そう長くもない文章なのですが、内容は極めて深く言いにくいものに思えます。ほのめかして言うなら、この文章を引用しているジャック・デリダではなく、ピエール・クロソウスキーの顔が執拗に思い浮かぶのです。彼がここから最初の養分を得ていたことは疑いないように思います。
 このニーチェのアフォリズムの思考の絶頂は強調された「was sich aber uns enthüllt, d_a_s_ _e_n_t_h_ü_l_l_t_ _s_i_c_h_ _u_n_s_ _E_i_n _M_a_l ! —
」の ところにあるのは疑いありませんが、「一度だけ姿を現して二度と姿を現さないもの」とは何でしょう? ここでは「die höchsten Höhen alles Guten」(すべての善きものの最高の高み)と言われ、ここではすでに「美」すら退いているのです。---あ、言い過ぎたでしょうか。わかる人にはわかってしまう…。そのとき人は自分の運命を決めなければならないでしょう。
 わざわざこのアフォリズムを対訳風に訳したのは、某大学のドイツ語の期末テストにこの全訳を課したからです。今日の前期最終授業では読解を示し、文法的、構造的な注意点を説明してきたところです。十分健闘した学生、思いのほかよくできていた学生も何人かいました。わたし自身まだクロソウスキーの仏訳を参照していないので、参照すればまた変更すべき点が出てくるかもしれません。新しいウェブリブログでは一度アップした記事の修正ができないようなので、いまも相変わらず改良されていない場合は、コメント欄で変更を示すことになると思います。また訳に関してお気づきの所があったらご連絡いただければ幸いです。
 わたしが今このテキストで何を検討してようとしているかについては今はしばらく伏せておきます。あることは判明すれば新解釈として紹介します。
 では、本文をどうぞ。

◇  ◇

>- Die letzten Schönheiten eines Werkes zu sehen — dazu reicht alles Wissen und aller guter Wille nicht aus; es bedarf der seltensten glücklichen Zufälle, damit einmal der Wolkenschleier von diesen Gipfeln für uns weiche und die Sonne auf ihnen glühe.
>- ある作品の究極の美を見ること---そのためにはすべての知識とよき善い意志をもってきても足りない。われわれに雲のヴェールが美の頂上からひとたび退き、太陽がその上に灼熱するのには、極めてまれな幸福な偶然が必要なのである。

>Nicht nur müssen wi r gerade an der rechten Stelle stehen, diess zu sehen: es muss gerade unsere Seele selber den Schleier von ihren Höhen weggezogen haben und eines äusseren Ausdruckes und Gleichnisses bedürftig sein, wie um einen Halt zu haben und ihrer selber mächtig zu bleiben.
>われわれはこの作品を見るためのまさに正しい位置に立たねばならないばかりではく、われわれの魂そのものがヴェールを頂の高みから取り除いたのでなければならない。そしてまた、いわばひとつの手がかりを掴み、頂上そのものを支配し続けるために、外的な表現と比喩が必要なのである。

>Diess Alles aber kommt so selten gleichzeitig zusammen, dass ich glauben möchte, die höchsten Höhen alles Guten, sei es Werk, That, Mensch, Natur, seien bisher für die Meisten und selbst für die Besten etwas Verborgenes und Verhülltes gewesen: — was sich aber uns enthüllt, d_a_s_ _e_n_t_h_ü_l_l_t_ _s_i_c_h_ _u_n_s_ _E_i_n _M_a_l ! —
だがこうしたすべてが同時に集まることはめったになく、そのため、作品にせよ、行為にせよ、人間にせよ自然にせよ、すべての善きものの最高の高みはこれまでたいていの人間にとって、いや最上の人間にとってすら、隠匿されたもの、覆い隠されたものであったとわたしは信じたいのである。---そしてわれわれに覆いを解いて姿を見せるものは、ただ一度しか姿を見せない!- 

>Die Griechen beteten wohl: „Zwei und drei Mal alles Schöne!“
>ギリシャ人たちが「すべての美しきものを二度も三度も!」と祈ったのは当然のことだった。

>Ach, sie hatten da einen guten Grund, Götter anzurufen, denn die ungöttliche Wirklichkeit giebt uns das Schöne gar nicht oder Ein Mal! Ich will sagen, dass die Welt übervoll von schönen Dingen ist, aber trotzdem arm, sehr arm an schönen Augenblicken und Enthüllungen dieser Dinge.
>ああ、彼らはそのことで神々に祈り掛けたのには十分な理由があった。とうのも世界は美しいものに満ち溢れているが、にもかかわらず美しい瞬間が訪れ、美しいもが開示される機会は乏しく、きわめて貧しいからだ。

>Aber vielleicht ist diess der stärkste Zauber des Lebens: es liegt ein golddurchwirkter Schleier von schönen Möglichkeiten über ihm, verheissend, widerstrebend, schamhaft, spöttisch, mitleidig, verführerisch. Ja, das Leben ist ein Weib! (eKGWB)
>しかし、もしかするとこのことが生の最も強い魅惑かもしれない。生はみずからの上にさまざまな美しい可能性を金を織り込んだヴェールを掛けているのだ。約束しつつ、抵抗しつつ、恥ずかしがり、嘲笑的に、同情的に、誘惑的に。そう、生はひとつの女なのだ。



《牧人の笑いとテレンス・スタンプの叫び 『ツァラトゥストラ』を読む5》

《牧人の笑いとテレンス・スタンプの叫び 『ツァラトゥストラ』を読む5》
瀬谷こけし
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 『ツァラトゥストラ』第三部の「幻影と謎」の章はニーチェの思索表現にとって最も重要なテキストの一つだが、その頂点をなすのは牧人の笑いだ。まずはそのテキストを紹介しよう。
>  Meine Hand riss die Schlange und riss: - umsonst! sie riss die Schlange nicht aus dem Schlunde. Da schrie es aus mir: "Beiss zu! Beiss zu!
>  Den Kopf ab! Beiss zu!" - so schrie es aus mir, mein Grauen, mein Hass, mein Ekel, mein Erbarmen, all mein Gutes und Schlimmes schrie mit Einem Schrei aus mir. –  
[…]
>  - Der Hirt aber biss, wie mein Schrei ihm rieth; er biss mit gutem Bisse! Weit weg spie er den Kopf der Schlange -: und sprang empor. –
>  Nicht mehr Hirt, nicht mehr Mensch, - ein Verwandelter, ein Umleuchteter, welcher lachte! Niemals noch auf Erden lachte je ein Mensch, wie er lachte!
(テキストはKindleによる)

 ニーチェが筆力の限りを尽くして書いたものを異国語に翻訳するのは至難のことである。そこはあだな望みをいだくことなく、ただ要点について議論ができる程度の日本語に直しておきたい。
 状況は、犬がツァラトゥストラに向かって助けを求めて激しく吠え叫ぶ。近寄るとそこにひとが一人倒れている。若い牧人が喉を詰まらせてもがき身をくねらせている。その口からは黒くて重たい蛇が垂れ下がっている。蛇が寝ていた牧人の喉に入り込み、喉にしっかりと食らいついたのだ。ツァラトゥストラは蛇を掴んで引き抜こうとするのだ。
> わたしの手は蛇を引きに引いた、---無駄だった! ---手は蛇を喉から引き抜けなかった。そのときわたしの内部から何かが、「噛みつけ! 噛みつけ!
> 頭を噛み切れ! 噛むんだ!」と、- こう何かがわたしの中から叫んだ。わたしの恐怖が、わたしの憎悪が、わたしの吐き気が、わたしの憐れみが、わたしの善意と悪意のすべてが一声の叫びとなってわたしの内から叫び出た-
[…]
> -しかし牧夫は噛んだ、わたしの叫びが忠言したように; 彼は歯でしっかりと噛んだのだ! 遠くへ彼は蛇の頭を吐き捨てた、―:そして跳び起きた。―
> もはや牧夫ではなく、もはや人間ではなかった、-ひとりの変身した者、光につつまれた者であり、その者が笑った! 彼が笑ったように笑った者は、この地上にいまだかつてひとりもいなかった。(日本語訳はいずれも拙訳)

 「もはや人間ではない」この人物は序説で予示された「超人(Übermensh)」と呼ぶにふさわしい存在である。彼は笑う。光につつまれて笑う。超人を規定するのは、蛇の頭を噛み切ること、そして笑うことである。しかしそもそも蛇の頭を噛み切るとはどういうことだろうか? 後に然るべき解釈を示すつもりだが、それは永遠回帰を忘却することではないのか? 問題は時間の構造、永遠に続く時間の構造そのもののもたらす並外れた責め苦である永遠回帰の体験、それによって日常の有限の時間体制から隔てられそこへ戻れなくなる体験、---そのような永遠回帰の体験を忘却する行為ではないのだろうか? 永遠回帰の時間構造を象徴する黒く重たい蛇、それに入り込まれ窒息しかかってのたうち回る人間がそこから逃れるためにする断固たる忘却の行為、蛇の頭を噛み切るとはそうした断固たる忘却によってこの世に回生する行為なのではないだろうか?
 その断固たる噛み切りをなし遂げた牧人は、踊り上がり、光につつまれ、そして笑ったのである。「彼が笑ったように笑った人間はこの世にいまだかつてひとりもいない」と言われている。この彼がしたような笑いをわれわれは映画の中でもよい、見たことがあるだろうか?
 ---いろいろ思い浮かべてもそのような笑いは思いつかない。ただおそらくその一歩手前のような叫びをわれわれは思い出すことができる。それはフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)の映画『Toby Dammit(悪魔の首飾り)』の中で見せるテレンス・スタンプ(Terence Stamp)の笑いである。一つは迷路のような街の運転に疲れ、とある教会の近くで水を飲み、車の中であげる全力の叫び声である。この叫びは神が死んでいることを彼に最終的に確認させる笑いであるように見える。そしてもう一つは、悪魔的なもの(diable)にどこまでも憑りつかれて最後に決死の賭けに挑む時の叫びである。声が出せれば蛇に喉の中みまで入り込まれた牧人が蛇の頭を噛もうとして上げたであろう叫び声はそのようなものであろうと思える。われわれは変身した牧人のあげた笑いを、現実にも、またどのような映像表現、絵画表現においても見たことがない。だがその輝かしい笑いの効果は並外れている。

> Meine Sehnsucht nach diesem Lachen frisst an mir: oh wie ertrage ich noch zu leben! Und wie ertrüge ich's, jetzt zu sterben! – (この笑いへのわたしの憧れはわたしをむしばむ。おお、どのようにしてわたしはおめおめと生きていることに堪えられるだろう! そして今死ぬことにどのようにして堪えることができるだろう!--)

 ニーチェはその笑いをありありと思い浮かべられたのだろう。

Toby Dammit chez Federico Fellini (french version)

Toby Dammit chez Federico Fellini
par
Masatsune NAKAJI
瀬谷こけし
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日本語版はここへ:
http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/cinema/jtoby.htm

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Directeur: Federico Fellini.
Acteur principal: Terence Stamp.
Auteur original: Edgar Allan Poe.
Les Films Marceau Paris
CBS/SONY HOME VIDEO

◇◇◆
On pourrait dire que le thème de cette pièce du film est la solitude sans Dieu. Par cette expression, je veux dire que le problème nést pas si on croit en Dieu ou non, mais la condition elle-même qu'il n'y existe pas Dieu. Et la solitude, qui suit de cette condition.
Dieu devait être là comme un Être qui voit et surveille chaque individu dans tous ses actes, et donc léntend même au fond de sa solitude. La mort de Dieu veut dire qu'il néxsiste pas cette sorte d'Être. Celà signifie que la solitude est devenue absolue.
《Le silence éternel de ces espaces infinis méffraie》, disait Pascal (Pensées, 201-206). Pascal me semble avoir atteint jusqu'à la borne du christianisme. 《Le silence éternel》: que l'on ne peut jamais écouter la voix de Dieu, que la condition, sous laquelle l'homme se situe, est comme telle; Pascal l'avait clairement saisi. --- Néanmoins les chrétiens croient que Dieu me voie, mécoute, et méntende. Et par là, ils gardent leurs identités du moi. Cést-à-dire, si personne ne méntend (et l'homme est conçu comme un être créé originairèment comme tel), sur la croyance que le regard de Dieu soit attaché sur moi, ils gardent leurs identités du moi. (De ces points, cette pièce traite un probleme commun avec la deuxième pièce de ce , 《William Wilson》, et l'approfondit.) La mort de Dieu, ou la non-existence de Dieu, --- ou plutôt, le savoir de la mort de Dieu et sa non-existence, --- fait réaliser que la croyance au regard de Dieu attaché sur moi, que les chrétiens continuaient de croire pendent deux millénaires, n'était que des enfantilages; que l' identité du moi, ou le moi-même, qui était soutenu de cette façon, n'était qu'un hasard; et que le moi, qui devait avoir de la valeur infinie pour moi (pour l'homme), parce qu'il est voulu par une des volontés singulières de Dieu, nést que un être comme un morceau de papier, --- à légard de sa valeur, et aussi dans son essence.
La solitude, ayant perdu le regard de Dieu sur moi, et aussi la possibilité et l'assurance de son entente, devient absolue. Et léntente par l'homme, on en a perdu, en principe, la fondement ultime. Cést parce qu'il n'y intervient jamais la médiation par Dieu. Et pratiquement, on se fait savoir quélle était perdue, quélle néxsistait pas, quand la occasion tombe sur lui. La solitude absolue s'ouvre.

◇◆◇
Avant la commencement de la scène de ce film, Toby Dammit semble s'être baigné dans cette solitude absolue. Néanmoins Toby ne paraît pas avoir abandonné l'attente qu'il puisse y avoir quelques êtres humains qui le entendent. Il en est de même jusqu'â la dernière scène. Dans ce film, d'abandonner cette attente signifie, me semble-t-il, de succomber à la tentation du 《diable》. Dans la cérémonie du oscar italien, Toby juge des gens qui l'approchent, et qui tombent sous ses yeux; est-ce qu'il y a quelqu'un qui incarne cette condition où l'être humain se situe, la solitude absolue que la mort de Dieu a entraînée ? Deux personnages sont importants dans la scène de la cérémonie. Le premier est un vieux acteur comique modelé sur Charles Chaplin, qui doit être un grand artiste. En écoutant, devant soi, la plaisanterie grosse et banale de ce : 《Un de mes yeux est l'oeil de chat》, Toby montre une expression très douloureuse. Il se montre dans cette expression une émotion mêlée de la pitié pour lui-même, et de l'indignation imprononçable pour qu'il a taché l'artiste; mais surtout sa conscience de la distance infranchissable entre eux. Cette expression douloureuse me semble dire: 《Comment? Pourquoi un artiste comme vous devez vous comporter si indignement! 》. Ici Toby est trahi par l'artiste. Pour lui, l'artiste signifiait un homme qui saisit et incarne avant tout le monde, et plus profondément que tous les homme, la nouvelle position humaine et son sens. Trahi par un vieux acteur comique, un artiste représentant le monde, Toby perd son identité dans le monde comme un artiste, ou la lâche.
Il est clair: si est un grand acteur, je ne le suis pas. Car, si est un grand artiste, l'adjectif < grand> signifie le titre conféré en échange de ce qu'un génie sést accomodé, accomodé jusqu'à la perte de son esprit propre. Toby avoue que, si est grand, il ne lést pas.
Toby est un acteur de génie. Il est un artiste égalable à Shakespeare, et le successeur de Dante au notre temps. Dans ce film, différent de l'original de Poe, Toby est figuré et presenté justement comme tel. Le génie est la puissance naturelle, et le sceau naturel. La puissance comme un vrai artiste est aussi naturelle, et de génie. Le génie est donc un homme qui doit promptement apercevoir la singularité et la fortuité de son être, de ce qu'il est né comme lui-même. Toby veut protéger < son esprit propre>. Cést pourquoi L.S.D. est indispensable pour lui. À la question d'un interviewer pourquoi il utilise L.S.D., il répond: 《Pour devenir normal》. Ce que cela veut dire est que, pour protéger < son esprit>, il devait le cacher; seul à la condition qu'il cache de telle manière, il peut vivre avec les autres sans perdre . Autrement dit, seul à la condition qu'il fasse dormir pendant quelque temps par L.S.D., il peut se assujettir au mode normal de vie. Toby pourrait vivre autrement, s'il ne voulait pas protéger . Toby confesse qu'il nést pas un grand homme, mais aussi qu'il pourrait le devenir. De devenir un grand homme, cela signifie pour Toby l'avilissement, et la perte de .

◇◆◆
L'autre personage important dans la scène de la cérémonie, est une famme de traits réguliers, portante de l'atmosphère archaïque. Elle tend la main à Toby, quand il est plongé dans une affliction à cause de la conduite piteuse de < Chaplin>. Elle prononce des mots divins: elle lui dit, 《Je te connais depuis toujours》. Et elle lui raconte que cést elle que Toby attendait, et que par elle Toby serait délivré de la solitude et l' egoïsme pour toujours. Ce que elle raconte est justement ce que Dieu du christianisme devait parler. À cela Toby répond par un sourire. Toby pénétore la nature de la tentation de la pensée chrétienne qui s'approche de la solitude d'être, et la repousse par un sourire. Le christianisme pense que tous les hommes attendent quelqu'un, attendent le salut porté par quelqu'un. Mais en tant que la différence originalle fait des hommes différants, cette tentation chrétienne est celle par la illusion de l'indifférence, et le christianisme lui-même est une pensée indifférenciante, qui fait nier mon esprit propre en faisant conserver le moi. Si la relation entre chaque individu et Dieu pouvait s'établir, alors Dieu existrait; mais dans ce cas là, Toby n'a pas besoin d'attendre les autres. Et si une telle relation ne peut pas s'établir, alors le chistianisme lui-même nést qu'une fourberie, une pensée qui veut priver des hommes de leur esprit propre, et par là les châtrer. Toby sénfuit de la salle de la cérémonie, laissant une déclalation décisive qu'il n'attendait personne, et qu'il n'a rien à faire à personne.

◆◇◇
Et il monte en Ferrari. Cette Ferrari était la seule raison qu'il est venu à Rome. Mais les chemins étroits de Rome, où il roule toute la nuit en Ferrari, paraît comme un labyrinthe; bien des fois il se heurte à des impasses, rencontre des hommes et des figures drôles, des scènes étrangères; toutes les fois il change de direction. (Tous ceux qui le pousseent à changer de direction paraissent être là par une volonté de quelque être, et des poteaux indicateurs qui guident Toby à cet être. Même l'aboiement d'un chien qui se fait entendre, nous rappele un paragraphe où Nietzsche en raconte.) En arrêtant sa voiture à une des impasses de un quartier désert et étranger, Toby pousse des voix: au début, deux fois, comme des gémissements; puis il hausse la voix, jusqu'à léxtrême limite de ses force. Ici Toby veux écouter le réponse de Dieu. Mais il ne peux que affirmer la grandeur de son espace solitaire en proportion de la grandeur de sa voix. Tout ce qu'il peut entendre nést que des échos de sa propre voix. --- Ou plutôt, il me semble qu'il voulait affirmer définitivement la non-existence de Dieu, et sa solitude absolue. Après cela il recommencer à rouler sur des chemins étroits à grande vitesse. Finalement il trouve l'autoroute et la prend. Mais sous peu il se heurte à un barrage. Ce barrage, quést qu'il signifie donc? Quel chemin est barré par lui? Toby tourvait la vitesse. Par Ferrari, par la vitesse, Toby fait dissoudre sa sotitude, et fait dissoudre aussi le problème même de la solitude. Car dans la vitesse il y naît un devenir-un-corps avec la machine. Il y se produit le devenir-machine du corps. Et en même temps le devenir-corps de la machine. Ces deux devenirs mutuels à la fois lui sont le nouvel amour, et le nouveau style de vie, que Toby a trouvé. Ce nouveau style de vie signifie plus que la dissolution de la solitude. Cést parce que par ce double devenir, Toby sort en dehors de tel schéme de < moi - solitude - entente>. En d'autres mots, parce que dans la vitesse, à la place du moi identique, les joindres de machines désirants sont saisis comme la réalité, et que au lieu de , il se situe la production réelle de . Ici mon esprit même a perdu sa place, et lui-même sést dissous dans les connexions productives; il se change maintenant en principe de la production de devenirs mutuels de machines, en nouvel amour lui-même.
Mais ce n'était pas suffisamment que Toby aie saisi le sens de ce nouveau style de vie. Avant qu'il l'aie saissi suffisamment, il se fait tout à coup réduire la vitesse. Il apparaît un barrage, et Toby, en roulant à toute vitesse, se heurte violement contre lui. En se remettant de ce choc, Toby descend de voiture et regarde autour de lui. Il comprend que le pont sést détruit au milieu, que donc cette autoroute ne continue pas, et que le barrage est établi à cause de cela. Mais en ce moment, il s'aperçoit qu'il y a le diable à l'autre côté de la partie detruite de ce pont, qui l'invite.

◆◇◆
Le diable apparaît au moment de l' avortement provisoire de ce nouveau style de vie. Et bien plus, juste à temps. Cést-à-dire, le diable apparaît avant que la volonté de recommencer rendez-vous avec Ferrari ne renaisse; il entre dans un vide de sa pensée claire. En plus, sous la figure de une petite fille.
Cést quand même dans l'attente de ce que il y puisse avoir quelqu'un qui léntende, que Toby repoussait la tentation du diable. Mais de désirer qu'il y ait un tel être humain est la façon de penser qui repose sur la supposition que je sois le moi, le moi étant, et non pas des désirs productifs. Mais maintenant, cette supposition du moi étant étant rejetée par léxpérience de la vitesse, Toby ne pouvait pas trouver la raison direct pour repousser la tentation du diable. Mais en vérité, la tentation du diable est non seulement telle qui supprimerait le besoin de essaier d'agir sur autrui, mais aussi telle qui supprimerait le besoin d'amour productif qui devrait produire des devenirs mutuels de machines désirantes incluantes des machines-hommes, si l'on cédait une fois à elle. Le diable est conçu dans ce film comme le fantasme privé lui-même, et il est de plus mauvaise qualité que , que le diable signifiait dans les oevres de Poe en général.
On pourrait dire que le diable était le symbole de un mode déntente mutuelle chez Poe. Tel symbole subsiste au certain degré indifféremment à la mort de Dieu. Le diable était né avant que Dieu, et survit à lui. Parce que, si le mal est imaginable dans une société, il y existe aussi la communauté dans le mal, la communauté épaise appelée < des illusions de complicité>. Telle communauté peut être la séduction très puissante pour tel moi qui suis conscient de ma solitude absolue dans mon être.
Mais, le diable de Toby nést pas un tel être. Il est un être purement privé, qui n'a aucun rapport avec le mal, ni les mauvaises actions, au sens social. Ou plutôt, ce qui est important ici est qu'il est un être purement privé. Voilà la conception très hasardeuse de ce film. Car tel que le fantasme purement privé, cela nést que une idée, et cela néxiste pas réellment. Mais il est juste pour léxpression d'art de symboliser le sens extrême de ce qui est privé par la figure de un diable. Car le problème ici est de figurer le désir de investir son amour dans le domaine purement privé. Il faut donc constater ici que le désir vers le diable sous la figure de une petite fille n'a pas la tendance à avoir des relations conjonctives avec, per exemple, ni la soleil ni des oiseaux. Telle dimension de penser réellement existe qui suppose qu'il y ait le fantasme purement privé, et qui le considère comme le plus mauvais mal humain d'y investir son désir. On pourrait dire donc que ce film bien saisit cette dimension.
Toby remarque que le diable l'invite à l'autre côté de la partie détruite de ce pont. Mais on ne peut pas comprendre que cette invitation soit la invitation à une gageure, si l'on ne superpose ce film à son original de Poe. Dans ce cas là, la gageure serait celle que Toby peut franchir la partie détruite de ce pont. Mais dans ce film de Fellini on ne doit pas lire ici une gageure. Il me semble que ce film de Fellini ne succéde à l'original de Poe que à la fiction que Toby est inopinément coupé la tête par le diable.

◆◆◇
Fasciné ou enchanté par la figure du diable, mais Toby hésite un instant à se laisser captiver à sa tentation. Il demande à un homme qui habite dans une cabane sous le pont: 《Attendez! 》. Cést cet homme qui a enseigné un détour à Toby tout à l'heure. Mais sans répondre à sa demande, il retourne chez lui et ferme la porte. Maintenant dans la direction des hommes, Toby ne trouve plus rien qui lui fasse différer le moment où il se laisse captiver à la tentation du diable. Toby décide de s'y laisser captiver, et fait machine arrière. Mais il a peur encore, et il hésite encore. Cette hésitation vient parce que cést la invitation par le diable au sens que nous avons expliqué auparavant. On pourrait penser qu'il y a dans cette héstation un tâtonnement concernant le problème s'il est possible de vivre autrement. Mais dans ce tâtonnement, à ce qu'il me semble, la possibilité de recommencer le nouvaeu style de vie qu'il a trouvé tout à l'heure nést pas comprise. Ce qui occupe la pensée de Toby, me semble-t-il, est la fascination de cette petite fille, et la peur pour les inconnus qui lui viendront au cas où il se laisserait gagner par cette fascination. Le seul problème maintenant est de surmonter cette peur. Et pour cela il faut le rire. Toby rit. Au début, il rit un tel rire qui vient de ce qu'il saisit le sens de sa propre vie qui en est arrivée lâ comme une comédie, comme une expérience (après la mort de Dieu, chaque vie de chacun serait une expérience). Mais aussitôt après, le rire se change en une sort de cri. Le sens de ce cri, qui est le plus difficile à comprendre dans ce film, serait que Toby ne peut plus rien faire contre la fatalité exécrable, qui l'a conduit à cette dernière décision. Aussi l'abandon de soi yést compris. Ce que je veut dire par l'abandon de soi, cést de décider de s'abandonner à la fatalité maudissable, en abandonnant toutes les visions souhaitables, après s'avoir fait réaliser qu'il était impossible de résister à elle.
Avec le cri, et avec tel abandon de soi, Toby fait démarrer la voiture, en appuyant sur l'accélérateur. Il a bien franchi la partie détruite du pont. Mais il est couppé sa tête par un câble métallique qui était tendu sur le pont, et sa tête devient la possession du diable. Ce film parle: si l'on parie sa vie sur la fascination du fantasme privé, sa pensée devient la possession du fantasme. Le film finit là.

◆◆◆
Ce film plein de signes permettrait beaucoup de lectures. Dès le début, dès la scène du aéroport, il y a beaucoup de signes de mauvais augure dans ce film. La lecture appuyée sur la classification précise éclairerait l'autre sens de cette oeuvre de film. Ce que jéssayais est de marquer quelques points remarqables de la position sur laquelle cette oeuvre se situe dans l'histoire de pensées occidentales concernantes la religion. Sa position me semble un peu après de dont Nietzsche a raconté. Le message de la mort de Dieu est là aussi encore un peu tros tôt. Je vous serais très obligé si vous bien vouliez me donner la suggestion pour lire cette oeuvrage dans ce contexte.
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This text is first published under the title of
[Toby Dammit in "Histoires extraordinaires"]
in 1988.

See my homepage:
http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/cinema/ftoby.htm


《二つのピエタ像 -ミケランジェロとケーテ・コルヴィッツ》

瀬谷こけし

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 わたしは子を失った嘆きや怨みを天に訴えかけるピエタ(Pietà)のマリア像を好まない。ミケランジェロのピエタ像(ヴァチカーノ、Vaticano)は、そうした気配が微塵もない。それだけ深く、純粋に見える。その像はヨブ記のヨブのように次のように語っているように見える。
> Dominus dedit Dominus abstulit sit nomen Domini benedictum. (Iob I-21)
(主は与え、主は奪った。主のみ名はほむべきかな)
その姿は美しい。

 だがケーテ・コルヴィッツ(Köthe Kollwitz)のピエタ像(ベルリン・ノイエヴァッヘ、NeueWache)のマリアはそのどちらとも違う。嘆きを天に訴えることもせず、また主の善意思に思いを委ねることもしない。嘆きと悲しみのすべてを自分一人のうちに引き受けるのだ。

 わたしはケーテのそれの方をより好んでいる。


《963というウィスキー》

瀬谷こけし

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 このウィスキーのことわかるひといるだろうか? どこの産物か。

 ものは普通においしいウィスキーだ。説明を見れば冷却濾過をしていないと書いてある。甘く華やかな香り、クリーンでスムースな口当たりが特徴だと書いてある。確かに飲んだ印象もそうだった。特別な頑固な味わいがあるわけではない。

  問題はどこの産かということ。この963という名づけ方が上手い。住んだことのある人なら思いあたることがあるだろう。京都の左京区ならば606になる。そう、郵便番号のはじめ3桁。

 こんなところに隠れた愛情が浮かんでいる。わかるひとはわかる。福島県の郡山市。


《おかしな人間(der tolle Mensch)の語ること FW,125 ニーチェを読む(1)》

瀬谷こけし

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《おかしな人間(der tolle Mensch)の語ること FW,125 ニーチェを読む(1)》

◇ ◇ ◇ はじめに

 ニーチェが神の死について語った最も基本的なテキストである『喜ばしい知の技』(Die fröhliche Wissenshaft)125番のアフォリズムの中から、主人公として登場する「おかしな人間」(der tolle Mensch)が語る三カ所中で、神の死がどういうことなのかを考える上でもっとも中心的な最初の語りを紹介し、拙訳を示してみたい。この「der tolle Mensch」(おかしな人間)をピエール・クロソウスキーは端的に「l'insensé」と訳す。この「l'insensé」は古典的には「気の狂った人間」という意味だが、今日では「非常識な人間」ほどの意味であり、妥当な訳と言うべきだろう。気違いぶりを強調する必要ない。むしろ当面心得ておくべきは『詩篇』52-1の「愚か者は心の内では神はいないと言う」(dixit stultus in corde suo non est Deus.VULGATA)を受けているということだろう。「神はいない」と言えば、ひとは自動的にこの『詩篇』の「愚か者」(stultus)の系譜に位置づけられるだろう。そういう文化伝統が存在する。しかし「神を殺した」と言えば、この伝統的な系譜付けは失効し、新たに、新しいリアルな問題の一体系が開けてくるのである。その新しいリアルな現実は「神は死んでいる」という体験のうちにその根拠をもつであろう。われわれはニーチェのテキストの内にもその「神は死んでいる」という体験のひびきを読み取るべきなのである。そしてその上でこの体験は「神を殺した」という事件として思索される。それはいつどこで起こった事件なのか? 神を殺した殺害者は誰なのか? そして、この「かつて世界が所有した最も神聖で最も力強い者」の死の後、われわれは何をすべきなのか? 「われわれが神を殺した」というこの事件は上述の「おかしな人間」によって語られる事件ではあるが、その語りの中で神を殺したことも、神が死んでいることもともに直接法で、つまり事実として、確定的事実として語られている。この語りの話法は重要である。というのもわれわれにはこの事件は、われわれには直接法の現在完了ないしは過去で提示されているからである。われわれは『詩篇』の作者に倣って「おかしな人間は神を殺したと言う」と言うべきなのだろうか。そのような逃げの余地を残してニーチェはこのアフォリズムを書いていると考えるべきなのだろうか? だがこの事実、この事件はとんでもない。というのも第一に、それはそれ(神殺し)を行った当人が、このおかしな人間を除いてだれもそのことを自覚していないからである。---神が死んだという事件について、われわれは神を殺した(ないしは殺された)という自覚を持つ人間として考察すべきなのであろうか? それとも神を殺した(ないしは殺された)という自覚も意識も予感もない人間として考察すべきなのだろうか? 明らかなのは、後者のような人間はこの事件について何一つ知ってはいないのだ。そのような者に耳を貸しても何の役にも立つまい。---ニーチェはここでも適切な語りの構造を見出していると言うべきだろう。
 直接法によって「われわれが神を殺した」ということが確定的に言われるのに対して、接続法が使われるのは、間接話法として第一式が用いられる二か所を除けば「Mit welchem Wasser könnten wir uns reinigen?」(どのような水によってわれわれはみずからを清められるのだろうか?)という疑問文の一カ所のみである。この願望だけが、(そしてそれに付随する「müssen wir…?」(われわれは...しなければならないのだろうか?)を伴う二三の疑問文のみが)われわれの未解決の、ほんとうの課題として提出されているのである。
 さらにわれわれはこの「おかしな人間」の語りの一人称複数(wir)の戦略的使用についても理解しておかねばならない。彼は市に群がる神を信じない者たちと自分を含めて「Wir」(われわれ)による語りをする。しかしこの「われわれが...」という語りにもかかわらずその語られる内容を共有していると見える者は聴衆の中にいるようにはみえない。「聴衆たちもまた沈黙し彼をけげんなまなざしで見ていた」(auch sie schwiegen und blicken befremdet auf ihn)のである。どれだけ知られていない事柄にせよ認識を共有し広めてゆくためには、物事をわれわれが共に知っていることであるかのように語るという一人称複数の使用は戦略的に採用される語り方である。そうした語りであるからこそ、語られる内容からわれわれは一人称単数の体験を注意深く読み取ってゆかねばならないのである。神の死の体験、そのなかに神を殺した体験も神を殺されて喪失した体験も含まれているような基本的な体験を読み取ってゆかねばらなない。

◇ ◇ ◇ 

 以上のような前置きのもと、まず原文から紹介する(残念ながらドイツ語の引用符等は再現できない。ご寛恕いただきたい)

> "Wohin ist Gott? rief er, ich will es euch sagen! W i r h a b e n i h n g e t ö d t e t , – ihr und ich! Wir Alle sind seine Mörder! Aber wie haben wir diess gemacht? Wie vermochten wir das Meer auszutrinken? Wer gab uns den Schwamm, um den ganzen Horizont wegzuwischen? Was thaten wir, als wir diese Erde von ihrer Sonne losketteten? Wohin bewegt sie sich nun? Wohin bewegen wir uns? Fort von allen Sonnen? Stürzen wir nicht fortwährend? Und rückwärts, seitwärts, vorwärts, nach allen Seiten? Giebt es noch ein Oben und ein Unten? Irren wir nicht wie durch ein unendliches Nichts? Haucht uns nicht der leere Raum an? Ist es nicht kälter geworden? Kommt nicht immerfort die Nacht und mehr Nacht? Müssen nicht Laternen am Vormittage angezündet werden? Hören wir noch Nichts von dem Lärm der Todtengräber, welche Gott begraben? Riechen wir noch Nichts von der göttlichen Verwesung? – auch Götter verwesen! Gott ist todt! Gott bleibt todt! Und wir haben ihn getödtet! Wie trösten wir uns, die Mörder aller Mörder? Das Heiligste und Mächtigste, was die Welt bisher besass, es ist unter unseren Messern verblutet, – wer wischt diess Blut von uns ab? Mit welchem Wasser könnten wir uns reinigen? Welche Sühnfeiern, welche heiligen Spiele werden wir erfinden müssen? Ist nicht die Grösse dieser That zu gross für uns? Müssen wir nicht selber zu Göttern werden, um nur ihrer würdig zu erscheinen? Es gab nie eine grössere That, – und wer nur immer nach uns geboren wird, gehört um dieser That willen in eine höhere Geschichte, als alle Geschichte bisher war!"

◇  ◇  ◇

 次いで上記の部分の拙訳:
> 「神がどこに行ったかって?」と彼は叫んだ。「お前たちに言ってやろう。 われわれが彼を殺したのだ、お前たちとおれが。われわれはみな彼の殺害者なのだ! だがわれわれはどうやってそんなことをしたのだ? どうやってわれわれは海を飲み干すことができたのだ? 地平線をすべて拭き消すために、われわれにスポンジを与えたのは誰なのだ? われわれがこの地球をその太陽から解き放った時、われわれは何をしたのだ? 地球は今どこへ向かって動いているのだ? あらゆる太陽から離れていってるのか? われわれはどこまで落下してゆくのではないか? 後ろへか、横へか、前へか、あらゆる方向へなのか? まだ上や下が存在するのか? われわれは果てのない無を貫いてさまよっているようなものではないのか? 空虚な空間がわれわれの顔に息を吹きかけているのではないか? ますます寒くなっているのではないか? 絶えず夜が、ますます深い夜が来ているのではないか? 昼でもランタンを灯していなければならないのではないか? われわれにはまだ、神を埋める墓掘り人夫たちのざわめきがなにも聞こえてこないのか? われわれにはまだ、神が腐ってゆく臭いがなにもしてこないのか? - 神々もまた腐敗するのだ! 神は死んでいる! 神は死んだままだ! しかもわれわれが神を殺したのだ! どのようにしてわれわれは自分を慰めよう、殺害者の中の殺害者であるわれわれは? これまで世界が所有した最も神聖でもっとも力強い者、それがわれわれの小刀の下に血を流して死んでいるのだ、 - 誰がこの血をわれわれから拭き取るのだ? どのような水でわれわれは自分を清めることができるのだろうか? どのような償いの式典を、どのような聖なる遊びを、われわれは考案しなければならないのか? この行為の偉大さはわれわれには大き過ぎるのではないか? この行為にふさわしいと見えるためだけにも、われわれはみずから神々にならねばならないのではないか? かつてこれほど偉大な行為はなかった、- そして今後われわれの後に生まれて来さえすれば、その者は、この行為のおかげで、これまで存在したすべての歴史よりも高いひとつの歴史に属しているのだ。

◇ ◇ ◇

とりあえずまずは以上をもって公開しておきたい。語注を付けたいところが少なからずあるので、それを公にしておきたい気持ちがある。入手しやすい日本語訳に信太正三訳のもの(ちくま学芸文庫 ニーチェ全集10)、氷上英廣訳のもの(白水社 ニーチェ全集10)があり、参照しているが、読解の細部においてまで最も有益だったのはピエール・クロソウスキーのフランス語訳(ガリマール、1982年、TOME V)だった。上に引用したテキストの最後で「おかしな人間」はわれわれよりも後に生まれた人間はみなこの行為の恩恵を受けるのだと語るが、この恩恵がひとびとに広く自覚されるようになるまでに、われわれはまだ幾つかの悲惨を経験しなければならないだろう。

《神の死の体験: 『ツァラトゥストラ』を読む(4-2)承前》

瀬谷こけし

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 先にわれわれは『ツァラトゥストラ』第三部の「幻影と謎」の章で、「無底への落下」が語られているのを確認し、それが神の死の体験と考えられることを指摘した。これは今まで指摘されたことのない観点であった。われわれはここでさらにニーチェが「神の死」を語る代表的なテキストにおいて、ニーチェにおいて神の死が無底への落下として体験されていることの徴を示してみることにしよう。取り上げるのは“Die fröhliche Wissenshaft“(『喜ばしい知の技』。以後FWと略)125番の「おかしな男」(Der Tolle Mensch)のアフォリズムである。ここにわれわれは次の言葉を見いだす。

> Stürzen wir nicht fortwährend?
> われわれはどこまでも落下してゆくのではないか? (拙訳)

である。これまでひとはここにニーチェの恐るべき体験のひびきを聴き取ることを忘れてきた。二つの訳を紹介しよう。
(1) おれたちは絶えず突き進んでいるのではないか? (信太正三訳、ちくま学芸文庫、全集)
(2) おれたちは絶えず突進してゆくのではないか? (氷上英廣訳、白水社、全集)
 二つの訳が揃って猪突猛進的に訳すのは、彼らが迂闊にもニーチェ自身の神の死の体験の響きをこの文章に聴き取るという発想をもたなかったためであろう。-ニーチェ自身がわたしは自分が克服してきたことしか語らないと言っているにもかかわらず、である。

 ちなみにピエール・クロソウスキーの仏訳はこうだ:
(3) Ne sommes-nous pas precipités dans une chute continue? (Gallimard, 1982)
完璧な訳ではないだろうか。

 われわれはいまここで細論をする必要がない。この「おかしな男」のアフォリズムは極めて重要なテキストで、ひとはここに神の死の後の生の形の根本姿勢を読み取ることができるのだが、それについてはまた別のところで論じることにしよう。むしろここでは次の一首の歌を示しておくことにしよう。
 
> 無辺際の落下にあればためらはず神と垂直にわが身を投げむ
      山中智恵子『空間格子』
 
ここにわれわれはわが国の感受性ががはじめてニーチェの神の死の体験の深みに達した記念碑を読み取るのである。「無辺際の落下」という言葉遣いからもわれわれはこの体験を思考するための有益な手がかりを引き出すことができるだろう。





==== 《神の死の体験: 『ツァラトゥストラ』を読む(4)》再掲 ====
https://25237720.at.webry.info/201906/article_4.html

 『ツァラトゥストラはこう言った』第三部の「幻影と謎」の中にこういう表現がある。
>おお、ツァラトゥストラよ! 知恵の石よ、石弩(いしゆみ)の石よ、人びとの仰ぐ星の破壊者よ! あなたは、あなた自身をかくも高く投げた、---しかし投げられた石はすべて---落ちる! (氷上英廣訳、岩波文庫;一部変更、以下同)
> “Oh Zarathustra, du Stein der Weisheit, du Schleuderstein, du Stern-Zertrümmerer! Dich selber warfst du so hoch, --- aber jeder geworfene Stein --- muss fallen! (KSA, Bd.4)

これを言うのは「半ばこびとで半ばもぐら」(halb Zwerg, halb Maulwurf)と性格表示される「重力の精神」(Geist der Schwere)であるが、それはツァラトゥストラから「わたしの不倶戴天の宿敵である悪魔」(mein Teufel und Erzfeind)とみなされる存在者である。この宿敵の語る「投げられた石はすべて落ちる」(jeder geworfene Stein mussfallen!)という言葉は重く、その真理の洞察はきわめて深い。ツァラトゥストラ自身、その真理を否定することはできないのである。
 その宿敵の悪魔が「おまえはおまえ自身をかくも高く投げ上げた」と言うのである。したがって、それに引き続くのは、「おまえ自身も落ちる」ということである。ここに自らを高く投げ上げたツァラトゥストラの「落下の運命」が記されている。真理として、そして必然として。われわれが強調したいのはこの落下の運命である。
 それではこの必然的な落下はどのような性格を持つのだろうか? ひとつは、この投げ上げられた自分自身という石は、「自己の上にふたたび落ちてくるだろう」(auf d i c h zurückfallen werden)と言われている点である。投げた石がすべて自分の上に落ちてくるという刑罰をツァラトゥストラの投石は受けることが定められている(verurtheilt)のである。特別な、「彼に固有の石打の刑」(eigene Steinigung)が彼の投石には罰として定められているのである。なぜツァラトゥストラは特別な、固有の石打の刑をうけなければならいのだろうか? これが第一の点である。
 もうひとつ、ここで見逃してならないのは、ツァラトゥストラの落下が、奈落への落下、底のない奈落、つまり無底(Abgrund)への落下として把握されている点である。この落下は地面(Grund)に落ちる落下ではなく、無底へと落ちる落下なのである。つまり投げ上げられた自分自身は、自己の上に落ち、自己と共に無底の中へ落ちてゆくのである。この落下の固有の性格をツァラトゥストラは知り、そしてこびとである重力の精神も知っているのである。このような落下を、われわれは「神の死の体験」として理解するのである。しかしわれわれは後にこの無底への落下をさらに明確にしてゆくであろう。無底への落下とは、無限の落下なのか? 無限の落下であればそれもまた永遠に回帰するのではないか? あるいは、無底への無限の落下こそ、永遠回帰の体験に他ならないのではないだろうか。そして先の節(『ツァラトゥストラ』を読む(3))で示したように、1882年8月25日に、この体験を発作(Anfall)として苦しんでいたのではないだろうか? これがわれわれの打ち出そうとしている新説である。




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《神の死の体験: 『ツァラトゥストラ』を読む(4)》

瀬谷こけし

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 『ツァラトゥストラはこう言った』第三部の「幻影と謎」の中にこういう表現がある。
>おお、ツァラトゥストラよ! 知恵の石よ、石弩(いしゆみ)の石よ、人びとの仰ぐ星の破壊者よ! あなたは、あなた自身をかくも高く投げた、---しかし投げられた石はすべて---落ちる! (氷上英廣訳、岩波文庫;一部変更、以下同)
> “Oh Zarathustra, du Stein der Weisheit, du Schleuderstein, du Stern-Zertrümmerer! Dich selber warfst du so hoch, --- aber jeder geworfene Stein --- muss fallen! (KSA, Bd.4)

これを言うのは「半ばこびとで半ばもぐら」(halb Zwerg, halb Maulwurf)と性格表示される「重力の精神」(Geist der Schwere)であるが、それはツァラトゥストラから「わたしの不倶戴天の宿敵である悪魔」(mein Teufel und Erzfeind)とみなされる存在者である。この宿敵の語る「投げられた石はすべて落ちる」(jeder geworfene Stein mussfallen!)という言葉は重く、その真理の洞察はきわめて深い。ツァラトゥストラ自身、その真理を否定することはできないのである。
 その宿敵の悪魔が「おまえはおまえ自身をかくも高く投げ上げた」と言うのである。したがって、それに引き続くのは、「おまえ自身も落ちる」ということである。ここに自らを高く投げ上げたツァラトゥストラの「落下の運命」が記されている。真理として、そして必然として。われわれが強調したいのはこの落下の運命である。
 それではこの必然的な落下はどのような性格を持つのだろうか? ひとつは、この投げ上げられた自分自身という石は、「自己の上にふたたび落ちてくるだろう」(auf d i c h zurückfallen werden)と言われている点である。投げた石がすべて自分の上に落ちてくるという刑罰をツァラトゥストラの投石は受けることが定められている(verurtheilt)のである。特別な、「彼に固有の石打の刑」(eigene Steinigung)が彼の投石には罰として定められているのである。なぜツァラトゥストラは特別な、固有の石打の刑をうけなければならいのだろうか? これが第一の点である。
 もうひとつ、ここで見逃してならないのは、ツァラトゥストラの落下が、奈落への落下、底のない奈落、つまり無底(Abgrund)への落下として把握されている点である。この落下は地面(Grund)に落ちる落下ではなく、無底へと落ちる落下なのである。つまり投げ上げられた自分自身は、自己の上に落ち、自己と共に無底の中へ落ちてゆくのである。この落下の固有の性格をツァラトゥストラは知り、そしてこびとである重力の精神も知っているのである。このような落下を、われわれは「神の死の体験」として理解するのである。しかしわれわれは後にこの無底への落下をさらに明確にしてゆくであろう。無底への落下とは、無限の落下なのか? 無限の落下であればそれもまた永遠に回帰するのではないか? あるいは、無底への無限の落下こそ、永遠回帰の体験に他ならないのではないだろうか。そして先の節(『ツァラトゥストラ』を読む(3))で示したように、1882年8月25日に、この体験を発作(Anfall)として苦しんでいたのではないだろうか? これがわれわれの打ち出そうとしている新説である。




ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
岩波書店
ニーチェ

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《プラナー1,4/50》

瀬谷こけし

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 むかし一眼レフのフィルムカメラを使っていたとき一番の魅力はフォーカシングによってピントが合ってきて像がくっきりするその瞬間だった。この手動のフォーカシングが気に入っていたので、AFカメラが普通になってからもなかなか使う気にはならなかった。最後の最後にちょっと使ってみたという程度だ。だからデジタルのAFカメラが世の標準になってからもピントをそのままオートフォーカスに任す気にはならなかった。今もそうだ。いわば合焦の魅惑に憑りつかれているのだ。それでMFのレンズを随分持っているが、その中の気に入りの一本がコンタックスに使っていたプラナー50mm1,4のレンズだ。これをアダプターを使って4/3のカメラ(LumixG)に使ってみようとしたことがあるが、その時は何のせいか、色収差が気になることがあって、使うのをやめてしまった。マクロプラナー60mmの方は申し分なく素晴らしい映像が撮れたので、近接撮影では相変わらず最も信頼できるレンズとして使っていた。

 だが今日はちょっと思うところがあって、50mm1,4のプラナーをLumixGX1に着けて原っぱに行ってきた。他のレンズはまったく使わない。自動絞りが効かないのでディスプレイでボケ具合も確認しながら撮ることになる。このカメラは焦点位置の像を数倍に拡大して正確なピント合わせをアシストする機構がついているので、合焦しているポイントはきわめて正確にピントが合っているはずだ。それは拡大してみれば確認できるはずだ。それで思うのは岡本太郎の写真だが、岡本はピントを合わせたいところにはっきりとピントを合わせて撮っているので、合焦している像に注目すれば彼が何に注目して撮ったかははっきりと掴むことができる。彼はいいかげんな写真は撮っていないのだ。

 そんなわけで、今日はとても楽しんで写真を撮ってきた。風の待ち方も以前と同じような具合だ。ご覧いただければ幸い。


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《ツァラトゥストラとこびとの対決 『ツァラトゥストラ』を読む(3)》

瀬谷こけし

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 『ツァラトゥストラ』第三部2の「幻影と謎」の章は、ニーチェがもっとも強い決意をもって書いた一章だと思うが、言語と文章力の限界を超える試みがなされているように思う。いままで語られたことのないことが語られているのだ。だがこの章の読みかたをよく分かっていないひとがまだ多くいるように思う。ハイデガーもまだ十分ではないが(N,I, S.289ff)、その正しい強い読み方のできない人は、まず文中の表現で言えば、「Seine Schweigen aber drückte mich」ということ、「こびと(Zwerg)の沈黙がツァラトゥストラを圧迫した」というこの圧迫を正しく理解しようとしないためだ。そうしたツァラトゥストラの(こびとに対する)優位を自明のこととして読んでしまっては、何も読んだことにならない。ここでツァラトゥストラはこびとの言った「すべての投げ上げられた石は落下せざるを得ない」という真理と、その事態についてのこびとの沈黙に、圧迫され、ほとんど押し負かされているのである。ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salome) が直接にこの箇所の読解を示していないのは残念なことであるが、ルーが「当時(1882年8月)は永遠回帰の観念がニーチェにとっていまだ確信(Ueberzeugung)となっておらず、やっとひとつの恐怖(Befürchtung)になっていたばかりなのだった」(拙訳)(FN,S.224/訳本p.276)と言い、いわばニーチェが自らをこびとの立場に置き、そして次のメモをその証拠として示すのは『ツァラトゥストラ』解釈としてこの上なく適切なことなのである。つまりルーあての8月25日のメモ「Zu Bett. Heftigster Anfall. Ich verachte das Leben. FN.」(床に就きます。極めて激しい発作です。わたしは生(きること)を尊重しません)(N書簡集290番)。
 とすると、この激しい発作において、ニーチェは投げ上げた石が自分の上に落ちてくるほかないこと、自分自身に等しいい思想を高く投げ上げ、それが自分の上に落ちてくるほかないこと、さらには遠方に投げた石も自分の上に落ちてくるほかないこと、自分がいわば石打の刑の判決を受けていること(Verurtheilt …zu eigenen Steinigung)、この運命を人間の命運として理解しているということ、こびとが示すこの真理をツァラトゥストラも否定することのできないのである。---このこびととツァラトゥストラが共通にもつ洞察の本質は何なのだろうか? それこそが神が死んだということ、その帰結なのではないだろうか? こびととツァラトゥストラは共通して神の死の現実の効果である「無辺際の落下」に苦しみ、傷つき、それによって神の死の現実を徹底して認識した者たちなのである。こびとの沈黙は、神の死んだ現実の恐ろしさを無言のうちに示し、それによってツァラトゥストラを極限まで圧迫するのである。---それによってツァラトゥストラはわけもなく夢に憑かれたように坂をうろつき回り、思考をめぐらし、病人のように悪夢にうなされて目覚めるのである。---そのようにしてまわって、それによってツァラトゥストラは自分の内にこびとの洞察に説得されきらない何かがあることを自覚してゆくのである。---それを彼は「勇気」(Muth)と名付ける。
 ここから、この「勇気」という武器によって、『ツァラトゥストラ』のひとつの頂点をなす反撃が始まる。その勇気は「高らかに響き渡る遊戯」(klingendes Spiel)を伴い、その響きの遊戯と本質的に一体化して働くものなのである。それについては次に語ろう。


 

《京都造形芸術大学の大学院の教科書》

瀬谷こけし

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 京都造形芸術大学通信教育部の大学院の教科書として『芸術環境を育てるために』とう本が平成22年3月20日に角川学芸出版から発行されていて、わたしもその一部を書いていた。第1部第2章「作られる場所2---芸術・環境・地域学」というものだ。わたしはそもそも大学院に教科書があるということに納得が行かず、むしろ学部学生に与えている教材よりも平易なものをと思って書いたのだった。内容は芸術とその根との関係を素描したもので、主としてルソーとデューイと宮沢賢治を扱った。この度それを電子書籍とオンデマンドブックとして新しく制作することになり、その再掲載の許可をもとめて依頼が来たのだった。そこで、脱稿して以来一度も目を通したことのない自分の書いた章を読んでみたのだが、その最後の賢治について書いたところをみると、なかなかいい。この本は鶴見俊輔さんにだけお送りして、「芸術環境の試みに参加していることに敬意を感じる」というようなご返事をいただいたものだった。鶴見さんの賢治論(『限界芸術論』のなかの)を取り上げ直して、賢治の「復命書」の中から新たに「浮立」という概念を芸術の源として取り出したものだった。それは「浮き立つ心」のようなものだ。わたしは地域開講の「環境文化論演習」などの科目の授業を、この浮き立つ心を引き出すようなものにしたいと思って努力してきたのだった。わたしにとってはその実践の理論的裏付けのような意味のある一章を書いたものだった。

 それで修正したいところがあったら修正してくれという注文があって、書いたところをはじめから読み直したのだが、修正したいのは、今はhtppからhtppsになっている二か所の修正と、大正一三年と表記されているところを大正十三年という表記に修正してほしいというその二点だけだった。ルソーやデューイなどにわかづけの勉強で書いたところが、意外ときちんと書けていて、特にデューイのものは訳者の訳文をだいぶ変えているのだが、それで破綻は見つからなかったのだ。
 そのほか『土佐日記』について書いたところともとてもよい。ここに何故かはわからぬがひとは貫之の慟哭を読み取ることをしてこなかったのだ。土佐の地で娘を失ったその慟哭が貫之を国家の役人から異人に変質させ、土地の霊と交わるひとにしていたのだ。
 多言はやめよう。読み直してみたら結構いいことを書いていた、というはなしだ。
 この「浮立」の精神は、今も毎年続けている「お月見会」の基本精神でもあるのだ。---わたしはそれを沖浦和光さんから学んだのだった。

《小道》

瀬谷こけし

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 天上の争い、流れはおのれの流路を探さなければならない、等。これは大変重要な認識ではないか?
 ヘルダーリンの『ムネーモジュネー』第二稿から、第4行目から8行目までを紹介する。

Hölderlin:
MNEMOSYNE Zweite Fassung

  Wenn nemlich über Menschen
 Ein Streit ist an dem Himmel und gewaltig
 Die Monde gehn, so redet
 Das Meer auch und Ströme müssen
 Den Pfad sich suchen.

  すなわち、人間たちを越えて
 戦闘が天上でおこり、荒々しく
 幾多の月が動くとき、そのとき
 海もまた語り、流れは
 おのれの流路を探さなければならない。(拙訳)

《秘色》

瀬谷こけし

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 5月21日。茜色の夕空もよかった。そののちの秘色の空も。
 山中智恵子の歌を一首:

>日ののちの秘色青磁を瞻(まも)りゐつこころほろぼすことばを生きて
     山中智恵子『紡錘』


======== 2017年5月20日の拙FB記事を付加しておく。========

《5月の日本歌人京都歌会》
 今日歌会があった。私の出詠歌は、

>きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ

もちろん本歌の一つは人麻呂だが、この歌自体は次の歌への応答として詠まれている。

>百年の孤独を歩み何が来る ああ迅速の夕焼けの雲

山中智恵子の『風騒思女集』の末尾の歌だ。
 詠んだのは八年前、山中智恵子への挽歌として詠んだ。残酷な歌かもしれないが、私はそれでよいと思っている。それでこそ、時代の深みの底を汲み取り直したことになるだろう。