台新公園と自転車 --- 郡山時代 3

瀬谷こけし
台新公園は思い出の場所だ。なぜか? 息子が自転車に乗れるようになった場所だからだ。もちろん他にもある。そこは家族がそろって遊びに行くところだったし、そこの動物の形のデザインの一体型のブランコは娘の大好きな遊具だった。よく押してやったものだ。夕方のその公園は家族がそろってくつろげるゆったりとした空間だった。うちの子がはじめてひとりでの外出を許された場所もその台新公園だった。
幼稚園の年長のころだったか、そろそろ友だちが自転車に乗るようになるころのことだ。息子のために自転車を買ってやった。といっても新品を買ってやったわけではない。生活にそんな余裕はない。
近所に少し親しくなったくず屋があった。妻はそういうところに打ち解けてすぐに親しくなってくる。そこで自転車を探した。どれでもいい。500円でもって行け、ということになった。18インチか20インチの青い自転車を見つけ出した。タイヤも使えるし、ブレーキも効くやつだ。いいものを見つけたと思った。
それからほとんど毎日のように自転車の練習をした。そのころはすでに台新一丁目に引っ越しをしていて、そこから台新公園までは1分でゆける。そこで自転車を後ろで支えて押してやって練習をした。その時の練習はビデオに撮ってあるはずだ。ビデオカメラは、仕事にも使うので、奮発して良いのを買っていた。一週間か二週間で乗れるようになった。
自分のときのことを思い出した。小学校の校庭で、知っている子の自転車を借りて、乗せてもらって練習した。すぐ上の姉が自転車を支えてくれたこともあった。藤沢の鵠洋小学校だ。小学校三年のころではなかったかと思う。その後家で買ってくれた自転車は家族のみなが乗れるようにと26インチの男乗りにも女乗りにも切替えられるやつだった。結局乗っていたのは私だけだったが。はじめは足が届かず、三角乗りをしていた。『トトロ』の中に出てくる乗り方だ。
息子の自転車は、その後関西に戻る時にも持ってきた。滋賀県菩提寺の家で、しばらく使っていた。それから三年生のころに、新しいのを買ってやった。赤いフレームのマウンテンバイク風のものだ。男の子にとって自転車は戦闘機だ。守山の平和堂かどこかに、二人で行って買ってやった。母親も「いい自転車買ってもらったね」とほめてくれた。高いやつではなかったが。

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