一瞬の賭け (等価交換というフィクション) ---内田樹の『下流志向』 3

瀬谷こけし
内田樹さんの『下流志向』の問題は、微分的にみれば、等価交換というフィクションに、実体性を与えてしまっていることだろう。
等価交換という行為は存在する。一瞬の賭けとして存在する。しかしそれは一瞬の過ぎ去る賭けとしてしか存在しない。だからこそ買ってよかった/損したという思いが出てくるのだ。
だが内田さんは、等価交換が無時間的な空間性として存在する、という語りをする。
だが実際の等価交換行為においては、時間性を捨象した、純粋に空間的な等式設定は存在しない。
ある商品を得ることによって期待される多少とも豊かな将来の自分の姿をヴィジョンとして描かないような消費行為は多分存在しない。
自分の未来についてのヴィジョンという時間的なものを綯い交ぜることなしに何かを買うということは想像できない。
消費主体=等価交換=空間的という図式を提出することによって、内田さんはある種の人々の錯誤的な思考態度を明るみに出した。
だがその錯誤を破る方法を、原理的には提出してくれなかった。いろいろ魅力的な例は上げてくれたけれど。
その原理はこんな風にいえるだろう。等価性は数式の中にしか存在しない。等価交換的行為は一瞬の賭けとして、あらゆる時間性を含んで存在している、と。
内田さん自身当然分かっていることだろうとは思うけれど、もっと大事なことに目を向けるためにはっきりと言っておきたい。
人間を《約束のできる動物に仕付け上げること》(Ein Thier heranzuzüchten, das versprechen darf)(『道徳の系譜』)、これは間違いなく大事なことだ。


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