ラ・サールを翻訳する ---ミシェル・フーコーと『キリスト教学校の運営』

瀬谷こけし
J.B. ド・ラ・サールの『キリスト教学校の運営』の翻訳紹介をしてゆきます。
ラ・サールのこの本には、教育にとって重要な問題の解決法がいくつか示されている、とわたしは考えています。
わが国において「ラサール修士会」をはじめとして、この本の紹介をしようとする人も組織もないのが、わたしには疑問であり、また残念でもあります。
これまでまとまった時間が取れず、それにふさわしい発表の場が見つからなかったので手をつけられませんでしたが、これからブログという形式の利点を生かして、少しずつ仕事を進めてゆきたいと思っています。
この本は、わが国の図書館では、以前調べた時には、東京学芸大学に一冊だけありました。ですがその本は貴重書扱いで、コピーも許されない、ということを、以前その図書館からお聞きしました。
わたしが底本にするのは、フランス国立図書館R.40840です。
ミシェル・フーコーが『監獄の誕生』の中で使用した底本とは別のものですが、フーコーがこの本に書かれているとして紹介していることの一部は、わたしの使用する底本にはなく、おそらく彼が使用した本への書き込みだと思われます。ですが目下未確認です。金持ちの子や信仰の篤い子、無神論者の子などが座席からひと目でわかるようにしているという引用の下りがそれです。R.40840本ではその記述はありません。またページ数の指示が違っているところが何ヶ所かあります。フーコーの単純な誤りだとは思いますが、これも確認できていません。
どなたか労をとって下さり、フーコーが使用した本のコピーをわたしにお送りいただければ幸いです。

わたしがこの翻訳紹介をしようと思った理由の一つは、わが国においてフーコーの猿まねのような事をして何かをしたと思い違えている手合いがあまりにも多いということです。最近手にした本がまたそうでした。情けない話です。公明正大に物事を考えてゆける場を広めてゆきましょう。

わたしがフーコーの『監獄の誕生』を最初に授業で使ったのは、郡山女子大学短期大学部の「道徳教育の研究」の授業でした。難しすぎると言って席を立ってしまった音楽科のOさん。もう一回だけ我慢してくれたら次の時間にはわかるように説明するつもりだったのですが。悔やまれます。また、追試験のための勉強会で思いがけないほど素晴らしい読解力を示してくれた同じく音楽科のAさん。その他いろいろな学生のことを思い出します。彼女たちへの感謝をこめてこの翻訳を進めてゆきます。


監獄の誕生―監視と処罰

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  • いやな景色 (フーコー信者)

    Excerpt: トラックバック先がないものかと探して、 「フーコー」+「権力」でグーグルしてみた。 バカばっかり。出てきたのは。 何がバカかというと、どこかにドゥルーズの名前を使わないと、フーコーについて何.. Weblog: 「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ racked: 2007-07-30 03:56