民俗学の未来

瀬谷こけし
柳田国男の「稗の未来」に倣ったわけではないのですが、民俗学に本当に未来があるのかどうか、それをいろいろな試行を試みつつ探求したいと思います。
経世済民のための学として有効か。それならいい。だがこれからもそう言えるのか。
学問のための学問としての民俗学。あるいは知的好奇心を満たすための民俗学。それは何か道を間違えたものに思える。

  日本の國 つひにはかなし。すさのをの昔語りも 子らに信なし (迢空『倭をぐな』)

日本民俗学が集めて来た農村についての知も、この折口の歌の「すさのをの昔語り」のようなものか。
昔の祭を復興させようとする最近の流行も虚しく感じる。
今なにが必要なのか。

これまで民俗学が引き受けて来た問題の周辺で新しい「地」の可能性を探ろう。

ペルセポリス(高速度ゼミナール)「民俗学の未来」1

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    Excerpt: 「民俗学の未来」 ---質問に答えて--- Weblog: 「世界という大きな書物」  中路正恒ブログ racked: 2007-08-20 04:08