仲つとむの歌集『音霊』

瀬谷こけし
著者が何年のお生まれなのかわたしは知らない。普段から京都歌会でお世話になっているのだがそれは聞いたことがない。しかし、終戦を自分の経験として知る人だということはこの歌集の中の次の歌からわかる。

  敗戦の夏を知るわれは風葬のごとき大樹をいまも忘れず   (踏み絵)(01)


しかしこの「風葬のごとき大樹」とは何なのだろう? あるいは敗戦の玉音放送を聞いたとき、そこに大樹があり、その敗戦の告知を、大樹のごとくそこにあったはずの国が風葬にさらされてゆくごとき出来事として聞いたということなのだろうか。いずれにせよ敗戦は、あるいはさらに戦争そのものが、作者の心にきわめて大きなインパクトを与えているということは歌集を読めばおのずからわかってくることだ。深い深い喪失感がこの歌集の通奏低音になっているという読みはわたしの特異な読みなのだろうか。それとも的中しているのだろうか。作者が喪失したと感じているのは、ひとつは少年時代であり、もうひとつは国である。こんな歌を紹介しておこう。

  行く先を知らせず電車立たしめて売られゆく国 買われゆく国  (同前)(02)
  入道雲を映して池水の澄みたれば鯉となりたき少年がゐる  (ヘラクレス)(03)

作者の目に映る少年のすがたはどれもどこかに喪失感を湛えている。

  星を摑む夢を捨てたる少年の梯子はいまも空むきて立つ  (同前)(04)


どこかホアン・ミロの《月にほえる犬》の中のそれを思わせるこの梯子は、単に少年期の夢という以上に、希望に反して捨てさせられた夢を表しているように見える。こういう解釈はそっと置かれている次のような歌で裏付けられるように思う。

  テレビゲームやめニュースに夢中の少年のいくさ知らぬ目よ美しすぎる  (同前)(05)


著者の少年時代はいくさを知る者の目をしていたのだ。

それはまた、みずからが殺す存在になり、殺すことを命ぜられる存在になることの身近さを常に自覚しているということとつながるであろう。

  殺すとふ五段活用終止形(しゅうし)をすぎて意外に近き命令形よ  (抱卵紀)(06)


そしてこの「殺す」と「殺せ」の近さは、作者が取り出して見せた、この世界の現実の姿に違いない。その近さを、われわれはおそらく如何ともしがたい。それは戦争当事国だけの話ではないのだ。

そして、これは大事なことなのだが、著者はこの「戦争」を、歌人にふさわしく、その命を軽きものとして扱われる人々の立場で受け止めているのである。

  高波を吸ひゐる砂より流木よりも軽き命か無名の兵は  (革命)(07)
  砂の哭くとかがまる足元ぶつぶつと砂さへいくさの悲傷わすれず  (同前)(08)


そしてこの姿勢のままに、著者は「有情」のものらの声を聞き届けてゆくのである。砂もまた彼には有情のものなのだ。

そしてわたしが最も愛しまた最も驚嘆する歌は、この有情のものの声への傾聴から見え、聞こえてくる、人間の原初の姿を捉えた作だ。

  オノマトペさかんなるかな秋の夜は 言葉もたざる太古のやうに  (秋桜)(09)
  草原にうす陽のさせばたちまちに饒舌となる千の草花  (化生の者)(10)

       ◆


わたしはこの歌集の深層的な部分について語りすぎたかもしれない。著者が現代の風景を詠んでもこの上なく見事な歌人であることについてはまた別の機会に述べることもできるだろう。ここではさらに三首だけ引いて、小論を終えることにしよう。

  狂ひ咲く秋のさくらを見て歩く 国をうしなひ 四季をうしなひ  (踏み絵)(11)


この歌は山中智恵子の、「さくらばな」の歌の隣に置くべき歌だ*。国は売られ、そしてまた今やこの列島では四季すらも正しい営みを忘れてしまっているのだ**。正しい四季の終焉は古今和歌集の感性と思想の終焉でもあるだろう。そういう現実の中に今われわれはある。そしてその現実のなかで著者は、

  夢に見しわが鳥葬のかなしけれ食い残されし骨のかるさも  (愛唱歌)(12)

とわが死を歌う。食い残された骨のかるさをどう嘆いたらよいのか? この嘆きのなかに作者のこの上なく誠実な人生の姿勢が浮かんでくる。それが言葉への、ひとに言葉を賜る「神」への祈願となる。

  わが前の青き檸檬よ一滴のただ一滴のことばを賜へ  (化生の物)(13)


歌人にふさわしいこの祈願は、必ずや報いられるであろう。




  注
* さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人と生まれて (14)
         山中智恵子『みずかありなむ』
** 前掲、(02)の歌を参照。


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