『ヘルダーリン詩集』川村二郎訳、岩波文庫

瀬谷こけし
書評というよりは、本と詩人の紹介になるのだろう。ともかく以下がそれだ。

  *   *   *

そんなに厚い本ではないのだが、大事な詩はほとんど収められている。ヘルダーリン(Hölderlin,1770-1843)の詩はギリシアの、ムーサイ(ミューズの神たち)に愛された詩人の本来の姿を伝える。詩人であるとはもともと非常に危険なことなのだ。ヘルダーリンはこんな風に歌う:

しかし今は夜明け! 待ちくらした末私は見た その到来を。/目にした神聖なものを わが言葉たらしめたい。/時よりも古く 西方東方の神々さえ/超越している 自然そのものが/今 物具の打ち合う音とともにめざめた。/高い天上の気から千仭の奈落に到る/神聖な混沌から 古来の鉄則に従って生れた/万物を創造する源なる霊感は/改めて 我とわが身の力を感じ取る。
〔中略〕
かくして天の火なる酒を 地上の子らは/危険を冒すことなしに賞味する。/我らに叶うのは 神の嵐のもとで/詩人たちよ! 頭もあらわに直立ち/父神の光芒を 父そのものを わが手に/捉え 民に天上の施しを/歌にくるんで手渡すこと。

ここで「父神」とは、キリスト教の父なる神のことではなく、酒神バッコスの父、ゼウスのことだ。そんな風に、詩人は、ヘルダーリンによれば、「酒神バッコスの聖なる司祭」(「パンと酒」7)なのだ。


 こんな激しい詩人の使命にヘルダーリンは誠実に従った。そして後半生の四十年の病いの生活。ヘルダーリンの重要な詩はほとんど1800年から1804年までの五年ほどで書かれた。重要な詩とは、ここに収められているもので少な目に言うと「祭りの日の…」、「パンと酒」、「平和の祭」、「回想」(これについては『地域学』の最後の章で少し論じた)、「記憶の女神」などだ。それに「人生の半ば」。これも付け加えておこう。


 だがたとえば「故郷」のなかの次の詩行のように、彼はわれわれをほっこりさせてくれるような言葉ももっている。

…… しかし私は知っている/愛の悩みはたやすくは癒えないと。/人間の歌うどんな子守歌の慰めも/この悩みを胸から掃ってはくれない。//
なぜなら 私らに天の火を与える/神々はまた 聖なる悩みをも授けるのだ。/だからこのままであれ。地上の子 私はどうやら/愛するように 悩むように作られている。

ここにはヘルダーリンという詩人の心の純粋さがはっきりと示されているだろう。これこそが本当の詩人なのだ。ムーサイに選ばれ、祝福された者。中島みゆきが「ララバイsinger」という曲のなかで歌う「歌ってもらえるあてがなければ 人は自ら歌びとになる」という思想も、このヘルダーリンの詩と直結している。


 最後にちょっと付け加えておきたいのだが、ヘルダーリンの詩を朗読した素晴らしいCDが出ている(823643-2 ECM 1285)。朗読はBruno Ganzだ。これはまったく素晴らしいもので、これを聞くとヘルダーリンがどれほど端正にかつ力強く言葉を語っていたかがわかる。大いにお薦めする。
                         



 

ヘルダーリン詩集 (岩波文庫)
岩波書店
ヘルダーリン

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