赤松林に夕日が射して

瀬谷こけし
 赤松林に夕日が射して一瞬きれいだったのだが。その、やや上の方の日差しの揺らぎが。次の瞬間にはもそれがどこだったのかわからなくなる。最初に一枚撮った時には、何かが写っている。それがこの写真。次にズーム・アップした時にはもう何か分からなくなっている。もともととても微妙な何かなのだ。ほんの一瞬のゆらぎ。
 昨日から少し花粉の飛翔を感じる。車の窓が開けていられない。春が楽しいい季節ではなく、花粉と黄砂に苦しむ季節になってしまったようだ。これは柳田国男の『雪国の春』の思想からの、隔たりになっている。春を素朴に楽しめない。春の到来を単純に喜べない。春は薬を飲んで耐える季節になった。
(写真は大学講内)


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