今日は満月 去年この夜、更級で

瀬谷こけし

画像
京都東山の月 (2011.10.11)


 今日は満月。外に出ると雲一つない山の端の空に皓皓とあるいはむしろ煌煌と照っていた。これは二日前に信州諏訪湖の近く、原村で見た月だ。あれからまた力を得て輝いている。
 去年はこの晩秋の満月を更級で見たのだった。確かに更級の月は、月見をするに絶好の場所だ。その東の山の上にかかる月は、秀逸であるとともに哀れも深い。あの夜もわたしは風売る老婆の姿を思い浮かべられればよかったのだが、それができなかった。芭蕉にとらわれすぎていたのだ。そしてその「俤(おもかげ)」の句の句意がよく読み解けなかったのだ。今でも読み解けていないかもしれないが。いったい、どこにどういう「姨(おば)」がいたのか? 「月の友」とは何か? 芭蕉のこころが捨てられた姨のどこに届いていたのかわからない。今はすこしは考えれるか?
 多分こうなのだ、芭蕉に「俤に姨が浮かんで見える」というのではなく、俤は姨みずからにとっての俤なのだ。捨てられた姨は何を俤に浮かべて泣いているのか? それは自分を捨てた義理の息子、そしてその嫁、その日々の暮らし…。そしてひとり泣きながら、こころでただ月に向かう。そしてうれい(憂)を語る。それを聴き取る月。かつてより月は人のうれいのみならず、鳴く虫のうれいなど、生きものたちの数限りないうれいを聴き取ってきた。友として。この更級の姨捨山の姨も、月はみずからの友にしてくれる。月はあたたかい…。
 こんな句ではないか。芭蕉の句というのはこれだ。

  俤や姨ひとり泣く月の友 (452)

 この姨を、風売る老婆に転身させることはできないか? 山中智恵子の歌う風売る老婆は戦塵のなかに浮かぶ。われわれは今まさに戦塵のなかにいる。前代未聞の放射能との戦いのなかに。

  わがゆめの髪むすぼほれほうほうといくさのはてに風売る老婆
         『みずかありなむ』「鳥住」

もう一首、

  たたかひを過ぎて古鏡にあらはるる風研ぐ少女風売る老婆
             同前

風研ぐ少女にも目をとめるようにしてゆきたい。






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