岡本太郎の『日本の伝統』

瀬谷こけし
岡本太郎の『日本の伝統』(光文社文庫)


画像
2012年2月3日節分 京都北山


 「伝統」について岡本太郎はこう言っている。

>私は「伝統」を、古い形骸をうち破ることによって、かえってその内容---人間の生命力と可能性を強烈にうちひらき、展開させる、その原動力と考えたい。この言葉を極めて革命的な意味でつかうのです。(p.270)

伝統を、現在の生き甲斐の下に、創造行為の中で捉え直す必要があると言っているのである。
 しかしこの主張は取り立てて新しいものではなく、また単に言葉だけ、口先だけでも称えうるものである。そして実際、岡本がこう称える時、わたしはひそかに一つの危惧を懐くのだが、その危惧はこの論述の最後まで解消されない。それはニーチェ的な差異の問題が、バタイユ的・ヘーゲル的な弁証法によって、うやむやにされ、結局は無差異の境位にとどまっているように見えるということである。しかしその問題はここでは措いておこう。ここでも大変魅力的な思索がなされているからである。ともあれはじめにこの本の構成を示しておく。

  はじめに
  一、 伝統とは創造である
  二、 縄文土器
  三、 光琳
  四、 中世の庭
  五、 伝統論の新しい展開
  角川文庫序/講談社現代新書版 はじめに/

などである。初版は一九五六年刊で、第五章は一九七三年の講談社版で追加されたものである。
 はじめに引いた第五章だが、その結論はこうである。「創造は本来、極めてパティキュラーなものです。それはほとんど一人だけの孤独な作業なのです。しかもいま言ったような局限された特殊な状況を土台にして創り出す場合、しぼられた特殊な様相をおびるのは当然です。おのれをのりこえるということは、極端におのれ自身になりきること以外にありません」(p.280)。わたしはこの結論にはまったく賛同してしまう。そしてこの説には、地域的、文化的パティキュラリティーの引き受けとしての「地域学」の問題が、きちんと捉えられているのである。そして徹底的に自分自身になりきるという主張は、ヘーゲルを越えて、ニーチェの本質的な問題領域に届いている。
 この本の大筋は、岡本自身が語る上記の主張のうちに示されている。それでは、地域学の問題として、京都パティキュラーはどう捉えられているのだろう? わたしはそこにおいても岡本の天才的な魅力を感じさせられるのだ。岡本はまず「この町の奇妙にちんまりとくすんだ形式、室町以降の趣味的な繊弱さには反感をおぼえました」と言う(p.262)。「ひねこび、ちんまりと気どって、いい気になっている。そんな料亭趣味」、とも言う。奈良と違って「現代日本的な卑小な気配」そのものの典型を京都に見るのである。しかし岡本の天才はそこからさらに思索を転じてゆくのである。岡本は封建時代のきわめて厳しい制約のなかで、極めてわずかに残された自由の領域を発見し、そこに精神の安堵の場所を開いた工夫として京都の庭園を再発見するのである。こう言う。

> だから、まさしく消極的な精神生活の反映です。
> しかし封建時代には、また独特な生命ガあって、積極的にのりこえてゆくとか、創造する、はげしく対決するというのではなく、いわば運命をあきらめてしまった、その消極性のほうにまた強靭な精神力を対決させるという、ネガチヴな積極性があるのです。(p.267)

これがこの本の中のもっとも天才的なページだ。

 どうだろう? この問題、この伝統・京都文化の問題を、われわれは乗り越えただろうか? とんでもない。まだ発見すらしていなかったのである。それですでにいじけてしまっている。京都地域学の問題は、まさしく「今日の芸術」の問題だと言っておこう。
 蛇足ながら一つ付け加えておく。苔寺つまり西芳寺の枯滝石組については、わたしが『日本感性史叙説』(創言社)の中で試みた分析を参照していただきたい。岡本の読み取りに劣ることは決してないはずだ。

 この本には、さらに光琳について、また中世庭園についてのきわめて魅力的な章がある。どちらも卓抜な見方を示しているのだが、わたしには弁証法に足を取られてしまっている印象がある。ほんとは、「弁証法」ではなく、「対話的な向き合い」と言った方がよかっただろう。向き合って対話をしたまま、世間を忘れ、人間を忘れ(つまり人が自分をどうみるかということへの配慮を忘れ)、そうして宙吊りにされた空間の中で、思索が前人未到の問題に深まってゆく経験が、京都の中世庭園には隠されているのである。
 この本から、ひとは深く新しい多くの京都を見出すすべを学ぶことができるだろう。


(本稿は京都造形芸術大学通信教育部「京都地域学」の補助プリントのために書いた原稿をWeb向きに一部修正したものです)




日本の伝統 (知恵の森文庫)
光文社
岡本 太郎
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 日本の伝統 (知恵の森文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック