宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」 --- ニーチェ探検(1)

瀬谷こけし
宮沢賢治とニーチェ 「夕べの太陽の幸福」
  --- ニーチェ探検(1)『悦ばしい知識』337 ---


 宮沢賢治は、『注文の多い料理店』の序のなかで、次のように言っている。

> またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見ました。

よく紹介されているので、多くの人の知っているものだろう。「ひどいぼろぼろのきもの」が「いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきもの」に変っているのを、何度も見たというのである。この変化は、きっと太陽が、日の光がもたらしたものだろう。そう明言されているわけではないが、その直前の文章が「桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」というものなので、この「きもの」を特別なとてもきれいなものに変化させるのも日の光であると読むのは、自然な読み方だろう。そして、ここではこの「ひどいぼろのきもの」が誰が着ているものかということが言われていないが、それはきっと、どこかに置いてあったり、干してあったりするものではなく、誰かが着ているものであり、それを着て労働を、仕事を、きつい作業をしているものなのだろう。「はたけや森の中」での仕事だ。どこかミレーの描く、一日の作業の終わりに祈りをささげる農民たちの姿に重なる気がする。貧しいけれどしっかりと仕事を続ける人々を、夕べの太陽が祝福する、そういうさまが感じられる。彼らの着るぼろぼろの着物を、びろうどや羅紗や、宝石いりのきものにするのは、きっと夕べの太陽の光なのである。
 これは、太陽の贈り物といってよいものではないだろうか? 賢治はここに、おそらく最も大事な出来事を読み取っているのである。それは起こる。その変化は起こる。神聖化と言ってよい瞬間的な変化は起こるのである。夕べの光の一瞬のかがやきによって。そうした変化が現実に、実際に起こるということに賢治はこの上もなく注目しているのである。

 あるテキストの中でニーチェは、これととてもよく似たことを、夕べの太陽の幸福のわざとして示している。こうである:

> それ(=その幸福)は、夕べの太陽のように、たえることなくおのれの無尽蔵の富から贈物をほどこし、海へ注ぎこむ幸福、太陽のように、もっとも貧しい漁師が黄金の櫂で舟を漕ぐとき、そのときにこそおのれのこの上ない豊かさを感じる幸福なのだ。(『悦ばしい知識』337)

黄金に照り渡らされる海、その海で小舟に乗って櫂を漕ぐ貧しい漁師。源実朝の「綱手かなしも」の歌を連想させる叙述だが、ニーチェは、この夕べの光りによって照らされる海で生じる出来事を、贈与のもっとも本質的なものとして読み取っているのである。贈与は、変化させる。神的と呼びうる力によって被贈者、つまり贈与に気づいた者、の何事かを変質させる。だから贈与においては、返済や返礼はまったく問題にならないのだ。そのようなことが起こる。現実に、実際に起こる。この神的な変質の現実性を示すことに、ニーチェは、そしてまた宮沢賢治も、その詩的な能力のすべてを注ぐ。ただ、ここでニーチェと賢治はやや立場が相違してくる。ニーチェは贈与者であることを問題にする。贈与するとはどういうことであり、みずからが贈与者であるとはどういう状態であるかを思考する。もちろんその資格についてもである。他方で宮沢賢治は、みずからが贈与者であることを問題にするのではなく、現実に存在しながらもひとびとには大変に気付かれにくいものである贈与の事実を、現実の生活のここかしこの中に読み取り、確認し、そうしてその存在をひとに知らせようとするのである。こうしたやや控え目な立場に賢治は立とうとする。このような二人の思想家の立場の別れ道には、決定的なものがあるであろう。これまで我が国の文化の中では賢治的なものが尊ばれてきた。だがそれでいいのかと問うてみることも、必要ではないだろうか。たとい雲に隠されても、みずからの富を贈りつづける無尽蔵の豊かさが存在しているからである。


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