市原にも桜が咲いていて…

瀬谷こけし
 昨日アップしたニーチェ論が、なかなか気に入っていて、今日は少しその修正をしていた。多分一段落ほど飛躍させているが、早く要点を書いてしまいたかったので、とりあえずこれでよいにしておく。気に入っているのは「醜いもの」も「事物」ではないか、という問を立てることではじまる問題を示したことだ。今年はささやかだが、非常に重要な新しい思想や、解釈を世に示すことができている。そのひとつが「無主の境」だし、もうひとつがこの『悦ばしい知識』276読解だ。どちらも新しい思惟の場を世に提供していると思うが、読んで理解してくれるひとが、十人に達するにも相当時間がかかるだろう。だがそれでいい。それがわたしの場所だ。
 それで、善いものを纏められたので、気持ちよくいつもの市原の原っぱ方にいった。ここにも桜が咲いていて、随分と感じるものがあった。桜の写真を撮る前に、原っぱの草を見て、撮影していたので、桜に戻った時にはもうあのはじめにあった光線の魅惑による枝枝の色合いの絶妙さは消えていたが、それを偲べるぐらいのものは何とか定着できた。
 原っぱの草々は元気に育っている。一番元気に見えるのはアメリカ秋のキリン草(セイタカアワダチソウ)の今年生れのものたちだ。オオバコと似た葉のものも元気だが、あれがオオバコなのかよくわからない。オオバコは、小学校の頃、ウサギの餌に取っていたので分かる気がしているのだが、原っぱにあるのがそれなのかどうか、葉っぱの色や固さが違うので(こちらの方が柔らかく、また薄い色)、わからないまま。
 だが最近は色々なことが分かってきている。この大型焼却場の裏山が、先日夜泣峠から見た「向山」なのだ。だからここを登っていっても、夜泣峠に着けるはずだ。そういえばこの前滝に行く時に使った鉈の手入れをしていない。洗って汚れをとって、必要ならば研がなければならない。今朝は誰か私のブログの中の「橋本繁蔵」のものにアクセスしてくれたひとがあるのを確認して、とりわけ嬉しかった。今日13日はほぼ雨。飛騨での授業の計画が整った。『ああ、野麦峠』についての会田進先生の授業を市民に公開することのOKも得られ、手筈も進んだ。授業の翌日に、学生を何人か集めて工女たちが歩いた道を信州側から歩いてみるプランを立てようとしているが、うまく立てられるかどうか。3,5kmの道の方は一昨年の台風のせいで、案内できないようになっている、とだけ聞いた。
 (写真はずべて4月12日のもの)

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