もろともにあはれと思へ(奥の細道) 

瀬谷こけし
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>岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり。ふり積(つむ)雪の下に埋(うづもれ)て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花爰(ここ)にかほるがごとし。行尊僧正の歌の哀(あはれ)も爰に思ひ出(いで)て、猶まさりて覚ゆ。
 (芭蕉、『奥の細道』、六月八日〔陽暦7月19日〕、月山の条。月山から湯殿に下る途中のこと。岩波文庫より)

 芭蕉は、月山から湯殿に向かう途のどこかで、桜の花の咲きかかっているのを見る。そして(『細道』に)「春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし」と記すのである。そして、行尊僧正の歌を思い出す。行尊僧正の歌とは、『金葉集』の(あるいは百人一首の)、

  もろともにあはれと思へ山ざくら花よりほかに知る人もなし

の歌である。
 芭蕉は、世のつねからどれだけ遅くなっても春を忘れない桜の心を、理で語りつくせないほどすばらしいこと、と感嘆し、共感するのである。そして、行尊が山ざくらに対(むか)ったように、その桜に対う。だが、方向は逆転していて、ここで「もろともにあはれと思へ」と語るのは、桜の方である。その桜の言葉を聴きとどける芭蕉。
 互いに(かたみに)ではなく、もろともに、あはれと感じ、あはれを思うのである。



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余談、一:
柳田国男は、色々なところで芭蕉から本質的なことを学んでいるように思うが、この「春を忘れぬ遅ざくらの花の心」からは、ことのほか大きなことを学んでいるのではないだろうか。わたしには『雪国の春』そのものが、この月山の遅ざくらへの芭蕉の思いを着想の源にしているように見えるのである。もっとも柳田は、桜の「春」を、人々の「暦の春」の問題として捉え直すのであるが。例えば、「満天の風雪を物の数ともせず、伊勢の暦が春を告ぐるごとに、出でて古式を繰り返して歳の神に仕えていた名残…」、と柳田は記す。その「敬虔さ」の再興を企てている。
(2012.6.3)

余談、二:
行尊の歌の「あはれ」とは何だろう? おのれがここにこうして居ることへのあはれである。見る人もなく、知る人もなく、である。それは、先ずはおのれのあはれであり、おのれの存在へあはれであるが、一歩深めれば、存在することそのもののあはれであり、存在と存在するものへのあはれである。存在していることのあはれを、山ざくらと共感する、共感したい、と訴える、という趣向に見える。
 ただ、桜にとってみれば、行尊を待たず、また芭蕉を待たずしてすでに、その近くに生息する昆虫がおのれの開花を感知してくれることを知っているのではないだろうか。ナチュラリストは、芭蕉とも戦わなければならないようだ。
(2012.6.3)









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