田舎の野暮ったさ…

瀬谷こけし
 「環境文化論・飛騨」のレポートを採点していて、出会った言葉。長く引けば、「高山陣屋の玄関正面に飾られていたもち花は、田舎の野暮ったさを感じさせない、凜とした姿をしている」、という表現。
 こう言われるとこのとおりで、わたしは飛騨高山の文物に、野暮ったさを感じたことは一度もない。これは非常に特殊なことかもしれない。江戸時代に長く幕府直轄領であったことで、特別な自負や、厳しさが、高山中に漂っている気はする。

 だがわたしはこの言葉に傷ついてしまった。というか、ある、わたしの危惧していることが、言われてしまっているのだ。高山のような、天領や幕府直轄領でない普通の地方の文物を、基本蔑むような見方。そういう見方の存在。じつはそういうものと、わたしはずっと戦ってきたのだ。世に野暮ったいと言われることの中に、都市の洗練に勝るものを見出そうとして来た。まだ途も半ば以前で、何の、さしたる仕事もできてはいないが。
 わたしの愛するひとやものが野暮ったいと言われることはたまらない。だが、田舎のひとやものを野暮ったいと言いたくて、都会に行き、都会人になろうとしてきたひとが、世の中には、驚くほど多くいるのだろう。

 どうしたら解決できるのだろう…。



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