《生への讃歌》6 検討2 --<<Raetselleben(謎の生)>>とエロス

瀬谷こけし
検討2 <>
 本来ならルー・ザロメの《生の祈り》(Lebensgebet)の拙訳を試訳としてでも示すべきなのだが、おそらくルー自身が特別な創意によって作った合成語について、多少面倒でも検討をしておかなければならないので、今回も「検討」を中心にする。基本にするテキストは、Lou Andreas-Salomé, Lebensrückblick, Verlag tradition GmbH, Hamburgである。詩はその32頁にある。


Lebensgebet *1)

Gewiß, so liebt ein Freund den Freund,
Wie ich Dich liebe, Rätselleben*2) –*3)
Ob ich in Dir gejauchzt, geweint,
Ob Du mir Glück, ob Schmerz gegeben.

Ich liebe Dich samt Deinem Harme;
Und wenn Du mich vernichten mußt,
Entreiße ich mich Deinem Arme
Wie Freund sich reßt von Freundesbrust.

Mit ganzer Kraft umfaß ich Dich!
Laß Deine Flammen mich entzünden,
Laß noch in Glut des Kampfers mich
Dein Rätsel tiefer nur ergründen.

Jahrtausende zu sein! zu denken!
Schließ mich in beide Arme ein:
Hast Du kein Glück mehr mir zu schenken –
Wohlan – noch hast Du Deine Pein.
(イタリックは原著者)


 まず問題にしたいのは、「Rätselleben」である(*2)。これは「Rätsel」(謎)と「Leben」(生)の合成語であるが、これは何を言いたいのか? 「謎多き生/人生」と言いたいのか? ならば「rätselvolles Leben」とすべきである。後にニーチェが《生への讃歌》の中で修正したようにである。19歳の9月までペテルスブルグのドイツ語を話す家族の中で育ったロシア娘とはいえ、ドイツ語の複合名詞の感覚がよくわからなかった、ということはあるかもしれない。しかし、たといそう直したとしても、「謎多き生/人生」とは何なのだろう? そして問題は、ここでルーがその「Rätselleben」を"du"(お前)と呼んでいる所である。ルーはこの詩で"Rätselleben"を"du"と呼び、その第二聯以降の全詩行をこの"du"に向けて語っているのである(わたしはルーの発行した『回想録』原典のリプリント版をもっていないので確たることが言えないのだが、《生への讃歌》においても、また『神をめぐる闘い』の中の「生の祈り」の詩においても"du"は小文字で使っているので、この『回想録』の中の「生の祈り」においても"du"は本来小文字だったとみなして話を進める)。この「お前」(du)としての「謎の生」(Rätselleben)とは何なのだろうか?
 前回の検討の補足で記したように、この詩作の時期、ルーはエロスに衝き動かされた生き方をしていた。そしてそこでルーはこのエロスに衝き動かされた状態を「対象のない状態」(ein objektloser Zustand)とも呼んでいた。そしてその時ルーは自分の中で自分を衝き動かすエロスにできるかぎり忠実に従い、そしてそれを正確に把握しようとしていた。エロスの、特定の対象を越え、特定の願望や欲求を越えたなにものかに向けて自分を動かす力と、そのエロス的な欲動の、特定されない超欲求的な対象の両者を一体のものとして「生」と呼び、「謎の生」と呼んでいるのである。いわば「私」という小舟が、「生」という大海に浮び、動かされ、何かを愛し、何かを欲望しているのであるが、その「私」という小舟自身が「生」の一部なのである。
 このようにしてわれわれは詩の最初の4行を読むことができる。

> Gewiß, so liebt ein Freund den Freund,
> Wie ich Dich liebe, Rätselleben –
> Ob ich in Dir gejauchzt, geweint,
> Ob Du mir Glück, ob Schmerz gegeben.

訳してみよう。

> きっと、私がお前を愛するように、謎の生よ、
> そのように友は友を愛するのだ、
> 私がお前の中で歓声を上げたにせよ、涙を流したにせよ、
> お前が私に幸を与えたにせよ、苦悩を与えたにせよ。

 ここで小さな注をつけておこう(*3)。
 注1) ここに出て来る三つの過去分詞、「gejauchzt」「geweint」「gegeben」は何れも現在完了時称を示すもので、「gejauchzt」「geweint」は後に"habe"が省略、「gegeben」は"hast"が省略されたものであると考える。これらをわたしは受動態とは取らないとうことである。
 注2) 「so...,wie...」という比較の構文において、主文はあくまで"so"を含む文の方であって、"wie"を含む文は従属文にとどまる、ということを確認しておかなければならない。たとえば文法書にはこんな文がある。

> Wie der Leib ohne Geist tot ist, so ist auch der Glaube ohne Werke tot. (精神のない肉体が死んでいるように、事業のない信仰も死んでいるのだ。)

 ルーが言おうとしているのは、友が友を愛するというのは、私がよく知っている、私が謎の生を愛し欲望するのと同じようなことで、偉大で、寛大で、無慈悲で、しかも寛容なことなのだ、ということである。ルーが(それまで彼女が身も心も捧げていた)ギロートの求婚を嫌い、それを振り捨ててチューリッヒに逃げ去ったのは、友が友を愛するという形においてまさに正しいことなのだ、という主張が詩行の裏に読み取れる。



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