詩人

瀬谷こけし

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 「パンと葡萄酒」の中でヘルダーリンが語る詩人像は、わたしにはこれこそまことの詩人と思えるものだ。そこのところ、川村二郎の訳で紹介するとこうだ。

>  ……何をなし何をいうべきか
>惨めな時代に何のための詩人か 私は知らない。
>しかし詩人は ハインゼのいう如く 酒神の聖なる祭司
>聖なる夜に 国から国へのさすらい巡る者。
(川村二郎訳『ヘルダーリン詩集』岩波文庫)

あるいは「乏しい時代の詩人」という言い方の方が、人口に膾炙しているかもしれない。ここのところ原文はこうなのだが:

> ... und was zu tun indes und was zu sagen,
> Weiß ich nicht und wozu Dichter in dürftiger Zeit?
>Aber sie sind, sagst du, wie des Weingotts heilige Priester,
> Welche von Lande zu Land zogen in heiliger Nacht.
(Hölderlin Sämtliche Gedichte, Deutscher Klassiker Verlag TB4)

この[ in dürftiger Zeit ]をどう訳すべきかはなかなか難しい。「内容の乏しい時代」「うわべだけの時代」というところでとりあえずは押さえておけると思うが…。

 わたしが疑問に思ったのは、「惨めな時代」にせよ「乏しい時代」にせよ「うわべだけの時代」にせよ、ここに「この~」といった限定がないことだった。はじめは原文は、[ in dieser dürftigen Zeit ]ではないかと思っていたものだ。だがここに[ dieser ]は無かった。これをどう考えたらよいのか?

> ……何をなしまた何を言うべきか
>わたしは知らない、そしてまことのない時代に何のための詩人か。
>しかし詩人は、と、お前は言う、聖なる夜の中を国から国へ進みゆく
>酒神の聖なる祭司のごときものなのだ。
(拙訳)

そして「詩人」が複数形(詩人たち)であることも心得ておく必要があるだろう。
 詩人は聖なる夜の中を進みゆく。そのように感じつつ耐えとおすこと。聖なるものを。---このことが詩人の十分な規定ではないだろうか。そして、このような詩人こそ、芸術家の典型ではないだろうか。芸術神ムーサイに愛される者。これは世を改善する技術者の姿とは違う。


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