《添削の余白に---吉田松陰『留魂録』についてのレポート添削から》

瀬谷こけし

添削の一部分を紹介しておきます。

>『留魂録』からの読み取りはまずまずよいのですが、しかし「実」についての読解ができていません。そして「斬首されることが今まで行ってきたことの総仕上げになり、必ず門下生や心ある人々が立ち上がってくれることに繋がると信じたと考える」と主張することにも、『留魂録』の誤解、読み不足があるように見られます。それは「実」が「秕」か、「粟」かは自分の知ったことではないが、「継紹(=継承)のひとあらば」、実の空っぽの「秕」ではなく実の有る「粟」になるのだ、という論理をきちんと読み取っていないという点です。この点に関しては、松陰を論じる人でもきちんと読み取れていない方が少なくなく、辟易するところですが、松陰が「死ねば自動的に門下生が立ち上がると」考えていたのではなく、門下生(同志)が正しく継承してくれれば(立ち上がってくれれば)自分の残した実が、空っぽの「秕」ではなくなる、という論理を門下生たちに伝えるべく『留魂録』に書き留めているのです。自分が実りのない人生を送ったわけではないということをお前達が示してくれ、という遺言になっているのです。わたしにはこれが『留魂録』の最も重要なメッセージだと思います。その論理を『留魂録』のテキストを再読してご確認下さい。


 ここの論理、ここは学生が自分で読み取ってほしいと思って『「知」への案内』ではあえて示さなかったことなのですが、これまでこのテキストに取組んだ学生のひとりとしてそれを読み取った者がなく、添削でも示唆に留めていたのです。しかし二三ヶ月前から学生に「継紹(=継承)」をきちんと読み取ることを添削で教え始めているので、その読み(その論理の読み取り)を公開しておきます。あえてこうするのも、管見この論理を明確に説いている論を見たことがないためです。手に入りやすい本でそこを明確に読み解いているものがあれば、参考文献としてそれを紹介すればよいのですが……。あえてここに示しておきます。





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