哲学コラム4 草木虫魚の音環境

瀬谷こけし
 虫の声で目が覚める、もしくは目が覚めるとまず虫の鳴き声が聞こえるということを経験するような時期になった。また、もう少し夜明けが近づけば、鳥の鳴き声で目が覚めることもあるだろう。これらは、音環境(サウンドスケープ)として、自分がどういう場所にいるのか、ということを実地に教えてくれる経験だ。こんな経験は都会ではなかなか得られなくなったのだろうか。以前本学の「黒田村アートヴィレッジ」に泊った時には、鳥たちの透明で鮮やかな鳴き声に目覚めて、しばらく聞き惚れていたものだった。わたしたちは、草木虫魚の生活する場所のただなかにいる、ということをこうした経験は教えてくれる。そして、どんな草木虫魚が、どんな仕方で生を営んでいるか、ということはそれぞれ場所によって違う。だからこそ、旅先でしばしば虫の声や鳥の鳴き声の新鮮さに「目が覚める」思いがするのだ。
 マリー・シェーファーの『サウンド・エデュケーション』は、現代文明が騒音によってみずから聴覚障害を起しつつある、という危惧を語っている。そして、われわれは世界の音環境を改善するために、それをデザインするという観点をもつべきだと提案している。まず聴き方を学び、鋭い批判力をもった耳を育て、そこから転じてみずから意識的に音環境をデザインしてゆこうというわけである。こういうシェーファーの提案に特に異論があるわけではないが、最近では音環境のデザインとして、街中や電車の駅で、スピーカーから流される鳥の鳴き声を耳にすることが多い。また最近の経験では、愛媛県のある山奥の道の駅でホトトギスの声が聞こえ、「新鮮!」と思って近づくと、音に指向性がある。声はポール上の二つのスピーカーから流れていた。そしてその音をよく聞くと、鳴き声の不自然さがたまらなくなってくる。虫や鳥はみな、(普通)人間のために鳴いているのではなく、それぞれ敵味方、同種他種のいる社会の中でみずからの欲求に従って、何らかの社会的な応答の中で鳴いているのだ。音環境について考えるためにも、まずは草木虫魚の「人生」を学ぶことが大事なのではないだろうか。(2013.09.13)

(本稿は京都造形芸術大学通信教育部補助教材《雲母》2013年9・10月合併号の原稿です。掲載が遅れました)




 

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