《通信教育部スクーリング哲学講義補足資料---『監獄の誕生』》

瀬谷こけし
 今日学生に補足資料として配布したものを再録しておきます。田村俶の翻訳(新潮社,1977年)ではとても理解ができないであろうと思う重要な箇所を補足説明するために配った。(私のブログなので私の氏名だけは省いておく)
 (授業ではこの修正に関してさらに豊富に説明しています)


『監獄の誕生』補足資料      京都造形芸術大学通信教育部「哲学」スクーリング                             2014.11.29


問題1.
p.194、上、ll.5-9
〔3〕試験は、記録作成のすべての技術に守られ助けられることで、それぞれの個人を一つの《事例》に仕立てる。つまり、一つの認識にとっては一つの客体を構成し、と同時に一つの権力にとっては一つの支配を構成する、そうした《事例》である。

原書、p.193
3. L’examen, entouré de toutes ses techniques documentaires, fait de chaque individu un <> : un <> qui tout à la fois constitue un objet pour une connaissance et une prise pour un pouvoir.

拙訳:
3.試験は、試験のドキュメント(記録資料)にかかわるあらゆるテクニックに囲まれ、個々の個人を一つの《ケース(事例)》に作りなす。つまり、認識にとっての対象となるのとまさに同時に権力にとっての(捕捉するための)手がかりとなる、そのような《ケース(事例)》にである。


問題2.
p.195、上、ll.10-13
さまざまな規律・訓練を一言で特色づけうるとすれば、それは個人別の差異が関与的(ペルティナン)(言語学用語。法学用語としては「直接関連的」)である、権力上の一様式だ、ということになるが、こうした規律・訓練は試験によって儀式化されるのである。

原書、p.194
Avec lui se ritualisent ces disciplines qu’on peut caractériser d’un mot en disant qu’elles sont une modalité de pouvoir pour qui la diférence individuelle est pertinente.

拙訳:
試験とともにこれらのディシプリンは儀式化されるのであるが、それらを一語で性格づけるならば、これらのディシプリンは権力の一様式であって、個人の差異に直接関係する(pertinente)タイプのものである、と言うことができる。


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