《女青(かはねぐさ)》

瀬谷こけし
 久しぶりに原っぱに行った。はじめは何も目に入らなかったが、そのうち、今までもったことのない視覚が生まれてきた。三脚をつけて撮っていたのがよかったのかもしれない。D7100にシグマの標準系ズーム(17-70mm)で三脚をつけて撮るひとも多くないと思うが、撮れたのは三脚なしでは撮れない写真ばかりだ。撮りながら浮かんで来たのが山中智恵子の:

> 女青(かはねぐさ)水に伏したり生くる日の限りにありて対(むか)ふこころを
     「虚空日月 二の抄」

の歌だ。ヘルダーリンの〈das heilichnüchterne Wasser〉(「生の半ば」(Hälfte des Lebens))が気になっていたからかもしれない。〈Nüchtern〉(ニュヒテルン)という概念。水がなぜ神聖なのか? 素っ気ないものだからか? 多分ひとつには水は恋をしないからだ。醒ましてくれるもの。水に首を沈めるヘルダーリンの白鳥とロベルト・シューマンの水想の思いとを繋ぐものの間に山中智恵子の女青(かはねぐさ; 「かはほね」とも記す)が入って来る(1)。原っぱにカワホネグサがあったわけではない。わたしの頭の中で響いていたのはむしろ歌の後半、〈生くる日の限りにありて対(むか)ふこころを〉の方だ。もちろん、原っぱの草たちがどれも女青に見えたからだが。
 葛はもうすでに今年の絡みを始めていた。すさまじい絡み。ほとんどギャングを思わせる。原っぱのギャングスター。今年の格闘はすでに始まっている。

註(1) http://blogs.yahoo.co.jp/nametokogenmai3gou/41622227.htmlを参照。


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