《宮沢賢治のポトラッチ---レジュメと資料---》

瀬谷こけし

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 一昨日(6月6日)の宮沢賢治研究会 第281回例会のレジュメと配布資料を多くの方の便宜を考えて公開します。モースの翻訳や紹介はイマイチの所が多いのですが、これもそのままにしておきます。誤りなどありましたらご教示いただければ幸いです。

2015/06/06
宮沢賢治研究会 6月第281回例会
千駄ヶ谷区民会館


宮沢賢治のポトラッチ
a. 賢治の見た贈与の深層:「祭り晩」の亮二の熱狂。競争的贈与の狂気に捕われた亮二。贈与の競争的狂騒。ポトラッチ。
b. 競争的贈与の狂気からの戻り道:神的な説得。長い目で。計算。倫理的利己主義。拉鬼。
c. 死によって返済不可能になる贈与:賢治にはこの問題考慮が乏しい? ジョバンニはカンパネルラの死によって返済不可能になる贈与に苦しむことがない。
d. 生命の贈与と生命の価値の計算:「なめとこ山の熊」「グスコーブドリの伝記」における生命の価値の計算。
e. 利己主義的計算と全体主義的計算を越えた所で、また競争的全体給付の熱狂(ポトラッチ)を越えた所で、「生への讃歌」となる計算は存在しないか?


資料
①『文化人類学事典』:ポトラッチ(potlatch)の通常の意味について
>通常“ポトラッチ”は客たちへの大量の財の贈与、主催者の集団に伝わる紋章や特権(歌、踊り、神話、名前、仮面、彫刻など)の呈示、返礼の義務、富の破壊、競合関係の表現などの属性によって特徴づけられる。(平成6年、弘文堂)
⇒この辞書では上記の「属性」のそれぞれの働きについてほとんど説明がなされず、学説史の紹介にとどまる。例えば上記解説の「大量の贈与」に対して「返礼の義務」があるとすれば、それはとうぜん被贈者(贈られた者)に対して破壊的に働くはずだが、「富の破壊」が意味するのが、自己の富の破壊なのか、他者の富の破壊なのか、それすら明らかではない。
②『宗教学事典』(「互酬性」の項、嶋田義仁筆)
「異なった次元に属するとみられた諸価値が、次元を超えて交換されるのが贈与」であり、「これらの価値が一挙にあふれる贈与空間は祝祭的な空間となる」(平成22年、丸善)。
⇒嶋田の叙述では「みかえり」の異次元性にアクセントが置かれ、その「祝祭性」の本質が考察がない。
③モースの「ポトラッチ」の定義
>Nous proposons de réserver le nom de potlatch à ce genre d’institution que l’on pourrait, avec moins de danger et plus de precision, mais aussi plus longuement, appeler : prestations totales de type agonistique.
>われわれは「ポトラッチ」という名称を、この、いささか長ったらしいが、正確さを高め、危険を少なくとどめるために、「競争的なタイプの全体的給付」と呼ぶことのできる、ジャンルの制度に限定して使うように提案する。
④モースの「全体的給付(prestation totale)」 の定義
>Il y a prestation totale en ce sens que c’est bien tout le clan qui contracte pour tous, pour tout ce qu’il possède et pour tout ce qu’il fait, par l’intermédiaire de son chef(4).
>次のような意味で全体的給付が存在する。即ち、どのような部族(クラン)であれ、全成員を賭して(pour)、つまりその部族が所有するすべて、そしてその部族が行うすべてを賭して、その部族の族長を介して契約を結ぶという意味においてである。
>Mais cette prestation revêt de la part du chef une allure agonitique très marquee.
>しかしこの給付は族長の側できわめて顕著な競争的態度を帯びる(revêt)。
>Elle est essentiellment usuraire et somptuaire et l’on assiste avant tout à une lutte des nobles pour assurer entre eux une hiérarchie don’t ultérieurement profite leur clan.
>この給付は本質的に高利貸し的であり奢侈なものであり、ひとは貴族達の間でひとつの階級を確保するための争い(lutte)に立ち会うのであり、その階級を後には彼らの部族が利用するのである。
⑤宮沢賢治「祭の晩」より:交換・計算・ポトラッチ、倫理的利己主義
「そら、銭を出すぞ。これで許してくれろ。薪を百把あとで返すぞ。栗を八斗あとで返すぞ」言うが早いか、いきなり若者やみんなをつき退けて、風のように外へ遁げ出してしまいました。
〔…中略…〕
  その時、表の方で、どしんがらがらがらっという大きな音がして、家は地震の時のようにゆれました。
〔…中略…〕
「栗まで持って来たのか。こんなに貰うわけにはいかない。今度何か山へ持って行って置いて来よう。一番着物がよかろうな
 亮二はなんだか、山男がかあいそうで泣きたいようなへんな気もちになりました。
「おじいさん、山男はあんまり正直でかあいそうだ僕何かいいものをやりたいな
「うん、今度夜具を一枚持って行ってやろう。山男は夜具を綿入の代りに着るかも知れない。それから団子も持って行こう」
 亮二は叫びました。
着物と団子だけじゃつまらない。もっともっといいものをやりたいな。山男が嬉しがって泣いてぐるぐるはねまわって、それからからだが天に飛んでしまうくらいいいものをやりたいなあ
 おじいさんは消えたランプを取りあげて、
うん、そういういいものあればなあ。さあ、うちへ入って豆をたべろ。そのうちに、おとうさんも隣りから帰るから」と言いながら、家の中にはいりました。
 亮二はだまって青い斜めなお月さまをながめました。
 風が山の方で、ごうっと鳴っております
⑥和泉式部と良経の貴船歌:歌による鎮めの二つの形、拉鬼
男に忘られて侍りけるころ貴布禰にゐりて、御手洗川に蛍の飛びけるを見てよめる
> ものおもへば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞみる(式部)(後拾遺1162)
   御返し
> おく山にたぎりて落つる滝つ瀬の玉ちるばかりものな思ひそ(明神)(後拾遺1163)

> いく夜われ波にしをれてきぶね川袖に玉ちる物思ふらむ(良経)(新古1141)
⑦宮沢賢治「なめとこ山の熊」より:自他の命の価値の個別的計算・評価をする熊
おまえは何がほしくておれを殺すんだ
「ああ、おれはお前の毛皮と、胆のほかにはなんにもいらない。それも町へ持って行ってひどく高く売れるというのではないしほんとうに気の毒だけれどもやっぱり仕方ない。けれどもお前に今ごろそんなことを言われるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食っていてそれで死ぬならおれも死んでもいいような気がするよ」
「もう二年ばかり待ってくれ、おれも死ぬのはもうかまわないようなもんだけれども少しし残した仕事もあるしただ二年だけ待ってくれ。二年目にはおれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。毛皮も胃袋もやってしまうから」
⑧宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」より:自他の命の価値の功利主義的計算
「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」
「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようおことばをください。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」
「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」
「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に話したまえ。」
 ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。技師はうなずきました。
「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」
「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます。」
 老技師はだまって首をたれてしまいました。
⑨『銀河鉄道の夜』より 蠍の話:むなしい生死
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」
⑩『銀河鉄道の夜』よりジョバンニとカンパネルラ:死が不可能にする返礼
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。
〔…中略…〕
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。そして誰にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

(宮沢賢治からの引用はすべて「青空文庫」を使っています)


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