《フリードリッヒ・ニーチェの永遠回帰の思想》

瀬谷こけし

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 昨日今日と(やっとつける時間がとれて)「哲学」のスクーリングのレポートを採点していたが、今回は、永遠回帰の思想の恐ろしさを、如実に感じたということを示してくれたレポートが何通かあった。こんなことは私が記憶する限り初めてのことだ。だからそれについて、その恐ろしさについて、きちんと書いておきたいと思っている。そのほんとうの恐ろしさ---それを多分ピエール・クロソウスキーも誤解している。それは自らの「死」から「次のおなじ生への回帰」までの時間経過の問題なのだが。クロソウスキーはそこに全宇宙の循環の時間を読み取ったが、多分それは誤った解釈なのだ。私も前著『ニーチェから宮沢賢治へ』の中では、クロソウスキーに引きずられて、その問題についてきちんとした解釈を示せていない(田中英三先生はそれを指摘してくれた)。---そしてまたその恐ろしさは、どうして歓喜を生み出しうるのか、その問題もいまだだれも正しく示してはいないと思う。---ただそこに歓喜があることは確かなのだが……。
 その恐ろしさを、「地獄のような」と表現した学生が2~3人いたが、若干の保留をつけれればこれは正しい理解だと思う。つまり地獄では、殺されてもまた甦って、同じ地獄の中で目覚めるということだが、この自己意識の反復的性格そのもののことだ。これが恐ろしい。保留は「無間地獄」だけはさらに別の性格を供えていると思えるということだ。そしてそれがどうして歓喜をもたらしうるのか? 集中して考えなければならない。



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