《今の世に本当に禁止されていること》

瀬谷こけし

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 死が出来る限り遠ざけられている。死にまつわるすべてが、死体も。だがこれは本当に禁止され、遠ざけられ、抑圧され、禁圧されている当のものではない。死は、本当に恐ろしく、本当に遠ざけれられているもののすぐそばにあるが、しかしそれが本当のものではない。今の世に本当に遠ざけられ、禁圧されていること、それは何か? それは万人がひとりひとり、---と言うよりおのれ自身が---、底の底まで孤独であることではないか? それを自覚させることこそが禁じられている。---身近な人が亡くなった時、なぜ俳句ではなく、短歌が出てくるのか、と、昨日、東京学舎で開講された《歌会》の授業で問われた。---それは、短歌が、---その音楽によって---孤独にもっとも近いところに近づける言葉だからだ。死と恋、挽歌と恋歌、これが、ひとをもっとも深い孤独に到らしめるものだ。和歌も、短歌も、その場所にかかわりつづけてきた。おのれの、最も深い、歌っても何にもならない孤独に。---いや、何かにはなるかもしれない。少なくとも、歌うことによって、流され、薄められてゆくものはある。だから、〈私〉の新たな快復の手がかりも。









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