《夕暮の階調》

瀬谷こけし
 高山からなぜ京都に帰って来たのだろうと思う。当面はもちろん非常勤の授業があるから帰る他ないのだが、もしそれをしなくてもよい状況になったら京都に戻って来るだろうか? そんな思いで、今日はふと出雲路橋に行きたいと思った。このあたりは京都でも最も趣きのある場所のひとつだ。今はもう神社もなく、特に何があるわけでもないが。長野隆が死んだ後は、夜中、よくここに来ていた。
 秋らしくなっていた。桜の葉がすっかり紅くはならず、そのまま茶色く枯れてゆくあの半端な色合いも、光線によっては琥珀色の輝きに見える。そんな夕方の光に恵まれることがある。夕暮れの階調。京都はこの秋の夕暮れがいい。特に空が…。古来多くの詩人が嘆息した思いに繋がり、それに重なる。大仏次郎の『帰郷』の清水寺からみた夕景を味わいたくて、何度清水に行っただろう。大学に入って間もなくのころから。わたしの京都経験は清水の辺りから始まったと言える。姉を失い、それからも時は流れすぎるほど流れた。今はむしろ加茂川が近い。
 この秋、精根をこめて写真を撮ろう。『夕暮の階調』と名づけることの出来る本が作れるように。そのように。


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