《春がすみ---前川佐美雄論》

瀬谷こけし

政井みねの像 野麦峠
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 はじめに二首の歌を対比させてみよう。前川佐美雄の、

> ①春がすみいよよ濃くなる眞晝間のなにも見えねば大和と思へ  (一)
   『大和』「昭和十四年、大和」

と、拙詠、

> 野麦峠にたどりつきたるミネの目の何もみえねどここは飛騨の地  (二)
拙詠、《飛騨高山 Web歌集 百首歌2》
http://25237720.at.webry.info/201510/article_6.html

 拙詠は、僭越は承知の上で、佐美雄の歌の主旨を適切に理解する手がかりにと思って引くものだ。拙詠は山本茂美の『ああ、野麦峠』で、明治42年11月20日、午後2時頃、兄辰次郎に背負われて、野麦峠にたどりつき、「ああ飛騨が見える、飛騨が見える」と喜び、そのまま息を引き取ったとされる政井みねのことを、山本の叙述をやや変更して詠んだものである。あるいはミネの目は、この時もう飛騨を、乗鞍岳を、見るこができなかったのではないかと想像する。それでも野麦峠にたどり着いたと知れば、その末期の目にかすかに映る景色は、飛騨のそれであっただろう。飛騨の地に帰りついて命を終えるよろこび。

 佐美雄の歌は彼の代表作とされるものである。しかし難解である。それは何よりも「見えねば」と順接で記されていることである。これが逆説で「見えねど」と記されていれば、大和アイデンティティーへの観念的な、イデア的な、固執として、たやすく受け取られるものだろう。ひとりの狂信的大和主義者がいる、と冷笑的に見て通り過ぎるというわけである。しかし佐美雄は、そういう受け取りを許容しない。それのできない措辞をしている。それが順接の「ば」である。
 これを解釈することは難しい。しかし、正しい読み取りの方向はすでに示されていると言うべきだろう。一例を上げれば、山中智恵子は、この歌を「この諷歌倒語・鬼拉幽玄の極みの絶唱」と、そして「大和恋の咒言」と読む(1)。「諷歌」はなぞらえ歌、ほのめかし歌のことで、要するに国をいよいよ濃く覆い尽くそうとしている「春がすみ」とは何か、「春がすみ」がほのめかしていることをしっかりと読み取れ、という示唆であろう。また「倒語」はこの場合、なぜ逆説の「ど」ではなく順接の「ば」が使われているのか、その意味をきちんと読み取れと言う示唆に違いない。どちらもわれわれにこの歌を読む正しい見通しを与えてくれる。この方向で読めば、この歌が「大和恋」の「咒言」であることはほとんど自明のこととして見えて来るのは疑いない。
「春がすみ」とは何の諷喩か? 三枝昂之は『昭和短歌の精神史』の中で適切に、そのおおよその輪郭を示してくれるだろう。そこのところを全文引用しよう。

 (佐美雄の春がすみの歌)は霞の中に沈む風景に大和の本質を見て、佐美雄の代表歌として特に評判が高い。卓抜の大和論と読めばいいが、時代を超越した美のエキスのような名歌がなぜこの時期に生まれたかは考えてもいいだろう。それはおそらく、時代への失意がバネになった、非在のものを見つめようとする遠望感といったものである。(角川ソフィア文庫、2012年、p.123)

 三枝は、この歌の時代背景を重視している。そして、春がすみに閉ざされ、何も見えなくなった風景の中に「非在のものをみつめよう」と遠望する歌だと解釈する。「春がすみ」が、実際の視覚の上で「大和」を見えなくするものであり、その実景をベースとして歌われたことはその通りであろう。しかしそもそも「大和が見える」とはいったいどういうことなのだろう? ---いやいや、佐実雄はそもそも「大和が見えない」とは言っていない。「何も見えない」と言っているのである。そしてその「なにも見えねば」の順接の接続詞を、その通りに解釈すれば、三枝の言うように、何も見えない風景こそ大和の本質なのだ、と佐美雄は主張していると取るのがまともな解釈だということになるだろう。しかしそれでいいのだろうか? 佐美雄は「なにも見えねば大和なりけり」と断言しているわけではなく、「なにも見えねば大和と思へ」と、少し無理をしてでも、この風景、このかすみにつつまれた景色をこそ大和と思えと、(自分で自分に)命じているのである。何なのだろうか? その無理の中で佐美雄は何と、誰と繋がるのだろう? ここに或る遠望感があるととる解釈・鑑賞は正しいだろう。実際、ほとんど誰とも、何とも繋がることのできない大和感が言われているのである。五里霧中、ゆえにここは大和だと、いったい誰が考えただろう。

> やまとは くにのまほろば たたなづく あをかき やまごもれる やまとし うるはし   (三)

と歌ったとされる『古事記』の歌が、恐らくもっとも近い大和歌いの歌として佐美雄には連想されたことであろう。ヤマトタケルが死の前に歌ったとされる国を思い偲ぶ歌である。ヤマトタケルも大和を遠望して歌うのであるが、佐美雄はやまとの地にありながら大和を遠望するのである。目に見えず、こころに浮かべ偲ぶ国が大和だということだろうか。そのようにして、佐美雄は大和の、ヤマトタケル的な、正しい思い方に思い到ったのだろうか? こうした解釈は、佐美雄の歌の一部分を明かしはするであろう。しかし、やまとにありつつやまとが視野から閉ざされる絶望感には、まだとても届かない。そしてしかも真昼間のかすみである。いずれは晴れる朝霧とは違う。いよいよ濃くなってゆくかすみ、それが春の大和を覆ってゆく。つまり、さしあたり、いつまでとも知れず、大和の春は覆われてその何も見えなくなるのである。悲壮なる大和、悲壮なる大和の発見である。幾らかはヤマトタケルに似る。
 それを同じ歌集の「大和」の節の歌すべてを引いて確かめて見よう。二首目から:

②白鳥のせめてひとつよ飛び立てと野をいやひろみ祈りたりけむ
③とこしへに春を惜しみて立てらくはいまの現(うつつ)のおんすがたなる
④何ものも従へざればやまずかも永遠(とこしへ)にひびくこゑとこそ聞け
⑤天ごもり鳴く鳥もあれ眞昼間の野火燃えつづき太古(むかし)のごとし
⑥四方山(よもやま)もすでに暮るると下(お)りきたり谷に水のむけものちひさし
⑦ひもすがら陽に追はれゐる家畜らのはや夕暮とねむるかなしさ
⑧畜生も石のほとけと刻まれしこころ見るべし春日照りつつ
⑨ゆふぐれと彼方(かなた)に低く錆(さ)びひかる沼地の水か心(うら)たよりなき
⑩かぐはしき思ひのなにも無きながら強(し)ひて象(かたど)る花ひらめかず

②の歌の過去推量の「けむ」は、「白鳥」から推測されるように、ヤマトタケルの大和の妻たち子供たちの行為を推測している。
③の「立て」は②の「飛び立て」の略であろう。「飛び立ってゆくようなのは」。それが、つまり今のヤマトなす人の姿だという。
④は従う者なくただ一人声を上げる姿が自分とヤマトタケルが共通するという。④の歌が最もストレートに①の歌を受けている。
⑤は、天上に籠り鳴く鳥があれと歌うが、山中智恵子の次の歌はこの天上に籠る鳥を受けている。
> 水ゆかば秋草ひたす雲離れ空に陥ちけむ声玲瓏なる   (四)
    『虚空日月』「王+必」
智恵子は佐美雄の示すその場所を自分の場として多くの歌を詠んでいる。
⑥~⑨は、人間以外の者にも頼りになる者が無いことを歌う。⑥「けもの」が、⑦⑧「家畜」が⑨「沼地の水」が、それぞれ何の頼りにもならない。
そして⑩では、⑥~⑨を総括して、「かぐはしきものがなにも見つからない」ので、無理して歌うような花も思いつかない、と言う。これが何もみえない大和の姿である。はるかにもせよ望まれうるのは⑤の「天上に籠って鳴く鳥」ばかりである。その太古の古代的な風景。

    ◇  ◇

 それではここまで読んでくると、あの順接の「ば」はどう解くことができるだろう? かくわしきものが何も見えないのである。だからこそここが大和だと思えと言うのは、どこへ行っても同じく何も見えないだろうからだ。そして時代はヤマトタケルの時代とは違う。昭和12年12月13日、南京陥落。その庁舎には日章旗が揚がる。東京では40万人の提灯行列が行われ、その祝賀の熱狂は全国津々浦々にまで広がる。総動員態勢の締め付けは以後ますますきつくなってゆくだろう。昭和15年2月以降、「京大俳句」のメンバーが多数検挙されてゆく。大和とは何か? 大和心とは何か?

> ばら色の朝日ぞにほふ床のべに老いてののちや何みがきゐむ  (五)
    『大和』「春雷」

 床から起きれなくなった老人の妄想のようなものだろう。何も見えないのが却ってよい。今は地上にかぐわしいものはなにもない。ひとは、かぐわしく、すがすがしいものを、太古の土壌にもどって探さなければならない。いよいよ濃くなる春がすみに覆われ、地上のものの何も見えない大和の地は、そのかぐわしかるべきものの発見の場になるはずだ。ここにいる他ないのだ。翼をもって天上に鳴き籠れるのでないならば。
 「大和」は太古の大地から発見されるべきものなのだ。あるいは、その「がくわしきやまと」の、発見のための場所のことなのである。何も見えないからこそここが「大和」になる。かつての日のタケルのように。強い意志をもってここを掘り続けよ、と。




(1) 山中智恵子「八がしらの猛きすがたは」『存在の扇』(1980年、小沢書店)、pp.200-201。

マンサクの葉(2015.11.7詩仙堂)
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ヒツジ草(2014,11,3 御苑)
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