《ちょっときれいな風景》

瀬谷こけし

北白川ワールドコーヒーにて
画像


 30分ほど北白川のワールドコーヒーにいた。ブレンドコーヒーが美味しいので好いところなのだが、なぜかあまり来ることはない。今日は病院帰りに寄った。山田晶訳の『神学大全』の一項だけ読む。さっさと読んでしまいたいのだが、そのための時間がめったにとれない。
 ところでここのワールドコーヒーだが、道路に面して大きな硝子張りの窓があって、透過光と反射光をミックスしたモダンな風景が楽しめる。この風景も久しぶりに行くととても魅力的だ。都会人にとっては何の珍しいものでもないだろうが、透過光と反射光の重ね合わせを楽しむ趣向は、美術史上でも、きっと新しいものだろう。---いやいや、水面での楽しみは昔からあるだろうが、立面上の大画面でそれを楽しむのは、きっと新しいものだろう。クリムトにもそんな趣向はなさそうだ。これは、きっと深い所で新しい認識方法をもたらしている。ウィンド・ショッピングをする都会人なら誰もが経験しているような経験、それが。---しかし何が言いたいのか? ---この経験は、内面性というものの破壊的な変容をもたらすのではないか、ということ。すべての風景を鏡像関係たわむれに還元してしまうのではないかというようなこと。---だがそれだけでは何ともつまらない。むしろ最近私が考えていることは、「時が流れる」ということ(純粋な生成)を、「私は私でない」と定式化することによって、何が明らかになってくるかということだ。そしてそれによって、安倍晋三が破壊していることを測定する座標軸が示せないか、ということだ。福島原発事故もそうだが、大気圏内核実験以降世界中の生物が飛躍的に放射能汚染されてしまったという事実は消すことが出来ない。私の姉もたぶんそのために死んでいる。戻ることも出来ない。この狂いの先に、何を期待することができるだろう? これが大事なことだ。





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック