《太宰治の「父」》

瀬谷こけし

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 昨夜読んでいたのだが、テーマは「義のための子別れ」。太宰が義とするものは「私の胸の奥の白絹に何やらこまかい文字が一ぱいに書かれている。その文字は、何であるか、私にもはっきり読めない…」と書かれているこのはっきり読みきれない文字だ。この文字にゆえに、子を捨てる。そして太宰はこの「義のための子別れ」に、一人息子を殺そうとする創世記のアブラハムと同じものを読み取っている。彼の「地獄」も、ここから生じてくる。
 太宰のこの分析の深み、それはジャック・デリダによるアブラハムの信仰の分析の深みに届いている。太宰の結論は、「その解明は出来ないけれども、しかし、アブラハムは、ひとりごを殺さんとし、宗五郎は子わかれの場を演じ、私は意地になって地獄にはまり込まなければならぬ、その義とは、義とは、ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似ている」というものだ。
 太宰はこの地点から読み直さなければならない。彼方からはニーチェの(あるいはお好みならピンダロスの)「汝自身になれ」という警句が響いてくるだろう。



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