《メッシーナ・オレンジ あるいは カターニアの宮沢賢治》

瀬谷こけし

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 1882年4月20日づけの手紙の中でパウル・レーはニーチェに次のように書いている。
 「親愛なるメッシーナ男へ!
  いとも美しく、樹液豊かで、よく整地されたメッシーナ・オレンジの畑よ、万歳! そしてそこのオレンジの木々が落とすただひとつの影の面が、実在しますように! そんなことがありうるんだね! 大兄はこの行動でなによりもあの若いロシア女性をびっくりさせ、悩ませてしまった。というのも彼女は大兄に会って、話をしたくてうずうずしていたんです。それで、彼女はジェノヴァ経由で帰りたいと言っていた。ところが…」(拙訳、眞田収一郎訳参照)
 (Lieber Herr Messineser!
  Es lebe die schönste, saftigste, arrondirteste Messina-Apfelsine, und möge die einzige Schattenseite, welche sie dort findet, der umbra realis sein! Ist es nur möglich! Sie haben am meisten die junge Russin durch diesen Schritt in Erstaunen und Kummer versetzt. Dieselbe ist nämlich so begierig geworden, Sie zu sehen, zu sprechen, daß sie deßhalb über Genua zurückreisen wollte, und...)(原文)

 これによればニーチェはレーに、メッシーナからそこのオレンジについて語り伝えたようだ。メッシーナのオレンジはけだし有名なものだったのだろう。「Messina-Apfelsine」(メッシーナ・オレンジ)と産地名付きで呼ばれるぐらいなのだから。
 それでわたしも、シチリアからの土産にオレンジを買って帰ることに決めていた。とはいえ日本に郵送するわけにもゆかないので、このプレゼントはお世話になっている宿の人たちにと考えていた。カターニアでもそこかしこでオレンジは目についた。土産物なら駅の近くでも買えると思っていたが、二日目に市場を発見し、そこのオレンジが魅力的に思えたが、メッシーナに持ってゆくわけにもゆかない。それで結局オレンジを買うのは三日目ということにした。だが、三日目もこの日はカターニアの街歩きと決めていたので、多量のオレンジを持って歩くわけにもゆかない。それで結局は、街歩きを終え、5時過ぎに宿に預かってもらっているスーツケースを受け取って、それから、ということになった。
 駅へ向かう途中、市場の前を通ったが、もうオレンジの店はやっていなかった。それから、ボルセリーノ広場を過ぎ、ドゥスメット通りを通ってマルティリ広場の手前のところで、オレンジをたくさん置いてある店を見つけた。店内を見ると、30歳前後と見える若い、インテリジェンスを感じさせる男性が店番をしていた。この店で買うことにした。どこかに店番をする宮沢賢治を連想しながら。キログラム単位の値段がついていたが、一つ何グラムぐらいか見当がつかない。それで「10個くれ」と頼んだ。彼は普通サイズのレジ袋に一つずつ確かめながら、オレンジを入れていった。五つ入れたところでほどほどのサイズになった。10個という注文は多すぎたかもしれない、とわたしも思った。彼も同じことを思った気がする。それからは実の選び方がより慎重になった。どういう選択基準なのかよく分からなかったが、大きいものは避けていたようだった。一つずつ選んで入れて、10個になって秤に乗せた。何キロだったかも幾らだったかも覚えていない。7、8ユーロでなかったかと思う。たっぷりのお土産ができた。勘定をして別れるとき、彼は何を言おうか、ちょっと考えていた。そして考え出した言葉は「good luck!」だった。これはとてもうれしかった。
駅では最終便のシャトルバスに間に合って、また飛行機では荷物のトラブルもあって、ローマの宿に戻った時には真夜中を越えていた。大扉の鍵が合わなかったので、呼び起こして開けてもらった。わたしの旅行中に鍵を変えたらしい。
 部屋に戻り、自分用に三つを取って、残りを「お土産のメッシーナのオレンジ」と言ってまだ起きていた宿の長老風のおばさんに渡した。翌日にでも、宿のマネージメントをしているお姉さんに渡した方がよかったかもしれない。ともあれそのお姉さんのところにも届いたということは、後日、だいぶ日が経ってから、呼ばれた夕食の時の話の中で分かった。メッシ-ナに行ったこと、カターニアに行ったことをわたしはちょっと自慢にしていた。そしてカターニアのウルシーノ城市立美術館の常設展の展示の中に、宿の食堂に掛けてある絵とそっくりの、果物たちがとても美味しそうに描かれている絵があったことを話し、そしてその画像を見せた。メッシーナのオレンジ、それはパウル・レーが語っている通り、とてもジューシーでとても美味しかった。



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