《旋律 ---ロベルト・シューマンに寄す---》

瀬谷こけし


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(写真はオルタのモンテサクロ)


 ロベルト・シューマンのop.14、「オーケストラなしのコンチェルト」(ピアノソナタ第3番)の終楽章を聴いていて思うのだが、ある旋律の発見が解決になる、救済になる、という苦闘の経験を作曲家は持つことがあるのではないか? わたしたちはあまりにもメロディーに慣れ過ぎていて、そうした肝心かなめの旋律を見出さねばならない苦闘を忘れてしまっているのではないだろうか。その旋律だけがもたらすであろう解決。
 この終楽章は、そのような旋律の発見をテーマにして作った作品ではないだろうか。発見へのプロセス、そして発見される僥倖。この曲ではその旋律が展開されることなく、ひそかに姿を見せているそのさまで置かれているように見える。そしてこのような苦闘のうちに、シューマンの人生はあったように思う。---これは、「鬱(病)」というものの本来の形ではないだろうか?


 






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