《高山は冬》

瀬谷こけし


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 昨日の夜から高山は時々雨が降るようになり、だいぶ暖かだった。それでも、ボイラーの火力が低いので、湯量の乏しいまま家でシャワーを浴びて、そのせいか今日は風邪気味だった。午後にバッファリンを飲んでからはまずまず調子が回復してきたが。---ともかく今日は暖かかった。道路もシャーベット状だったものがジュクジュクシャーベットになっていた。家の前の雪も昨日のこちんこちんの凍結状態からはだいぶ柔らかになっており、鶴嘴の先がさほど難なく、路面にまで届いていた。そんな路面の雪かきを隣のおばさんがやってくれていて、わたしは仕事をすべく図書館に行っていたのだが、風邪のために調子が悪く、結局ほとんど仕事も進まなかった。早々に家に戻ってバッファリンを飲んで寝ていたということだ。ともあれ春の気配のある一日だった。咽喉の方は朝イソジンを濃くして嗽して、いがらっぽいのがまずまず治ってきたが、舌の方はまだまだで味覚がめちゃくちゃだった。
 思うのだが、わたしは高山は断然冬がいいと思う。冬に来てはじめて生活に緊張が感じられる。毎日どうしてもしないといけない仕事がある。家の前の道路の雪踏みや雪掻きだし、屋根の雪の配慮だし、水道の凍結の管理などだ。家の前の融雪水路の水を流れさせておく配慮も必要だ。そして町中を歩くのでさえ、滑りやすい雪道を歩く細心の注意が必要だ。それをしないと簡単に転んでしまう。だから急いで歩くこともできない。そんなことを町のみんなが知っている。建物について、徒然草に「夏を旨として建つべし」と言われているので、吉島家などその夏の暑気よけのいろいろな工夫を説明してくれるが、実を言えば冬の屋根に積もる一メートルを越す重たい圧雪にも堂々と耐えられる構造ができていて、その上での話だ。飛騨の家は雪に強い。その前提があっての話を勘違いしては話にならない。そして実際積雪は怖い。今日図書館への往復にあるいて見回ったところ平均して30から40センチの積雪。多い家は50センチぐらいだった。一昨年よりはこれで20センチほど少ない。---もっとも寒中であればもっと積もっていただろうと思うのだが、そのころは高山に行くこともできなかった。そして雪の原の中で降るままに雪を載せた家こそ飛騨の家、飛騨の建物だとわたしは感じる。このたくましさがわたしが飛騨で味わう一番大きな感動なのだ。豪雪地帯であればもっと別の工夫がいるだろう。飛騨は豪雪地帯ではないが、それなりに雪は降る。飛騨の人々の強さを感じるのは冬が一番だ。そしてまた飛騨の人々の繊細さを感じるのも冬が一番だ。その格子窓の繊細さは、極寒の冬の夜にこそ感じ取れるものだ。こんな風でわたしは飛騨も高山も冬が一番好きだ。
 今日は一日暖かだった。細切れに雨が降り、軽く雪が降り、時々は陽がのぞいていた。だが明後日からはまた零下6、7度まで下がるという。水道管のヒーターを忘れないようにしないと。


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