《『ツァラトゥストラ』の国家論(3) 「国家の終わるところで」》

瀬谷こけし


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北イタリアのオルタのモンテ・サクロのフランチェスコ門


   3.「国家の終わるところで始まること」

 国家は終わる。そう『ツァラトゥストラ』は記す。しかしそれがどんな終わり方をするかは「新しい偶像」のアフォリズムの中では記されない。まずはこの国家という新しい偶像、この冷ややかな怪獣の放つ悪臭から逃れ身を守ることをツァラトゥストラは自分の弟子たちに勧める。先にも見たように、「余計な者たち」の「国家」という「偶像」はみずから悪臭を放つが、同時にこの偶像の崇拝者たちも残らず悪臭を放つのである。腐敗はまず嗅覚で感じ取られるもののようだ。

> かれらの偶像、この冷ややかな怪獣は悪臭を放つ。かれら、この偶像を崇拝する者ことごとく悪臭を放つ。
> Übel riecht mir ihr Götze, das kalte Unthier: übel riechen sie mir alle zusammen, diese Götzendiener.

 まずは彼ら偶像の崇拝者(Götzendiener)たちが口と欲望から発散している毒気や汚臭に窒息することを避けるべく、教える。

> わが兄弟たちよ。あなたがたは、かれらの欲望の口もとから出てくる毒気(Dunste)のなかで窒息する気なのか? むしろ窓を打ち破って、外へ飛び出すがいい!
> Meine Brüder, wollt ihr denn ersticken im Dunste ihrer Mäuler und Begierden! Lieber zerbrecht doch die Fenster und springt in's Freie!

 ここにはまだ「外」があるのである。国家にはまだ「外」があり、窒息死を避けるべく身を処する可能性は残っている。

> 悪臭(dem schlechten Geruche)から逃れよ! あらずもがなの人間たちが営む偶像礼拝(Götzendienerei)から逃れよ!
  悪臭から逃れよ! この人身御供からたちのぼる濛気(もうき; dem Dampfe)から脱出せよ!
> Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von der Götzendienerei der Überflüssigen!
Geht doch dem schlechten Geruche aus dem Wege! Geht fort von dem Dampfe dieser Menschenopfer!

 その「外」は、「大地」が、国家と独立して存立していることによって開かれているのである。

> 大地はいまもなお、大いなるたましいたちのためにひらかれている。孤独なるひとりぼっちの者、ふたりぼっちの者のために、いまもなお静かな海の香りが吹きめぐる多くの座がある。
> Frei steht grossen Seelen auch jetzt noch die Erde. Leer sind noch viele Sitze für Einsame und Zweisame, um die der Geruch stiller Meere weht.

 ここで多少注意しておくべきことは、この大地の国家からの独立した(frei)存立は、「いまもなお」(auch jetzt noch)という時代的限定がつけられているところである。国家による、あるいは余計な人間たちによる、世界規模の汚染から、大地がいつまでものがれて存続しうることを『ツァラトゥストラ』が保証しているわけではない。『ツァラトゥストラ』の叙述も、ここで内面性への傾きをもつことになる。

> 大いなる魂たちのために、いまもなお自由な生活がひらかれている。まことに、物を持つことのすくない者は、それだけ心を奪われることもすくない。ささやかな貧しさは讃えられるべきかな!
> Frei steht noch grossen Seelen ein freies Leben. Wahrlich, wer wenig besitzt, wird um so weniger besessen: gelobt sei die kleine Armuth!

 ここにはアシジのフランチェスコへのニーチェの共感が読み取れるように思うが、清貧の教えは『ツァラトゥストラ』のこの箇所においても肯定されている。

 こうして弟子たちに国家崇拝の毒気からの一時退避を勧めた後で、『ツァラトゥストラ』は国家の終わりについて記す。

> 国家が終わるところ、そこにはじめて人間が始まる。余計な人間でない人間が始まる。必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。
> Dort, wo der Staat aufhört, da beginnt erst der Mensch, der nicht überflüssig ist: da beginnt das Lied des Nothwendigen, die einmalige und unersetzliche Weise.

 国家が終わるところ、そこでではじめて「人間」がはじまる、というのである。それは、国家とともに生まれた「余計な人間」ではなく、また国家以前の民族の中で生まれた人間でもなく、新たな人間、国家による疎外から回復し、一回的で取り換えのきかない仕方でのおのれの生を生きる必然的で必要な人間であり、またそのような必然的な人間を歌い讃える歌である。必然的な人間を歌う歌が、国家や民族に向けてではなく、宇宙に向けて歌い開かれるのである。宇宙に向けて、彼方に目を向けることをツァラトゥストラは勧める。

> 国家が終わるところ、---そのとき、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ! あなたがたの眼にうつるもの、あの虹、あの超人への橋。---
> Dort, wo der Staat aufhört, - so seht mir doch hin, meine Brüder! Seht ihr ihn nicht, den Regenbogen und die Brükken des Übermenschen? - Also sprach Zarathustra.

 そこに君たちは虹を見るのではないだろうか、とツァラトゥストラは問う。虹は超人へのさまざまな橋(die Brükken)なのである、という。---ここにわたしは「大道無門、千差有路」という『無門関』の偈と同じ教えを見るのだが、どうだろうか?




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