《この夏》

瀬谷こけし


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 今年の夏はシルス・マリーア(スイス)に行こうと思っている。ニーチェが『ツァラトゥストラ』第二部を書いたところに、同じ時期に行っておきたいからだ。シルスに一週間ほど泊まりたいと思っている。今年の春はラパッロ(イタリア)を逃してしまった。そこは10日ほどで『ツァラトゥストラ』第一部を書いたところ。去年8月のタウテンブルクから、あるいはローマのサンピエトロ聖堂から、あるいはメッシーナから、あるいはジェノヴァから、オルタ湖畔のモンテサクロを経て、134年前のニーチェの足跡をたどりたいから。とりわけルー・フォン・ザロメとのつながりと距離とをできるだけ的確に押さえたいと思っているからだ。シルス・マリーアは1881年8月はじめの永遠回帰の体験の場所でもある。ルーと共有していた思想(生と大地の思想)を離れ、永遠回帰の体験こそを自分の思想の本源として確認するために、1883年の夏はシルスに行ったのではないだろうか。そこで『ツァラトゥストラ』第二部を書くのだが、それは第三部の永遠回帰の思想を打ち出すための準備でもあり、整理でもあっただろう。
 それで飛行機を探していると、想定していたバーゼル行きのフライトの本数が少なく、そのため割高になってしまう。こうなるとチューリッヒ着・発で動いた方が割安だ。だがバーゼルは是非行っておきたいので、(そしてできればルツェルンも、そしてイタリアのコモ湖のあたりも)いったいどんな風に予定を組めばいいだろう。1882年の5月に、ニーチェはいったんバーゼルに戻って、それからルツェルンで(ルーたちと)再開している。ルツェルンはニーチェにとって、ワグナーと親密に過ごしたいわば彼のアルカディアだ。そうしてニーチェの土地との関係を掴んでゆきたい。ローマのポリベリエラ通りで、サンピエトロで、オルタのモンテサクロで、タウテンブルクで、ライプツィッヒで、そしてベルリンのグリューネヴァルトで、そうした土地に対するニーチェの感覚をわずかなりとも掴んできた。今年はシルス・マリーアで、そしてスイスの幾つかの場所で、掴んできたい。シルスとバーゼル、とりわけこの二か所。



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