《コルヴァッチ山》

瀬谷こけし


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 8月7日の話。わたしがコルヴァッチ山に行ったのはそもそもニーチェのピラミッド石を探してのことだった。ニーチェ・クローニクの1881年のところに掲載されているピラミッド石を地元の人に見てもらって、この石を探しているんだがどう行ったらいいんだろうと尋ねた二人目の人がコルヴァッチ山ロープウェイの谷駅の係りの人だったことによる。最初に尋ねたのはその谷駅のすぐ下の大きなレストランで開店準備の掃除をしているおねえさんだった。だがその人は自分の一存で答える自信はなく、店の奥へ行って、コンピュータの前で仕事をしている別の女性にそのプリントを持っていって更に尋ねてくれたのだった。そのデスクで仕事をしている女性は今度はPCを使って慎重にいろいろと調べてくれていた。その最初の結論は、あのロープウェイの建物に入って、そこから散歩道に通じる出口があるから、その道をシルス・マリーアの方に歩いていったらいい、ということだった。わたしはこの他人にいい加減な情報を与えてはいけないとして、最大限正しい情報を伝えようとしてくれたこの女性達の仕事をとても正しく、また有り難い仕事と考え、その情報に従って探さなければならないと考え、実行しようとしていたのだ。今から思うとこの女性たちの教えてくれた岩は、いわゆる「ニーチェ石」と言われているものだと思う。結局その道を辿ってその石を確認することは出来なかったのだが、多分滝の隣の道を下りてくる道だったろうと思う。
 だがわたしには尋ねた女性の答を完全に聞き取れた自信がなく、それでその理解を確認すべく、ロープウェイハウスで仕事をしていた若い男性に尋ねたのだった。その答が、前にも言ったロープウェイの中間駅からパノラマ道をシルス方面に行ったところにある、という答だった。その指示に従って見つけたピラミッド石の写真はすでに補足的に紹介した。---これで尋ねた二番目の人の教えに対する義務は果たしたのだ。そしてこの二番目の情報に基づいて発見したピラミッド石は、ニーチェがこんな標高2500mものところまで歩いてきた可能性は少ないのではないかというのが目下のところのわたしの判断だが、ニーチェのトリープシェンでの行動計画などを読んでいると、ニーチェが山登りに意外と強い足腰を持っていた可能性があることはは否めない。しかしそれでもコルウ゛ァッチ中腹2500mのこの石が『この人を見よ』に言われる「ピラミッド状の塊」だとは考えにくいと思う。だが『ニーチェクローニク』に掲載されている石の写真がこの石かどうかは、実際掲載写真の先鋭度から言って目下のところ何とも言えない。二番目に受けた教示に正当性がないとはとても言えない。それが今語って置きたいことの一つだ。



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