「ニーチェの救済論 ---時と意志」 2017年日本宗教学会発表資料 

瀬谷こけし


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 2017年の日本宗教学会第76回学術大会でのわたしの発表資料を公開します。学術研究にお役立ていただければ幸いです。引用の著作権については十分にご配慮ください。なお、会場で配布した資料にはつけられている下線強調は復元していません。後日時間を見つけて復元したいと思っています。ご了承ください。

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ニーチェの救済論 ---- 時と意志  発表要旨と資料       2017年9月16日
 京都造形芸術大学 中路正恒           日本宗教学会第76回学術大会 於:東京大学

I.意志と救済
1.救済の定義
「過ぎ去った人間たちを救済し、すべての『そうあった』を『そうわたしは欲したのだ!』に創り変えること---これこそがわたしが救済と呼びたいものだ。」(『『ツァラトゥストラはこう言った』II-20,「救済について」』、氷上英廣訳、岩波文庫)(一部変更)
>Die Vergangnen zu erlösen und alles ‘Es war’ umzuschaffen in ein ‘So wollte ich es!’ --- das hiesse mir erst Erlösung. (Zar II-20, Von der Erlösung, KSA. Band 4, S. 177ff.)
*「救済」の新たな定義 *「そうあったという過去」の問題 *「そう欲した」への創り変え *接続法2式の使用

2.意志の現状: 意志はまだひとりの囚人
「意志---これが自由にし、よろこびをもたらすものの名だ。そうわたしは前に、あなたがたに教えた! いまはさらにこのことを学ぶがいい! 意志そのものはまだひとりの囚人なのだ。」
>Wille --- so heisst der Befreier und Freudebringer: also lehrte ich euch, meine Freunde! Und nun lernt diess hinzu: der Wille selber ist noch ein Gefangener.
*意志は解放しよろこびをもたらす者 *意志はいまだ囚われた者 *何が意志を捕縛しているのか?

3.意志を捕縛しているものは、『そうあった』という過去だ
「『そうあった』---これこそ意志が歯ぎしりして、このうえなくさびしい悲哀を噛みしめるところである。すでになされたことに対しては無力である、---意志はすべての過ぎ去ったもの対しては怒れる傍観者なのだ。」
>’Es war‘: also heisst des Willens Zähneknirschen und einsamste Trübsal. Ohnmächtig gegen Das, was gethan ist --- ist er allem Vergangenen ein böser Zuschauer.
*すでになされたことに対する意志の無力 *「einsamste」:秘密の *意志の悲哀 *(傷つき)怒る傍観者:非当事者

4.意志の悲哀: 意志は遡って意志することができない
「意志は、さかのぼって意志することができない。意志は時を打ち破ることができない。時の勝手な欲求をくじくことができない。---これが意志のこのうえなくさびしい悲哀である。」(一部変更)
>Nicht zurück kann der Wille wollen; dass er die Zeit nicht brechen kann und der Zeit Begierde, --- das ist des Willens einsamste Trübsal.
*意志は「遡って意志することができない」という体制を越えられるか? *出来事の系列的進行(ルー、レー)

II.悲哀を脱するために意志の思いつくこと
5.囚われた意志はとんでもないやりかたで自己救済をはかる
「ああ、すべての囚人はとんでもないことを考えるようになるものだ! 囚われた意志もまたとんでもないやりかたで、おのれを救おうとする。」
>Ach, ein Narr wird jeder Gefangene! Närrisch erlöst sich auch der gefangene Wille.
*囚われた意志の行う愚行 *とんでもないやりかたで囚われた意志はみずからを救済する(別種の救済)
 
6.時が逆もどりしないということが意志の忿懣の根である
「時間が後もどりしないということ、これが意志の深い忿懣である。『すでにそうあったもの』---意志がころがすことのできない石の名はこれである。」(一部変更)
>Dass die Zeit nicht zurückläuft, das ist sein Ingrimm; `Das, was war` --- so heisst der Stein, den er nicht wälzen kann.
*意志の忿懣の根:時が逆行しないこと *不運・不幸と関わるか? *過去は動かせない形で存在する

7.意志は自分ほどに忿懣を感じていないものに復讐をする
「こうして意志は、忿懣と不服のあまり、ほかのさまざまな石をころがして、自分ほどに忿懣と不服を感じないものに仕返しする。」
>Und so wälzt er Steine aus Ingrimm und Unmuth und übt Rache an dem, was nicht gleich ihm Grimm und Unmuth fühlt.
*復讐をする *「dem, was」

8.こうして意志は解放者ではなく苦痛を与える者になった
「こうして自由にするはずの意志が、苦痛を与える者となった。そして、およそ苦悩しうる一切のものに、意志は、自分が時間を後もどりさせえないということの復讐をする。」(一部変更)
>Also wurde der Wille, der Befreier, ein Wehethäter: und an Allem, was leiden kann, nimmt er Rache dafür, dass er nicht zurück kann.
*「Freudebringer」が「Wehethäter」になった *「苦悩しうる一切のもの」=「有情」?

III.知能(Geist)を身に着けた大愚(復讐精神)がおこなうこと
9.意志に内在する大愚が知能(Geist)を身に着けたことが(人間的なものすべてにとって)呪いとなった
「まことに、われわれの意志の内部には、とんでもないものが住んでいる。そしてこのとんでもないものが、知能を身に着けたということが、すべての人間的なものにとっての呪いとなった。」
>Wahrlich, eine grosse Narrheit wohnt in unserm Willen; und zum Fluche wurde es allem Menschlichen, dass diese Narrheit Geist lernte!
*意志に大愚が内在する *知能(Geist) *すべての人間的なものにとっての呪いとなった(wurde) 

10.苦悩は何かの罰(Strafe)だということになる
「復讐の知能、わが友人たちよ、人間がいままでにいちばん頭をはたらかしたのは、この部分である。こうして苦悩があるところ、つねにそれは何かの罰であるという説が生まれた。」
>Der Geist der Rache: meine Freunde, das war bisher der Menschen bestes Nachdenken; und wo Leid war, da sollte immer Strafe sein.
*苦悩=罰として下されたもの *苦悩の純粋性(無垢)がそこねられる *ルーの「生への讃歌」

11.意志する者のなかには苦悩があるから、意志することそのものと一切の生が罰だったはずだ
「そして意志する者自身のなかに、後もどりして意志することができないゆえの苦悩があるから---従って意志すること自体、ならびに一切の生が---罰だということになった!」(一部変更)
>Und weil im Wollenden selber Leid ist, darob dass es nicht zurück wollen kann, --- also sollte Wollen selber und alles Leben --- Strafe sein!
*意志すること自体が罰 *一切の生が罰 *「es」=「das Wollende」

12.狂気の説教:「万物は理法と罰に従って道徳的に秩序付けられていて、その外への救済は存在しない」
「『万物は理法と罰に従って道徳的に秩序づけられている。おお、万物の流動からの救済、生存という罰からの救済はいったいどこにあるだろうか?』---狂気はこう説教した」(一部変更)
>`Sittlich sind die Dinge geordnet nach Recht und Strafe. Oh wo ist die Erlösung vom Fluss der Dinge und der Strafe Dasein`? Also predigte der Wahnsinn.
*理法と罰従った万物の道徳的秩序 *そこからの救済はない

13.狂気の説教:「人間の行為と罪責感は無くなることなく、永遠にくりかえされる」
「『いかなる行為も無化されることはありえない。罰を受けたからといって、どうしてその行為が、なされなかったことになるだろう! 人間存在もまた永遠にくりかえし行為とその罪責感であるほかはない。罰としての人間存在は、この意味で永遠である!』」(一部変更)
>`Keine That kann vernichtet werden: wie könnte sie durch die Strafe ungethan werden! Diess, diess ist das Ewige an der Strafe "Dasein", dass das Dasein auch ewig wieder That und Schuld sein muss! ‚
*いかなる行為も無化されず時の中の過去にとどまる *行為と罪責感が永遠にくりかえされる人間存在

14.狂気の説教:「『意志する』が『意志せぬ』に変わらなければならない」
「これをまぬがれるためには、意志がついに自分自身を救済する域に達し、『意志する』が『意志せぬ』に変わらなければならぬ---」
>Es sei denn, dass der Wille endlich sich selber erlöste und Wollen zu Nicht-Wollen würde ---`:

IV.意志は創造する者だという教え
15.すべての『そうあった』に対して創造的意志が『わたしがそう意志したのだ』と言うことが救済する
「『そうあった』はすべて断片であり、謎であり、残酷な偶然である、---創造する意志がそれに向かって、『しかし、わたしが、そうあることを意志した!』と言うまでは。
 ---創造する意志がそれに向かって、『しかし、わたしがそうあることを意志している! そうあることを意志するだろう!』と、言うまでは。」
>Alles `Es war` ist ein Bruchstück, ein Räthsel, ein grauser Zufall --- bis der schaffende Wille dazu sagt: `aber so wollte ich es!`
--- Bis der schaffende Wille dazu sagt: `Aber so will ich es! So werde ich's wollen!`
*創造的意志は何を創造するか *過去・現在・未来にわたってそう意志したと言うこと

16.権力への意志
「すべての和解よりもさらに高いものを、意志は意志しなければならない。意志は権力への意志なのだ。---だが、どうやって意志はそうするようになるのだろう? 誰が意志に向かって、後もどりして意志することを教えたのだろう?」(一部変更)
>Höheres als alle Versöhnung muss der Wille wollen, welcher der Wille zur Macht ist ---: doch wie geschieht ihm das? Wer lehrte ihn auch noch das Zurückwollen?"
*権力への意志は和解(妥協)よりも高いものを意志しなければならない *誰が意志に、さらに後もどりして意志することまで教えた?

V.問題
1)創造的意志は何を創造するか? --- 創造的意志は意志を創り変える(umschaffen)(1)。
2)意志を創り変えるとは何か? --- 意志の質を肯定的なものに変える。欲するは肯定する(1)(15)。
3)どのようにして『そうあった』を『そう意志した』に変えることができるか? --- 意志の質が肯定的なものに変わることによって(16)。
4)「和解」よりも高いものとは何か? --- それは肯定することである(16)。
5)意志の質転換に関して「権力への意志」とは何か? --- 権力への意志は「支配者たらんとする意志」(der Wille, Herr zu sein)であり、それには「絶えず自らを超克しなければならない」(ich(=Leben) bin das, was sich immer selber überwinden muss)ということが含まれる(Zar II-12 Von der Selbst-Überwindung)が、この自己超克の必然性が「意志の悲哀」を克服させる(3)。
6)「意志の悲哀」は不運・不幸に必然的に関わるか? --- 否。最高の幸運・幸福すら『そうあった』という過去の転がすことのできない石になりうる。(6)
7)救済とは何か? --- 『そうあった』を『そう欲した』に変換することである(1)(16)





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