《備忘録》(政治詩・国民・国家---ドイツという国;ゲーテの言葉)

瀬谷こけし

東京大作戦1014
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 「われわれは国(Land)というものをもったことさえない」とゲーテは言う。ヘルダーリンが「ドイッチュ・ラント」(讃歌草案「まことに深淵から…」)と歌おうとするとき、彼はゲーテのこの嘆きにひとつの答えを与えようとしていただろう。


> 概して政治詩は、もっともうまくいった場合でも、一国民の声とみられるに過ぎない。大抵の場合、ある党派の声と見られるにすぎない。しかし、詩がよければ、こういう国民やこういう党派によって熱中して取り上げられる。また政治詩は常にある時勢の産物としか見られない。ところが時勢は過ぎ去り、ついには詩からその題材についている価値を奪ってしまう。とにかくべランジェにとっては好都合だった。パリこそフランスであり、かの偉大な祖国の重要な事件はみな首都に集中し、そこでそれ独特の生命と反響とを得ている。また彼は、彼の大抵の政治詩に於いて、決して単なる個々の党派の声とは見られない。むしろ、彼が反抗している事物は一般国民の利害に関するものであるから、詩人は大抵 の場合大きい民族の声と見なされる。われわれのドイツでは(Bei uns in Deutschland)そういうことは不可能だ。われわれには都会がない。それどころか、ここがドイツだと断言できるような国さえない(Wir haben keine Stadt, ja wir haben nicht einmal ein Land)。ウィーンで問えば、ここはオーストリアだと言う。ベルリンで尋ねると、ここはプロシャだと言う。ほんの十六年前、われわれがついにフランス人の束縛を脱しようとしていた時は、ドイツはいたる所にあった(Bloß vor sechzehn Jahren, als wir endlich die Franzosen los sein wollten, war Deutschland überall)。ああいう場合には政治的詩人が全体に成功しただろう。しかしその必要はなかった。一般の危急と屈辱の念とはデーモンのように国民を捕らえていた。大抵詩人が掻き立てる感激の火は、すでにいたる所でひとりでに燃えていた。が、アルントやケルナーやリュッケルトが多少掻き立てたことを否定するつもりではない。  

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ; エッカーマン. 『ゲーテとの対話(下)』 KotenKyoyoBunko. Kindle 版. 1830年3月14日の条。一部修正、一部原文追加。


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